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2007/06/02

学生に引かれて書道店

昨日も引き続き三人に実習の事前指導を行った。
一人は書写と国語の授業をするので、両方とも指導案を見る。私は国語科教育法の授業担当だが、まあ、それなりに書写の指導も出来るので指導案を見る。

指導をしているうちに、気になることも聞いてみた。

『筆とか、硯とか、紙とか大丈夫だった?』

            ◆

中学校によっては書写の授業をしていないところもある。本当はしなければならないのに、していないところもある。私は中学校できちんと指導していたのだが、これが逆に

「なんで書写なんかやるのですか。○○中学校はやらないで問題集を解いています」

とクレームの電話に繋がることも合った。ディベートも初期の頃はそうだった。話し合い活動等やらなければならないことをやっていると、クレームが入るのだ。

やるべきことをやっている私がクレームを受けて、やるべきことをやらない人が誉められるなんて、世の中は面白いものだと思った。

            ◆

で、やっていない中学校の場合だと、生徒の持っているお習字道具は悲惨な状況になっていることが多い。墨でガチガチに固まった筆やカスが溜まりに溜まった硯等。これではいくら書いても上手くならないというお習字道具になっている。

専任であれば、安くてしっかりした筆を買わせてしまうという手もあるが、実習生ではいかんともしがたい。でもしっかりと実習させたい。

そうこうしているうちに、硯を研ぐ砥石があることもしらないということにが判明した。さらに先生用の朱墨を使う筆も用意していないことに。おーし、買いに行きましょう。こうなったら事前指導できることは全部しておきましょう。砥石を持って実習に行ってもらいましょう。私も大学に出入りしている書道品店がどこにあるのか知っておきたいし。牛に引かれて善光寺ならぬ、学生に引かれて書道店である。

            ◆

買いに行く道すがら、学生と話した。実習後にすぐ作品展の締切があると言うのだ。

「実習に行っていると書ける時間がなくなるから、作品展が心配です」
『ま、そうかもしれないが、作品というのは技術が良ければ書けるというものでもないからな』
「?」
『一言で言うと人間性というものが影響するということだよ。教育実習を通して君の人間性が豊かになれば、同じ程度の技術であってもぐっと作品が良くなることがある』
「あ、そういうえば、先週末に良いことがあった友達の作品が、ぐっと良くなったと本人が言っていました」
『うーん、それとも違う。それは人間性ではなく、感情のレベルであろう。それを求めてしまうと行き着く先は、お酒とか薬になってしまう。それはマズい。そうではなくて、人間性なのだよ』
「?」
『んーっと、例えば戦国時代の侍等は、戦に向かう朝にきちんといつも通りのことが出来るかどうかを確認したと言う。顔を洗い、食事をしと。平常心が保たれているかどうかが、大事なのだ。いつも通りの自分で入れることが、日頃の鍛錬の成果を出せることに繋がるわけだな』
『だから、自分の質そのものを育てて行き、作品を制作するにあたっては、「無心」の状態で挑み、自分の技術の向上だけではなく、自分の人間性の高まりが作品に出るようにして行くことが大事なのではないかな』
「はい。でも、あと卒業まで1年もないのですけど、それはできるのでしょうか」
『あほ。後一年で出来るのであれば、私がこうして努力しているのはなんなんだ。出来る分けないだろ。一生かかって高みに上って行く稽古ぢゃ』
「はい」

さあ、来週からの実習頑張れよ。

            ◆

大学に戻って『月刊 国語教育』の9月号の原稿を一つ仕上げる。すると、採用試験を受けることで別の学生からの相談。よしよし、話を聞きましょう。今日あとやる仕事は明日に回して聞きましょう。今週末は外に出て行く予定はないので、大丈夫です。


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