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2007/10/10

自主ゼミを開くことにした

今週から学生たちのリクエストにより、自主ゼミを開くことにした。去年国語科教育法を受講していた学生たちが中心となって、模擬授業を行うことを中心とした自主ゼミである。

私はいま専門ゼミを担当していない。専門ゼミは、三回生から始まる。児童教育学科は一回生だけなので、専門ゼミはない。

大学では、結構委員会を担当したり、授業も詰まっているのだが、専門ゼミの始まるまでの一年半は面倒を見てあげようと始めた。なんといっても大学の醍醐味の一つは、あんなに勉強したのに単位にならない自主ゼミにあると私は思っているからだ。

私も大学四年生の時に、恩師に自主ゼミの面倒を見てもらい、その良さを実感している。それを自分だけ経験して、学生たちにさせないというのもなんだ。まず、期間限定で引き受けてやろうと思った次第だ。

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その一回目が昨日あった。中学校三年生の教科書にある長田弘さんの詩を扱っていた。二人の学生が同じ教材で、二本の授業を作る。それぞれ15分ずつ授業をして、それぞれ30分の検討会を行うという構成である。

四回生の行う模擬授業ということもあり、指導案等はそれなりに形になっていた。が、まだまだだなあというものも多い。

・自分で発問や質問をしておきながら、自分でうなずいて答えてしまう。
・指示の言葉が統一されていない。
・発問の意図が分からない。または、バレバレ。

そんなことが見られる。

            ◆

さらに、どうしても授業がコナン型になってしまうのだ。古畑型に展開したらいいなあと思うところで、コナン型になってしまう。

コナン型とは、読者が探偵と一緒に、最後に犯人を当てるタイプの推理番組。古畑型とは、読者には最初に犯人が分かっていて、探偵には分かっていない。そして、なぜ犯人なのかを証明していくタイプの推理番組である。

この「犯人」を「本時の目的」と置き換えると、授業の構成の二つのタイプと考えることが出来る。コナン型は、一つ一つの緻密な授業の進め方が必要であるし、子どもたちがそれに付いてこないと失敗する。一方古畑型は、犯人であることの根拠を捜していくので、取りかかりの幅が広い。やりやすいと考えている。

たとえば、「この詩の主題はなんですか?」と聞くのがコナン型で、「この詩の主題は、絶望です。その理由を本文から求めなさい」といのが古畑型である。

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古畑型にすることで、話し合い活動もしやすくなると考えている。国語科を実技教科にしたいと考えている私は、この方法を勧めている。

ま、まだ始まったばかりだ。二月までやると言うからじっくり指導しよう。ちなみに、本学の学生諸君であれば、見学・参加は可能なので、希望者は私のところにどうぞ。

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