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2007/06/22

大規模メインテナンス事業開始

児童教育学科は、入学してからコース決める。主に小学校の教師を目指す児童教育コースと、主に保育士を目指す幼児教育コースである。後期からこの二つに分かれて勉強を開始するために、今、そのガイダンスと面談を始めている。我がクラスも今日から始まった。

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しかし、それにしても学生たちは私のスケジュールを知っているに違いない。一番忙しい日に、一番多くの面談のスケジュールを組んでくるとは。うーむ。そういう攻撃かf(^^;。とまれ、こうしてクラス全員と話す機会があるのも良いことだろう。

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夕方から、歯医者に。
私の歯の、大規模メインテナンス事業の本格スタートである。口の中は思い切り違和感の固まり。ふう。

そのために、しばらく話しにくい状態が続く。半年ぐらい続くのではないかと思われます。関係各方面にはご迷惑をかけることになりますが、よろしくお願いいたします。

通常の授業の他に、ディベート甲子園、集中講義とあるのだが、これは毎年のこと。今踏ん切らないと(あれ、踏ん切るってこう変換するの?)、いつまでたってもキリがない。人生の後半のためにもきちんと大規模メインテナンスをしなければならないと決断した。

耳鳴りで聞きにくいところに、話しにくいとなって、最近では目もしょぼしょぼしている。さあ、人生は何があるか分からないぞ。人生は戦いだぞと思う。

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明日は、第三回明日の授業です。13:30スタート。まだ1、2席は余裕があります。良かったらどうぞ。

2007/06/21

たちまち一艘の帆船

引っ越しして結構経つのだが、やっとカーテンがついたf(^^;。
いえ、琵琶湖に面しているのでカーテンがなくても他の人が部屋の中を見るということはないので、のんびりとというか、じっくりと選んでいたのだ。

で、ついたカーテン。これがいい。
レースのカーテンとカーテン。
いやあ、なんともいい。

レースのカーテンは、風を孕むとまるでヨットの帆のようになる。琵琶湖の青と青空とがそのレースの帆につつまれて、我が家はたちまち一艘の帆船になる。

一枚の布なのに、違うなあ。

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と心地よいことばかりではない。
これから三週間、とんでもなく忙しくなる。
たぶん、大学に籍を移してから一番忙しくなると思われる。

ふう。
頑張って乗り切ろう。

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写真は、研究室からの夕日です。

先生、会議が始まっています

午前中に研究入門ゼミを終え、高校の模擬授業に向かう。昼ご飯を食べている暇がないので、生協でパンを購入。
「先生、お忙しいですね。でも、その割にはしっかりとパンを選んでいますね」
と鋭い学生の発言。
『当たり前だ。カレーパンを食べたいと言う強い意志を持っているのだ』
が、発見できずその反動で甘いパンを購入。ふう。

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高校での模擬授業は昨年度30回ぐらい行った。今年は児童教育学科のスタッフが増えたので分担し合って行う。だから、今年度初めてである。2時間行った。非常に落ち着いている女子高で、一瞬、大正時代ぐらいの女学校ってこんな感じかなと思ってしまった。

これから教師を目指そうと思っている生徒諸君と授業をするのは、楽しいなあ。

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出張後、大学に引き返す。教授会は間に合わなかったが、学科会議がある。
研究室で、一息つこうと思ったところに内線。
「先生、会議が始まっています」
『?』
出張に行っている間の教授会で、ある委員に選出されていたらしい。ひえー。その会議が始まっているとのこと。うーむ。

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その後、学科会議。まったくもって学科の立ち上げですから、いろいろな案件がある。でも今日は3時間ちょっとで終わる。

昨日たくさん飲んだので、今日は休肝日。
さ、明日も会議だ。

2007/06/20

昨日は、平田オリザさんと

昨日は、平田オリザさんと一日を過ごす。
二年前に、和田中学校で授業をして頂いた時に校長室でお会いした。少しお話をしたぐらいであったが、しっかりと覚えていてくれた。

『いやあ、こんなところでお会いするとは』
「本当に。お久しぶりです」
『ご縁ですね』
「はい」

平田さんと繋がりのある演劇人は、日本の演劇人のどのぐらいを占めるのか分からないが、こうして身近で話が出来るなんてのは、なかなかない経験だよなあと改めて思う。

            ◆

夜は、京都芸術センターでコミュニケーションティーチングについての実践報告に、シンポジューム。平田さんの講演は、圧巻であった。知識や情報としては私も知っていることがかなりあったが、それを芸術、演劇、教育の三つの観点に照らし合わせながら、コミュニケーションティーチングの必要性を説いていた。

そして、その後私も登壇してシンポジューム。
ほとんど、っていうか本当に打ち合わせなしでのシンポジューム。
登壇者5人のうち、演劇関係が3人。教育関係が2人。教育関係のうち一人は演劇関連の実践あり。私の演劇体験と言えば、保育園の5歳の時にお遊戯で副酋長をやったぐらいである。良いのか、オレで。

ではあるが、これは教育畑の人で、演劇に近くない人が加わることで、深めて行こうと言う狙いがあって、しかも、打ち合わせではないところから来る瞬発力でいこうというコーディネーターの狙いがあったようだ。

私はいくつかの目的を持って、平田さんに話を振ることができて、一つの一致点を確認することが出来たのが収穫であった。私が行っているディベートや作文指導に「平田メソッド」と共通する哲学を見いだすことが出来て、実に楽しかった。平田さんもそれを感じてくれていた。いやあ、うれしい。

調子に乗って、ダメもとで「明日の授業」の講師をお願いしてみた。すると、「はい」との返事。これは凄い。スケジュルールを調整して、平田オリザさんを「明日の授業」の講師にお迎えしましょう。

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その後、懇親会。
ここでも延々と話を聞いて話をする。
いやあ、充実した時間だった。

気がついたら終電は終わっていた。スタッフの方が家まで送ってくれた。
感謝。
ご縁にも感謝。

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なお、「明日の教室」第三回は、今週の土曜日です。
まだ申し込み可能です(^^)。

2007/06/19

『大学の授業』(宇佐美寛 東信堂)

『大学の授業』(宇佐美寛 東信堂)を読む。
研究日ということで、読書。今日の読書は、書き写しという方法で行った。宇佐美先生の著書を400字詰めの原稿用紙に書き写して読んでいた。

丁寧モードで書き写していたので、一枚当たり二十五分かかっていた。やっぱり時々書き写しながら読むのは良いなあ。スピードを落として読むことで、ただ読んでいるだけでは気がつかないことに気がつく。

宇佐美先生は、原稿をボールペンで書いている、ということを違う本で読んでいた。ということは、手書きで書き写すことは、宇佐美先生の文章のリズムを体に入れられることになる。実際は、推敲を重ねた結果が本になっているので、推敲の過程を経た文章を受け入れることになる。どっしりとした思考が体に入ってくることになる。

この感覚がいい。
上手く言葉にしづらいのだが、私の体に少しずつ刻まれて行く何かがあると感じられるのだ。

当たり前だが、読むスピードと書くスピードでは、前者の方が一般的には速い。そして著者と読者とでは、前者の方が上回っている。宇佐美先生と私では言うのも憚られるほど、この原則が当てはまっている。だとすれば、書く人のスピードよりも遅いスピードで読むぐらいがちょうどいいのかもしれない。

書き写しと言う読書は、これに合致している。もちろん、読書とは「書を読む」であるが、私は最近、いろいろな意味で「読む、書く」が読書ではないかとも思っている。


2007/06/18

学生が(あ、わからない)という顔をした時

ディベート甲子園の近畿大会が行われた。
私はジャッジとして3試合に参加した。高校2試合に中学校の決勝の合計3試合。主審は2試合行った。

高校では、一昨年度全国優勝を果たし滋賀県立膳所高校が僅差で全国大会出場を逃すなど波乱があった。良い議論を組み立てていたが、ジャッジにきちんと届いていなかったためジャッジの解釈の介入を導いてしまったこともあったようだ。

初出場の高校もあった。
凄い。
その場で立論や反駁を考えていた。
『君たちは、その場で考えていたろ。凄いな。それは普通は準備してくるもんだぞ。準備してくれば、来年は強くなるな。その場で考えることはもう出来ているのだから』
と話した。期待の持てる一年生集団である。

中学校の決勝は、良好とも全国大会の出場を決めているため、ぴりぴりした空気はない中でのびのびとディベートを行っていた。特に、否定側の神戸大学付属明石中学校の議論は奇麗であった。対戦中学校の京都教育大学付属桃山中学校の立論は、かなりインパクトがあった。あのプレゼンを全国大会でもしてほしいと、私は個人的には思っている。

            ◆

大会終了後、打ち上げに。ちょっと人数は少なかったが,楽しい時間をすごした。ディベートをやる学生たちとの飲み会は楽しい。会話の流れがきちんとしていて、尚かつ話題が豊富である。私の間違いもきちんと指摘してくれる。

私の間違いについては、ありがとうと言って直すが、誤解や勉強不足からの発言は、厳しく指摘する。飲み会であってもそれは授業と同じ。その方が面白い。

「先生、先生をしていて嬉しいときってどのような時でしょうか?」
という質問があった。
『それは、中学校の先生のとき? 大学?』
「大学です」
中学校の教員の時と大学の教員の今では、「嬉しいとき」が変わってきているなあと思っているのだ。

『んー、学生が(あ、わからない)という顔をした時かな』
「え? 分かった!ではないのですか」
『それは中学校の時は、分かったの顔の方が嬉しいが、大学は違うかな』
「それはなぜでしょうか」
『んー、分かったつもりでいる学生が、実は良くわかっていなかったということが分かることの方が、勉強するでしょ。学びはじめると思うのですね。だいたいからして、君、分かっていることを改めて勉強しようと思う?』
「いいえ」
『でしょ。中学生ぐらいまでは、分からないことにコンプレックスを持っている子どもが多いから、そのわからないを取り除くことが、勉強にやる気を出させるけど、さすがに大学生はわかったをするよりは、分かっていなかったを分からせる方が大事でしょ。基本的に、学問は最終的には独学にたどり着くわけですが、そのためには自分が分かっていないことを自覚することから始まると思うのです。(やっばい。こんなことも分かっていないのか、オレ)と思うところから始まることが多いので、そういう顔をすると嬉しいんだな』
「なるほど」

酔っぱらいながら話し続けた夜であった。
気持ちの良い学生たちであった。

            ◆

さ、各地で全国大会出場の切符を手に入れた学校が出始めている。
また、今年も暑い、熱い夏が待っている。

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