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2007/11/06

で、悩んだ

参考にするということは、どういうことなのか。

宇佐美寛先生は、「参考にします」という言い方を相手がした場合は、怒ったと言う。参考にすると言うのは、(お前の意見は、まあ、聞いておいてやるよ)という意味になると言うのだ。年下の者が年上の意見について「参考にします」というのは、確かにそういう意味になることが多いだろう。

だが、学生が先行実践やネット上に公開されている指導案を参考にする場合はどうであろうか。参考にすると言いながら、実際は丸写しのことがある。つまり、参考は丸写しの意味になっているのだ。

この丸写しをした指導案で授業をしたところで、その指導案のような授業ができるわけがない。なぜならば、その指導案を作った先生の実力と、学生の実力が違いすぎるからである。

指導案に使われている用語、考え方、展開のダイナミズムなどはその実力に達していないと理解できないはずである。そして面倒くさいのは、理解できたものは学ぶ必要がないということなのだ。だから、本来の意味での「参考」ってのは、考える主体を刺激するという営みなのかもしれない。

自分の知識、経験、指導力に応じた指導案。んーんん、応じたと言うとそこまでだな、「少し背伸びをした指導案」で、授業をしないと授業は上手く行かない。

でも、出来るのかなあ。

            ◆

ところが、その一方で「追試」という考えがある。これは真似をすることで、自分に足りない指導の力を身につけるトレーニングだと私は考えている。

これは、うちの大学の書道コースの学生には非常に分かりやすい学習方法である。書道には「摸書」というものがある。書道の摸書は、お手本の上に半紙を敷いて写し書きをするのだ。絵画にも「模写」がある。絵画の模写は、それを見ながら描き移す。これは書道では臨書という。そのぐらい書道の摸書は徹底してやるのだ。

だから、筆の毛先一本の違いや、手首の微妙な動かし方の違いまでも体得することになる。なんとなれば、全く同じように書くにはそのお手本の作者が動かした毛先、手首の動きまでもが同じでないと同じ時にならないからだ。それは書き写しだからこそ言える。

この摸書と同じ系列にあるのが、追試だと思っている。同じ授業にならないのを生徒のせいにするのではなく、自分の力量のせいにしながら、その差を型に従って埋めるようにするのが、このトレーニングである。

            ◆

で、悩んだ。学生にはどちらをやらせるべきなのだろうかと。

そして、考えて一日経って答えが出た。
「学生にはどちらをやらせるべきなのだろうか」という問いが悪かったのだ。

そんな問いを立てるのではなく、
「二つの方法がある。諸君はどちらもやれ」
である。

あまりにも単純な答えに、自分で笑ってしまった。
学生諸君、頑張れ。

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コメント

14日(水)都の指導室訪問で模書の研究授業をすることになりました。門島先生には大変お世話になりました。

自ら模書の追試をしなければダメだと分かってるのですが、なかなか時間が取れません。今週末にはやってみようと思います(^^;)

摸書の授業ですか。それは楽しみです。

1)筆の持ち方
2)姿勢
3)呼吸の仕方

これを整えて、
(どうやったらこの字を書く筆の動きになるのか)
を懸命考えて書くんだよとご指導ください。

仮名用の滲まない半紙、さらに使いやすい筆(写巻や下筆など)も用意しておいた方が良いと思います。

なにかありましたら、どうぞ。

仮名用半紙、下筆(下筆春蚕食叶声)など全てご指導いただき購入済みです。

あとは自分が追試して、送っていただいたDVDで池田先生の言葉かけをチェックして本番に臨むのみです(^^;)

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