ますます加速する一方通行
本を読み原稿を書いて過ごす。
外はあたたかだ。
琵琶湖は青く輝いている。
春霞のようなものも出ている。
もう京都にきてから一年が過ぎようとしている。
今日は小さな目標を達成することもできた。
実に早く、実に色々なことがあったなあ。
また四月からはさらに公私共々いろいろなことが始まる。
自分の人生の残り時間は少なくなって行くというに、なんか加速している感じがある。スペースシャトルではなくアポロ宇宙船で育った世代としては、一段目のロケットが切り離されて、アポロ宇宙船全体としては短くなったロケットなのに、ロケットそのものはさらに加速をして行く。そんな姿をなんとはなしに重ねている。
違うのは、アポロ宇宙船は月に着陸した後地球に戻ってくるが、こちらは一方通行であるということだ。
◆
恩師の竹内常一先生から大学の研究紀要に書かれた論文の抜き刷りを頂く。「語りのポジションを問う ー志賀直哉「正義派」をよむー」である。私が学生時代に国語科教育法で挑戦した志賀直哉の小説「正義派」の読み取りについての論文である。これをウンウン言いながら読み込んでいった。
学生時代に習ったところは、不思議なことに今でも覚えている。
(小説を読むって凄いなあ)
と素直に思ったものだ。
この場合の読むは、楽しみとして娯楽として読むとはちょっと違う。「自分の人生や社会のあり方に問いを発しつつ、小説の描こうとする世界を読み開く」といえば良いのだろうか。
そして、先生はまだこの小説にこだわり、新しい読みを提示している。それだけ提示続ける先生が偉いのか、それに耐えられるこの小説が凄いのか。どちらもだろうなあと思う。
来年度がこの小説を使った大学での授業が最後になると先生はおっしゃる。そして、まだ学生との授業を通してこの小説の「読み」に新たに挑戦を重ねようとされている。
◆
先生の、「ますます加速する一方通行」を追いかけるってのは、大変だけど有り難いもんだと思う。
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