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2007/05/22

小さい勇気をこそ

「明日の教室」に参加している学生さんから、冊子を戴いた。『ほんものはつづく つづくとほんものになる ー東井義雄伝ー』(村上信行 株式会社タニサケ)東井先生に指導を受けたという著者の先生が、書かれた冊子だ。学生さんの故郷の大先輩が東井先生だというのだ。

私は東井義雄先生のことは、ほとんど知らない。いくつかの素晴らしい実践と、詩を知っているだけだ。折角だったので今日はその冊子をじっくりと読んだ。

涙が出てきた。
こういう教育をする先生がいて、こういう教育ができる時代もあったんだなと。いや、楽をしているというのではない。厳しい厳しい教育をしている。でも、あたたかいのだ。

私も勇気をもらった。私は、だらしなくてなんとか教師をやり続けているという思いが強いが、東井先生であってもそうであったのかと思った。

先週の研究入門ゼミで学生たちに、五分間の大切さについて話した。大事なのは、一時間頑張ることではなく、五分間頑張ることである。その五分が一年後にはとんでもない差異になるのだと。

それと同じようなことが、書かれている詩があった。

引用開始 ーーーーーーーーーー

小さい勇気をこそ

                  東井義雄

人生の大嵐がやってきたとき
それがへっちゃらで乗りこえられるような
大きい勇気もほしいにはほしいが
わたしは
小さい勇気こそほしい
わたしの大切な仕事をあとまわしにさせ
忘れさせようとする小さい悪魔が
テレビののスリルドラマや漫画にばけて
わたしを誘惑するとき
すぐそれがやっつけられるくらいの
小さい勇気でいいから
わたしはそれがほしい
もう五分くらいねていたっていいじゃないか
けさは寒いんだよと
あたたかい寝床の中にひそみこんで
わたしにささやきかける小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそほしい
明日があるじゃないか
明日やればいいじゃないか
今夜はもう寝ろよと
机の下からささやきかける小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそほしい
紙くずがおちているのを見つけたときは
気がつかなかったというふりをして
さっさといっちまえよ
かぜひきの鼻紙かもしれないよ
不潔じゃないかと呼びかける
小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそわたしはほしい
どんな苦難ものり切れる
大きい勇気もほしいにはほしいが
毎日小出しにして使える
小さい勇気でいいから
それがわたしは
たくさんほしい
それに
そういう小さい勇気を軽蔑していては
いざというときの
大きい勇気もつかめないのではないだろうか。

引用終了 ーーーーーーーーーー

本当に、教育って奴は小さな勇気をきちんと使えるかどうかなんだと思う。面倒くさくて、かったるくて、しんどいのが日々の教育実践。この面倒くさくて、かったるくて、しんどいのを乗り越えるために必要なのが、小さな勇気だと思う。

東井義雄先生でもそうだったんだ。
私ぐらいで、めげていては駄目だと改めて思う。

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コメント

池田修先生でもそうだったんだ。
僕程度の木っ端教員ぐらいで、めげていては駄目だと改めて思う。

めげて、めげて、こんちくしょうと思って復活。
はあ、この繰り返しですねf(^^;。

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