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2007/12/12

メディア断食

国語科教育法2では、久しぶりに私が話す授業であった。模擬授業が四回あったから、一ヶ月ぶりと言うことになるか。今日は、メディアリテラシーの授業である。メディアリテラシーとジェンダーの問題を扱った授業例を元に、行った。

学生たちには事前に「メディア断食」を課題としてさせてある。この実体験をもとにレポートを書かせ、メディアとは何ぞやということを考えさせてある。今日はそのレポートの回覧から開始。

引用開始 ーーーーーーーーーー

課題 メディア断食


現在われわれは多くのメディアに囲まれて生活をしている。国語科では、そのメディアとの付き合い方を指導するメディアリテラシーについて扱うことが増えてきた。

そこで、指導者である諸君はメディアの本質を理解する必要がある。その一つの方法として、メディア断食を行う。メディアを取り除いた生活がどのようなものなのかを知ることが、メディアの本質を理解する手助けとなるからである。

【方 法】

① 任意の二泊三日を決める。

① 今回は12/14の授業に間に合うように設定。
② お勧めは大学の授業の無い二泊三日。
③ 事前に友人に所定の日程でメディア断食をすることを伝えておいてもよし。ただし、伝えない方が面白い結果になる。

② この二泊三日は、メディアを断つ。

① イメージとしては、家族全員で無人島に漂流したものである。
② であるから、家族等との会話は許される。
③ 生命に関わる事態が突発的に起きた時は、この課題を中断すること。

③ 終了後1200字程度の報告文を書く。

① 事前の予測、途中の様子、事後の感想・考察の構成で書くこと。
② A4でプリントアウトし教務に提出。メールでも提出のこと。ファイル・件名は共に、「メディア断食 氏名」とすること。
③ レポートは、表紙を付けずに書く。レポートの最初には、次の三点を書く。
(ア) 学科
(イ) 学生番号
(ウ) 氏名


学生によるレポート 実例

日本語日本文学科 NT

メディア断食をするにあたって、まず日程を組むのがとても大変だった。メディアを断つということは必要な連絡も携帯電話やパソコン、電話を使ってすることはできない。レポートや課題もパソコンを使うし、手書きしてもそれはメディアとなってしまう。事前の予測としては、メディア断食をすると絶対に不便で困ると思っていた。また、人との連絡や課題だけでなく日常生活でも大変だろうと予測した。家にいる時はほぼ毎日テレビを見るし、CDを聴いたり本や雑誌を読んだりするのが楽しみである。何か忘れてはならないことがあればメモを取るし、手紙を書くことも多い。こういったことが一切できなくなる、となると何もすることがないように思えた。そして、メディアはなくてはならないものであるというふうにも考えた。やった後にもこのくらいの感想しか持てないのではないかと思っていた。

 しかし、メディア断食をする前にたまたま模擬授業でマスメディアを取り扱った。何も分らないまま仲間とマスメディアやメディアについて調べながら授業を作った。メディアは毎日触れるもので、身近な存在なので学ぶには入りやすいかもしれない、というのが動機であった。けれども、それは間違いで調べれば調べるほどメディアが分らなくなっていった。教える立場である私達にとっても、想定している生徒にとってもメディアが身近すぎたのである。

 そういう中でメディア断食を行った。やりながら案外、外との連絡は取らなくても全然苦痛ではないということが分った。後で返事を出せなかったメールの処理については少し面倒ではあるかもしれないとは思ったが、自分から連絡を取らなくてもたいして困らないと感じたし、楽だとさえ思った。さらに、メディア断食中は部屋がとてもきれいになった。できることが制限されているので、家ですることと言ったら家事くらいである。掃除、洗濯、料理などに集中していると時間はすぐに過ぎてしまい、メディア断食ということも意識の外にあった。反対につらいと感じたのは本や雑誌が読めない、文字が書けないことである。立って作業をしているときは平気だが、休憩に座るとどうしても何か読みたいと思ってしまった。

 メディア断食を行ってみて予想外だったのはこの断食が苦痛ではなかったことである。自分が事前に思っていたほどメディアがなくても困らないという感想を持った。予想通りだったのは本や雑誌が読めない、文字が書けないことに苦痛を感じることであった。しかも、これは予想以上に度々感じた。できることが制限されるので座るとどうしも考え事をしてしまう。しかし、考えたことをメモすることもできない。何度かその考えてはメモできないということを繰り返してしまった。

 予想外だったこと、予想通りだったことを合わせて考えると、それだけメディアというのは私達の生活の中心だったのだということが分った。家事に専念できたのもメモを取れなくて困ったのも、それは普段の生活がメディア中心だからということである。メディアが身近すぎて意識しないというのは模擬授業でなんとなく感じていたが、身近というより現在の生活の中心であり、生活の一部であると考えた。また、私が本を読みたい、メモを取りたいという欲求を感じたように、今までの多くの人の記録するということに対しての欲求が今までメディアを発展させてきたのではないだろうか。それは必要に駆られてということもあるだろうし、理由は様々あると思う。しかし、根本的にはメディアは相手に伝えたり自分に残しておくためにできたもののようにメディア断食を通して感じられた。

 私達は常にメディアと共に生活している。生活の中に入り込みすぎて見えなかったメディアをこの断食のおかげで考えることができた。現代の生活でメディアはなくてはならないものだが、そのためメディアに振り回されることもある。忙しいときはまたメディア断食をして考えてみるのもいいと思った。

引用終了 ーーーーーーーーーー

            ◆

なぜメディアリテラシーがこれからの国語の授業として重要なのかについて、あれこれ解説。そして、私が書いた「CMの分析」と「男女混合名簿」でジェンダーを扱った2003年9月の「授業づくりネットワーク」の実践記録を元に、あれこれと考察を進める。

大学で他の授業でもメディアリテラシーのことは学んでいるようで、それを思い出しつつ新しいことを学び、自分の身近なところのジェンダーを振り返りということで進めた。

            ◆

メディアリテラシーやジェンダーについての考察を深めることもさせたいが、私がもうひとつ学生に伝えたかったメッセージは、
「授業は作るものであり、進化させるもの」
であるということだ。

「授業づくりネットワーク」の実践記録に至るまでに、私がどのように授業を思い付き、改良していったのかを話した。模擬授業であれ、授業をつくった彼ら彼女らであれば理解できると思ってのことである。

            ◆

さて、来週と年明けの第一週は一人5分の模擬授業である。一年間学んできたことを五分間で実際に出来ているかどうかのチェックをする。楽しみである。

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コメント

大変素晴らしい取組みですね。
滅多に経験できないことです。

理解することではない、違う角度の学びがありそうで面白いと思います。

私もやらなければと思いつつ・・・。

また、この件についてもお話をお聞かせくださいませ。

明日の「明日の教室」で、この授業で学生に配った資料をお渡ししますね。

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