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2007/07/14

いまごろ『バンビーノ』を読んでいる

昨日の歯の工事の痛みが残るかと思ったが、歯茎の腫れ程度で無事、朝を迎えることができた。ほっとした。

            ◆

台風が来る前に、いろいろと買い物を済ませる。
空き缶をお酒の量販店に持っていったところ、エビスビールが半額で売られているのを発見。大瓶である。なんで半額なの?

半額の理由を聞いてみたところ、製造から3ヶ月経ったものは半額で売るのだそうだ。へーっと思いつつ、エビスビールが売れ残っていることに時代の流れを感じる。プレミアムビールが増えたし、ベルギービールも簡単に手に入るようになったし、エビスでなければならないということもなくなったしなあ。

大体からして、モルツがあんなに美味しくなるとは思わなかったしね。(あ、もちろん今のデザインの前のモルツね。今のモルツはプレミアムモルツとの味の差をくっきりと付けるために、味を落としたと思える)

(今晩は、半額で買っておいた子羊のもも肉と、エビスだな)

と思い、半額を喜びつつ購入。半額セットだ。

            ◆

午後から大学に行き、仕事。
台風が来ているキャンパスは、人影も少ない。
おーし、集中して仕事を片づけるぞ。

ふう。
土曜の夕方のFM番組が始まるまでにはなんとか形になった。

一息ついて、次の仕事をしていたら研究室の窓を叩く雨の音が激しくなってきた。
台風が迫ってきた感じだ。
さ、帰ろう。

            ◆

夕ご飯、久しぶりにカレーを作った。
半額セットのつもりだったが、歯茎の腫れが引かないので大事をとることに。アルコールはなし。

最近は忙しくて夕ご飯を作ることもなかったが、今日は作った。
いやあ、いまごろ『バンビーノ』を読んでいる。今日は一気に4卷まで読んでしまった。それに影響されている自分がいる。

私にとって料理漫画と言えば、『包丁人味平』である。どうしてもこれと比べてしまう。で、『バンビーノ』は、良い線行っている。扱っている料理がイタリアンというのもいいな。

            ◆

明日、残りの4巻を読み終わってしまうんだろうな。それで、なんか料理を作っているだろうなと思うf(^^;。

なお、現在、暴風警報がでているのに、非常に静かなびわ湖であります。
三階までは被害はないと思っております。
みなさんのところも、被害のありませんように。

2007/07/13

そうしてくれるのが、名医だろう

本日、オフ。
体のメインテナンスの日。
歯の本格治療第一弾の日。

思ったよりも痛くなかったので、ほっとしている。
痛いのは、苦手だ。
だから、痛み止めの薬が効くように日頃は薬を飲まない。
薬の効き目があったのか、それとも元々痛くないのか良くわからないがほっとしている。

            ◆

治療先は、大阪。
名神高速を走って向かった。
東京、京都、大阪、神戸の6つの歯医者を比較検討して選んだ一つの歯医者だ。

私の歯は、どこの歯医者に行っても
「厳しいですねえ」
と言われてしまう。
本人も分かっている、というか刷り込まれている。

だが、この歯医者だけは
「大丈夫ですよ。大きな問題はありません」
と言ってくれた。

            ◆

医療訴訟などがあるから、歯医者は

・厳しい状況にある → 治療 → 上手く行ったら名医
・厳しい状況にある → 治療 → ダメだったら患者が悪い

という流れで治療に臨むのかもしれない。

だけど、やはり

・厳しい状況にあっても → 大丈夫ですよ → 治療 → 上手く行って満足・感謝

という流れに持っていってほしいと思うのが、患者だ。そうしてくれるのが、名医だろう。

『あの〜、ここの部分はさらに厳しいと他の医者に言われたのですが』
「大丈夫ですよ。ちょこっと工夫して上手くやりますから」

それだけでも、ありがたい。
半年ぐらいお世話になる。

            ◆

実は、一緒に奥さんも行った。
この歯医者の近くに彼女の生まれた病院があるというのだ。折角だから見てみようと言うことになったのだ。

いやあ、なんというかドキドキですね。こういうの。
ありました。
ここから奥さんの人生が始まったのね。

そして、さらにもうちょっと行くとちょっとだけ住んでいた昔の家もあって、その家の隣には、オジさんオバさんがいるはずだというので、足を伸ばしてみることにする。

ありました。
そうか、ここがいつも話に出てくる家ね。
ふーむ。

            ◆

ちょこっと見れたことに満足して、車を走り出したところ
「あ、オジさん!」
と奥さんが叫びます。ちょうど家から出てきたところでした。
『おい、挨拶しないのも変だろう』
と言うことで、挨拶しました。
私はまだ歯の麻酔が取れていないので、上手く話すことができなかったのですが、こういうこともあるんですねえ。

            ◆

帰りは、途中で休憩を取りながらゆっくりと帰宅。
帰宅後も体を休めていました。
痛みは薬で抑えていますが、体には相当なダメージがあると思ったので。

さあ、あと大きな工事は二回かな。
待っていろよ、美味しい食べ物。
バリバリ食べられるようになってやるからな。

「授業づくりネットワーク2007 in東京」

夏の講座の案内です。
今回、私は講座もなく参加もありませんが、面白い講座がたくさんあります。
良かったら参加してくださいね。

引用開始 ーーーーーーーーーー


授業成立の基礎技術〜「ネアカ教師」になるためのおもしろ授業入門〜
  主催 NPO法人「授業づくりネットワーク」
後援 東京都教育委員会(予定) 武蔵野市教育委員会(予定) お笑い教師同盟(決定)


 子どもたちの私語・立ち歩きに、授業が成立しにくい状況が増加しています。
 従来の「真面目(一点張り)教師」による一斉画一授業だけではなかなか子どもたちがついてきにくくなっています。いま教室では、いわゆる「ネアカ(演技のできる)教師」による楽しくエキサイティングな授業が求められるようになっています。
 この夏、「授業づくりネットワーク」は、東京で開催します。
 たくさんの皆さま方のご参加をお待ちしています。

■開催日
2007年8月9日(木)〜10日(金)

■会場  
成蹊大学3号館、4号館
http://www.seikei.ac.jp/university/
 東京都武蔵野市吉祥寺 
〈アクセス〉
・JR中央線、総武線、東京メトロ東西線、京王井の頭線 吉祥寺駅下車
・吉祥寺駅北口バスのりば1・2番より関東バスで約5分。成蹊学園前下車

■8月9日(木)
9:30〜10:00 受付
10:00〜10:10 開会セレモニー

10:10〜11:40
講演「教師として求められる力とは何か―ネタ探しと教室パフォーマンス」

講師:漆間浩一(横浜市立戸塚中学校校長)
 中学校教師時代、幼稚園児に変身して、子ども達を授業に引き込むなど、独特のパフォーマンスや教材開発に実績をもつ。いくつかの実践例を紹介しながら、授業への集中のさせ方のコツとアイデアを語る。

【講師紹介】
 1954年生まれ。横浜市公立中学校教諭、横浜市教育委員会指導主事などを経て、現在、横浜市立戸塚中学校校長。
 著書『社会科授業のコツとアイデア』(学事出版)がある。

11:40〜12:40  昼食休憩
12:40〜14:40
ワークショップ1「表現授業のネタとコツ」
A 表現としての英語活動のコツ
 小川 史(東京・成蹊小学校)
B 国語でできる劇遊び
 林 久博(東京・成蹊小学校)
C 中学校 話す・書く力をつける楽しいゲーム
 石川 晋(北海道・広尾町立広尾中学校)
D 表現授業の指導案の書き方
 麻生 信子(授業塾主宰)
E 小学校 話す・書く力をつける楽しいゲーム
 鈴木啓司(千葉・市川市立曽谷小学校)
F 表現を生かした算数の授業づくり
 竹松克昌(神奈川・茅ヶ崎市立緑ヶ浜小学校)
G 授業で使える即興演劇のコツ
 明石弘光(即興集団EDO主宰)

15:00〜17:00
ワークショップ2「おもしろ授業展開術」
H 読書へのアニマシオンの授業運営術
 黒木 秀子(アニマドール)
(注:「I」は欠番です)
J ワークショップ型授業の運営
 甲斐崎博史(東京・羽村市立栄小学校)
K 指導案から学ぶ授業展開の方法
 麻生 信子(授業塾主宰)
L 実践記録に学ぶ授業展開技術
 佐内信之(東京・杉並区立方南小学校)
(注:「M」「N」は欠番です)


17:30〜19:30 
 ネットワークパーティ


■8月10日(金)
9:30〜  受付

10:10〜11:40
講演「いま、必要なユーモア教育の技術」

講師:有田和正(東北福祉大学教授)
 今の教師に足りないのは、実力だけではなくユーモアも足りない。ゆとりがない。もちろん、保護者にも足りない。このギスギスした社会をユーモアで乗り切ってほしい。

【講師紹介】
 1935年福岡県生まれ。福岡教育大学附属小学校、筑波大学附属小学校、愛知教育大学教授を経て、現在、東北福祉大学子ども科学部教授。教材・授業開発研究所代表。「指導の腕を上げるシリーズ」『ユーモア事典』など著書多数。

12:40-14:20
ワークショップ3「お笑い教育まつり〜お笑いが教室を変える〜」
O 学級経営のためのお笑い入門
 土作彰(奈良・広陵町立広陵小学校)
P 子どもを理解するお笑いコミュニケーション
 赤坂真二(新潟・新潟市立曽野木小学校) 
Q お笑いパフォーマンス講座」
 田中光夫(東京・羽村市立栄小学校)
R プロに学ぶユーモアコミュニケーション
 ヤングキャベツ(新潟お笑い集団NAMARA所属)
S 授業におけるフォローの技術
 中村健一(山口・岩国市立通津小学校)
T 教室に笑いを!お笑いに学ぶ授業のミニネタ集
 乙部啓二(北海道・富良野市立富良野小学校)

14:40〜16:10 
Mini-1 グランプリ〜ミニネタ東西対決!〜
 参加者を公募中です。
 詳細はHPをご覧ください。
 http://www.jugyo.jp/nw2007natu/mini-1/

16:10〜16:20
 閉会セレモニー

【参加費】
〈2日間〉
 授業づくりネットワーク会員
  社会人 7000円、学生 3000円
 一般
  社会人 8000円、学生 4000円

〈1日のみ〉
 授業づくりネットワーク会員
  社会人 4000円、学生 2000円
 一般
  社会人 5000円、学生 3000円

 ※大会当日会員の申し込みをされた方は、受付で手続き終了後、参加費の差額分をお返しします。
  なお、宿泊につきましては、特に斡旋を考えておりません。

【ネットワークパーティ代】
 4000円(税込)

【昼食・夕食】
 各自でお願いします。ただし、1日目のネットワークパーティは夕食を兼ねています。

●申し込み方法
 ★参加費、パーティ代は、当日払いとなっています。
 ★下記について、HP、Eメール、FAXまたは郵便でご連絡ください。

 (1)お名前・住所等について
 ・お名前
 ・会員社会人・会員学生・一般社会人・一般学生の別
 ・勤務先名
 ・郵便番号
 ・住所
 ・電話
 ・FAX番号
 ・Eメールアドレス
 (2)参加日・パーティについて
 ・参加希望日:2日間・1日目のみ・2日目のみ
 ・パーティ:参加・不参加
 (3)ワークショップ型講座について
 ・ワークショップ1:(  )
 ・ワークショップ2:(  )
 ・ワークショップ3:(  )

 ※講座の詳しい内容は次のアドレスをご覧ください。
 http://www.jugyo.jp/nw2007natu/kouza/

☆申し込み後、1週間以内に連絡がない場合は、恐れ入りますが、再度ご連絡ください。
☆申込みの締切は、8月7日です。
☆定員に満たない場合は、当日受付も行いますが、希望するワークショップに参加できない場合もございますのでご了承ください。

●申し込み先
(HPの場合)
 http://www.jugyo.jp/nw2007natu/form.html(Eメールの場合)
 nw2007natu@jugyo.jp
(郵便・FAXの場合)
 〒162-0814 東京都新宿区新小川町6-12
  授業づくりネットワーク事務局
  TEL&FAX 03-3269-3715

引用終了 ーーーーーーーーーー

では。

2007/07/12

その反比例と正比例の正確さ

大雨である。
琵琶湖の水位を計るために規準にしている岩があるのだが、これが水没していた。増水しているのが良くわかる。

しかし、雨の琵琶湖も美しい。
一面の雨雲である。
その雨雲の厚みの違いが、空の明るさの違いとなる。
その空の明るさの違いが、湖の輝きの違いとなる。

ひどく当たり前のことを書いているが、その反比例と正比例の正確さに、やっぱり感動を覚えるのである。

            ◆

午後から会議。
4時間に渡る長丁場である。
だが、この会議も面白い。
頭のいい人、言葉のセンスのいい人の会話を聞いているのは、それだけで勉強になる。

            ◆

帰宅すると、雨はひとまず上がっていて、琵琶湖は遠くまで見渡せた。
明日は晴れるかな。

2007/07/11

中島みゆきは

中島みゆきは、私の音楽の歴史の中にほとんど顔を出さない。本人が歌うのでは「時代」「世情」「地上の星」ぐらいかなあ。楽曲は良いと思うのだが、どうも歌い方がダメで入っていけない。

高校の時にクラブの仲間が歌っていた中島みゆきの曲。いいなと思ってオリジナルを聞いて、早々に退散していた。

しかし、楽曲は良い。
小田和正さんが歌う「化粧」が良い。
念のために、オリジナルの化粧も聞いてみたが、やはり退散f(^^;。

            ◆

言葉の選び方が絶妙である。
恋愛の敗者の姿をこんなふうに描き出せるなんて、すげーと思う。

引用開始 ーーーーーーーーーー

流れるな涙 心でとまれ
流れるな涙 バスが出るまで

引用終了 ーーーーーーーーーー

引用開始 ーーーーーーーーーー

バカだね バカだね バカだねあたし
愛してほしいと 思ってたなんて
バカだね バカだね バカのくせに Ah
愛してもらえるつもりでいたなんて

引用終了 ーーーーーーーーーー

これをあのメロディーに載せて、小田和正さんが歌う。
これは反則だろうと思う。

            ◆

切ない歌っていいよなあ。
しばらく、カラオケに行っていないなあ。

合同ゼミで保育に触れる

合同ゼミで、青山先生と安藤先生のお話を聞くことができた。君たちの感想を読んでも非常に充実した学びができたようだと感じている。

私の感想を端的に述べれば、
(やっぱり保育と学校教育は文化が違うなあ)
というものであった。なんというか、上手く言えないし、誤解のある言い方かもしれないが、保育と言う仕事は子どもの社会化を前提としていないように感じた。

子どもの成長をそのまま促すという感じだ。保育と学校教育。違うなあ。でも、この二つをきちんと使い分ける、またはアウフヘーベンできるような先生になれたら、それは強いだろうなあとも思った。

            ◆

で、諸君はこのお二人の先生の共通項を発見したであろうか。もちろん、お二人とも保育の仕事をされているという共通項はある。その他にもいくつか合ったと思う。

私がなるほど、と思ったのは、仕事に関わる部分である。

青山先生は「幼稚園と保育園の両方の免許を持っていて、何が何でも保育園と言うことではなかったのだけど保育に」
と話されていた。
安藤先生は「老人介護がいいかなあと思っていたけど、男性初ということもあって、いいかなっと思って保育に」
と話されていた。

ここに仕事と言うものの面白さがあるなあと思うのである。

            ◆

私は中学校の教師をしている時は、進路指導主任という仕事もしていた。仕事とは何かということを考え、さらに具体的に自分の新をロ決めていく時のサポートをする仕事である。

この進路を決めるときに、一般的に行われていた指導方法は、自分の好きなことは何かを考え、自分の適正を考えてみるというものであった。簡単にいうと好きなことを仕事にしようと言うものである。この流れに乗って出版された『13歳のハローワーク』という本は爆発的に売れた。私も持っている。

だが、進路を決めると言うのは、この「好きなことを仕事にする」というのだけではうまくいかないのである。

            ◆

先生と言う仕事は、基本的に自分がなりたいからなる仕事である。私も、なりたくてなった。もちろん、中には(本当はバイオリニストになりたかったけど、なれなかったから音楽の先生になった)というような先生もいるが、多くは先生になりたくてなったのである。

だが、私も高校の国語の先生か高校の書道の先生になろうかなあと思っていたが、中学校の国語の先生になった。そして、そのまま担任をし続けると思っていたら、大学の教員になった。

もっと言ってしまえば、浪人をしていなければ、留年をしていなければ今の人生はなかったと思う。

人生は、良いようにも悪いようにも思い通りにならないというのが、私の実感である。

            ◆

そして、このお二人の先生も「保育」という仕事にどうしても就きたくてついたという感じではなかった。就いた時に、安藤先生は邪魔だとまで言われていたわけだし。

君たちは、教育をすることを仕事として選んだ。この先コース選択があるがわけだが、もし、自分の希望通りのコースにならなかったとしても、そんなに大きな問題ではないと、実は私は思っている。自分の希望通りの就職をしたって、ダメになる人はいくらでもいる。

要は、目の前にある自分がやるべきことをやるかどうかだ。それをやり続けてきた結果、お二人の先生方はあんなに素敵な笑顔を手に入れることができたのだと私は思う。

二つある。好きなことを仕事にする。もう一つは、仕事を通して、その仕事を好きになるだ。

研究入門ゼミ通信「起筆」NO.23

授業の感想に答える 71から80

今日の授業は、スピーチの授業に関してでした。教師はスピーチの指導をするためには、スピーチの評価もできなければなりません。この評価が難しいため、授業でスピーチを取り扱わない先生がいるような気がします。しかし、これは国語の先生としては勉強不足です。なぜなら、音楽の先生は、きちんと子どもたちのリコーダーや歌のテストをその場で聞いて採点しています。国語の教師もできるようになりましょう。

■□■

S1 群読が非常に楽しかったです。以前、先生が「国語は実技科目だ」とおっしゃっていたことを思い出しました。声を出すことは、まさしく「体を使うこと」なのだと思いました。体を使うときには、机に向かっているときとは違った集中力が必要なのだということにも気がつきました。
ショウアンドテルは、実にたくさんの学びのエッセンスがつまっている、と感じました。まず、題材に何を選ぶのかを考え、スピーチの内容を考え、そして発表のしかたを考える。
また、発表者としての立場だけでなく、採点者の立場としも学ぶことがたくさんある。瞬時に採点することの難しさを痛感しました。
しかし、それは教師にとって重要な能力でもあります。それを身につけるには、実際に体験するということが何よりも有効だと思いました。

T 国語は座学のように思われていますが、私は、実際は違うと考えています。覚えて、使って、工夫してというようにどんどんやっていくものです。実技教科なわけです。先生の説明を極力少なくして、どんどんやらせる。やっていくなかで子どもたちは自分の力をつけていくことになります。
後期の国語科教育法2では、どんどん君たちに「やる」課題が与えられることになるでしょう。やって力を付けていってください。

S2 群読を実際にやって大変だと感じました。「群読とは簡単に言えば合唱のメロディーがないもの」だといいましたが、メロディーはなくてもリズム感がなければとても難しいと感じました。私はどうも<○>のところと長音のところでリズムを失いやすく、相手の人の言っている方につつられてしまいました。私は楽しく声を出して群読することはできましたが、相手は上手くできているのに自分せいで失敗してまう・最後まで読めない!と感じてしまう生徒も出てしまうのではないかと感じました。
 また群読のお勧めといわれた「平家物語」は「聞いて語ってわかる文学」と聞き、確かにそうだと感じました。平家物語が生まれた時代背景がわかれば、国語教材に最適なものかどうかもわかってくるのだなと思いました。またそれに関連して、すごい!と感じたものがありました。それはことわざスピーチバトルの話です。四字熟語でポンとスピーチバトルが生徒にとって知識を入れる力と出す力になっているのに、言われてから気づきました。
 この授業だけではないと思いますが、関連付ける大切さを感じました。

T 失敗する生徒がいるから、助けようとする生徒が育つのです。育てるのです。全員が簡単にできたら学校なんて要りません。
「またそれに関連して、すごい!と感じたものがありました。」だから、授業にはタネも仕掛けもあるって言っているでしょ(笑)。手を替え品を替え、子どもたちに力を付けていくのが授業です。

S3 フィンランドの子どもの読解力はナンバーワン、という話に興味を持ちました。
フィンランドは大学院まで授業料なし、鉛筆一本にいたるまで無料。
消費税は25パーセント、でも生活必需品には消費税がかからない。
この話を聞いて世界の教育について知りたいと思いました。フィンランドの教育が日本とは全く違い、世界の教育に興味を持ちました。
先生のいうように一度世界にでてみようと思いました。

T 体力と時間のあるうちに、世界を見てくるのが良いと思います。もちろん、お金が必要ですが、そんなものなんとかなるでしょう。もし、何とかならない場合は、ご相談ください。必殺の技を教えますf(^^;。

S4 スピーチをするにもきちんとやり方を説明して、準備をし、予行、修正をすれば本番にはあまりあせらないということが今日実際にやってみてわかりました。私が今までやってきたスピーチはただ『話せ』みたいな感じのものだったので、今日のようにひとつずつやっていけば人前で話すことが苦手な子供たちも減るんじゃないかなぁと思いました。特に人前で話すことは緊張するし、予行練習をすることで失敗を失敗のままで終わらせないというところが大きなポイントだと感じました。

私はまだ日本から出たことがなく、飛行機にも乗ったことがありません。今日池田先生が言っておられた、『3日で日本が消えていき、この変わる瞬間がとっても心地いい』というのを聞いてすごく魅力的に感じました。いつか一人で行き当たりばったりなのんびりとした一人旅に行きたいなぁと思いました。

T そう、3日で私は日本人を離れて、地球人になれる気がします。そして、その後(ああ、やっぱり日本人だ)と思うようになり、(I am OK!)と自分を肯定して生きていく自分に出会えるんですね。もちろん、とんでもない自分を見つめてしまうこともありますが、まあ、それはそれ。やってみなはれ。

S5 今日のスピーチですが、池田先生のおっしゃる7つのステップがあったお陰で、たいへんやり易かったです。「Show&Tell」は色々応用が利きそうなので、便利だと思いました。原稿用紙がなくても文字数を確認しながら書ける書き方に至っては、目から鱗でした。
ただ、もう一度1分を測りながらスピーチを練習する時間があればもっと焦らずにできたかもしれないと思いました。
「旅行」と「旅」の違いについては、また調べて書こうと思います。

T できる人は、できない人から見てみると考えられないことを同時進行でしていることがあります。だから、できない子どもには、できる人が何をどの順番でしているのかを説明して、実際にさせてみると良いと考えています。これをスモールステップの指導と言います。階段を一気に七段飛び上がるのは、そりゃあ不可能です。が、一段ずつなら訳も無く上っていけるでしょ。そういうことです。

S6 show and tellはすごく良い方法だな、と思いました。自分で選んだものを見せるから、必ず選んだ意図というのがあるはずである。だから話すのが苦手な子も、何かしら言葉が出てくるよな、と思いました。そして今日のように、好きな言葉についてスピーチというのは、自分にプラスななる事も多くて、言いすぎかもしれないが視野が広がるのではないか、と思いました。

旅行と旅について。旅行とは楽しむ事を目的として細かく計画を立てるもの。それに対して旅とは、自分自身を成長につなげ計画をあまり立てずにするもの、だと思います。今日もう少し考えて明日辞書を引きます。ネットでも検索したいと思います。

T 話したい内容と、聞いてくれる人がいれば、大概の場合人は話します。

S7 今日の授業ではスピーチの話が非常に勉強になりました。生徒同士で採点をさせることによって、ボーっと聞き流す生徒や聞いていない生徒をなくせるのだと思います。また自分の評価に関わっていなければ採点を適当にする生徒は多くいます。でも「採点している人を先生は採点する」と言えば生徒は必死で発表を聞き、真剣に採点せざるおえません。生徒に真面目に発表を聞かせるのに非常に効果的な方法だと思いました。
またフィンランドの消費税の話も印象に残りました。フィンランドに限らずフランスでも商品にかかる税が一定ではなく、日用品などの生活必需品は安く、ヨットなどのぜいたく品は税率が高いそうです。この税制は高所得者には辛いかもしれませんが、低所得者にはとても良いものだと思います。日本でもすべてのものに同じ税をかけるのではなく、物によって税率を変えて欲しいと思う人は数多くいると思います。日本がこの税制を導入しないのは、やはりトータル的に政府の消費税による税収が減ってしまうから、ということなのでしょうか?

T 世界に出てみましょう!

S8 今日の授業の中の自分のスピーチをする場面で、自分の出来の悪さに落ち込みました。準備した文章通りにスピーチしなければいけないと思いすぎて、その原稿を思い出そうとするあまり言葉が出てきませんでした。同じ班の人はスラスラと自分の好きな言葉について堂々とスピーチしてるのに、とその時は落ち込みました。しかし終わってみて、自分の苦手な所を発見することが出来て良かったと思いました。これを機に、自分の意見をまとめる練習が出来るからです。後ろを振り向かず、自分の欠点を直していこうと思いました。

 私は今までに4カ国へ行きましたが、どの国もそれぞれの文化があり、私にとってそれぞれの国で貴重な体験が出来ました。しかしまだまだ行きたい国がたくさんあります。今日の池田先生の話を聞き、今後の進路を見つめ直したいと思いました。

T 私は、人生は一回だと思っている。何かを求めれば、何かを犠牲にしなければならない。その覚悟があるのであれば、いろいろと挑戦してみるのが良いのではないだろうか。

S9 『話すのが苦手な子の立場に立って』という指導法に興味を持ちました。いきなりクラスの前でスピーチとなると話すのが苦手な子は、緊張感から余計に声も小さくなり、目線も下にしか行かなくなってしまうものだと思います。そこで、言葉遊びとして遊ぶ事から声を出す練習をしていくのはいい事だなと思いました。
紙を丸めて、インタビュー形式にするというのも、生徒を楽しく授業に参加させる方法だと思います。
また、今日の好きな言葉の発表では、みんなのスピーチの仕方を見る事ができて、勉強になりました。

T 学校教育の良いところは、まさにこの「みんなのスピーチの仕方を見る事ができて」という部分にあります。同じ課題をやっているのに違うわけです。良い悪いではなく、違うのです。この違いから、子どもたちは学んでいきます。それを上手く授業として組織していくことが大事なわけです。

S10 小・中学校の時は、人前で声を出すことがすごく苦手でした。今でもその名残でためらってしまう時があります。
今日の授業で群読をやりながら、小学校の時にこれを経験していれば、もっと抵抗なく声を出せていただろうな、と思いました。とても残念です。
そして、今日は「採点することの難しさ」を体感しました。元々、「瞬時に物事を判断する」ということが苦手なので、とても難しかったです。
音楽の先生のお話がありましたが、たくさんの生徒の歌声を瞬時に判断されていた先生は本当にすごい、と改めて思いました。国語だから・・・と逃げるのでなく、すばやく判断できるようにならなければいけないな、と感じました。

「平家物語」のお話を聞いて、授業で「那須の与一」をカセットで聞いたことを思い出しました。あまりきちんとは覚えていないのですが、古典なのにとても聞きやすかったように記憶しています。やはりそれが、「平家物語」の魅力なのでしょうか。

「旅」と「旅行」の違いなのですが、辞書で調べてみても納得のいく答えではありませんでした(結局同じ意味だったので・・・)。
自分なりにもう一度、きちんと考えてみようと思います。

S11 今日の授業で先生が言った、スピーチをする際の「予行」はとても大事だ、というのは、本当にその通りだと思いました。
私は、あまり人前で喋るのが得意ではありません。人前で喋ろうとすると、緊張して頭が真っ白になってしまいます。けれど、今日のスピーチでは、事前に自分の言う事を整理して、それを一分間におさまるように直してから、本番を行ったので、緊張はしましが、自信を持って言う事ができました。
「予行」すれば、こんなに心強いんだと分かりました。

S15 実際に群読をして、最後まで二人で言えた時、群読は「合唱のメロディーがないもの」であるということを実感しました。輪唱をしているような楽しさを感じました。

今もそうですが、私はスピーチが苦手です。中学生の時、私のクラスでは3分間スピーチというのをしていました。テーマは設けられていなかったように思います。
3分間も何を話していいのかわからず、順番が回ってくるたびに凄く悩みました。そして、話し終えた後には「ああ言えば良かった」というような後悔がありました。
しかし今回は、「好きな言葉」とテーマが決められていたし、「1分間に話せる文字数は400字が限界」と具体的な数字を提示されていたので、こう言えば良いかなと短い時間でも考えることができました。また予行の時間があったことで、本番ではより堂々と自分の意見を述べられてように思います。

旅行と旅の違いですが、旅行はあらかじめ計画を立てるもの、旅は自分が思うままに行き先を決めるものというイメージがあります。計画的に他の地に行くのであれば何人居ても同じですが、思うままに行き先を決めるとなると少人数でなくては動けないと思います。だから人数的な違いもあるのではないかと思いました。

S20 私は昔からあまり自分の意見を発表するのが得意ではありませんでした。
今回のスピーチも、ある程度家で考えてはいたものの、発表する段階になってとても緊張しました。しかし、実際に発表してみると当初自分で思っていたよりもすらすらとスピーチすることが出来たと思います。
きっと自分の頭の中だけでまとめるのではなく、一度紙に書いて練習し、整理したおかげだと思いました。
予行をさせず、本番だけをやるともう一度やりたいと思う。これは私にも覚えがあるので、そんな思いを生徒にさせないようにしたいと思います。

また今回人の評価をしてみて、その難しさが分かりました。
ちゃんと話を聞いていなければと思うと書く速度が遅くなり、結局余裕がなくなってしまいました。
もっと瞬間的に判断する技術を身につけたいです。

T 教師になるということは、話すということ。書くということです。苦手なんて言っている場合ではありません。大学の授業では、君の課題を発見することはできても、それをレッスンするだけの時間的なゆとりはありません。課題を見つけることができたら、自分で一歩を踏み出さなければ、いつまでたってもそのままになってしまいますよ。採用試験まで後一年です。

S12 平家物語ではないのですが、小学校時代、狂言の附子を群読したのを思い出しました。自分の声が周りに聞かれないけれど、きちんと声を出すことができる安心感がありました。
今日のスピーチで、アドリブの利かない自分を再確認しました。最初から完璧に準備をしておけば緊張しないのですが、失敗を考えると緊張して上手く話せなくなります。話しながらもアドリブで考えられるように、できないといけないと思いました。
似たような意味の言葉はどう違うのか、一時期私も興味深く思って色々調べてみたことがあります。「不倫」と「浮気」はどう違うのかなど、似た意味の言葉を探すのも面白いです。
「旅」と「旅行」の違いについてですが、辞書を引いてみると全く同じ意味でした。なので、「旅行」に付いている余分な「行」という字を調べてみたところ、「目的地に向かう」というような意味でした。このことから考えて、「旅」は「目的地をあらかじめ決めずに各地を回ること」で、「旅行」は「目的地を決めて各地に行くこと」ではないかという結論に達しました。

T 話の苦手な人は、きちんと原稿を書いてそれを見ながらというようなスピーチになりがちですが、それは原稿を読んでいるのであって語っているのではありません。教師の仕事は原稿を読むことではありません。語ることです。語る練習をしてください。

S13 話すことはトレーニングしだいで上達できると聞いて、このようなことを生徒に教えたいなと思いました。
 やり方を説明する時に、説明聞きながら行動しようとする生徒がいるので、説明がうまく伝わらないなんてことが、多くあると思うので、今日の指示の仕方はいい方法だと思いました。生徒に成功させることを手伝うために教師は、生徒にしっかり説明を聞かせ、具体的な指示を出さなければならないと感じました。

Q.旅と旅行の違いについて

いろんな辞書を調べてみたが、二つとも同じような意味だったので、
今日言った、熟語を考えながら、ひとつの仮説を立ててみました。
旅行は観光・慰安などの目的で他の地方にいくことの、目的が、はっきりしているものが、旅行。
旅は、他の土地へ行くのは同じだが、はっきりとした目的を定めてないものが旅だと考えました。

S13 

勝って負けて
笑って泣いて
走って歩いた
人生だから
いい旅だったと
振り返りたい

我が人生

僕の好きなことばは、これです。グループに分かれて発表したけれどすごく楽しかった。一人一人が考えてることとか人生の目標とか今の気持ちなど少しだけど知ることができた。
これはすごく大切なことだと思うしいい体験だと思った。

あと、常にできない子の立場になって考えてあげること。ココいいね、ココよくするともっといいね、具体的な指示と褒めの言葉で子供を成長させること。
印象に残ってます。


T ふむ。

S14 今日旅についての話を聞き、ずっと行きたかったけれど、なかなか行動に移せない自分がいることに気付きました。
私は旅行には何度も行ったことがありました。家族旅行、修学旅行、友達との旅行。旅行はたくさん経験していたけれど、旅は全く経験したことがありませんでした。
私が考えたところ、旅行と旅の違いは、精神的な違いにあるのだと思いました。旅行はある目的を決めて何かをしにいくと、始めから設定してあります。あとはそのルートにのり、楽しめばいいのです。しかし、旅とは目的を決めず、ただただ、放浪する。そこで感じとったものを自分なりに解釈し自分の成長につなげていく、いわば、自分探しの旅なのだと思います。
ただ、観光するだけではなく、自分と見つめ合う。それが旅なのではないでしょうか。
大学生活あと一年半。暇をみつけて最初は近場から一人旅をしてみようと思っています。

T 自分探しの旅は、私はやめた方が良いと思っています。自分探しの旅をする人は、今の自分を受け入れていないことが多いのです。そして、(これは本当の私ではない)と次から次へと何かに手を出すのです。本当の私ってなんですかねえ。本当の私は、今の自分よりも良い自分だと思い込んでいるようですが、それはどうしてそういえるのですかねえ。本当の自分が今の自分よりもダメな自分であるという可能性もあるのに。
そうではなく、「今の自分、理想の自分、そこに至るまでのヴィジョンと行動」これを考えた方がいいと思います。

S16 今日、自分の好きな言葉を説明する1分間という短い時間を喋ることにも、難しさを感じました。
授業前にも、何を話そうかと少し考えていて、「1分くらい簡単に話せるやろう」と思っていました。しかし、3分の準備時間で、考えられた内容は、30秒程度でした。
自分が本当に伝えたい大切なところだけを、短時間にまとめて、分かりやすく話すことは、今の私にはなかなか難しいことだと感じました。
しかし、本番の前に、予行と修正の時間があることで、少し話しやすくなったように思います。

そして、他の人のスピーチを評価することも難しいと思いました。自分の評価基準を持って、偏見なく評価するのは、技術と慣れが必要なのではないかと思いました。

今日の授業でやった平井任子さんの群読は、大学生ながら熱中してしまいました。
自分で作ってやってみるのも、楽しそうだと思いました。
だれもが引き込まれる言葉遊びを自分の得意ワザの一人として、持っていたいと思いました。

「旅」と「旅行」の違いは、計画を立ててあるかどうかだと思っていました。
「旅行」は、計画をしっかりと立ててあるもので、「旅」は行き当たりばったりのものかと思ったのですが、何かしっくり来ません。
それは、「旅」の経験が少ないからかとも思いました。

S18 今日はSHOW&TELLを実際にしてみて、自分の伝えたいことを伝えるという難しさを知りました。スピーチの原稿を考える準備をし、予行練習も行ったはずであるのに、1分という時間は以外に長く、時間をもたせるのに精一杯でした。簡潔にわかりやすく自分の思いが伝わらず、準備があまかったと反省しました。当たり前ですが教師という仕事は授業の時間、ずっと話していなければなりません。話すことが苦手な私は、苦手な分、準備をしっかりとし予行練習も何回もおこなわなけばならないと思いました。
その他に、スピーチの採点の仕方も難しく感じました。不公平がないように採点することと、短時間で採点しなければならないということがスピーチの採点の難しさだと思います。

T あるアメリカの大統領は、「3時間のスピーチなら今すぐにでも始められるが、3分間のスピーチなら一晩考えなければならない」と言ったとか。短い方がスピーチは難しいのです。

 S17 「愛」と「恋」・「旅」と「旅行」の違いについて、まだ調べたのが不十分だと思います。しかしとりあえず今の時点で分かったことです。

 まず「愛」についてですが、元は「无と心(夊)」で構成された形であった。无は無と同義で心がない意、恋愛中は全てがその想いで、いわゆる上の空の状態を表しているようだ。また睡虎地や汗簡などからわらるように(既+心)とある。既の甲骨文では左辺は大盛りに盛られた食器、右辺はひざまずき顔を後ろに向けて口を開けた人の形を象ったもの。食べ物から目を反らす様子から満腹の意を表している。もう充分ということから、すでにの意となったもの。このことから右辺「无」は満たされていることを表して、心が想いでいっぱい、胸がいっぱいということから愛情の意を表す。

 「恋」というのはまだ調べきれてないので、現時点では私の意見となりますが…「恋」は心が何処かに引き寄せられるイメージがあります。何かに向かっている、矢印で表せるような感じがしました。一方「愛」はその向かう方向が表しきれないように感じました。 昔は食に対して今ほど豊かでなかったと思います。仮にそれが事実だったとして考えていくと、その時に満腹まで食べられる状態にさせることができるということは大変です。そうするためにはかなりの包容力、偉大さがなければいけないと感じます。そこから「愛」は『家族愛』『人類愛』と言うことができるのではないかと思いました。

 次に「旅」についてです。この甲骨文をみると、旌旗の下に人が2人、或いは3人が並んだ形を象ったもの。旗は軍旗で、人は2人も3人も同じで大勢を表す。「旅」の本義は「軍ですを先頭とする軍の遠征」を表したもの。後、一般に遠出を表すようになるが、現在では主に『旅』の意で使われる。

 先生が「旅」は人生だと思っているといいましたが、以上のことを調べて、その通りだと感じました。前述のように軍の遠征を表しているので、結果が見えないということが想像できます。そういった意味でも人生と旅は似ていると感じました。
 一方で「旅行」はそこへ行く目的があり、その先のある程度の結果は見えている点が違うと思いました。一見「旅」と同じように思えるが、全く違うとわかりました。

T 言葉って面白いでしょ。これを子どもたちに実感させたいよね。

S19 今日は授業後、先生のお話が聞けてうれしかったです。お時間を割いていただきありがとうございました。私は中学生があれだけの課題をこなせるとは考えてもみませんでした。「中学生はできない」と頭から考えていることがいけないのだと思います。書道のおもしろさは古典です。ただの書写という書き写しをしていたのでは書道のおもしろさは伝わらないと思います。その書道が学べるのは高校の選択授業です。書道を選択しなかった生徒は書道のおもしろさは一生わからないでしょう。だからといって、私には中学生に古典をやらせるということは考えつきませんでした。先生のように古典を基にし学習させれば、より多くの生徒が書道を好きになっていくと思います。
今日はありがとうございました。

T 私もまさか大学に、それも書道学科のある大学で勤めるようになるとは思わなかったのですが、そこで中学校時代の書写の指導が君たちの参考になるとは。人生とは面白いものです。私は中学生に本物を与えてあげたかったのです。日本には素晴らしい書道家がいますが、その書道家の字を学ぶより、その書道家が学んだ字を学んだ方が良いと考えていました。摸書や臨書はその方法が可能ですよね。
字がうまく書けるようになる。それもお習字教室に通わなくて、普通の学校で学べる。それが指導できる先生なるってのは意味があると思いますよ。

S21 旅と旅行の違いですが、話を聞いている時には集団としての程度の差かと思いました。旅行の方が規模が大きく思えたのですが、他の方が書いているのを見てもっと考えを深める必要があると思いました。
もっと考察し、プリントに考えを書きたいと思います。

S22 今回とても印象に残ったことは「show and tell」です。これをするにあたって7つのステップを踏む事が大切だとわかりました。
私は文章を短時間でまとめることが苦手なのですが「予行」と「修正」の時間があれば「本番」は形になると思いました。しかし、いざ本番で話してみると構成や時間管理がうまくできなかったのがとても心残りでした。
もし、子供たちに「show and tell」を教えるとなると時間配分の設定をしてあげる事はとても難しいなと思いました。以前の授業で、焦らす事で子供たちの力をうまく引き出すといった事を学びましたが、今回池田先生は私たちの進行具合を確認しながら話を進めて下さいました。進行具合が遅い子供への配慮が大切だなと思いました。
その中で子供たちが食い付きやすいような話しやすいようなテーマに設定してあげる事がとても大切だなと思いました。
また、相手が発表した事に対して採点するのは本当に難しいなと実感じました。すべての項目において、なんとなくこうかなという感じでつけてしまいました。しかし教師になった時、5と4の違い、2と1の違いを明確にしなければなりません。その基準が自分の中でなければ良い採点はできないものだと思いました。

T だんだん分かってきたようですね。授業を受ける側と授業をする側では、全く違うということです。大学の他の授業も(もし、この授業を自分がするとしたら?)という視点で、先を考えながら受けると良い勉強になります。

S23 今回、スピーチの授業を受け、小学校5年生のときの事を思い出しました。担任の先生は、おもしろい人で、いろいろ工夫を凝らすのがとても上手な先生でした。帰りの会は日直が仕切るのですが、最後に“3行スピーチ”をすることが、日直の最後の役目でした。1学期は3文ですが、2学期になると4文、3学期になると5文と、増えていく仕組みでした。全然ネタがない日は、3文作るのにも苦労し、また、言いたい事がたくさんある日には、3文にまとめるのに試行錯誤しました。その時は、“スピーチ”の意味すらはっきり理解できてなかったのですが、人前に立って、自分の事を話す、というのはとてもいい経験になったと思っています。
 今回体験した、1分間スピーチはまた違った難しさがありました。“1分間”というのがとても長く感じて、どう埋められるか、と悩んでいたのに、いざ発表になると、焦りまくって、早口になり、おまけに頭も真っ白で原稿の内容をすべて忘れてしまうという失態でした。だから最後に空白の時間が残ってしまい、後悔してしまいました。でもそれを反省につなげて、次の機会に役立てたいです。

 「旅行」と「旅」について、私はこう思う。

「旅行」……新婚旅行、修学旅行、家族旅行…。何泊何日というのが決まっていて、計画性があり、目的があるものではないだろうか?荷物も日にち分用意して、地図も行き先の分をしっかり準備して、観光目的、勉強目的であること。

「旅」……何泊何日かは決めないで出発。荷物は気が向いたものを鞄につめて、気が向いた土地に向かう。地図は必要なら現地で入手すればよい。気持ちの整理だったり、自分を見つめながら気の向くまま足の向くままゆったりと時間を過ごす。現地の人ともふれあいながら、なにか心に残すことができれば、そこで最高の旅人になれるのではないか?と思う。

T その時の通信とかノートとかが残っていたら、調べてみると良いね。具体的な資料に当たるというのは大事なことです。

S24 文科省によって大学への補助金を減らす動きがあると知ったときは驚きました。再生会議では大学の質を高めるとか、十年以内に世界の上位三十校に五校は入ることを目指す、など大きなことを言っているので、具体的に何か考えているものだと思っていました。それなのに補助金を減額だなど逆効果もいいところではないでしょうか。確かに大学は数が増えていて、定員割れする私大も多くあり、減らさなければいけないケースもあるかも知れませんが…国立大の補助金は減らすべきでないと思うし、ただでさえ少ない補助金からのこれ以上の減額はどこの大学も厳しいはずだと思います。
フィンランドの教育は、日本の学校システムを手本にして教育改革した結果あそこまで成長したのだという話を他の授業で聞きました。今度は日本がフィンランドから何かしら学ぶ必要があるのではないでしょうか。
余談ですが、さっき少し調べたところフィンランドはアルコールへの税が高額なのにも関わらずアルコール依存者がとても多いらしいです。不思議です。

今回は、実際に郡読してみて、リズムの難しさに悪戦苦闘しまいた。韻を踏むところや、AとBが重なるところを意識すると読みやすかったです。
子どものリズム感が失われつつあるという話を最近合唱関係の本で読みましたが、自分が既にその中にいるとひしひし感じます。詩は、声に出したときのリズムに大きな面白味が詰まっています。せっかくの言葉遊びの面白さが身で感じられないのは悲しいです。
「ことばあそびうた」の話が出て、とても懐かしく思いました。小さい頃NHK教育でよく流れていて、大好きでした。確かはせみつこさんが語り手だったと思います。ああいった番組は今でもあるのでしょうか?谷川俊太郎の言葉遊び系の詩は、中学・高校の教科書にも載っているものなので、小さい頃からの習慣でもっと身近に感じられたらいいなと思います。
そうやって身につけるリズム感が、喋るときのテンポや間の取り方に繋がってくるのだと思います。

スピーチ、とても緊張しました。声の授業でやったことが大いに発揮できてたら良かったのですが…まだまだ練習が必要です。

T 折角大学で学んでいるのですから、批判的な思考を持って社会を見る習慣をつけていきましょう。教育再生会議は、すべての大学でなどとは言っていないでしょう。簡単に言えば、日本の中にある5つの大学だけが良くなれば彼らの数値目標は達成されるわけで、大学教育全体のことを考えているかどうかは別だというわけです。
もっと凄い話もありますが、ま、それは君たちに考えてもらうことにしておきましょう。

S25 【愛と恋との違い】

恋はときめいている状態で、愛は信頼している状態。
実際は両方同時には絶対に存在しません。例えば、父は娘を信頼し、愛することはあっても、 ときめいて恋することはありません。

科学的に言うと、恋は精神が不安定で不安や恐怖を感じ、緊張している時に成り立ち、 愛は全くその逆で、精神が安定し、安心や信頼を感じている時に成り立ちます。

つき合い始めに自分がいつふられるかもしれないと思って不安を感じている時期は恋で、 浮気ができるもんならしてみなさいよ!と思うようになったらそれは愛です。

恋がときめきで愛が信頼なら決定的に違うところがあります。

それはギブ&テイクです。

恋しているときはときめいていて、相手に夢中になっているので ギブだけでテイクはいらないという気になります。

だから都合よく扱われても、損をしても相手についていきたくなります。
ところが愛は信頼です。信頼とは何かをよく考えると、相手に10与えると 10戻ってくるということです。

結婚して安定して愛をはぐくんでいる人でも、恋がしたいという欲求は 恋と愛が両立できないことからでてくるものですが、 以前では難しかった、恋と愛の両立が【出会い系サイト】というツールの 登場で少しづつ可能になりつつありますが、そこには、恋を得て、愛を失い、 修羅場になって、恋も失うというリスクもあります。

「愛は永遠」というフレーズがありますが、このれはある意味真実です。

       「出会い研究所」より

【旅行と旅の違い】
 
どちらも「自宅を離れ他の土地に出かける」という意味では同じですが、異なる意味合いを持っていると私は考えます。「旅行」は"目的"がありその目的のために出かけますが、「旅」は旅する事自体が目的だったりします。「旅行」の場合はその目的に到着すればその手段はどうでもよい、むしろなるべく早く楽なほうがよかったりしますが、「旅」は移動手段そのものも目的のひとつなのです。「旅行は点であり旅は面 である」という言葉があります。

   「海外一人旅マニュアル」より

T ふむ。



S26 ●「旅」と「旅行」の違いについて
 まずは、私の仮説から書こうと思います。
 「旅」は、1人でするイメージがあります。そして、その内容も、何かはっきりとした目標や時間設定を帯びたものでなく最終「何か」を見つけに行くものだと思います。「自分探しの旅」や「一人旅」、「放浪の旅」という言葉があるからかもしれません。
 対して「旅行」は大勢でするイメージがあります。何処へ行って、何をしてという事前の計画をきっちりするものだと思います。なにかしら、「旅」より明るい感じがします。これも、「家族旅行」や「修学旅行」、「新婚旅行」という言葉から思いました。
 ただ、「傷心旅行」だけは少し違うなと思います。

 次に、インターネットで見つけた、他の方の意見を挙げてみます。
 「普段の住まいを離れる」ことは同じだが、想起されるものは異なる。簡単に言って「観光」を目的とするのが「旅行」で、それ以外の目的を持つのが「旅」。旅の方が真面目で、つらい。その分孤独な感じがありカッコいい、若者向きだ、と言えるのではないか。
http://www33.ocn.ne.jp/~ci5/kojitsu/kojitsu_001.htm
だそうです。

●「恋」と「愛」の違いについて
 これも「恋は下心、愛は真心」といったように諸説ありますが、まずは自分の考えから述べてみます。
 はじめに、「恋」とは予期せず始まるもの、してしまうものだと思います。あこがれも「恋」の一部だと思います。そして、悲しいかな一方通行の行為ではないでしょうか。
 一方、「愛」とは互いに想いあえたときに、始めて成立するものだと思います。また、見返りを要求しないのも「愛」の特徴だと思います。
「恋」は「恋しあう」とは言わないし、「兄弟愛」は別に誉めて欲しいから持つものでもありませんし、私は以上のような理由で「恋」と「愛」は違うと思います。

 辞書によると、「恋」とは以下のように規定されています。

1)異性に強く惹(ひ)かれ、会いたい、ひとりじめにしたい、一緒になりたいと思う気持ち。
(2)古くは、異性に限らず、植物・土地・古都・季節・過去の時など、目の前にない対象を慕う心にいう。

また、「愛」は以下のように規定されていました。

(1)対象をかけがえのないものと認め、それに引き付けられる心の動き。また、その気持ちの表れ。
(2)キリスト教で、神が人類を限りなく深くいつくしむこと。
(3)〔仏〕 人や物にとらわれ、執着すること。むさぼり求めること。渇愛。
(4)他人に好ましい印象を与える容貌や振る舞い。あいそ。あいきょう。

長くなりましたが、以上が調べた結果です。

T ふむ。

■□■

ということで、そろそろ前期も終わる。自分でもびっくりしているが、もうすっかり大学の暦モードで生活している私がいる。

二年前だったら
(うーん、通信簿だ、通信簿)
と思いながらこの時期を過ごしているだろう。もう、所見の下書きが終わっている先生がいたり、出欠席の確認が終わっている先生もいたりする。

そして、
(頼むから、もう遅刻や欠席するなよ)
と思っている私もいる。生徒の生活の乱れを心配するのもあるが、正直言ってこの時期に遅刻欠席があると、折角まとめた通信簿の出欠席欄をもう一度やり直さなければならなくなるからだ。

私が教師になった時は、朝担任が出欠席を一回取れば良かった。が、今は通常一回一回授業の最初に確認する。このチェックが大変なのだ。

であったが、今は、夏休みの集中講義の準備を進めている自分に驚くわけである。

■□■

諸君の夏休みはどのようなものになるのだろうか。大学三回生の夏休みか。私も思い出してみたが、一つしか思い出はない。それは夏休みの集中講座だ。

塾で中学校三年生に教えていた私は、夏休みに集中して、授業を進める。だいたい五日間授業をして、一日休み。お盆休みは一週間ぐらい。その他はすべて塾で授業をしていた。

最初の五日間で喉が痛くなり、ちょっと血が出る。そして、夜にビールで洗いながら授業を進める。

同じ教材を使って授業をしているベテランの先生、博士課程で学んでいる先生、この先生に負けないと心に決めて、必死に教材研究、授業方法の研究を続けた。

夜は、みんなで一緒に食事をしながら、学ぶ姿勢が気になる生徒の情報を交換したり、句会をして遊んだりとしていた。

私にとっての塾の講習は、模擬授業の連続であり、自主ゼミのような場所であったのだなあと改めて思う。

■□■

ま、その御陰で教育実習や教員採用試験の時は、非常に取り組みやすかったわけである。

この時の先生たちとは、未だに付き合いがあって先日東京に戻った時に久しぶりに再会した。
その後の人生の半分をヨーロッパで過ごしていた先生。私立高校で非常勤から常勤の先生になり、激務のためすっかりスリムになった先生。これからまだ会議があると途中で帰っていった先生。そして、私。

あのとき、あんな夏を過ごしたメンバーが、こんなふうな人生を送るとは、その時は誰も思わなかったと思う。

スマップじゃないが、「あの頃の未来に僕らは立っているのかな」なんだと思ったものだ。

人生は思ったよりも、短い。

■□■

とまれ、もうじき三回生の夏休みがやってくる。計画を立てはじめたかもしれない。どんな夏も人生には一回しかないが、諸君が人間的な成長のきっかけになる夏を過ごすことを期待している。

国語科教育法通信「修学」NO72~81

句会と教育実習報告会

学研の「NEW教育とコンピュータ」の9月号の連載の締切の日。午前中に、仕上げる。ふう。これでいまのところすべて締切は守っているぞ。

            ◆

今日の4限の国語科教育法は、句会の方法を教える。先日、「ディベート」DVDの第二弾で「たほいや」と「句会」のDVDを収録したが、大学の授業では、それを実際にやる。

句会という授業方法は、学校で国語を教える時には使える指導方法だと考えている。
思春期の子どもたちは、誰が作った作品かということで作品の善し悪しを判断しがちである。しかし、この句会という方法は、作者と作品を切り離して、作品だけで鑑賞することが可能である。これが非常に面白いのである。

            ◆

授業では、句会にいきなり入るのではなく、日本の和歌の歴史を簡単におさらいし、芭蕉の『猿蓑』の「市中」の巻、すなわち、

市中は物のにほいや夏の月 凡兆
 あつしあつしと門々の聲 芭蕉
二番草取りも果さず穂に出て 去来
 灰うちたゝくうるめ一枚 兆

の部分を解説して、連句の歌仙の特徴を教えて、俳諧の連歌が俳句になったいきさつ、ここから生まれる俳句の特徴を説明した。

            ◆

学生に確認してみると、小中学校で俳句を作ったことはあるとのことだが、それは五七五で季語を入れれば出来上がりのような指導で作っていたことがすべてであった。

まあ、仕方がないのだろうが、国語の教師になろうとする学生がそれでは困る。「二物衝突」ぐらいはしっかりと理解して説明できるようでなければならない。

            ◆

これらを説明してから、句会を行う。夕立を季語に指定した句、夏の季語から作る句の二つで行う。事前に課題として提出させてあった俳句を私がプリントにしたものを使う。

ここに作られた作品は、私が指導をする前の作品であるので、実を言えばほとんど俳句になっていない。一番多いのが、季重なりの間違いである。俳句では一つの俳句に一つだけ季節を表す言葉を入れて良いのだが、二つ、中には三つというのもあった。

これは日本語にはそれだけ季節を表す言葉が多いとも言えるし、学生が言葉に鈍感だと言うことも言えるだろう。

            ◆

句会には私も参加した。名前が出ないのでこれが可能なのである。
一つは選ばれて、一つは選ばれなかった。ふむ。
句会は、参加する人間の俳句の力量を考えて俳句を作らなければならない。選ぶ側の力量に左右されるからである。

            ◆

学生たちは、作品を私によってボロボロにこき下ろされた。もう一度来週、句会をすることにする。学んだことを活かす場を設定する。どれだけ良くなるか楽しみである。

            ◆

6限にもう一つ授業があった。教育実習の報告会である。
教育実習を終えた4回生が、その体験を3回生に語る会である。私は国語の教育実習の報告会で司会を担当した。

この授業は、昨年の国語科教育法の受講生と、今年の受講生が揃った。なかなか壮観である。

教育実習を終えた学生たちは、それなりに成長していた。学校教育現場を多少でもくぐり抜けてきたわけで、鍛えられたということだろう。
「池田先生の国語科教育法の授業をとても大変だと感じていたけど、あれを受けないで実習に行ったとしたらどんなことになっていたか、恐ろしい」
のような発言が割とあった。

でしょ。
厳しさは、愛情なのである。

            ◆

時間を少し延長して、報告会は終わった。
外は大雨。
いよいよ、梅雨の末期か。

2007/07/10

珍しく二日間休肝日

月業日は研究日。
しかし、なかなか研究ができない研究日。校務をやり続ける。

途中で研究室に電話。
原稿の依頼と校内研修の講師の依頼だ。
よろこんで。

明日の授業の準備と、ほぼこの一ヶ月間取り組んできた校務が一段落して、開放感を抱く。今日も10時間近く研究室に居続けたなあ。

            ◆

本来ならビールでゆったりするところだが、この私が珍しく二日間休肝日。おそらく頭を使いすぎたので、アルコールよりは炭水化物(ブドウ糖)を脳が欲したのであろう。

きちんと米を食べて、食後にお茶。
夜の琵琶湖を眺めつつ、寛ぐ。

            ◆

気がついたら日付が変わっていた。
飲まない方が遅くまで起きているなあ。

2007/07/09

「手なんか洗えば落ちる」

万年筆のインクを急いでつめようとして、こぼしてしまった。
手に汚れがついた。
急いで流しに向かって洗う。
洗えば落ちる。
当たり前である。

こうして何回ぐらい手を洗ってきているのだろうと思う。

            ◆

子どもの頃、片付けをする時や掃除をする時に、汚いものを適当に処理しようとすると、母親に良く怒られた。

「ちゃんとやりなさい」
『でも、手が汚れてしまうよ』
「何言っているの。手なんか洗えば落ちる」

洗ってしまって、手が落ちてしまったら大変だが、そんなことを言い返したらどんな雷が落ちるか分からないので、
『はい』
と良い子の返事をする私であった。
もちろんん、
「手の汚れなんか洗えば奇麗になる」
である。

            ◆

いまいつの間にか、この「手なんか洗えば落ちる」というのは、私にとっては「虎穴に入らずんば虎児を得ず」のようなことわざとしてかなり定着している。

何かをしようとしたら、多少汚れる。汚いものもたくさん触る。そりゃあ、片付いていないんだから汚いのは当然。これを整えるから一つの発見があったり、アイディアが生まれたりするわけである。

私は今まで何をどれぐらい触ってきたのか分からない。が、その都度、奇麗になっている手。
いや、細菌レベルで言えば汚い手かもしれないが。でも、見た目には全然オッケーな手である。
使い込んでいる手である。

「手なんか洗えば落ちる」

のである。
使わない方が余程もったいないのである。

Hanataba

充実した週末

明日の教室の後、打ち上げをして、結局終電で帰って来て、そのままリビングでお休み。「体にフィットするソファ」は恐るべしである。いや、別にこれがなくてもリビングで寝てしまうが。

            ◆

昼は建仁寺に向かう。
京都橘大学書道部の作品展があるのだ。いつも、国語科教育法で見ている学生たちも多く作品を書いている。招待状をもらった。これは行かねばならない。

建仁寺は、栄西が立てた臨済宗のお寺だ。祇園の南側にあるので喧噪の中にあるお寺かと思ったら、それは周りだけで中はとても静かである。

            ◆

学生たちは一人、二作品ほど出している。私が彼らの作品の前に立って見ていると、すっと寄り添ってきて
「ご指導願います」
と言う。

ま、それは多少書道をやっているし、君たちよりは長く筆を持っていますからコメントはできなくありませんが、見始めた瞬間にやってくるのはねえf(^^;。

私も書いたことのある作品もあれば、見たことのあるだけの作品もあり、瞬間に的確にコメントするのは難しいかなと思ったが、そうでもなかった。

日頃の学生の姿と字が重なって、コメントが出るのだ。これにはちょっとびっくり。
2時間ちょっと作品を見て歩いた。良い時間だったな。

            ◆

自宅に戻って昼風呂に入る。
いやあ、久しぶりに京都は暑かったもので、さっぱりとしたかったのね。
ベランダでグテッとしながら、休日を過ごす。
いいのだろうか。仕事は終わっていないのに。
いいのだ。少しぐらい、少しぐらい、・・・Zzzz。
あ、昼寝をしてしまった。

            ◆

夜は気持ちを引き締めて、夕ご飯を作る。
今晩は飲まないと決めて、作る。
冬瓜と豚肉のスープを作った。
夏の弱った胃袋にはちょうど良いのである。

            ◆

その後、7月に出る予定の本の、原稿の最終チェックをする。
作業が終わり、気がついたら25時を回っていた。
昨日は、このぐらいには酔っぱらいでリビングに転がっていたんだなあと思いながら、充実した週末を思い返すのであった。

2007/07/08

見えない「ワークシート」

「第四回 明日の教室」も盛会のうちに終了。
気がついたら、もう四回なんだなあと思う。当初の計画では、取りあえず二ヶ月に一回。そして、一年間は続けようであったが、始めて見れば毎月やっている。計画も一年後まではほぼ埋まっている。すごいこった。ありがたいこった。

            ◆

佐藤先生の授業作りは、有田和正先生を師として仰ぎ、その考え方を実際に実践されている。基礎がしっかりしているなあと、いつも思う。自分の授業づくりの型というか、フレームというかそういうものをしっかりと持っている。だから、安定している。

なぜ安定しているのかと言えば、たとえは悪いかもしれないが、「穴埋め問題」または「ワークシート」ができているという言い方で説明できるかもしれない。自分の授業の型というのは、このワークシートを持っているかどうかだと思うのだ。

            ◆

私もある程度自分の授業の型を持っているので、その感覚は分かるつもりだ。去年、高校生相手に「幼児教育」の模擬授業をしてほしいと言う依頼があったとき、
(それは分からないなあ)
と思ったのだが、去年の児童教育学科は私が模擬授業をほとんどすることになっていたため、やるしかない。

模擬授業の一ヶ月ぐらい前から、関係する本を10冊ほど読み、幼児教育のアウトラインと今の問題点、成果などを確認し、それを私が関わっている「ことば」というジャンルに結びつけながら、授業をつくった。

これは、私に授業をつくる時の、私なりの「ワークシート」があるからできることだと思った。そのワークシートの中に、内容を埋めていくことで作っていけると感じている。

            ◆

佐藤先生の授業の作り方を考えるとき、発問の作り方一つにとっても、見えない「ワークシート」があるのが分かる。ここをどうやって手に入れるか。佐藤先生は有田先生を追いかけることで手に入れた。

師を追いかける。大事なことだ。

            ◆

夜の懇親会では、二つほど良いことがあった。これはまだ内緒。だた、ちょっとだけ。
一つは、日本の教育界にとっての朗報。もう一つは、私の研究についての朗報。

実現すると、凄いことになるぞ。
楽しみ、楽しみ。

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