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2007/07/21

そんなんで良いはずがない

コメント頂いているように、今日で関東以西の学校は夏休みに入る。
「うっしゃあ、夏休みだ!」
と言えたのは、いつまでだろうか。

            ◆

私が教師になった頃は、
(うっしゃあ、夏休みだ!)
と思いながらも、そんなに楽しい感じはしなかった。
なんとなれば、授業ができないからである。
もっと言えば、子どもたちとわいわいできないからである。

(うーん、つまらん)
と思っていた。
私はその頃は、どちらかというとクラブクラブの教師でもなかったし。子どもたちと授業をしている方が充実していたと思う。

            ◆

ところが、数年勤めると、(うっしゃあ、夏休みだ!)の方が強くなってきた。夏休みに集中して取り組むことが増えてきたからであろう。そして、研修の仕方も分かってきた。(ちなみに、研修とは研究と修養であり、教師にとって見聞を広めることは重要な研修の一つである。旅行も大事な研修である)

(うーん、つまらん)が少なくなってきて、いい感じであった。

            ◆

ところが、数年前からは
(うっしゃあ、夏休みだ!)
という思いは、無くなった。

さらに、卒業生を送り出しても
(ああ、卒業か・・・)
という思いも少なくなってきた。卒業生がいなくなったら、すぐに新しい書類の波に飲み込まれ、次のサイクルに突入。

気持ちの切り替えにホゲーットする時間が一週間とは言わない。三日欲しい。ただ、あまり知られていないが、教員にとっての春休みは、いわゆる長い休みの中で一番忙しい。年度末の事務処理に、新年度の準備。学校を動かす企画を提出する先生になると本当に土日もなく走り回る。ワープロに向き合いつづけることになる。

そんなんで良いはずがない。

            ◆

この夏休みと言う言い方だって、急に
「子どもが夏休みであって、私達教員は夏休みではありません」
と管理職に言われるようになったもんな。

ちなみに、東京の先生の夏休みは何日だか知っていますか?
10行ほど考えて頂きましょう。

三日間です。夏休みとして与えられるのは、三日間です。
あとは、有給休暇を調整して取れる先生は取ります。
クラブ等で指導する先生は、生徒が強いほど休めません。

            ◆

とまれ、「夏休み」が始まります。
子どもが学校にいないと寂しいと思えた時代は、幸せだったのか不幸だったのか、良くわかりませんが、いない方が事務仕事は捗ると思います。

教職関係ののみなさま。
どちらさまも、少し体のリズムを休みモードに切り替えられて、疲れを取ってくださいますように。
私はもう少し頑張ります。

Shokanohanataba

2007/07/19

その角度から来るか!

夏休みに引き受けた講座の資料作りなどをしながら午前中を過ごす。一つ出来上がって、メールで発送。便利だ。

あ、今日は7/19だ。ということは、明日が公立学校の終業式だなあ。なんか、本当に中学校モードの時間が体から抜けてきているなあ。

うちの大学は前期の授業の最後は7/30。ま、私の場合集中講義の三連発が夏休みの間にあるので、後期の授業開始が通常よりもかなり早いと言えよう。中学校の教員をしていた時よりも、私の夏休みは短いですから。

            ◆

午後は、集中講義の授業の準備。

気分転換に学内を散歩したら、クチナシの花が満開。
何枝か戴いてきて、研究室などに活ける。
初夏の良い香りだ。

            ◆

一つの大きな仕事が終わった。
私のアイディアを会議の参加者がさまざまな角度から検証してくれる。

やっぱり大学の先生は頭がいいなあと思う。
私が思いつかないことを、その角度から来るか!
ということがたくさんある。

そして、一つの作品として仕上げていく。
まるで壮大な連句をしているような感覚であった。

            ◆

さあ、あと夏休み前までに5つほど大きな仕事が残っているぞ。
着実に行きましょう。

2007/07/18

授業はいいなあ

研究入門ゼミが本日の授業。
残すところ、後二回である。

研究入門ゼミは、大学での学び方を学ぶということと、教師・保育士としてのものの見方のきっかけを作るという二つの目的がある。この二つの目的をめざして、児童教育学科の6クラスは共通シラバスで授業を行ってきた。

その中で各クラスの教員の独自性を出しながらやる部分もあり、今日はそこの部分をやった。

            ◆

前期だけであっても、クラスとして授業をしてくると学生の個性も分かってきて授業も面白くなってくる。

学生たちは、他の授業ではテストがあるわけで、気分転換にもなりつつ、学びもできるということなども考えて授業のプログラムを考えた。

学生たちは、いつも以上に熱中して、思わず昼休の時間にまで食い込んでしまった。すまん。

だけど、楽しかったなあ。
授業はいいなあ。

            ◆

午後は、会議四連発。
ふう。

さあ、明日も会議だ。

合同ゼミで小学校教育に触れる

合同ゼミで、倉持先生と生源寺先生のお話を聞くことができた。君たちの感想を読んでも非常に充実した学びができたようだと感じている。

私の感想を端的に述べれば、
(やっぱり実践はいいよなあ)
というものであった。なんというか、上手く言えないし、誤解のある言い方かもしれないが、教育と言う仕事は子どもの社会化を促していくことのように感じた。

子どもの成長を集団の中で活かしていくという感じだ。保育と学校教育。違うなあ。でも、この二つをきちんと使い分ける、またはアウフヘーベンできるような先生になれたら、それは強いだろうなあとも思った。

            ◆

とまあ、ここまでは前回の通信に合わせて書いてみた。その方が比較しやすいかなと思ったからだ。

で、改めて思うのだが君たちは幸せだと言うことだよ。自分の進路を決める時に、こんなに良い話を、保育と教育と両方ともから聞くことができるなんて、本当に幸せだ。

変な言い方だが、通常は雑誌や本を読んで実践に触れ、その後研究会等でその実践をされた先生に直接お会いして、お話を遠くから伺って、やっとのことで直接会話できる・・・てのが、著名な先生方との出会いのパターンである。

しかし、君たちはいきなり、「直接会話できる」
→「直接お会いして、お話を遠くから伺う」→「資料を貰える」

だからなあ。
良いんだろうか、最初からこんな贅沢でと思う。

            ◆

いいんです。なぜなら、児童教育学科はそれを諸君にさせたいと思ってカリキュラムを組んであるからです。本物に触れることで教育は成立します。

ま、はっきり言ってこの凄さが実感できる諸君はいないでしょう。が、やがて他大学の教職を目指す学生と知り合いになったとき、学校教育現場、保育の現場に行った時に、その凄さは分かると思いますよ。こんなガイダンスをこんな凄いメンバーからして頂く大学一年生は、果たして日本中の教員養成系の大学でどれだけいるのかと思います。

            ◆

もちろんん、細かい手続きを経て、先生にたどり着くという中で身につけていく礼儀や作法等は、あります。君たちの場合、それをしないで直接会えてしまうので、この方法では身に付きません。

そこで別に、「動きを止めて挨拶する、名刺を渡す、お礼状を書く」等の指導をしています。身につけなければならないものは、身につけましょう。

            ◆

お二人の先生の話を聞きながら
(そうだよな。実践だよな)
と思っていました。

私の出会った子どもたちのことも思い出していました。上手く行った実践だけはありません。懸命にやっても上手く行かなかったことも思い出していました。予想以上に上手く行った時のことも思い出していました。

(いったい、教育って奴はなんなんだろう)

と改めて思っていました。そして、これから数年後に、ここにいる諸君はその、素晴らしい現実の中に飛び立っていくんだなあ、児童教育学科を巣立っていくのだなあと思いながら、お二人の先生の授業を聴いていました。

            ◆

君たちに学んでほしいことの一つは、教育は事実の積み重ねだということです。理念も理論も必要です。ですが、こうして学校教育現場では、いろいろなことを含み、乗り越え、かき混ぜ、目標に向かって進んでいく実践なのだということなのです。

あなたに出会うことを待っている子どもたちが、この地球上のどこかにいるんですね。これから実践が待っているんですね。その子のために、実践のために、充分力を付けましょう。

研究入門ゼミ通信 「起筆」 NO. 24

あ〜、なんでも聞いていいぞ

二日間も研究室に行かなかったのは、久しぶりだ。
土曜日に、部屋を片づけておいたので、入ったら余計に新鮮に感じた。

            ◆

今日の授業は国教法の15回目。二回目の句会とテスト問題作りである。
前回も句会をやったのだが、俳句と言うものがどういうものか実は良くわかっていなかった学生たちが多く、その状態で作った俳句でやったもんだから、あまりよい作品はなく、学生たちももう一度やりたいような感じがあった。そこでもう一度行う。

自分が生徒の時に感じていたのは、
(折角やりかたを覚えたのに、なんですぐに次の単元に入ってしまうのだろう)
という疑問であった。

やる → できない → 教わる → できそうなきがする → 次の単元

というような展開が多かったのだ。
そうではなくて、

やる → できない → 教わる → できそうなきがする → もう一度やる → できた → 次の単元

という流れで授業をやってほしかったのだ。折角やれそうな気持ちになっているのだから、やらせてあげることが大事。また、来年とかではなくてその時にやるのが大事だと思う。

            ◆

結果として、二回目の句会もそんなに良い作品は出てこなかった。妙に難しい言葉を使って俳句らしい雰囲気を出そうとして、転けてしまっている感じの作品が増えた。肩に力が入っていると言う感じであろうか。

ま、それも良い。一つの経験である。今回の句会で、二物衝突を理解してくれればいいだろう。

            ◆

テスト問題作りは、同じテキストを与えて、そこから中間考査を作ってみるという課題である。あらかじめ、25人の学生は本物の定期考査を手に入れてこさせてある。それを全員分印刷して、資料として交換させてある。

作る側になってみると、テスト問題も別のものに見える。これらの問題を参考にして自分で問題を作ると言う課題である。二週間の猶予を与えた。

そして、今日提出。同じく他の学生分の印刷も行い、交換。座席の隣にいる人の問題を解いてみて、感想を言い合う。課題は、同じグループの人の問題を解いてくること。来週は、その解いてきた問題を採点してみる。採点時に注意すべきことを実際に採点をしながら確認である。

            ◆

7時過ぎに研究室を出て、久しぶりに早く家に帰ろうとすると、二階のオープンライブラリーとテラスのところで学生たちが集まっている。覗いてみると、テスト勉強。憲法やらなんやら。

『あ〜、なんでも聞いていいぞ』
「え〜、先生! 本当ですか」
『本当だ』
「では、憲法〜〜の〜〜の〜は何でしょうか?」
『ん。十分に聞いた』
「?」
『だから、なんでも聞くと言ったろ』
「え〜〜〜」
『ん、若者たちよ。頑張れ』

と後にする。
しっかりと試験をくぐり抜けて、良い夏を迎えよ。

2007/07/17

エネルギーを貰ったぞ

朝早くから我が家の対岸にある水生植物園に向かう。
夏の時期だけ7時から開いている植物園である。
それは、朝早くに開花し昼頃には閉じる花がメインだからである。

睡蓮と蓮である。

            ◆

入園料の300円を払って中に入る。
300円が安いか高いか。結論から言えば、安い。
なんというか、タイにいる気分にさせてもらった。

睡蓮と蓮の違いは分かるであろうか。
水面に葉っぱを浮かべているのが、睡蓮。水面から葉を伸ばしているのが蓮である。さらにいえば、蓮根があるのが蓮である。

            ◆

実際に見て回ってみて、こんなに種類があるとは思わなかった。
三連休の最終日。しかも、前半は台風があって外に出ることができなかったためか人ではけっこうなもの。

でも、ただただ、花の美しさに見とれていた。

P7160099

P7160116

            ◆

この花は、仏教では重視されている花であるからか、見ているとなんとも神聖な気持ちになる。電池の切れるまで写真を撮り続けた。

お金を払わなくても見る事のできるびわ湖の蓮の群生にも隣接している。
P7160060

P7160036

お勧めの場所だ。

            ◆

午後からは、奈良へ。
土作先生のところに向かう。

一緒に仕事をしている編集者さんが土作さんのところに取材に来ているのでご挨拶がてら、話をしにいく。奈良も大和八木まで行くと結構な距離。京都から860円である。途中で雨も降ってくる。うーん、傘持っていないぞ。

            ◆

近鉄デパートの食堂街で合流。
編集者さん、ライターさん、土作さん、若い先生と私で豪快に話す。あーでもない、こーでもないと教育、文章、授業、生徒指導とネタは尽きない。

あっという間に4時間。さらに、もう一軒行って話す。
スタートが早いから電車も大丈夫。終電ではない。

いやあ、押し掛けて行って良かった。
花と仲間から、エネルギーを貰ったぞ。

2007/07/15

チョウトンボ

京都のど真ん中では、祇園祭が行われている。宵々山である。台風を何とかしのぎ、三連休に恵まれ、恐らくもの凄い人手であろう。私は去年見に行ったので、今年はパス。

午前中はゆったりと休み、午後から活動。
東京から送られてきたゲラのチェック。私は編修者に送るまでに自分で二回、奥さんに一回チェックしてもらっている。そして、第一稿として送っている。これを元に、編集者さんから第二稿が送られてきた。私にとっては、第四稿となるものだ。

この週末に確定稿にして送り返す。そすれば、月末には何とか本になるのではないかと思う。

            ◆

チェックの後、散歩に出掛ける。いつもの我が家の「庭」であるところの英国式庭園である。思うのだが、草花は一週間見ないとかなり違ってしまう。

薔薇の花は盛りを過ぎ手寂しくなっていたが、ノウゼンカズラは相変わらずオレンジ色の花を咲かせていたし、コスモスも咲き始める等、残る季節移る季節が花に現れていてなかなか面白かった。

            ◆

で、私が面白かったのは、トンボである。三種類見つけた。

最初のトンボは、昆虫図鑑でしか見たことのなかった「チョウトンボ」である。写真を良く見てほしい。メタリックな青の部分ははねの一部であり、これで蝶を表している。しかし、よく見るとその青の外側に透明の羽根がある。明らかにトンボの羽根である。P7150039

これは、水が奇麗でないと棲むことができない。私がまだ昆虫少年だったころに見たくても見ることのできなかったトンボである。感激。

            ◆

次のトンボは、赤とんぼ。そして、最後はシオカラトンボ(だと思う)。
P7150094

P7150105_1


なんかこの二種類は扱いが少なくてトンボに申し訳ないが、それでもトンボを見ていると、


大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ蜻蛉島 大和の国は・・・

万葉集第二番歌 舒明天皇の歌

を思い出す。「蜻蛉島」の「蜻蛉」は。「あきつ」であり、「トンボ」である。

            ◆

今宵は、雲の流れる夜空を見ながら懸案の子羊の肉を戴く。
ああ、うまひ。

明日は、もうちょっと遠くに出掛けよう。

一気に8巻か

あーあ、読んじまった。
一気に8巻か。
台風の大風も気にならないで読んじまったな。
『バンビーノ』か。

            ◆

このところ、仕事の読書に追われていて楽しみの読書をしていなかったから、そのリバウンドなんだろうな。ま、授業のあるオンタイムの時には楽しみの本は読まないで、仕事の本を読むようにしているのはいつものことだが、切り替えがスムースに行っていないかもなあ。

左の瞼が断続的に痙攣する症状が出るのは、目が疲れている証拠だ。何もそんなときに漫画の8巻一気読みなんかすることもないと思うが、そのなんと言うかハマることが人生の楽しみなわけであって、瞼よ許してくれい。

            ◆

『バンビーノ』の作者は、名作『万歳ハイウェイ』(by オサム)のアシスタントをやっていたんじゃないかな。時々絵柄が似ている。特に年配の人の絵柄がそっくりだ。

『万歳ハイウェイ』は、確か書斎に眠っているはずだなあ。私の最初のバイクSRX-4が主人公の話は、本当に感動したよなあ。

そのアシスタントが、こうして新しいヒットを生み出している。いいなあ。才能が受け継がれて行く。師匠の絵柄を「本歌取り」しつつ作品を展開していく。
(あの漫画の中の登場人物は、いまごろどうしているかなあ)
なんて思ったりもした。

            ◆

おやすみなさい。

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