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2007/04/05

この議論がいい

ふう。何年かぶりに風邪を引いてしまった。
明日から新入生キャンプだというのに、何をしているんだ、オレ。

新入生キャンプは、大学の上回生がオリターとして引っ張ってくれている。というか、ほとんどやってくれている。私達は見守るだけ。見守りつつ、年度の頭にしなければならない様々な仕事をこなしている。

我らが児童教育学科は、新設学科なためにその学科の上回生がいない。だもんで、オリターも他の学科から来てもらっている。このメンバーが極めて優秀である。所属の学科の新入生に申し訳ないと思うぐらい頑張っている。

そんな彼らを見守りながら、新学科の打ち合わせは熱く続いている。

            ◆

「いい教育をしよう」
これは、教師であればまず問題なくクリアされる共通理解である。しかし、この「いい教育をしよう」は二つのポイントを持っている。

1)いい教育とはなにか?

本当は、いいと教育にも分けた方がいいのかもしれないが、ここでは一つにして考える。それでも、実は難しい。何を持って「良い」とするかは、人それぞれである。ま、話を簡単にするために「おいしい料理」と例えてみよう。

味が良い、見た目が良い、香りが良い、手間がかからない、適切な量である、有名料理人が作った、景色の良い店で食べた・・・。いろいろあると思う。これらが「おいしい料理」と一言で言う場合がある。

教育も、いい教育と言ったとき、その示す内容は多岐にわたるのである。

2)しよう

これのどこに問題があるかと言うと、仮にいい教育が一致したとしても、その方法についてはこれまた多岐にわたるのである。いい素材が手に入ったとして、それを和食、中華、フレンチ、イタリアンとどのような調理で行くのか。さらに、和食だとしても蒸す、焼く、煮る、生といろいろなものがある。

目的は一致したとしても、そこにたどり着く方法は無数にあるわけである。

            ◆

これまでにも立ち上げの前に、この学科に所属する予定の教員は全国から集まって議論を重ねてきた。しかし、学生を見て、新しい校舎の設備を見てとするなかで、さらに熱い議論が交わされるのである。

この議論がいい。
なんとかして学生たちを育てようと言う思いがみんなにあって、その中でどうやって1)と2)をクリアして行こうかと言う思いが議論の端々にある。

一年先に来て、立ち上げの業務をしてきて良かったと思う瞬間である。

さあ、明日は早いぞ。
さっさと寝て、汗をかいて、風邪を治そう。

2007/04/04

心地の良いざわざわ

ガイダンス2日目。
文学部全体のガイダンスと児童教育学科のガイダンスがあった。

文学部長の話が良かった。
京都の山科にある本学が、歴史的にどのような位置づけにあるのか地理、地名から説明して学ぶということの奥深さを端的に示していた。

知ること、学ぶことから自分が見えているものが変わって行くということが良くわかる話であった。

            ◆

児童教育学科のガイダンス。
開始までのちょっとした時間がざわざわとしていた。久しぶりに心地の良いざわざわを聞いた気がする。昨日会っただけの学生たちが、知り合いを見つけ話をしている。
(ああ、ひとりぼっちになっている学生は多くはないな)
と思える時間であった。

ガイダンスでは、学科の教員が持ち時間90秒で自己紹介の予定。が、とんでもなく長くなった。私はあいうえお順でトップバッターだったので、最初が長くなると後が、長くなってもいいんだということになり、延びてしまうと思って短くしたつもりだったがf(^^;。

自己紹介する先生は、もうはっきり言って研究者モードではなく、バリバリの教師モード。担任モードの先生もいる。これが嬉しかった。教師の先輩としての私達が、後輩の諸君を育てる。そんな感じが学生に伝わっただろうか。

伝わったと思う。あのザワザワしていた学生諸君がシーンとなり、きちんと顔を上げて私達の話を真剣に聞いていたのだから。

本学の梅本先生の話が具体的で特に分かりやすかった。

「先生の位置と、一番前に座っている学生との距離は120cmぐらいです。でも、この120cmはとても遠くいものです。みなさんは、4年後にこちら側、先生の側に立つことになります。この距離を埋めるには、一年間に30cmずつのノートを取る勉強をしてください。それが、4年間で120cmです。そのぐらいの勉強が、あなたを立派な先生に育てます」

のような感じであった。具体的な数字が入るので分かりやすい。

            ◆

こういう風に気分が良くなってくると、耳鳴りも気にならなくなるなあ。
それも嬉しい。
桜も満開。
来週から授業だ。

2007/04/03

第一回目の入学式

さあ、新しい学科が本格的に動き出した。
本日は、京都橘大学の入学式。そして、文学部児童教育学科の第一回目の入学式でもある。
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御陰さまで、定員の10倍を超える受験生が集まってくれた。残念ながら入学できなかったみなさんもいるのだが、今日集まった新入生の顔つきを見る限りでは、やる気に満ちていることが伝わってきて、
(こりゃあ、楽しみだわい)
と思えるのであった。

            ◆

私は、学科別懇談会で新入生全員に60分間ほど話をしたのだが、話を聞く姿勢が取れていたことを嬉しく思った。また、音楽の先生が一緒に歌を歌うということをしてくれたのだが、上回生のオリターの諸君の働きも良くて、楽しく歌うことも出来た。

初対面の人たちの多い集団にいて、柔らかくしかもはっきりと歌声を出すことのできる学生たちは、体とこころが開かれているんだろうなあと、嬉しく思った。

これから一週間は、新入生諸君は大学で学ぶために必要な大学のシステムの説明を受け続け、一方で週末に迫ってきている新入生キャンプの準備もありということで、大変だろう。

だけど、最初の良くわからないままに過ごす一週間を、エイやっと乗り越えて、ますます分からない学問の世界へときちんと踏み出してほしいなあ。

それが出来そうな学生たちであった。

            ◆

オリターは、新入生が帰った後、今日の反省をして遅くまで残っていた。
ありがとう。
私も、入学式後のガイダンスの後、いろいろと準備をしつつ、新年度の初日を過ごしました。
さあ、明日もあるぞ。

2007/04/02

『一瞬の風になれ』

野中先生が絶賛していた『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子 講談社)を読み終えた。新年度のスタートに相応しい、気持ちの良い小説だった。

途中何回か、ウッと込み上げてくるところがあった。
私の青春時代は、音痴を直すのに懸命だったぐらいだが、スポーツ系をやっていた人には堪らない小説だと思う。

            ◆

以下、ちょっとネタばれありかも。

            ◆

思ったことを三つ。

1)師と仲間がいて、自分で答えを出せるものが成長する。

みっちゃんという先生がとても良い感じで描かれている。思うが、この小説を先生の視線で読み返してみると教職志望の学生にはいいかなあと思った。スラムダンクの安藤先生系列の先生だ。その競技の経験者で、専門的知識を多く持ち、挫折を経験し、上からの指導ではなく引き出す指導。そして、生徒からの絶対的な信頼感を得ている。こういうのが今の子どもにはいいんだろうなと思う。

で、仲間たちもいろいろなのがいて、主人公に彩りを見せる。その中で主人公は自分で考えて答えを出して行く。教わることはとても大事だと思うが、やはり自分で答えを出せないとダメだなあと思う。いや、正しい答えかどうかは別。自分で答えを出すことが大事。

2)小説家志望なら、この続きを。

ここで終わるか、というところでこの小説は終わる。この終わり方もスラムダンクに似ていると言えば似ている。小説家を目指す高校生なら、この続きを書くのはいい練習だと思う。

3)軽音楽、ディベートの青春小説が読みたい。

誰か書いてくれないかな。
ディベートの小説は、筑田さんが適任だと思うけど。
筑田さん、どう(^^)。

新しい年度が始まる

4/1

この一週間で移動した距離は1500キロは固い。疲れは移動時間ではなく、移動距離だと言われているが、そうだなあと思う。ふう、楽しかったけど疲れたな。でも、早起きしてしまうんだよな。今朝も5時半には起きていた。

読みかけの小説を読み進め、朝から興奮の私。
耳鳴りに良くないかもf(^^;。

            ◆

で、午前中は朝風呂に入り、体をリラックスさせていた。んで、旅行の荷物の確認をしていたら、で、電話がない。

はあ。
最後の最後に、またやってしまった。携帯電話の紛失。
タクシーの中で掛けたので、タクシーの中だろう。
ただ、領収書を貰わなかったので、会社が分からない。
タクシー協会に明日電話だ。
はあ。
どうして、馬鹿みたいに最後の最後は上手く行かないかなあ。

            ◆

でも、がっかりしていても仕方がないので駅前にいるタクシーに片端から確認。
だが、電話の所在は分からず。
最後の頼みの一社に電話をしたら、なんと、あった! 

まったくもってこのドタバタ。新年度が始まっても私はあまり変わらないようだ。

            ◆

新居の片付けや住み心地良さを上げるための買い物をしてと過ごす。携帯電話を預かってくれているタクシー会社の事務所まで行った時に、前から気になっていたスーパーに立ち寄ってみた。安い。びっくりするぐらい安い。春キャベツが、一つ80円。

これで昼ご飯は決まった。
「春キャベツとアンチョビのパスタ」である。

【作り方】

1)パスタを少し塩を少なくして、茹でる。
2)一人前につき、春キャベツ1/4程度を一緒に茹でる。
3)パスタを取り出して、キャベツを乗せる。
4)アンチョビペーストを好きなだけ掛ける。
5)はふあはああああふ、言いながら食べる。

5)は作り方ではないが、まあ、いい。
この季節ならではの単純で上手い料理だ。
ああ、美味しかった。

            ◆

新学期の準備をしているところに、愛車が戻ってくる。
奇麗に磨き上げ、調整も終わって、これがいい感じになっている。

            ◆

大学の教え子たちのブログを読むと、彼女らも着々と新学期、新年度の準備を始めているようだ。私は、教師になる学生には
『一度ブログを閉鎖しなさい』
とアドヴァイスした。何がどうなるか分からないから、学生時代のドタバタは一度人様の目に触れることのないようにしておく方が良かろうと。

また、夜型から朝型に生活のリズムを変えておくようにとも。これらを実行している。その素直さが、君たちの宝物だな。
おーい、娘たちよ、これからが楽しいぞ。体に気をつけてたっくさんの経験をするんだよ。

            ◆

さて、私も明日辞令伝達式で、助教授から准教授に変わり、午後の入学式から新しい一歩が始まります。楽しみ楽しみ。

満開の東京の桜も味わう

3/31

実家を出て、整体に向かう。
うーん、少し耳鳴りが良くなった。これが続けばいいのだが、さてどうだろうか。でも、すこしでも良くなると嬉しい。

            ◆

学生時代にアルバイトをしていた喫茶店の社員の方が、立川で自分で店を持って三年目。近況報告をしに伺う。喜んでくれた。嬉しいなあ。

            ◆

教え子の結婚式というのが今回の東京行きのメインのテーマ。ちょと早めに会場の霞ヶ関ビルに行く。文部科学省は改築中。外側を工事の壁が覆っている。そこに、看板。あれ、これって日産のあれと変わんないじゃん。なんだかなあ。

            ◆

荷物を一旦預かってもらって、所用で出かける。所用1を滞りなく澄ませて、結婚式所に向かおうと思ったのだが、地下鉄の駅名を見たら、「九段下」とあるではないか。これは行かざるを得ない。所用2、満開の東京の花見である。千鳥が渕である。

すっっごい人だった。千鳥が渕に向かう人たちはとんでもないことになっていた。私は武道館に向かう列で我慢た。ここでも十分である。さらに、靖国神社の桜を見て堪能した。

            ◆

靖国神社は、花見をする人たちで盛況であった。
私は、戦争は嫌いである。痛いのも、辛いのも、当然殺されるのも殺すのも嫌である。さらに言えば、一回死んだ人が、よみがえるとは、なかなか思いにくい。

だけど、国の力によって戦争に向かわされ、
「靖国で会おう」
と言って死んで行った人たちがいると思うと、色々と考えてしまう。

国の力で戦争に向かわされたのであれば、国は責任を取ってその後の関わりを行うべきなのであろう。それが戦後補償なのだと思う。しかし、英霊となるとこれが少し問題になる。そもそも例という存在を認めていいのか? 霊は神道形式でいいのか? すべての霊に神道形式でいいのか?国が宗教に関与していいのか?ということがある。

1)霊が存在していて、靖国神社に戻っていると主張して言る場合。
2)霊が存在していなくて、靖国神社に戻っていると主張している場合。
3)霊が存在していなくて、靖国神社に戻っていると主張している場合。
4)霊が存在していなくて、靖国神社に戻っていると主張していない場合。

私の立場は、基本的に4)なのだが、もし、1)の人があの場面を見たらどう思うのかと思う。

1ー1)ふざけるな。
国を守って死んで行った人のところで、何、どんちゃん騒ぎをしているんだ。
1−2)うれしいな。
私達が犠牲になったから、こうしてみんなが楽しくやれるんだ。これはいいことだなあ。

私には良くわからない。が、なぜこうしてこれが問題になるのかは、「ことば」だと思う。魂や霊ではなく、ことばなのだと思う。

ユダヤ教では、その人が死ぬというのは、その人のことを語る人がいなくなったときをさすのだと言うことだ。私達はことばを持っている。その言葉が伝えられる限り、考え続けて行く問題であろう。

ただ、一つ思うのは合祀をしてほしくないという人たちは、そうしてあげればいいのにということだ。それぐらいはしてもいいんじゃないの。

             ◆

結婚式から披露宴へと参加した。
私が中学三年生との時に、担任した子どもだ。初めての転勤でいきなり担任した。一年限りの付き合いであったが、その後の付き合いの方が濃いかもしれない。

今日、お母さんに会って話しをした。お母さんがおっしゃった。
「先生が、家庭訪問のときに、『彼には仲間になってほしいと言ってくださったことが、嬉しかったんです。そして、本当になりました』」と。

私も言った記憶がある。そして、彼は教師になった。美しく品のある奥さんと一緒になった。
私に品がないから一層思うのかもしれないが、そしてこれはジェンダー的にどうなのか欲は分からないが、男として言えば、品のある奥さんは良い。奥さんの友人たちを見ていれば、奥さんの良さが良くわかる。

そんなパートナーが傍にいてくれるという感覚はたまらなくいいはずだ。
私の教え子が、そんな結婚をしたというのは、嬉しい。

            ◆

3時間ぐらいの結構長い披露宴だったが、そんなことを感じることなく、楽しい式であった。主賓の挨拶、お父さんの挨拶、その他一人一人のスピーチがとても良く、ジン、人、仁と来たもんだ。

満開の東京の桜も味わうことも出来、新年度への充電も出来た。ありがとう、O君。そして、奥さんのY枝さん。またね。

            ◆

結婚式の横のテーブルにいたのは、新人の教師。
「ああ、私も早く奥さんが欲しいなあ」
と言っていたので
『若者。私と話している場合ではない。お開きの合図が出た。すぐに、会場を飛び出し、ほら、奥さんの友人たちを外で待ち受け、声を掛けて二次会を設定するのだ。ほら、行け!』
「分かりました!」
若者たちはどこかに行ったのだろう。私が一階にたどり着いた時は、静かなものだった.よいよい。

            ◆

披露宴会場からタクシーに飛び乗り、東京駅へ。10分で行けるということだったが6分で着く。その間、都内の夜桜見物。幸せだ。

東京駅で新幹線の指定を行い、時間を見ると発車まであと15分ある。そりゃあ行くしかないでしょ。気になっていた東京駅のオリジナル麦酒。

『発車まであと10分だけど、2分で持って来れる?』
「はい!」

黒のスタウト麦酒を東京の思い出とともに飲み干す。
幸せになるといいなあ、結婚おめでとう、教育をなんとかしようぜ、みんな元気で。
んでもって、新幹線に飛び乗る。発車2分前であった。セーフ。

            ◆

途中名古屋で大雨。新幹線が止まるかと思った。止まったら乗り継ぎがヤバい。でも何とかセーフで、京都駅構内を親から貰った米の入った重たい鞄を引きづりながら湖西線に駆け込む。ここも2分前にセーフ。

西大津も大雨だったので、ワンメーターだがタクシーに乗ってしまった。
そして、なんとかその日のうちに我が家へ戻る。
疲れたけど、いい時間だったなあ。
そして、明日から新年度だ。

今週二度目の東京行き

3/30

今までのマンションと最後の別れをして、東京に向かう。
今週二度目の東京行きだ。行く時は行くのね。教え子の結婚式が主な目的。

新幹線に乗り、東京に向かう。今回もちょっと気にしてみていた。
(あ、やっぱり我が家が見える)
びわ湖の対岸を走る新幹線から我が家が見えるのだ。ということは、我が家からも見えるはずである。新たな課題が設定された。

            ◆

新幹線でMacを開く。3/30締め切りの原稿がある。ちょっと躓いてしまって締め切りを延ばしてもらった原稿だ。

ところが、これが降りてきました原稿の神様。書き進めるに従って、気持ちよく降りてくる。そしてあることに気がついた。
(このままのペースで行くと、書き終わる前に東京についてしまう。あと1時間ぐらい時間が欲しい)

そこで、思い切って指定席をとったのぞみ号を名古屋で降りて、こだま号の自由席に乗り換える。これが大正解。品川駅に着く頃にちょうどいい感じでほぼ完成。いやあ、嬉しい。新幹線を書斎に使うなんて、自分でも信じられないが耳鳴りも気にならずに快適であった。

            ◆

あまりに嬉しかったので、五反田にあるお気に入りの立ち食い寿司屋に行くことにした。品川駅でロッカーに荷物を押し込み、軽くなった体で向かう。腹八分目まで食べ続ける。はあ、幸せ。

            ◆

実家に着いたのが9時過ぎ。
風呂に入り、読みかけの本をぐぐっと読み、
(ああ、もう少し読みたい)
というところで我慢して寝る。

(明日はいい結婚式になりますように)

と思いながら、寝る。

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