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2007/05/16

メモの効用

今日のゼミでは、日直さんが研究室まで日直の仕事をしに、授業の前にやってきました。そして、Cクラスの日直の順番を一覧にしてみんなに配ってくれていました。

うれしいねえ。

こういうのを主体的な行動といい、仲間のためにちょっとお世話をするというのだね。集団というのはルールと文化の両方が必要で、これを自分たちで作るか、誰かに与えられてそれに従うかで、その集団の質は全然違ったものになるんだな。

前者を自治と呼び、後者を従属や隷属というのだね。君たちは、やがて子ども集団をまとめる仕事に就く.その時に、子どもたちに自治を目指すことを教えてほしい。

もちろん、小学校に入る前の子ども、さらに小学校の子どもたちに完全な自治は難しいと思う。しかし、それを目指すことは大事だし、なにより今大学生の君たちが、自治を身につけることがとても大事であると考えている。

そのための小さな一歩だ。でも、大きな一歩だよ。一覧を作ってくれた君、ありがとう。

            ◆

授業は、夏服に移りつつある君たちの姿を見て、私が白い服を小さい時に「自主規制して」着なかったのが、結婚してから着出したことから話は始まった。

途中で、「発達課題」という用語を使った頃から少しずつメモを取りはじめる諸君が出てきた。しかし、周りを見回すと、泰然自若(読めるか?)として聞いているだけの諸君もやはりいた。

研究入門ゼミでは、必ずメモを取って授業を受けること。これは授業を受けるときのルールとして厳しく伝えたはずだが、どうもメモを取る習慣がついていない諸君がいると、前回までの授業で感じていた。
            ◆

そこで、今日はメモがどのぐらい取れるのかを確認した。15分ほどの話をA4の紙にメモする課題だ。このメモは、

1)たくさん取ること。
2)自分にだけ理解できる文字の形で良いこと。

を条件にして行った。話の内容は、「湯船の法則」である。この話は、学習に置ける「閾値(いきち)」の問題を考える時に、重要な「たとえ」だと思っている。誰が考えたかといえば、それは私だ。

余談開始。子どもたちに説明をするとき、子どもの事実と指導者の事実とを刷り合わして、そこに共通に浮かび上がってくる事象で「たとえ」を作って、それで説明する能力というのは、先生にはとても重要な力だと思っている。余談終了。

で、諸君がメモを取り終わったところで、クラス全員のメモを回覧して自分との違いを発見させた。明らかに、メモの分量に差があるのが分かったであろう。

メモには三種類ある。1)記録、2)思考・発想、3)まとめだ。このうち、今回行ったのは主に1)のメモである。

人間の脳みそは、短期的に記憶できる部分と長期的に記憶することが出来る部分に分かれていることが最近の研究で分かってきている。短期的に記憶できる場所は、少量の記憶しかできない。外に出さないと新しい記憶が出来ない仕組みになっている。

だから、メモなのである。
記憶するのではなく、記録するのである。
書くことによって、記憶から開放されるのだ。

いや、正確に言うとメモを取ることで記憶は強化されつつ、思考の領域を刺激する。書くことは考えることに直結しているからである。ほかにも2)や3)についてもメモの効用はある。

研究入門ゼミでは、必ずメモを取って授業を受けること。

意味もないことを諸君に強要するつもりはない。1年後、自分が書くことなしに話を聞くことが出来ない君に生まれ変わることを楽しみにしている。そしてその時は、考える君にもなっているはずだ。

研究入門ゼミ通信「起筆」NO.6

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