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2007/01/05

4日は恩師の家に

4日は恩師の家に伺う。
卒業生で集まれるものが集まる。もう20年である。
この間の教育を巡る情勢の変化、私達卒業生の変化は凄いものがある。

大体からして4日は、日直でない限りは自宅研修や休暇を取っていたのが普通であったが、今は学校で仕事ということになっている仲間が多い。私はこの一日を学校で仕事をするよりも、先生の家であーだこーだと仲間たちから文句を言われ、先生に解説をして頂く方がとても勉強になるので、こっちに参加をするが、それが許されない仲間たちもいるかと思うとうむむと思ってしまう。

            ◆

そう「あーだこーだと仲間たちから文句を言われ」なのである。このゼミにおける私のポジションは仲間たちから文句を言われというところにある。ゼミの仲間たちは私が何かを言うと、
「池田、お前本気でそれ言っているのか?」
とさんざん言われた。そして、今でも言われている。

私としてはそんなに荒唐無稽なことを言っているつもりはないのだが、そして実際にそういう実践をやったりしてきているので実現不可能でもなく、意味のない実践をしてきているわけでもないと思う。

しかし、基本スタンスは「あーだこーだと仲間たちから文句を言われ」なのである。学生時代はまあ、
(ふ・ざ・け・る・な)
と思うこともあったが、今ではそれをきちんと説明できれば良いのだとか思うと同時に、まずは否定してくれる仲間がいることがありがたいなあと思う。

            ◆

学生は授業と担任をするつもりで、先生になるのが一般的であろう。それは私達の時代も今の時代も変わらないだろう。もちろん、クラブで自分のチームを育てたいというのもあるかもしれないが、それも十分に分かる。

だが、実際に教師になってみるとその仕事の量の多さと、種類の多さに面食らう。授業と担任とクラブなんてのは、出来て当たり前。それ以外の行事の指導や校務分掌やららで時間を奪い取られる。

そんなことをしながら、仕事を覚えて学校の波に乗れたかと思うと、転勤が待っていて新しい学校のしきたりを覚えつつ、また1から始める。もちろん、授業等は今までの積み重ねがあるから1からとは言えないが、まあそんな感じだ。

これを繰り返し、いつの間にか教師としての力量を身につけて行くというのが私達の時代の教師であったが、さてこれからはそれでいくのだろうか。いろいろな学校のいろいろな事情を聞きながら考えている。

もちろん20年前には私が大学に行くとは思っていなかったように、仲間たちの人生にもいろいろな展開があり、そこから紡ぎ出される言葉に
(いやあ、人生ってすげーな)
と思う私である。

            ◆

「私が大学時代に思っていたように育ったな」
「立派になったよ、いや本当に」
「良い授業をするようになったな」

お年玉にしては多すぎる言葉を先生からも頂いた。
また、課題も頂いた。
うっしゃあ。

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