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2007/03/15

「宙ぶらりん」

とういことで、先生方を対象としたFD学習会は終わりました。来年度からは文科省からの指示で、大学の教員にも授業方法の研修が必修化されるということで、この手の研修はますます盛んになっていくものと考えられます。

確かに、大学の先生は自分が学生時代に教育方法などは習っていないことも多く、結局は自分が大学のときにその専門の先生の授業で学んだ方法で行うしかないという場合が多いようです。

昨日参加されていた先生方も、そんな中で
(こりゃあ根本的に指導方法を学ばないとまずいぞ)
と思われている先生もいらっしゃいました。

以下が、その内容です。一時間で行いました。

引用開始 ーーーーーーーーーー

京都橘大学FD学習会 レジュメ
〜 学生をひきつける授業づくりの基礎基本 〜

ガイダンス

学生はどう変わったのか
3つの教育力
授業づくりの基礎技術3つ 「授業は話し言葉で行われる」

授業例 「漢字指導のあり方」を通して、私語のない授業環境を考えてみる

指導の重点となる生徒の実態
考察
まとめ

Q&A

引用終了 ーーーーーーーーーー

            ◆

なんで嘗ての大学の教員は指導方法を知らなくても、大学での授業が成立したのでしょうか。私はこんな仮説を持っています。それは、学習者が「学習方法」または「授業の受け方」を、大学に入るまでに身につけてきたからだと考えています。

大学に入るまでに、いろいろな先生に授業を受けてきて、「この先生の場合にはこう。あの先生の場合にはこう」と授業に応じた受け方を身につけていたのだと思います。

ところが、今は高校までにそれが身についていない。だから、大学の授業で教員が授業方法を身につけていないと、学生が授業にならないわけです。

            ◆

この「授業の受け方」ってのは結構大事なことだと思っています。授業では、生徒・学生にとって興味のないこと、分からないこと、できないことを扱います。まあもちろん場合によっては興味のある物事もあるでしょうが、ないと思って始めた方がいいでしょう。

その状態にあるところから、面白くて、わかって、できる状態に仕上げて行くのが授業です。ということは、学習者はこの状態に至るまでに「宙ぶらりん」の状態でいるわけです。この「宙ぶらりん」の状態を、学習者がしばらく受け入れなければなりません。そして、自らの努力で安定した状態へと導いていたわけです。

ですが、彼らがお客様として学習者の位置にいる場合、この「宙ぶらりん」は許せません。投げ出すか、文句を言うかということになります。おそらく投げ出してきている学習者が多くなってきており、嘗ては投げだしてきた学習者は、大学へは進学しなかったし、できなかったのでしょうが、今大学全入時代を迎えて押し寄せてくるということになっているのでしょう。

            ◆

学習会に参加された先生方からは
「良かった」
「勉強になった」
という声を沢山頂きました。良かった(^^)。

ただ、まだ「授業に関する指導の技術」という言葉に抵抗のある先生方もいるのも事実だと思います。もちろん、正当的周辺参加(LPP)のような学習スタイルもあるのは事実ですし、指導の技術だけでいけるとは思っていませんが、知っておいて多少はできるようになっているのも大事だと思っています。

取りあえず、終わって良かった。
ふう。

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