切ない
今朝のびわ湖は、雲の中にいるようであった。
対岸が消えてしまっているのだ。
目の前は確かにびわ湖なのだが、そのびわ湖を目で追いかけて行くと、それが空になってしまうのだ。
湖なのか、空なのか。
騙し絵ではないかと思うような景色であった。
こんな時、韻文の才能があれば素晴らしい、詩や俳句を紡ぎ出すことができるのであろうが、最近はやっていないからなあ。来年度の課題にしよう。
ただ、ただ見つめていた。
◆
午後からオープンキャンパスでガイダンスを担当しているのだが、午前中から行く。ALL関西教育フェスタと大教大の講座に参加していた国語の先生を目指す非常勤講師の先生が、私のガイダンスを聞きにくるというので、それならちょっと早めにきてもらって、お話でもしましょうかということになっていたのだ。
その先生は四月から産休代替で一年間仕事をされるということだが、担任の仕事以外はすべて行うとのことで、そりゃアー大変だなあと思った次第なのであった。
◆
研究室であれやこれやと話をする。
私は基本的に国語の教師を目指す、しかも中学校の教師を目指すということを聞いてしまうと、切なくなってしまう。
(ああ、これからあのしんどい坂道を上って行くのだなあ。でも、その坂道は堪らなくいい坂道だなあ。でも、私はもう二度と登りたくないなあ。でも、いいよなあ)
なんて思ってしまう切なさだ。
少し参考になれば嬉しい。
◆
ガイダンスへの参加人数はいつもよりも少ないが、足許の悪い中この時期に来る生徒諸君は、気持ちが前向きの諸君である。気合いを入れてガイダンスを行う。
結果、予定の時間を3分オーバーしてしまった。
すんません。
◆
研究室に戻り、後片付けをして出たところ、児童教育学科の校舎「児優館」の見学会が行われていた。急遽私はガイドになる。「臨床教育実践スタジオ」の説明をする。さて、生徒諸君の学習意欲は高まったかな?
◆
伊勢丹で夕ご飯とお土産を購入し、慌ててホームに向かった。
京都駅はかなりの混雑であった。
先発の新幹線が、安全確認ということで6分遅れて到着。私の乗る新幹線は定時。ということで隣接するホームに一分間隔でのぞみ号が入線するという状況であった。
◆
発車後、窓から景色を眺めていた。
すると、本学が見えてきた。勢い込んでさらに見ていると、なんと我が研究室も見えた.当たり前である研究室から新幹線が見えるのだから、見えて当たり前。でも嬉しい。
さらに、夕日が見たくなり連結部に移動。すると、比叡山、比良山が見事に見えた。その上を夕日が占めている。
夕日は切ないなあ。
何で切ないかは、今日の場合は良くわかる。生きて行くって切ないなあと感じることがいくつもあったからだと思う。
瀬田の唐橋を見て、さらにホゲーッと夕日を見ていたら、なんと新居が見えたのである。新幹線から見えるんだ。今年度も、一年間駆け抜けてきたなあ。幸せだったなあと思ったら、やっぱり切なくなった。
いろいろな方に感謝。
気がつけば後一時間で東京かあ。
◆
あと8分乗れば品川というところで、なぜか新幹線は緊急停車。
おい、こんなの初めてだぞ。業務連絡で車掌長を呼び出している。
うーむ。なんだ、なんだ。
急病人の発生だとのこと。
止まらない新横浜で停車だ。
大丈夫でありますように。
を、無事に新横浜で降りたようだ。
良かった良かった。11分遅れならたいしたもんだ。
さあ、これから夕食だ。
« この間違いのお陰で | トップページ | 東京に着いた »
この記事へのコメントは終了しました。
コメント