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2007/08/11

前期の締め

午前中来客。京都新聞の記者さんが研究室にいらっしゃる。先日の平田オリザさんとのシンポジュームで名刺を交換した記者さんだ。あれこれ話しました。原稿を書くことになりそうです。

この記者さん、八王子の椚田中学校出身で南平高校の二期生です。もう、思い切りローカルネタで盛り上がりました。東京の西の地域を多摩地区というのですが、多摩地区の友人は、「多摩だち」と呼び合うこともあり、こうして多摩を離れたところで会う多摩だちは、大事にしなければなあと思うわけです。

           ◆

大学は10日から事務方も夏休み。こんな夏休みに大学にいるのは、仕事が残っている私と大会に出場が決まったブラスバント部のメンバーぐらいでして、まあ、閑散としているのか音楽が鳴り響いているのか何とも言えないキャンパスです。

もちろん、蝉も負けていません。
残念ながら、右耳は耳鳴りがしていていつでも蝉が鳴いているわけですが、本物は良い。本物の命のギリギリをシャワーのように浴びながら、キャンパスを歩くと実に切ない。あまりに切なくて立ち止まってしまいます。
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午後は、京都市内の金閣寺近辺にある施設にご挨拶に伺いました。夏休みも何もなく子どもたちの面倒を見ているみなさんに、ご挨拶です。

駐車場に車を止めたら、
「誰?」
と子どもたちから声をかけられました。
『ん、先生だよ』
「誰先生?」
『池田先生だよ』
「ふーん」

なんだか分からないでしょうが、彼らはこんにちはとバイバイをきちんとしてくれました。
(今度お兄ちゃんやお姉ちゃんが来ると思うから、よろしくね)
と思いつつ手を振りました。

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そして、研究室に戻ってさらに事務仕事。前期の締めをした。ま、本当はちょこっと残っているのだが、気持ちとしてはこれでお仕舞い。お仕舞いです。

夕焼けも奇麗だったなあ。

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家に帰って来てシャワーを浴びる。風呂よりもシャワーだ。心地よい風を受けるのにはシャワーが、今宵は良いような気がする。

窓の向こうは、静かな湖。本当に静かだ。
日中の暑さとは全く別の世界がある。
RSSを拾っている仲間のブログのページも、更新はない。みんな静かに盆休みを迎えているんだろうなあと思ふ。

と、その静かさを打ち破る爆音。花火だ。近くのホテルの船着き場から打ち上がる花火だ。あわててベランダに出る。スターマインが数分間続く。小さく拍手。

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部屋に戻って桃ビールを味わっていると、さらに爆発音が聞こえる。何だろうと外に出てみると、対岸で花火。南草津辺りか。

一晩に二つの花火か。これも贅沢だなあ。

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さ、明日は渋滞を避けて電車で神戸まで歯医者だ。
早く寝よう。

2007/08/10

遠花火

遠くから花火の打ち上げの音が聞こえる。遠雷ならぬ、遠花火というのだろうか。読み方は分からないが。「とおはなび」かなあ。

気持ちの良い風だ。
日中の京都市内は暑かった。車の温度計では37.5度。だが、家の中は心地よい風が通り抜ける。この風が夏を気持ちよく演出してくれている。

ふう、ジントニックがいいねえ。
調子に乗って桃ジンのソーダ水割りも作ってみた。これは、桃ビールと比べて賛成と反対の人がかなり分かれるだろう。ちなみに、私はこれもありです。

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結局、休憩から始まり、今週末の予定を立てたりメールの返事を書いたりしながら過ごした一日だった。土曜日にとある新聞社の人と会うことにして、午後には学生の実習先にご挨拶。日曜日に改めて歯医者の予約を入れ直し、月曜日は・・・とまあ大雑把にスケジュールを入れる。

            ◆

さあ、明日は明日で暑そうだ。
大学に行って、仕事仕事。

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時間はどんどん過ぎていく

確かに夏休みなのだが、時間はどんどん過ぎていく。

            ◆

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一昨日の夜、花火大会があった。滋賀に引っ越してきたにもかかわらず、関西の友人、関東の友人たちと一緒にクレイジーナイトを過ごすことができた。

若いうちは、人ごみの中にいてその喧噪そのものも味わいながらの花火大会であったが、聖蹟桜ヶ丘の花火大会を知ってしまってからは、そういうのは卒業してしまった。

どこか部屋の中から見る花火が良い。
それも、仲間たちとおいしい料理を食べながらが良い。

あっという間の一時間であったが、これからの一年間のエネルギーを貰えた一時間でもあった。

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翌日は、来年度以降学生たちがお世話になる実習の施設の訪問が二カ所。京都の北西にあるところに午前中、さらに午後は信楽まで車を飛ばす。いやあ、疲れた。

でも、いまのうちにこういうご挨拶関係をしておかないと、実習が始まってからでは動きが取れないからなあ。施設を見せていただいて、私も勉強になるのであった。

            ◆

家に帰って来て、仕事をしようとするがなんだかんだの疲れがたまっていて、仕事にならず。夕ご飯に突入。花火大会で残ったものを食べ続ける。そうすると睡魔が襲ってくる。

ああ、これも夏休みか。

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8時間も寝てしまった。

大阪府の採用試験の一次が発表になったのを受けて、関わりのあるみなさんから連絡があったりする。残念だったというメールは、読むのが辛い。しかし、こうしてダメだったことを伝えてくる彼女は、人間的に信頼できると思う。

人間はダメだった時に真価が問われる。上手く行った時は他人に感謝し、ダメだった時は自分の努力不足を反省する。これが20歳から30歳までの10年間続けることができれば、そうとう人間的に成長できると思う。

頑張れ。
夜明け前の闇が一番深いのだ。

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今日は歯医者に行って根本治療の残りをやってもらう予定であった。
しかし、車に乗った時点では何事もなかったのに、京都東インターチェンジに乗る直前で、「事故渋滞」のアナウンスがカーナビから。京都東と京都南の間で起きた追突事故。いつもなら1時間で行ける距離が2時間弱。

慌てて、京都南インターチェンジに向かう。
そして、後少しで高速に乗れるかなと思ったところ、さらに悪夢のような出来事。京都南インターチェンジからその先で三カ所も追突事故が発生していて、歯医者の予約の時間に3時間近く遅刻してしまう。

あまりにも申し訳ないので、今日の治療を取りやめてもらう。はあ。

            ◆

折角市内に出てきたので、東龍でラーメンを食して戻る。
うーん、予定通りにならないなあ。

さあ、これから部屋の片付け、旅行の準備、仕事の下準備。どれからやるかなあ。
まずは、休憩か?

2007/08/09

夏はやはり花火である

さて、いよいよである。
夏はやはり花火である。8/8はびわ湖花火大会である。天気も大丈夫。今宵は大きな花火がびわ湖の上に開くことであろう。

聖蹟桜ヶ丘の、多摩川の上に広がる電線のない広い空。そのの下で過ごした数年が、決定的であった。さらに、そこで見た花火がだめ押しであった。

私の住まいには、水、広い空、夏の花火は必需品である。
びわ湖の畔に住まいすることで、この三つを新たに求めることができた。ありがたいことだ。

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「人生は思うようにならない。良いようにも悪いようにも」

これは、有名な名言である。もちろん、私が作った名言である。であるが、京都にくるようになってこれは本当に実感している。

ビジョンやら方向性やらを決めずに、むやみやたらに走り回ったところで、人生と言う有限な時間を意味ある物として作り上げていくことは、学生時代ではあるまいしいまの私には考えにくい。しかし、ここが難しいのだが考えたところでそのようになるとは限らない。しかし、考えないとさらに何処に行くか分からないって奴である。

             ◆

私は、いま、ここにいる。
これは確か。
しかし、「人生は思うようにならない。良いようにも悪いようにも」であることも事実で、その中で少しでも前向きに動き出せればと思う。

仲間たちと、一年間の無事を祝い、これからの一年間を家族や仲間と助け合って愉快にやっていけることを、びわ湖の花火に願おうと思う。

2007/08/08

『野洲スタイル』

『野洲スタイル』(山本佳司 角川書店)を読む。
滋賀県立野洲高校といえば、今までの高校サッカーのスタイルとは違うスタイルで日本一位に輝いた高校である。ここのサッカー部の監督である山本先生の書かれた本である。

ディベート甲子園のお供にと鞄に入れた数冊のうちの一冊だが、これは良かった。

・ 学校のクラブの指導者というのはどうあるべきなのか。
・ ビジョンを持つ、具体化するというのはどういうことなのか。
・ 世界で活躍させるとはどういうことなのか。

これらのことについて述べられている。

            ◆

山本先生は、サッカーとしての選手経験はない。さらに野洲高校は就任当時サッカーの強い学校ではなかった。その学校に二校目として赴任して自暴自棄になったこともあったとのこと。ゼロからのスタートで日本一を獲得するそのプロセスがいい。

ちょっと私にも共通することがあり、私は実感を伴って読むことができた。

「ゼロからスタートすることのできる幸せ」

これは、そのゼロの地点にいる時には分からない。不幸にしか思えないのだが、そのゼロに立つことが大きな可能性そのものであり、自分の成長の土台なのだ。が、これがなかなか分からないのだ。

            ◆

今、もしそのゼロの地点にいるとしたら、そこからどのように戦略的に動いていくのかということを具体的に書かれている本である。サッカーの指導者にならなくとも、ディベートの指導者であっても、他のクラブの指導者、はまたま学級担任等にもヒントを与えてくれる刺激的な本である。

私は、今日礼儀として、この本の最後の最後の部分を新幹線で野洲川を渡る時に、感動とともに読み終えた。

実に不思議な感覚

東京での用事を済ませ、京都へ。
こんなに新幹線に乗る人生になるとは思わなかった。
名古屋駅を出発した。あと、35分もすれば京都駅である。

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人間は自分を中心に考えるのが普通だと思うが、実にそうだなあと思う。
京都府はまだしも、滋賀県や福井県が自分の人生に関係するというのは、考えても見なかったことだ。

さらに、ディベート関係者でもY君が大阪の大学院で講義を持つことになったかと思えば、Tさんが京都大学の准教授になることもわかり、
(を、時代は京都じゃん)
と勝手に思うのだ。

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東京にはディベート甲子園のジャッジがメインの用事でいたわけだが、非常に面白い感覚にとらわれた。

それは、東京のある街にいて、ふと京都や滋賀の街を思い浮かべるのである。そして、そのふと思い浮かべた街は、まるで隣町にあるような感覚なのである。

一日の仕事を終えて、帰る時に
(さて、家に帰るか)
と思うとき、店から家に帰る時のルートは京都の道が思い浮かぶのである。それも違和感なく。

自分の世界が広がったと言うのはこういうことなのか、とも思った。単に酔っぱらっていたということでもないような気がする。

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そして、京都ではすぐ隣町に聖蹟桜ヶ丘があるような気もするのである。一つの街にずっと住むことのなかった私ならではの感覚なのだろうか。

実に不思議な感覚である。

2007/08/07

ディベート甲子園三日目

三日目。

ジャッジは一試合。私の所属する近畿支部に所属する、神戸大学発達科学部付属明石中学校のチームが決勝に残ったため、私は決勝のジャッジをする必要はなくなったので、一試合だけであった。

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結果として明石中学校は優勝できなかったが、良い試合だったなあと思う。自分の言葉で自分の思考を広げ深めて、それをジャッジに伝える努力を重ねているのが良く分かった。

ディベートを通して、人間的な成長をしているなあと感じられた。

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大会の運営も、ディベート甲子園のOBOGたちが主要なパートを支えてくれるようになってきた。ジャッジだけでなく、記録、集計、受付などもやってくれている。実に嬉しいことだ。自分が立ち上げから関わってきている一つのソサイティが、組織として機能しているのを見るのはとても嬉しい。

ま、私は運営に関わる細かい作業は、しないほうがうまく回るので加わらないが、いつも感謝の心でいます。

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即興ディベート
高校の決勝
東洋大学陸上部監督の記念講演
閉会式

切ない時間はあっという間に過ぎていった。

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大会の後は、理事会がある。しかし、私は今年は理事ではないので参加をしないで、懇親会の準備に掛かる。水道橋に先発隊として出掛けていく。五人の先発隊は、最初にペールエール系のビールが飲みたいという意見で一致したので、水道橋のHUBに向かうことにした。

いやあ、上手かった。ハブエール、バス、ギネス。
乾いた空気が夕焼けを迎える水道橋に流れ、その景色と心地よい疲労感をおつまみにして、一気にそれらをまとめて体に入れる。

出てくるのは、「ふう」というおつりだ。指の先、足の先まで炭酸の泡が弾けるのを確認してグラスをテーブルに置く。幸せ。

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その後、「天狗」「さくら水産」と店を変えて50人ぐらいで打ち上がる。
今年の大会は12回大会。干支が一回りしたことになる。
その第六回大会、そうビックサイトを会場にした最後の大会で、私達のチームは全国准優勝をしたのだなあと思う。

その時に、一緒に高校で準優勝だったイクトス先生、中学でベスト4に入ったS木先生とも飲んだ。過ぎ去った時間の早さと、それでいて永遠に輝くであろう、あの瞬間。ありありと思い出すことのできるあの瞬間を共通して持っていることの幸せを感じた。

私は自分が話した言葉等は忘れてしまっていても、お二人の先生は私が話した言葉等を良く覚えてくださっている。(たしか、そういわれれば、S木先生の生徒たちに言葉をかけたな)と思い出せたが、それがこうして残っていることに嬉しさを感じる。

もちろん、だから何気ない一言で誰かを傷つけていることもあるはずで、それはきちんと引き受けなければなあとも思う。

            ◆

楽しい時間はあっという間に過ぎ、また来年ということになった。
さあ、大会の反省をして、新しい論題を決め、準備が始まる。ディベートが始まるんだなあ。

ありがとうございました。

ディベート甲子園二日目

二日目。

三試合をジャッジした。
顧問をしていないで、試合を見ると言うのは、それはそれで興味深い。
なんというか、新鮮な感覚で試合を見ることができる。

気になっている中学校、高校はどうなっているかと、一試合ジャッジを終えてジャッジルームに戻ってきては確認する。

            ◆

結果的に順当な勝ち上がりということになるであろうか。
負けた学校が間違っているということでもなく、勝った学校が正しいと言い切れるものではない。それぞれのチームがさまざまな思いを抱き、論題に立ち向かった。これはその通りだと思う。

その瞬間、瞬間がディベートの試合の中でひょっこりと顔を出す。これがいい。

            ◆

ディベートを通しての生徒たちの成長。
それが、私達がこの大会を主催する意味の一つである。

2007/08/05

ディベート甲子園初日

五時半に起床して、天気を確認。よし、いい天気だ。朝顔にたっぷりと水をやって、風呂に入って荷物の最終チェック。

            ◆

西大津の駅で新幹線の指定をしようと思ったら、窓口で時間のかかりそうな人がいた。電車はあと2分でやってくる。この電車を逃すと次は15分後。なら、京都でやった方が流石に早いだろうと思ってホームに向かう。

すると、私のクラスのT君がいるではないか。
あれ、この駅を使っているの? びっくりしながら話す。 彼女は今日のオープンキャンパスで新入生の案内をしてくれるという。そういえば、昨日はS君が私の模擬授業の担当をしていたなあ。頑張って後輩のために働いてきてください。

            ◆

新幹線であっという間に、東京。
そして、会場の東洋大学に到着。久しぶりに会う仲間たちとあちこちで挨拶。私の耳鳴りのことを気遣ってくれる方多数。ありがたい。なんとかジャッジには支障のないレベルではあるが、ちょっと様子を見ながらの部分もあるかもしれない。

            ◆

今日は、高校と中学校の一試合ずつをジャッジ。中学校は主審を務めた。どちらも初戦にしては良い試合。さすが、それぞれに地区の代表である。

他の会場の試合の結果も気になる。それぞれの会場でそれぞれに戦いがあるわけだ。あれだけ準備をしてきたのに、3−0(一試合につき予選のジャッジは三人)で負けてしまった学校は、落込むと思う。

しかし、それはそれ。しっかりと受け止めて次の試合に向けていくしかない。ディベートは準備が本番。

            ◆

夜は、懐かしい仲間と食事。
うーん、いいなあ。

さ、明日も頑張ッゾ。

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