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2007/05/03

論文とは何か?

今日の研究入門ゼミでは、ワークショップに入る前の時間帯で良い質問が出ました。君たちの時間割を配りながら、「そう、一年間で50単位も取るんだ」と話す一方で、(今日のワークショップは時間がかかるな)と思っていた矢先でした。

(これに答えるとなると、どうなるかな)と授業の時間配分を頭の中でもう一度一瞬でしなおして、(よし、行ける)と思ったので、説明を始めました。

その質問は、「論文とは何か?」です。

            ◆

簡単に言えば、論文とは
「自らが立てた問いがあって、その問いに自らが答えている文章」
のことです。定義は非常に簡単です。ですが、この「自らが立てた問い」は、今まで誰もが考えたことのない問いでなければなりませんし、同じように「自らが答えている」答えも、誰もが答えていなく、そして誰が読んでも(なるほど)と思える答えでなければなりません。

その方法を身につける一歩目をこの研究入門ゼミでは行っているわけです。あんだすたん?*1

            ◆

さて、今日のゼミはスピーチに質問するというものでした。質問には

A: 分からないことを聞く
B: 分かっていることを聞く

の二種類があることを確認して、小グループとなり「お国自慢スピーチ」をメモすることから、聞くことのレッスンを始めました。

お国自慢スピーチは、傍で聞いていてもなかなか面白いものが多く、特に美味しいもの情報に付いては私もつい質問してしまいました。

今回の質問では、

【〜と言いましたね。それは〜ですか?】

という型を意識して行いました。「〜と言いましたね」という部分は、「引用」(と確認)と呼ばれるものです。この部分がきちんとなされることが、質問ではとても大事です。君たちに毎週出されている本を読むと言う課題でも、引用から文章を書くということになっていますね。これは議論を組み立てるために必要な手続きなのです。考え方はどちらも同じです。

「〜と言いましたね。」と区切ることで、相手が「はい」と答えやすくなるので、会話にテンポが出るということを指摘しました。「〜と言いましたが、〜ですか?」と続けると、相手が「はい」と言えないので、場合によっては追及されている雰囲気になることも実感したのではないでしょうか。

            ◆

さらに、聞く側がうなずきながら聞くということが大事なことも理解できたのではないでしょうか。

会話は、質問をしている人、答えている人だけで作っているのではなく、それを聞いているグループの人も作っているのです。聞いているグループの人がうなずきながら、またはメモを取りながら聞いていると、話をしている人はとても話しやすくなるというのも実感できたのではないでしょうか。

これが「質問は、聞く側にも責任がある」ということの内容です。

            ◆

みなさんは、小学校の先生になれば班会議や、班長会、学級会などを指導することになります。どうやったら、気持ちよく会話が続けられるのか子どもたちに指導しなければなりません。

今日みなさんに指導した内容は、これらの指導方法のごく一部です。指導法の学びは始まったばかりです。

*1  もう少し詳しくレポートや論文の書き方を学びたい人は、『論文の教室 〜レポートから卒論まで〜』(戸田山和久 NHKブックス954)をお勧めします。非常に読みやすく分かりやすいです。

                               平成19年度 京都橘大学文学部
 児童教育学科Cクラス 研究入門ゼミ通信 5月  2日 「起筆」NO. 4 より

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コメント

このゼミはすばらしい。
「論文を書く」ということに対しても大切なことなのだと思いますが、会議をつくるという観点からも非常に重要だと思います。

最近はラボ運営というところにも興味を持ち始めていて、それにはいい会議ができるかどうかに、一つカギがあると思っています。

専門知識だけでなくそういう技術も身に付けなければと再確認できました。

日々勉強ですね。

2つのことに納得しました。

ひとつめは「自らの問いに自ら答える」こと
ふたつめは「相手のことばを引用して確認してから主張する」こと

ひとつめの「問い」については、大学生の卒業論文も、小学生の総合的な学習の時間の調べ学習も、教師の研究も同じです。自らの問いを立てることの難しさと楽しさを子どもに伝えるにはまず自分自身がそうでなくてはなりませんね。

ふたつめの「引用」は、私自身の引っかかっていることです。子どもが話し合っている時や発言する時に、だれかのどこかの発話を引用することで授業が変わっていきます。誰かの発話のなにかを引用することに敏感であるためには、聞きながら「ひっかかる」ことが大事ですね。さらに、池田さんから教えて頂いたディベートの技術の一つに、引用して確認するというものがありましたね。

そんなあれこれを思い出しました。

堀之内君、池田です。褒めて頂いて嬉しいですf(^^;。

そうか、一度うちの学生たちにも何か話してもらおうかな。大学に入ったばかりの学生たちに、どうやって学びを始めたら良いのかなどを。戻ってきたら相談させてね。

kuraさん、池田です。

総合的な学習の時間は、いまや学年選択授業になってしまっている感がありますが、私はちゃんと子どもの疑問から始まる学びとしての総合的な学習の時間を設定することは意味があると思っています。

ただ、残念ながらおっしゃるとおり「自らの問いを立てることの難しさと楽しさを子どもに伝える」ってところが難しく、上手く行かない場合が多いのだと思います。

世の中には不思議が一杯あるというのに、なんてこった。

ご無沙汰しております。門島です。

「釈迦に説法」であるのは承知しておりますが、池田さんに紹介していただいた、『論文の教室 〜レポートから卒論まで〜』(戸田山和久 NHKブックス954)の他に、鹿島茂の『勝つための論文の書き方』(文藝春秋)がピカイチの一冊だと思います。

問いの立て方について詳しく分かりやすく書かれており、修士論文の執筆時に大きな力となりました。学生にもお勧めの一冊だと思います。

いやあ、存じ上げませんでした。
さっそく大学生協の注文本棚に入れました。
ありがとうございました。

私達の学部の時代にこういう本があれば良かったのになあと思いますf(^^;。

お役に立つことができて光栄です。

大学院1年目に「論文の書き方」関係の本を10冊以上読みました。お恥ずかしい話ですが、教師になってから雑誌論文を何本か書いているにもかかわらず、論文の書き方のイロハもしらない私でした。

論文特有の言葉遣いが思いつかない学生さんの場合、『大学生と留学生のための 論文ワークブック』浜田麻里・平尾得子・由井紀久子 著(くろしお出版)もお薦めです。どのくらいの学生が活用しているのかはわかりませんが、富山大学の図書館には、複数冊あったと思います。

鹿島茂氏の『勝つための論文の書き方』は、マーカーを使って10回以上も読みました(理解することと習熟することとは別問題ですから)。

過分なご配慮ありがとうございます。
ありがたく、お引き受けしようと思います。

何を話したらいいのか、また、どのように役に立つのかは今のところわかりませんが、
ただ、現時点でわかることは、この機会を通じて私自身が勉強させていただけるということです。おそらく、池田先生はそのあたりも考慮済みなのだとおもいますが。

親はいつまでたっても、その子の親であるように、先生はいつまでたっても、先生ですね。

話は変わりますが、教育-教育者というのは「利己的な遺伝子」に似ているような気がするなと、今ふと思いつきました。

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