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2007/06/10

授業の感想に答える40〜45

S1「親より先に死んではいけない」この言葉は、親戚のおじさんや、近所のおじさんによく言われていた事を思いだしました。
免許を取った時に、教習所の先生にも言われました。当たり前の事だと思うが、今自殺や若者の交通事故が多い。親はやりきれない思いで希望さえなくなるだろうなぁ、と思います。だからこそ、この言葉を伝えていかなければならないと思いました。「命の重さ、大切さ」を教師になって伝えていきたいと思います。

S2 今日の授業で印象に残ったのは、教師は出会いと別れに多く出会う職業だ、という先生の言葉です。
私は今まで友人を亡くしたことがありません。しかし友人の親や兄弟が亡くなることは経験があります。私が今までの間にこういう経験をしたということは、教師になると更に多くの別れか待っているんだと思いました。
最近、死ぬのなんか怖くないと言っている子どもがいてゾッとします。
生きること、出会いと別れ、死ぬこと、これらのことをしっかり考えていきたいと思いました。

S8 正確な言葉はメモできなかったのですが、絶望しかなくなってしまったから人は自殺をするという話を聞いて、私はテレビで特集も組まれた、いじめ問題で自殺してしまった子どもたちの話を思い出しました。
子どもたちにはまだ、将来に可能性がたくさんあるのに、絶望しかなかったのでしょうか。
私みたいに、今くらいの年齢になれば、学校がすべてではないことは理解できます。でも小中学生にとっては、やはり多くの子ども達が学校と家が生活する空間のすべてだと思います。それなのに、家の人には知られたくなくて学校では居場所がなくて…では逃げ場がどこにもありません。
私が教師になって、身近にそういう生徒がいたとき、または自分の子どもがそういう状況だと気づいたときは、絶望しかなくなる前にいろんな選択肢があるということを教えてあげたいと思いました。

T 命は授かるものですね。この世の中に誰一人として、自分で生まれようと思って生まれてきた人はいないのですから。折角の命を精一杯使い切りたいものです。そんなことを伝えてあげたいですね。

            ◆

S3 今日の授業で、先生がおっしゃっていた、『千枚通しの管理方法』の話が印象に残りました。自分が教師だったらと考えると、生徒の安全まで頭に入れられてないだろうと思いました。使用している時は「気をつけなさい」と注意を払うかもしれないけれど、生徒の心が緩むのは、休み時間だという事がわかりました。
「子供を被害者にしたくない」「子供を加害者にしたくない」という思いから、千枚通しを預かったり、学校で用意したり、セロテープを貼ったりという、子供への配慮に関心しました。
また、制作をする際に、1)完成品を示す。2)ゴールまでのパートを示す。と言う指導方法がとてもわかりやすいと思いました。

S10 今まで和綴じ本を作ったことがなかったので、すごく楽しかったです。
完成品を見ながら、具体的な説明を受けながら、の作業はとてもわかりやすかったです。この方法なら、中学生でもイメージがしやすく、やりやすいだろうな、と思いました。
そして、「出会いと別れが多い職業」「離任式での言葉は1番伝えたいこと」の話が印象に残りました。
離任式に出ていた頃、特に意識せずに話を聞いて(時には聞き流して)いたことをすごく悔やみました。先生方が学校を離れる前に私たちに伝えたかったこと。それをきちんと受け止めることが出来ていなかったと思います。
これからは、話(ことば)だけでなく、その奥の思いも考えられるようにしたいです。

S11 和綴じ本は作ったことがなかったので、わくわくしました。
授業中に作るのはなかなか難しそうだと思っていましたが、実際にやってみると、進め方次第で簡単に作れると感じました。
国語の授業で自分が書いたものがまとめられて、生徒のお気に入りのひとつになれば、生徒自身も、教師も、とても嬉しいと思います。

そんな、楽しくて嬉しくなる授業が作れるようになりたいと思いました。

S22 今日の授業の中で、『公人』と『私人』の話が出ました。教師は公人である、ということです。確かに、先生というのは、いつ、どこで、何をしていても“先生”と呼ばれます。考えてみれば、完璧に“一般人”になれることはないのでは…と思いました。教師だという自覚をしっかりもち、責任を感じながら励む、それが教師という仕事なんだと考えさせられました。
 また、責任といえば、事故の前の指導が教師の責任につながってくる、という話も聞きました。学校の日常においては、事故もケガも普通に起きうる、ということです。そこで、大切なのは、事前指導でどれだけ事故を軽く済ませられるかということを知りました。自分の指導法で生徒を被害者にも加害者にもしないですむように、常に生徒のことを考えられる教師になりたいと思いました。

S23 子どもを被害者にも加害者にもしたくない、ということがとても印象に残っています。そうしないために、教師は十分な配慮が必要で、適格な指示や注意をしなくてはならない。絶対にこのことを忘れない、しっかりとこういったことができる教師になりたいと思いました。
和綴じ本では、色合わせの話を聞いて、勉強をして季節に合った綺麗なものを作りたいと思いました。

T 指導を考えるとき、指導の経験が少ないとその場だけの指導になりがちです。自分の出した指示が、子どもにどのように影響して行くのか、時間の流れで考えてみることです。そうすると、その先にある危険なものごとも見えてきます。そして、そのことを考えて事前に指導しておくことが、事故の防止に繋がります。

            ◆

S4 私は今日の授業の中で、「出来ない子の気持ち」とその出来ない子を手伝ってくれる「人の優しさ」がよく分かりました。今日の授業の中で私は皆より作業が遅れ、先生の指示についていくことが出来ませんでした。「もう出来た人もいます」と先生がおっしゃった時は、正直焦りました。その気持ちと共に、生徒が途中で諦める気持ちがよく分かりました。
 
 クラス全体で作業を行う時は、クラス全体の進行状況の確認と、出来ている子が出来ていない子を助けるように指示を出さないといけないと思います。実際私は隣の久本さんの助けを借り、本を完成することが出来ました。

 今日の授業で大切だと感じたことは、「クラスの生徒皆が同じように完成出来るようにする」ということです。一人でも投げ出す生徒がいたら、この本を完成させた時のクラスの喜びは半減すると思います。生徒全員が楽しく完成出来るように、教師はクラス全体の雰囲気を掴み、指示していかなければいけないということが分かりました。

S19 和綴じ本を作るのは今日がはじめてでしたが、すごく楽しかったです。
私は、小学校の頃に「生い立ちの記」という、生まれてから12年間の記録を作文用紙にまとめたもので、全120ページ強におよぶ本を作ったことがあります。そのときはただ表紙に和紙を張って、2つ穴を開けたものを紐で縛っただけでしたが、今日みたいな和綴じ本にできたらもっと良かったろうにと思いました。
また、作業工程の説明については、実際自分が聞く側に立ってみて、すごく難しいなと思いました。「やりながら聞いて、聞きながらして」の繰り返しで、出来る子はどんどん進むし、出来ない子はどんどん置いていかれるしで、もし自分が何か説明するなら、常にそういったことに注意を払わなければいけないと感じました。
誰でもわかる説明、小学校低学年や幼稚園児が聞いても分かる説明ぐらいが、適度でいいのかもしれないと思いました。

S20 和綴じ本は授業で習い、写真を見たことがあったので古典文学を習う者としてもとても興味がありました。
しかし、手先が不器用で針に糸を通すのを苦戦している間にほとんど終わりが来てしまい、縫い合わせに着手することが出来ませんでした。
すごく悔しかったです。
出来ないことに焦って苛々して、たぶんこのままこの状態が続くとやる気が無くなってしまうと思います。
それを思うと改めて出来ない子に合わせ、フォローする大切さが分かりました。
子どもに教えるためには聞かれる以上の物事をしっかり把握し理解しなければならないと思います。
そのため今回はまず自分で和綴じ本の作り方が説明できるように練習し、しっかり覚えたいです。

また今日の授業ではマッピングノートに字を書く余裕が持てず、ほとんど内容のない物になってしまいました。
どうにも一つのことにのめり込んでしまう性格なので、もっと広域に気を配れるようにしたいです。

S12 今日の和綴じ本の演習で、正直に言って初めて分からない子、できない子の気持ちが分かった気がします。糸で綴じる段になると、全く訳が分からなくなりました。ああ、分からないと言う生徒はこんな気持ちなのか、と納得しました。それは、分からないものは分からないのだから、先生が丁寧に指導しなければ、絶対に理解できないのだと思います。私達学生は、それでも友人に聞いたり、調べたりして最後には納得することも多いと思います。しかし、中学生が相手ならば、最後まで、できない子がいなくなるまで教える。その大切さを実感しました。

そんな分からなかった私なので、友人に聞いて完成させました。あと、作り方を書いたホームページを見つけました。「小次郎の手作り本コーナー」から「和綴じ本「四つ目綴じ」」に飛ぶと作り方が書かれています。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~kojiro/kojiro_index/serect/kojirouhp.htm

S14 絶望、自殺、命…、今日の授業のテーマとは直接関係はないがすごく心に残っている。
「おまえが死んだら俺が嫌やねん。」
人はいつか死ぬ。死ぬってわかってるのにわざわざ生まれてくる。なんの為か…。僕はこんなことばかり考えてしまう…。たった授業の最初の5分間だったけれどまた命について考えることができた。たった5分間で…

和とじ本については、完成できなかった。その分できない子の気持ちがわかることができた。作業が遅い子は一人になってしまうと不安になる、その不安でやる気がなくなる、すると全く関係ないものに興味を持ち始める。そのような子にはどう接すればいいのか?
先生が近づいて声をかけてくれれば「僕のことも見てくれてるんだ」という気持ちになれる。先生が近づいて教えてくれれば「こんな僕に教えてくれる先生を裏切れない」という気持ちになる。
僕は決して優秀な生徒ではなかった。しかし、だからこそ僕がわかってあげれることがあるような気がした。

S24 今日、和綴じ本作りをしていて自分が中学生にもどったような気持ちになりました。高校生や大学生になってからは先生の説明を聞きながら、作業をするということがなくなったように思います。作業をする上で、説明を聞き逃したり理解できなかったりすると先に進めず、どんどん遅れてしまいます。そしてまた新しい説明が聞けず、わからなくなります。作業が遅れてみんなについていけない子供の気持ちがわかったような気がしました。 
そのような子供のために、ちゃんと前を向いて説明を聞けているか、を子供の目を見て確かめなければいけないと思いました。池田先生も今日の授業の中で、何回か「ちょっと前を見て」とおっしゃいました。これは、視覚的に見せたほうがわかりやすいというのもあるけれど、話を聞けているかというのも確かめられると思います。
作業が苦手な子や指示を理解できない子というのは実際にたくさんいると思います。その子たちの遅れを広げないような授業を進めていかなければと思います。

T それは良かった。時には、生徒の気持ちになってみるというのも大事な学習です。渡井は授業をしながら窓側の一群などが遅れているなあと思ってみていましたが、小先生は指名してあったので見ていました。そのような経験が出来たのは非常に良いことです。自分で授業をする時に活かしてください。

また、参考ホームページのアドレスを調べてくれてありがとう。

            ◆

S5 プライベートの時間でも、生徒や保護者に会えば「先生」と言われる、倫理規定が普通の人よりも厳しい、という話を今日の授業で聞いて、教師というのはただ勉強を教えるだけではなく、きちんと一般常識を身につけていなくてはいけないんだな、と改めて思いました。毎日生徒に接して、見られている立場にあるのだから、生徒の見本になるように普段から気を付けていなくてはいけないのだなと思いました。

T なんてたって、教師は「先生」ですからねえ。学力を付けるだけでなく、人間を育てるわけです。

            ◆

S6 実際に和綴じ本を作ってみて、自分の記録を保存する媒体を手作りする、ということはとても大切だと感じました。

パソコンが普及した現在では、紙に書いたものを手作りの和綴じ本に綴じていく、という作業をする機会はほとんど無いように思われます。

しかし、ひとつひとつ手作業をしていくことで愛着もわきますし、大切にしたいという思いも強くなります。

パソコンの画面上で「保存」ボタンをクリックする、という行為だけでは得られない感動がそこにはあると感じました。

S17 今日和綴じ本を初めて作って、やっぱり手作りはいいなぁと思いました。材料さえあればすぐ作れるし、手作りということもあって思い入れができるものだなぁと思いました。国語科教育法の何十枚ものプリントを和綴じ本として作る事を考えると少しゾッとしますが、教育実習や教師になった時のお守りとして、中身も外身も充実した和綴じ本を作れるよう、また改めて毎回の授業を頑張ろうと思いました。

S7 最初先生が先輩へインタビューをしたときに「八時間かかった」「力がいる」とおっしゃったのにびっくりしました。
自分なんかに出来るのだろうかと不安になりながらの和綴じ本作りでしたが、不恰好ながらもなんとか完成して、出来上がりを見てちょっと誇らしげな気分になりました。

物作りは机の上の学習とはまた違い、結果が解り易く形になって残るものです。大事に作ることで物に愛着が湧くし、やったことが記憶にも残りやすいと思います。
学習と絡めて物作りをするのも楽しいかな、と思いました。
このような、小さなことを達成する喜びを、子どもたちにもたくさん感じさせてみたいです。

しかし自分でものの作り方を指導するのは大変だろうなと思いました。
左右を示したり、寄せ方を指示したり、穴の感覚を説明したり…。
特に糸の通し方は飲み込むまでに時間がかかりました。プロの池田先生が指導してくださっても大学生たちが戸惑いを覚えるくらいだから、きっと子どもに指導するときはもっともっと丁寧にやらねばならないのでしょう。

こういう場合、机間巡視でひとりひとり見ていくのも大変だと思います。出来る生徒に出来ない子の相手をさせるのは効率の良いやり方だなと感じました。生徒同士のコミュニケーションをとったり、助け合う力を養ったり出来ていいなと思います。

京都のお店には疎いので、試しに検索してみたら、一保堂のサイトがありました。
http://www.ippodo-tea.co.jp/
予想以上に高くてちょっと怖気づきました……。お店で飲むともう少し安く上がるのでしょうか?一度は挑戦してみたいです。

T この授業ではしませんでしたが、もっと簡単に分かりやすく説明する方法もありますね。どうやったら良いと思いますか。それを考えてほしいなあ。

授業中の話題を調べて、仲間のためにアドレスを張る。これはとても良いことです。ありがとう。ちなみに、「嘉木」は、お店ですとお菓子付きで1000円はしません。お茶ごときに1000円と思うかもしれませんが、ぶっ飛びます。是非経験を。

            ◆

S9 今日の和歌についての先生からの質問に答えられなかったことが、とても悔しかったです。
「覚えてたはずなのに…」では駄目だと、痛感しました。言われてみたらわかるのに、言われないと気づかないのでは、“知識”として意味がないし、もはやそれは“知識”でないのではないかと感じました。
色あわせのことも、「国語の参考書で見た記憶があるな」と授業を受けながら思い出しました。
国語科の参考書で見たことがあるということは、国語科の教師には必要な知識なんだと気づきました。

ボーっとしていては忘れてしまうことばかりなので、授業のまとめは和綴じできっちり製本して、見返していこうと思いました。
そして、教育実習のお守りに持って行くという話を聞いて、それは大変心強いだろうと感じました。

T 分かることと、説明できることは別の話です。また説明できることと、指導できることも違いますね。まずは、分かることです。

            ◆

S13 今日の授業の中で出てきた「色合わせ」に興味を持った。平安時代の人たちは、日本の四季を感じとり、その季節に合った色の表現が自然とできていたんだなと思った。 
それは、日々の生活に追われているだけの私が忘れていたものでもある。日本の四季を自然と美しいと感じられるような心の余裕を持ちたいものだ。

池田先生の夕陽の写真、どこか懐かしい気持になりました。

T さあ、「色合わせ」を調べて、掲示版に書き込んでね。

            ◆

S15 今日のNさんが板書した、新古今和歌集の歌は、私にとって身近なものでした。私は静岡県清水市(現在は静岡県)出身なので、由比・蒲原はとても身近に感じることができます。よくこの歌と一緒に見られる富士山の写真は私にとって何ともない日常でした。富士山を見て綺麗だと感じることができたのは、帰省した時の1日と満たない一瞬でした。高校生までは当たり前すぎて何とも感じていませんでした。
 そのため、詩の言葉の変化にはたいして疑問を抱くことはありませんでした。
 また、先生が今日の課題のところに載せた写真も私には当たり前の日常になっていました。久本さんが「日々の生活に追われているだけ」と感想に書いてありましたが、まさにその通りなのだと感じました。私は最近「あれをしなければ、これもしなければ」と毎日を送っており、心にゆとりがなくなっているのだなと感じました。
 何かを感じなければいけないという思いで「感じる」のではなく、ふとした時に抱く気持ち・感情を大切にしていきたいと思いました。


T 地元の文学作品を使って国語の授業をする。これは国語教師の一つの夢です。私も万葉集でやりました。是非、地元の作品での授業をつくってみてください。

            ◆

S16 今日やった綴じ方は1回生の時に篆刻の課題でやったはずなのに見事に忘れていました。1回生の時はプリントをくれただけで「これを見たら誰でもわかる」と言われて、プリントを見ながら各自でするというものでした。しかし今回は実際に作りながら綴じ方を教わるというやり方だったのでわかりやすかったです。この綴じ方を中学生に教えるのは難しいと思いますが、今回のように完成品を作っておいたり、部分部分で作っておくと、こんなふうにするんだよと教えてあげられるのでとてもわかりやすいと思いました。見て自分でするのと、先生の説明を聞いてするのとではまた全然違うなと思いました。
「教師になるとたくさんの出会いと別れがある」本当にそうだと思いました。出会い方は色んな形であるかもしれませんが、別れの時には「先生ありがとうございました」って言ってもらえる先生になりたいと思いました。

T そして、「んにゃあ、こちらこそ。良い時間をありがとう」と言える教師になりたいよね。

            ◆

S18教師はという職業は他の仕事と違って特殊なんだなと、さらに感じました。
教師ほど、出会いや別れが多い職業はないと思うし、何が起こるかわからないとわかりました。
教師は、勤務時間を終えたプライベートでも世間からみると公人として見られるから、そのことを十分気にしなくてはいけないとわかりました。

和綴じ本の作業のやり方・進め方などよく分かりましたが、なぜ、和綴じ本を作らなくてはいけないのでしょうか?

T 君はどう思うの? 最初に自分の考えをきちんと書きましょう。

            ◆

S21 和綴じ本は今日初めて作りました。私は不器用なので時間内に完成できるか不安だったのですが、なんとかできてよかったです。でも今回は早さ優先だと言われていたので和紙に多少しわがよっても気にせずに作業を進めていけましたが、本番では丁寧さを重視しなければいけないので失敗せずに慎重に作業を進めていきたいと思います。
また先生は「中身で勝負できない人は外側で勝負しろ」とおっしゃっていましたが、私は美的センスも自信がないので、今からどうしようかと悩んでいます。平安時代の人の色合わせをきちんと学んで、少しでもいいものを作れるようにがんばりたいです。
またふと思ったのですが、平安時代の人々は色合わせの他にも香合や和歌など、現代の人よりもはるかに様々な美的センスが問われていたんだなと思いました。

T 授業にはいろいろな目的があります。今回の和綴じ本つくりは、美しいものを作るではなく、作り方を覚えるです。真面目な子どもほど、美しく丁寧に作ろうとして、最後までたどり着かないことがあります。そうすると、それは授業の目的からずれることになります。ですから、今回は「美しさではなく、早さ優先」という指示を出しました。

            ◆

S25 「公人」の話を聞きながら、小学校に教育実習に行った友人が実習が終わった後も、近所の子どもたちに「先生」と呼ばれて気軽に外に出られない、ということを話していたのを思い出していました。教師への評価が、そのまま教えている子どもたちの評価にもなってしまうからこそ、教師は自分の行動に責任を持って行動しなければならないのだと思いました。
 和綴じ本は…糸の通し方をすっかり忘れていたので焦りましたが、本番にはきちんとできるように今から準備を進めておくつもりです。

T 私なんか、歯医者に行っても健康保険証で先生とばれてしまうと、「先生、何処が痛いですか?」『先生、右上です』と訳の分からない会話になってしまいます。なお、飲み屋に行った時に先生とばれると、もう、「先生、先生」となってしまいます。先生という仕事は、なかなか私人に戻りにくいようにできています。

         ■□■

さて、今回の感想は「自殺」「事故防止」「作り方」「公人」というあたりにみなさんの感想が集中しました。同じ授業を受けていて、違う感想を持つものだと思うのか、同じようなことを考えているのだなあと思うのか。みなさんはどちらでしょうか。

現在の学校と言うシステムはあと何年ぐらい続くのかなあと思うことがあります。コンピュータの進歩というか進化というか、これらのものはもの凄いスピードで進んでいます。その時に、今の学校はどうなるのだろうかと思うわけです。

学校が学校であるための条件の一つに、集団で学ぶというものがあると思います。コンピュータがこれだけ爆発的に広がったのは、一台独立して使われるコンピュータから、世界中のいろいろなところに繋がるインターネットの端末として使えるようになったからということがあるでしょう。

私は時々思うのです。
子どもたちも、こうして繋がったら凄いことになるんだろうなと。群れとしている子どもたちが、目的を共有した集団に変わる時、学校て凄く面白いところになるのではないかと思うのです。

さて、そうしたとき、いや、それを目指したとき、国語の教師はどんな授業を構築したら良いのかなあと思うわけです。

意見が完全に一致するなんてことはありません。しかし、どこかで繋がっているのも事実です。その繋がり具合を確認し、集団として学力を高め、人間としての成長を促すような、国語の授業。

そんなものに憧れませんか。

私は、ずっと憧れています。

作り出したいと思っています。

6月 5日 国語科教育通信 修学 NO. 41〜46

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