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2007/03/29

さて新学期までに

久しぶりに滋賀の家に帰る。
またまた少しずつ部屋が奇麗になっている。ありがたいことだ。奥さんに感謝。
テラスに置いたブルーベリーの鉢。たくさんの花が咲き始めた。今年は大量収穫が期待できそうである。

            ◆

家の隣のヨットハーバーには、なぜか浚渫船のような船が。新たなピアを作るような感じ。折角の静寂さが台無しになってしまう。はあ、入居前に工事を終わらせてくれよ。

西大津はマンションの建築ラッシュなので、あちこちで工事が行われている。工事の音はまあある程度仕方がないのではあるが、ゆったりしたいもんねえ。

            ◆

締め切りが迫ってきている原稿を書き進めなければと、研究室にこもろうと大学に向かう。去年の今頃は電車で京都市内から向かっていたので、いやあ、こんなにここにもかしこにも桜があったとは思わなかった。いよいよ京都も咲いてきました。

大学では、見たことのない学生たちの群れが、見たことのある学生たちと何やらゲーム大会をしている。
(なんだ?)
と思ってその場にいたTくんに聞いてみた。すると、大学生協主催の新入生親睦会だと言う。へーっ、生協はそういうこともしているんだ。

研究室の窓から学内を見たら、なんとほとんど目の前で桜が咲き出していた。ああ、ここも春なのね。でも、私はここから5時間書き続けるんだもんね。

            ◆

重たいものを運んだり、高いところのものをやっつけたりしながら新居を整えて行く。さらに旧居の片付けをしながら、頭の中では四月から始まる授業の流れを追いかけている。

(ってことは、ここをこうアレンジして)

と自分で書いたシラバスを元にあれこれいじる。来年度は授業モードだけでなく、研究モードにも入らねばならぬと思うが、やっぱりまずは授業からだなあ。

体を動かしながらアイディアを練るってのは、結構色々出てくるものである。
だけど、読みかけの本は溜まってくるし。

さて新学期までになんとかせねばなあ。

募金活動の前を通った

募金活動の前を通った。
石川県の地震の被害に対する募金活動である。
財布から小銭を取り出して寄付する。

「必ず石川県のみなさんにお届けします」

といって受け取っていた。

            ◆

確かに世の中には、募金活動のふりしてだまし取るような輩もいる。明らかに怪しいときには私も募金を使用とは思わない。わざわざ詐欺に遭いに行くようなものだからだ。

だが、ちょっと怪しいかなぐらいであれば募金はするようにしている。というのは、騙されるのが嫌だからと募金しないことによる損失は、結構大きなものではないかと思うからだ。

いや、私が募金する金額なんでたかが知れている。それで救われる人が大きく楽になるなんてことはない。だから私が募金しなくとも金額による損失はほとんどない。私が心配する損失は、私自身の問題である。

         ◆

騙されることを恐れて募金をしなくなると、私は他人のために身銭を切るという習慣をなくしてしまうことになると思うのだ。こんな理由で募金するなんて確かに非常に利己的だなあと思うのだが、そんな気がする。

自分のことばかり考えやすい私だからこそ、多少騙されることがあったとしても、何処の誰かは分からないその他人のために、少しだけど役立つだろう募金をすることが、生きて行くための授業料だと思っている。

母親の誕生日

今日は母親の誕生日。
東京に住んでいた時は、年度末ということでとても忙しくて顔を見せに行くことはできなかったが、今年の誕生日は実家にいるので直接、
『お誕生日おめでとうございます』
と言うことができた。

            ◆

母は元気である。もともと体を動かすのが好きということもあるが、いまでも体操をし、水泳をし、良く歩いている。私よりも元気かもしれない。

座っているところからさっと立ち上がることができるので、
『いやあ、元気だねえ』
と言ったところ
「こんなことできるよ、修できるかい?」
と言ってやってみせた。

1)お尻を床につける
2)足の裏を合わせる
3)そのまま立ち上がる

のである。
もちろん、その歳に手を床につくことなどはしない。私も挑戦してみたが、絶対無理であった。足をあぐらの状態にして立ち上がることはできるが、母の状態では無理である。なんて体が柔らかいんだ。恐るべし、母である。

            ◆

お祝いの昼食を父、母、私の三人で取ってから京都に向かう。父の作った米をお土産に、たっくさんの注意事項を言いつけられ、駅まで送ってもらった。
『あのう、私、一応、大学で学生を教えているんですけど。しかも、教育だったりするのですが』
「何言ってんの。子どもはいつまでたっても子ども」
の母の一言でお仕舞い。
はい、その通りです。

また週末にお邪魔します。

            ◆

モノレールに乗って立川駅に向かう。
少し西日になった日差しを受けて、町中にはたくさんの桜の花が輝き出していた。
ああ、春なんだなあ。

            ◆

で、このまま帰らない。もう一人会う仲間がいる。
最初の学校の時に非常勤講師で体育を教えていたK先生だ。二年ほど一緒に仕事をしたがとても面白くて、いい奴だった。ただ、連絡ができない奴でf(^^;、やっとこさタイミングが掴めてこれも15年ぶりぐらいに会うことになった。彼はいま都立の有名進学高校で体育の教員をしている。東京駅で仕事を終えた彼と待ち合わせである。

久しぶりに会う彼は、相変わらずいい顔をしていた。実践に全力を注いでいる教師の顔だ。ただ、蓋周りぐらい太ったか。ま、私も人のことは言えないが。

麦酒一杯の予定だったが、数杯を楽しみあれやこれやと自分のことを話し、相手のことを聞く。ああ、なんて楽しい時間なんだ。あっという間に新幹線の予定の時間になり、慌てて予約していた新幹線を変更する。

十五年、それぞれがその場でがーーーーーーーっと実践してきた。そのことをお互いに詳しくは知らない。でも、お互いにちょっと太ったけど、ただただ熱かったあの時とは違い、今は冷静に熱くなっている互いを確認することができた。

奥さんが京都に連れて行けと言っているとのこと。
お待ちしてまっせ。
今度は一晩中教育のことを話そうぜ。

さあ、三日ぶりの京都だ。

2007/03/28

社会人としての成人式

今日は耳の治療に向かった。お世話になっていた整体の先生に見て頂く。
よく解らないのだが、先生曰く、治りそうな感触があるとのことで、一週間以内にもう一度行くことになりました。週末は教え子の結婚式があるので、また東京なのです。その時に向かいましょう。

で、東京でする仕事を片付けつつ、過ごす。実家は私の自宅より先に無線LANなのでそこに乗る。すると大学から何本か重要なメール。そうですか、そうなりますか。

            ◆

夜は、新宿へ。
かつての仲間と会うことに。

実はこの三月一杯で、私は仕事を始めて二十年になる。仲間たちは、二十年前に一緒に塾の講師をしていたメンバーだ。仲間たちなどと言っているが、とてもお世話になった先輩たちだ。当時この中で私だけが学部生で、あとはみんなマスターやドクターであった。

文学の遊び、音楽の遊び、日本伝統の遊び、くだらない遊びなどよく楽しんだ。そして、塾での指導というものを学んだ。その仲間たちとちょっとしたことがあって会うことにしたのだ。

            ◆

二十年なんて実にあっという間である。社会人としての成人式ということになる。集まったメンバーは私を含めて4人。

K先生は国語のボスであった。今も都内の私立高校に勤務しスキー部の指導にコンピュータの指導に学年主任と大忙し。激務のため20年前よりもスリムになっていた。

I先生は数学担当であった。二十年の間に主に外資系の会社を8つ変わり、社長になったりもしている。海外にいた時間も長い。今でも教育に熱い思いを抱いている。

T先生は、小学校の国語担当であった。仮面ライダー一号俳優さんに似ている。大手の印刷会社に勤務していて、年度末ということでちょっとだけの参加。

そして、私である。

            ◆

当然,子どもの話しや健康の話などもでてくるが、一番は教育の話であった。おじさんたちは、見た目と違って熱いのである。

K先生は毎日5時に起きて学校に向かっている。ということで、10時には終了となる。が、そのあとI先生ともう一件バーに行く。ここで飲んだジントニックが美味しくて、結果的に撃沈してしまった。

この年になって親に駅まで迎えにきてもらうのも恥ずかしいものだが、車で迎えにきてもらって家で、撃沈。ひっさしぶりであった。

だけど、楽しい夜だったなあ。
今度はK先生のご案内で、京都ツアーをすることになった。私は運転手。これも楽しみである。

仲間は有り難いものだ。


2007/03/27

教員免許更新

http://www.asahi.com/edu/news/TKY200702210314.html
から。

引用開始 ーーーーーーーーーー

教員免許更新、管理職は講習免除 教育2法案ほぼ固まる

2007年02月22日06時05分

 文部科学省は21日、文科相の諮問機関の中央教育審議会(中教審)に、政府が今国会への提出を目指している教育関連3法の改正案の概要を示した。教員免許更新制では校長ら管理職の講習免除を盛り込んだ。この更新制や義務教育の目標、副校長や主幹の新設には大きな異論が出ず、2法案の内容がほぼ固まった。一方、教育委員会のあり方をめぐっては意見が対立したままだ。

 文科省は同日、3法案について意見募集を実施すると発表した。通常の「パブリックコメント」は30日間で締め切るが、今回は22日から1週間のみ。突貫ぶりが改めて浮き彫りとなった。

 教員免許の更新制導入は教員免許法の改正案に盛り込まれる。免許の有効期間を10年とし、更新には講習を受けなければならないとする内容で、06年の中教審答申とほぼ同じになった。講習は30時間を想定し、校長や教頭など勤務実績を考慮して「必要性がない」と判断された場合は、講習の必要がないとした。指導力不足教員対策として、同時に教育公務員特例法も改正し、認定された場合は研修を受けなければならず、研修中は免許更新の対象にしない。

 学校教育法の改正では、これまで学校種別に設けていた教育の目標のほかに「義務教育の目標」を新たに設定。教育基本法の改正で入った「公共の精神」や「我が国と郷土を愛する態度」などを盛り込む。また、これまでの中教審の議論を踏まえ、学校の自己評価とその公表の義務化や、副校長や主幹、指導教諭の新設も提案している。

 この二つには、21日の会議で大きな異論は出ず、このまま法案となる可能性が高い。しかし、地方教育行政法の改正では、政府の教育再生会議が提案した、教育委員会への国の是正勧告・指示権を盛り込むことを中心に21日も反対意見が出ている。

引用終了 ーーーーーーーーーー

教員免許更新の目的は何か。この記事を読みながら家で父親と話していた。そしたら、見事に一致してしまった。うひゃあ。

これ実施されることになるのだろうが、分からないことがいくつか。

1)誰が講師をするのか
2)費用は誰が負担するのか
3)私はどうなるのか

1)これは、主に教育委員会の指導主事か大学の教員養成課程の教員が行うことになるのかなあ。そうなると夏休みはどうなるのだろうか? 現状でも大学は集中講義などがあり、私だって来年度も3つの集中講義がある。ここにさらに免許更新のための講座が入ってきたらかなり忙しくなるぞ。研究できるのか?

2)税金からまかなうということはないだろう。運転免許の更新だって自腹だからね。30時間以上の講習ってことはかなりの費用になると思うが、自腹ね。

3)もし、私が講座を担当するとしたら、私の教員免許はどうなるのだろか? 折角専修免許まで取ったのに、そのまま失効ってのは納得いかないしねえ。

卑近な疑問でなんともみっともないが、気になるんだよな。

今日は結婚記念日

3/26

今日は結婚記念日。
昨年の今日は、結婚して初めて二人して結婚記念日を忘れていた。京都に向けての準備をしていたので、忙しくころっと忘れてしまっていた。

今年は東京で「授業づくりネットワーク」の春の大会があり、講座の講師をしつつ、参加を楽しんだ。会場は吉祥寺の成蹊大学。開会式の15分ぐらい前に到着。いやあ、もう桜の花が咲いていた。

いいニュースも入ったし、良かった。

            ◆

今回の講座は、国語の分野で、「体験作文の指導方法」についてである。授業づくりネットワークでは、ディベート、生活指導、学級経営の講座を担当することが多く、国語で講座を担当するのは、随分久しぶり。

20人程度の参加者と2時間たっぷりと、体験作文の指導法の理論、実際の映像、実作のワークショップという三本立てで行った。感想を拝見する限りでは、及第点を頂いたようで良かった。

その後、土作先生の理科の授業、鈴木先生の国語の授業と受講。楽しいなあ。授業の上手い人の授業を受けるのは本当に楽しい。学ぶってことはこんなにもわくわくするものなのかと感じられる。嬉しいなあ。

            ◆

ネットワークの大会の最後は、成蹊大学の一番高い校舎の最上階にあるバンケットでの懇親会。12階だと思うが、武蔵野の平野が一望できる。だんだん沈んで行く太陽を見ながら麦酒を飲み、食事をして歓談する。

半年ぶり、一年ぶりに会う方たちと楽しく会話を交わす。みんな耳のことを心配してくださる。しばらくして講師のメンバーからの一言タイム。
私は司会が
「今日はアルファベット順にいきます」
と言われたので、
(を、池田はiだから結構後ろになるぞ)
と思っていたら、
「では、口座番号Bの池田先生お願いします」
とトップバッターになってしまった。なんでい、講座のアルファベット順かい。
慌てて話しながらスピーチを考える。

耳を心配してくださる方が多いので、そのことも話した。
そしたら、スピーチ後に
「実は私も耳鳴りが、」
という人が多かったのには驚いた。

今年は特にこのスピーチが良かった。
耳の聞こえない講師の先生のスピーチ、講座の内容を少しやってくれた講師、面白い話しで相変わらず楽しませてくださった高橋俊三先生と。
やはり、このパーティまで参加しないと研究会というのはダメだねえ。

            ◆

そして、駅前まで移動してさらに土作さんや赤坂さん、その他若い先生方と飲み続ける。
楽しかった。
でも、今日は終電にはなりませんでしたf(^^;。

東京に着いた

3/25

東京に着いた。いやあ、改めて思うが人が多い。これはストレスだなあ。そこに住み続けていればそんなもんだろうと思うが、久しぶりにくれば多い。

今日は全国教室ディベート連盟、関東甲信越支部の春の大会であることは知っていた。だけど、オープンキャンパスもあり、時間が確定できなかったので、仲間たちに東京に行くことは知らせないでいた。

が、なんとか試合後の反省会で、二次会があれば行けそうだったので京都駅でK氏に電話をした。んでもって、吉祥寺で反省会の二次会に合流。

            ◆

いやあ久しぶりに会うみなさんであった。あの頃中学生、高校生だったのに、いまでは立派にオジさん予備軍になっている面々。みんな貫禄ついたなあ。って単に太っただけね。どちら様も運動しましょう。

途中で気がついたのだが、なんと私この反省会の際年長者であった。いつの間にかそういう年回りになったんだなあ。そして、年下の彼、彼女らがこうして試合を回していることに喜びを得る私でした。

(ああ、ラグビーボールはパスされた)

とね。

            ◆

ディベートの大会の反省は、反省会の一時会で終わっていたようで、二次会は妙に教育の話題で盛り上がる。ディベートのコーチとして母校に関わる彼。塾の教師として(そこから教え直すの?!)と驚く経験を話している彼女。

全国教室ディベート連盟のディベートは、教育の文脈の上で行われるきょう。だからスタッフとして関わっているみんなは、教育とはなんぞやということを自問自答しながら、前に進んでいる。

そして、教育の道へ向かって行こうとしている。そんな気がする。
うれしいなあ。

なわけで、終電のモノレールを使って実家に帰宅した私であった。

2007/03/26

切ない

今朝のびわ湖は、雲の中にいるようであった。
対岸が消えてしまっているのだ。
目の前は確かにびわ湖なのだが、そのびわ湖を目で追いかけて行くと、それが空になってしまうのだ。

湖なのか、空なのか。
騙し絵ではないかと思うような景色であった。

こんな時、韻文の才能があれば素晴らしい、詩や俳句を紡ぎ出すことができるのであろうが、最近はやっていないからなあ。来年度の課題にしよう。

ただ、ただ見つめていた。

            ◆

午後からオープンキャンパスでガイダンスを担当しているのだが、午前中から行く。ALL関西教育フェスタと大教大の講座に参加していた国語の先生を目指す非常勤講師の先生が、私のガイダンスを聞きにくるというので、それならちょっと早めにきてもらって、お話でもしましょうかということになっていたのだ。

その先生は四月から産休代替で一年間仕事をされるということだが、担任の仕事以外はすべて行うとのことで、そりゃアー大変だなあと思った次第なのであった。

            ◆

研究室であれやこれやと話をする。
私は基本的に国語の教師を目指す、しかも中学校の教師を目指すということを聞いてしまうと、切なくなってしまう。

(ああ、これからあのしんどい坂道を上って行くのだなあ。でも、その坂道は堪らなくいい坂道だなあ。でも、私はもう二度と登りたくないなあ。でも、いいよなあ)

なんて思ってしまう切なさだ。
少し参考になれば嬉しい。

            ◆

ガイダンスへの参加人数はいつもよりも少ないが、足許の悪い中この時期に来る生徒諸君は、気持ちが前向きの諸君である。気合いを入れてガイダンスを行う。

結果、予定の時間を3分オーバーしてしまった。
すんません。

            ◆

研究室に戻り、後片付けをして出たところ、児童教育学科の校舎「児優館」の見学会が行われていた。急遽私はガイドになる。「臨床教育実践スタジオ」の説明をする。さて、生徒諸君の学習意欲は高まったかな?

            ◆

伊勢丹で夕ご飯とお土産を購入し、慌ててホームに向かった。
京都駅はかなりの混雑であった。
先発の新幹線が、安全確認ということで6分遅れて到着。私の乗る新幹線は定時。ということで隣接するホームに一分間隔でのぞみ号が入線するという状況であった。

            ◆

発車後、窓から景色を眺めていた。
すると、本学が見えてきた。勢い込んでさらに見ていると、なんと我が研究室も見えた.当たり前である研究室から新幹線が見えるのだから、見えて当たり前。でも嬉しい。

さらに、夕日が見たくなり連結部に移動。すると、比叡山、比良山が見事に見えた。その上を夕日が占めている。

夕日は切ないなあ。
何で切ないかは、今日の場合は良くわかる。生きて行くって切ないなあと感じることがいくつもあったからだと思う。

瀬田の唐橋を見て、さらにホゲーッと夕日を見ていたら、なんと新居が見えたのである。新幹線から見えるんだ。今年度も、一年間駆け抜けてきたなあ。幸せだったなあと思ったら、やっぱり切なくなった。

いろいろな方に感謝。

気がつけば後一時間で東京かあ。

            ◆


あと8分乗れば品川というところで、なぜか新幹線は緊急停車。
おい、こんなの初めてだぞ。業務連絡で車掌長を呼び出している。
うーむ。なんだ、なんだ。

急病人の発生だとのこと。
止まらない新横浜で停車だ。
大丈夫でありますように。

を、無事に新横浜で降りたようだ。
良かった良かった。11分遅れならたいしたもんだ。

さあ、これから夕食だ。

2007/03/25

この間違いのお陰で

夜は、奥さんと奥さんの両親と市内で食事。高瀬川のある木屋町へ。高瀬川沿いの桜は蹴飛ばせば花開くのではないかと思えるほど、桜のつぼみが膨らんでいました。

今日の食事は、引っ越しのお礼を込めてバリバリの京料理。ついでに今度の月曜日にやってくる私達の結婚祝いもかねてしまう。現地集合ということで、大学にギリギリまでいた。

            ◆

大学を出る時に、休日出勤をしていた教務の事務方に声をかけられる。来年度の時間割編成のことで相談を受ける。あれこれ話していたら何を間違えたか、帰る場所を以前の自宅を思い込んでしまった。

以前の自宅は駅前だから予定していた電車に十分間に合うと思ってしまった。この間違いで、店には遅刻してしまったのだが、この間違いのお陰で懐かしい人に会えた。

            ◆

山科駅で地下鉄に乗ろうとJRの改札口を出たら、大きな人影が目に入った。そして、その人を見たら、なんと一昨年全国教室ディベート連盟の研究開発委員会でお世話になった京都大学法学部のT教授である。

D教授は私よりも若い。いかにも切れるという感じのする先生であるが、温厚でもある。本人だと確信した私は、思わず声を掛けてしまった。
『D先生』
先生も私のことを覚えてくださっていたようで、しばし驚きのまま会話を交わす。
「そういえば、京都橘大学にいらっしゃるとおっしゃっていましたよね」
瀬田にお住まいとのことで、ここで地下鉄からJRに乗り換えるタイミングだったとか。

いやあ、縁のある方っているものだなあ。
『今度市内の美味しいお店を紹介してくださいね』
「ぜひ」
と約束して別れる。楽しみである。

            ◆

京料理は、これでもかっというぐらい春の食材ばかりであった。義父がカメラを持ってきていたので、私は撮影せず。ただ食べることを堪能。

『う〜ん。美味しい』

とだけ言って食べる。食べ続ける。一つ一つ味を解説せねばならない食のレポーターは大変な仕事だなあと思う。

お値段もそれなりのものではあったが、十分堪能できて、御礼もできたのではないかと。美味しかったなあ。お腹いっぱい。

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