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2007/03/10

「有であるA」と関係のない「有であるB」との中に

芸術家というのは、何もないところに優れたものを作品として提出するというイメージがあるが、それはやっぱり違うなあと今日のワニバレエコンサートを見てしみじみ思った。

いくつもの有を体に溜め込み、その有と有の間にある無、または無関係をつなぎ合わせるものや方法を生み出す、その部分が常人には考えつかないものや方法であるが故に、芸術家とか天才とか言われるのだろうと思った。

出演者は基本的に全員キーボードが使える。歌手であろうとパーカッショニストであろうと関係ない。だから、一見関係のないハチャメチャなことをしているのにもかかわらず、つながれるのである。

            ◆

「職人にもなれないやつが、芸術家になれるか」
と言ったのはピカソだったか。まず基礎的な技術がなければならない。そして、その先だか、上だか、はたまた別次元だかに芸術が生まれる。

今日のコンサートを作る様子を見ていても、圧倒的な音楽のスキル、センスを芸術家は持っている。その圧倒的なものをベースにして、子どもたちの事実を並べ、つなげて行く。関係のないものではあるが、見る人が見ればそこに繋がりがあるのである。

この見る人に、教師はなる必要があると感じている。

            ◆

子どもたちは、目の前でさまざまなことをするが、これは三つのことを示している。

1)教師の目に見えること。
2)教師の目に見えているはずなのだが、見えていないこと。
3)教師の目に見えないはずなのだが、教師に見えていること。

一般的には、経験の少ない教師ほど、子どもからは1)しか感じることができない。または2)であることも多い。だが、教師は3)に成長する必要がある。3)はまた、表出している子どもの姿から、表現に導き出す指導にも繋がって行くと思われる。

            ◆

では、どうやってこの「有であるA」と関係のない「有であるB」との中に関係性を見つけて、それを教育の文脈の中に位置づける力を身につけたら良いのであろうか。

(これについてのレッスンは、どうするのだろうか?)

と考えながらコンサートの後半戦は見ていた。
すんません、そういうことを考えはじめると止まらないのですf(^^;。

で、分かりました。
うーん、来年度、授業でやるぞ。

            ◆

エキサイティングなコンサートでした。

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コメント

「有であるA」と関係のない「有であるB」との中に

今までは気にしたことはありませんでしたが、確かにそうですね。
僕の分野においても、とっぴな発想が突然生まれてきたような仮説でも、他の分野も含めて何かしらのことがヒントになり、その二つかそれ以上のものをうまくリンクさせていることが多いような気がします。

優秀な人は、その道に没頭しつつも、しっかりとそれ以外の自分の時間を確保している人が多いと思います。
やはり、その中で常に外界に対してアンテナを張り巡らし、ヒントを得ているのだと思います。

広い視野を持たなければと思います。
なにも、研究者としてだけではなく、人としての厚みもそのあたりから生まれてくるような気がします。

ほら、湯川秀樹先生などは古典にも造詣が深いし、随筆等もすばらしいものがあるじゃないですか。私は中学生の時に痛く感動しました。

国語の専門家が名文家なら当たり前ですが、科学者ですからね。この秘密は何かと考えていたのを思い出します。

新しい物好きで、熱中しやすく、突き詰めることが好き。そんなのが何かを生み出す人に共通していることかもしれませんね。

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