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2007/05/24

授業の感想に答える33から36

S1 学習ゲーム方法、これはとてつもなく共感できる。子供心をうまく理解した学習方法だと思う。実際にやってみても虜になっている自分がいた。常に子供の気持ちを理解しようと努力すればこのような学習方法にたどり着くのかもしれないと思った。

T 授業をつくるというのは、簡単には行きませんね。私の場合は、教科書を使って「○○しましょう」なんてことを言ったところで、教科書を持ってこない、なくした、捨てた取られたなんて子どもたちもいる中で、どうやって国語の力を付けたら良いのかと考えて授業を作っていましたから、こうなりました。ですが、これが正解かどうかは分かりません。しかし、正解の一つに入れても良いのではないかと思います。

            ◆

S2 今日の一番の印象は、ゲームの『四字熟語でポン』でした。ゲーム感覚で学習ができ、勝負という感覚を持つことで必死になる生徒の心情をうまく使っているなと思いました。
 普通に『明日小テストをします』と指示を出しても、予習する子としない子に分かれてしまいそうだけれど、ゲームと聞いたら、興味を持って予習に取り掛かる生徒が増えてきそうだと思いました。
 しかしこのようにゲーム感覚で楽しんでいると、教師が『やめ』と声をかけた時に、すぐに切り替えができない子が多く出てきます。その様になる前に、自分の声でどこまで生徒をコントロールできるかという力が必要になってくるのだと思い、私にとっては新たな大きな試練どと感じました。
 今日の初に聞いた、名刺を持つという話に驚きました。名刺というのは、社会人になってから持つのが当たり前だと思っていたので、大学生でも持つと聞き、もう社会の中で色々な人達と関わっていく立場になったんだと感じました。

T 子どもたちは、緩やかな競争を好みます。始めから勝負がついているような競争には参加しません。ちょっと頑張れば勝つかもしれないと言う競争に乗ってきます。そこの加減を見抜き、ゲームバランスの設定をするのが教員の腕の見せ所です。

            ◆

S3 「5分が大事」この言葉がとても心に響きました。その時は面倒くさがって5分を惜しんでしまいがちであるが、長い目でみればたった5分である。だからこれから、少しでも疑問に思ったこと、わからないこと等をながさずに、時間を惜しまず調べて、自分のものにしていこうと思いました。
ぜひ名刺を作って、積極的に人脈を作りたいです。
四字熟語ゲームが真剣になって盛り上がりました。なかなか理解できない自分たちが恥ずかしかったです。

S5 今日の授業の中で一番印象に残っているのは、「たった5分で差がつく」ということです。以前の授業の中で池田先生は「授業の中でたくさんの“はてな”を見つけなさい」とおっしゃいました。今日の授業を受けて、この「はてな」を活かす為には「5分」という時間を一日の中で作らないといけないと思いました。
 たくさんの「はてな」を見つけも一日の中で「5分」を見つけなければ、その見つけた「はてな」も意味がないものになってしまうからです。今日の授業の中で池田先生が疑問に思った「すやし、ですし」という関西地方(?)で使われているこの「し」という文末表現について私も疑問に思ったので、さっそく調べてみようと思いました。

T なかなかこの5分が出来ないんだよね。ぼーっとしていれば5分なんてあっという間に過ぎて行くのに。明確な意識を持った毎日の5分を作り出してみてください。

            ◆

S4 最初に名刺の渡し方、渡され方を教えていただき、とてもためになりました。前にテレビの番組で、マナーをとりあげて名刺の渡し方などを放送していましたが、正直すっかり忘れていました。もう忘れないように長期記憶に保存したいです。
 学習ゲームは教師になったらぜひ取り上げたいです。生徒の意欲を引き出せることは、教師にとって本当にうれしい事だと思います。体育の先生の話を聞いて、“国語を実技授業にしよう”とひらめく先生は本当にすごいと思いました。<ひらめき><発想>をたくさん持てる教師になりたいです。
 加えて、“ブレーキ”をかけられるようになること、というのにも留意しながら、生徒を止められる<声><指示>を自分なりに考えていきたいです。

T 子どもの現実をきちんと理解することですね。ここから始まります。共感し、受け止め、子どもたちの願いを分かる。これらをまとめて言うと「理解」ということになると思います。その上で、指導を重ねて行くわけですね。もちろん、理解しても「それは駄目だ」という指導をする場合もあります。でも、やはり理解から始まると思います。
ちなみに、理解から始まるというのは、理解から指導の一歩目を踏み出そうという意味と、理解から始めない指導もあるということの二つの意味で使っています。

            ◆

S6 今日の授業でやった四字熟語ポンボールはおもしろかったです。
ゲーム感覚で授業をするのは初めてだったのでとても楽しかったです。四字熟語だけでなく内容を変えると他の教科でも使えるので、書道でもやってみたいと思いました。
また名刺の話が印象に残りました。
私は学校の他に書道のお稽古とドイツ語会話に通っています。よく考えるとお稽古の人ともドイツ語教室の人とも挨拶程度の関係で名前も知らない人ばかりです。これから少しずつ人脈を増やしていき、たくさんの知識を身につけたいと思います。

T 折角何かのご縁で出会った人たちですから、通り過ぎるだけではもったいないと思います。人は人との交流の中で色々なことを学びます。交流して楽しく身に付けてください。

            ◆

S7 「四字熟語でポン」をやったのは、15分という短い時間だったのに、とても熱中して取り組んでいました。
誰からともなく、ルールを確認して、いつの間にか盛り上がっていたことにびっくりしました。
初めは、ルールの理解に苦しみ、知らない四字熟語に悩まされ、ドキドキしましたが、慣れてくるときっと、白熱したときの「ドキドキ」に変わってくるように感じました。
楽しくなれば、遊ぶ時間が増え、その結果として学習時間も増える。
それは、よい循環のように感じます。
しかし、先生がおっしゃっていたように、盛り上がっている時にブレーキがかけられなければ意味がないようにも思います。
そして、学習ゲームがマンネリ化しないことも大切だと思いました。
同じゲームでも応用すれば、たくさんの遊び方があるのだから、いろいろ工夫して利用できればいいと思います。

また、名刺を持つことに興味がわきました。
名刺は、自分をどんどんアピールできる素敵な道具だと感じました。
今日6限の、介護等体験特別講演会のときに、池田先生と北村先生の名刺交換の瞬間を見て、今日の授業でのお話にさらに実感を持つことができました。

S10 ゲーム感覚で学習する、というのは英語の学習に多かったので、国語でもそういった学習ができるのだなと実感しました。「四字熟語でポン」のゲームはルールが理解できずに苦闘しましたし、そもそも漢字が苦手なのでゲーム自体も苦戦しました。おそらく、初めてこのゲームをする中学生と同じ感覚になっていたのでしょう。生徒の気持ちを知るためにも、今日のこの授業はとても有意義だったと思います。
また、名刺のお話を授業で聞いた後、介護等体験の授業で実際に先生方の名刺交換を見て、なるほど、こういう風にするのか、と実際の例を見て学習できました。

T よく見ていましたね。君たちに教えた通りに私が出来ていたでしょうか。たぶん、大丈夫だと思うのですけど。

ポンの学習は、君たちに子どもが学ぶということを疑似体験するように指導計画を作ってみました。子どもというのは、「学び方を学ぶ」と「学ぶ内容を学ぶ」の二つのことを同時進行で行っているのです。教師は、もうとっくに「学び方を学ぶ」ことができています。だから、「学ぶ内容を学ぶ」を中心に授業をしてしまいがちですが、子どもたちは「学び方を学ぶ」も同時にやっているので、教師が想定している二倍の負担、二倍の努力を強いられているということなのです。

今回のポンの学習では、ゲームのルールを書いた紙を与えただけで、「さあ、やれ」と指示を出しました。これは、学び方までも自分で獲得しなければならないということを強く実感してもらうことも目的の一つでした。

たくさんのことを子どもたちに教えなければなりません。だから、教師は明確な指示ができなければならないのです。子どもたちを混乱に陥れることなく、学び方を学ばせ、学ぶ内容を身につけさせるためにです。

            ◆

S8 楽しみながら学習できる「学習ゲーム」は、すごく良い方法だと思いました。確かに、自分が学生の頃、先生が「大事だ」と言って長々説明していた古典の文法などは、なかなか覚えられませんでした。でも、今日やった「四字熟語でポン」みたいに遊び感覚、ゲーム感覚で出来たら、やっている間に覚えたり、生徒自ら覚えようとしてくれたりするので、良いと思います。覚えなければいけない、とか、やらなければいけない勉強よりも、覚えたい、やりたい、と生徒に思わせる事が大事なのだとわかりました。

S9 『ゲームをしながら学べる』なんて、子どもたちにとってはとても楽しい授業だろうな、と思いました。遊び感覚で受けられる、友達とわいわいできる、勝てば嬉しい、そして力が付くなんて、いいことづくしです。
集団のゲームなので、みんながやる気になれば、クラス全員の学力アップにつながりますよね。四字熟語だけでなく、応用もきくようなのでいろんなバージョンを考えてやってみたくなりました。

T 「大事だから勉強しよう」と、先生の言葉を理解して勉強する子どもたちは、「大事だ」と長々言わなくてももう勉強しているはずです。問題は、「大事だ」と長々言ったのに、「別に」とか「え? なんか言った?」と言っている子どもたちへの指導です。私は面白いからやるを基本的な考えに据えてこの授業を開発しました。みなさんは、なにを基本的な考え方に据えるのでしょうか。

            ◆

S11 「教師が熱心に教えれば教えるほど子どもは退屈する」という言葉が印象的でした。授業というものは子ども主体でなければならない、ということを改めて思い知らされました。

「徹底的に遊ぶ」という言葉も印象的でした。真剣に遊ぶ、というと何か矛盾しているようにも思えますが、実はそれはもっとも理想的な学習方法なのではないかと思います。

T 「教師が熱心に教えれば教えるほど子どもは退屈する」ということもあるということです.全面的に否定しているわけではありません。ただ、
(なんで先生、あんなに一人で燃えているんだろう?)
と思う子どももいますよね。私もそういう生徒の一人でした。

勉強とか学問とかというのは、成績が上がるから、または上がったから楽しいというのものではなく、勉強や学問をする時間そのもののが楽しいというものなのだと思います。さらに、遊ぶという行為は、人間の行為の中でもかなり人間的な行為です。犬はボールにじゃれますが、遊んでいるかというとどうでしょう。遊ぶというのは本能だけで生きることから解放された人間だけに許される行為ではないでしょうか。だとすれば、適当に遊ぶのはもったいないなあと私は、思うわけです。

            ◆

S12 今日の授業は「四字熟語でポン」に熱中してしまいました。最初はルールがわからずなかなかゲームが進まなかったので苦労しましたが、二回戦目ではルールもある程度把握でき、楽しかったです。でも肝心の四字熟語の意味がわからないものが多く、なかなかペアを合わせられませんでした。先生のかつての生徒のように資料集などで再確認したいと思います。
この学習ゲームによる指導法は負けず嫌いな人の方がより効果的だと思いました。

T 当たり前ですが、指導する側の人間は指導する内容についてきちんと理解しておく必要があります。私の直感からすると、指導する内容の5倍ぐらい知っていて、なんとか教えられる。10倍ぐらい知っていて普通に指導できるという感じでしょうか。

ちなみに、「負けず嫌い」って変な言葉だと気がつきましたか?

            ◆

S13 自分の四字熟語の知識の足りなさに衝撃を受けました。勉強します。なんだか授業を受けるたびに自分の学習不足に気付いている気がします。
“授業を参加型にする”試みはすごく魅力的で、是非自分もやってみたいと思いました。先生が説明するよりも、実際にやらせてみたほうが身に付く、という話にも納得しました。
しかし実践の場では、どう進めていくのか様々なパターンを考えるなど、しっかりとした準備が必要そうです。盛り上がりすぎたときや、逆に盛り上がらなかったときのこと。どうすれば盛り上げることが出来るか。このゲームをして生徒はどんな食いつき方をするだろう?とちゃんと考えられる自分でありたいです。
例えば参加型のゲームが嫌いだったり、気が弱くてクラスメイトと競うのが苦手だったり、負けたり間違えるのが恥ずかしくてたまらない子もいるはずです。そういった子にも楽しんでもらえるゲームの進め方を考えるのは難儀だと感じます。そこを頑張るのが教師の腕の見せ所だとも思いますが。

『四字熟語でポン』はルールが難しくて、理解するのに時間がかかりました。「学び方を覚える」「学習内容を覚える」を同時にするのは確かに負担です。最初は四字熟語カルタぐらいのシンプルな遊びからやらせてみたいです。
ただ、ルールを理解するときに班員とああでもないこうでもないと言いながら考えあうのは、仲良くなるのにいい方法だなと思いました。

名刺を使ってのコミュニティの広げ方の話を聞いて、「今までの自分はなんてもったいないことをしていたのだろう」と思いました。と言うのも、サークルで他の団体と名刺交換をする機会がここ数年何度もあったのに、交換したっきりで連絡をとらないことがほとんどだったからです。
確かに名刺をもらったあと交流に繋げようと努力している人は、携帯のメモリが500人を越えていたりします。そういった例を間近に見ながらも、自分はいいやと思ってネットワークを広げるのを放棄していました。
自分自身のためにもう少し努力してみたいと思います。

T 気づくだけ立派です。気づけばそこから努力が出来ますから。
(君は、国語の教師を目指すのだろ? そのぐらい知っていて当然じゃないか。そんなレベルのことを知らないでいて、教師を目指すなんて烏滸がましい。それに気が使いないのか!)
ということを言われかねない学生もいると思っています。

これからの時代、10年前なら絶対に合格しないレベルであっても、教員が足りないという理由で合格して教師になって行く学生がどんどん出てくることでしょう。教師になろうとする人たちからすれば、それはなりやすいのですから、良い時代です。しかし、子どもたちから見た場合、日本の社会、人類の発展から見た場合はどうなのでしょうか。ま、私が教師になった時にも、先輩たちはそんな風に思っていたのかもしれませんが。

中学二年生が覚えている内容を理解していないというのは、相当気合いを入れて勉強しないと「うっかり合格」してしまっても、その後がとっても大変ですよ。

             ■□■

同じ授業を受けているのだから、感想が同じようになるというのも分からないでもない。しかし、あまりにも同じだと、コメントをする意欲もなくなって行く。

掲示版では先に書き込んだ人の感想を読むことが出来るのだから、ちょっと確認してみると良いね。

だから、すぐに感想を書き込む人は、自分が思ったことをそのまま書けるわけだ。これが、すぐに書き込みをした人の特権である。

締切の時間ギリギリになって、しかもそれまでに何回も書かれていた感想を書くようであっては、採用試験の面接の答えで失敗するのが目に見えるようであるぞよ。

読む側の気持ちになろう。
あなたの感想は、ユニークか。即ち、あなただけにしかか書けない文章になっているか。これが大事なのである。

コメントをされる文章であることをしっかりと理解して、読者を意識しましょう。

                             国語科教育法通信 修学 NO34〜37

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