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2007/10/13

本日 第七回明日の教室

Asa


朝だ。

今日は明日の教室がある。
また、多くの学びが得られるだろう。

楽しみだ。

まだゆとりはあります。
時間に都合のつく方はどうぞ。

マグロの一匹喰い

とうとうやってしまった。
マグロの一匹喰いである。
贅沢の極みである。

しかも、自分で下ろして食べた。
包丁を嗜むものとしては、一度はやってみたいものであった。

Maguro


まぐろは、キハダマグロ。
敦賀に上がったものである。
これを捌いた。

味は格別であった。
しかし、満腹にはならなかった。

なんとなれば、これは幼魚だからである。
大きさにして30cm程度であろうか。
近くのスーパーで300円しなかった。

しかし、私の公式記録には、マグロ一匹を下ろしてまるごと一匹食したと記録してもいいだろうf(^^;。

ああ、美味しかった。

2007/10/12

早く寝よう

うーん、眠い。
なんだこの眠さは。

明日は午前中、雑誌の取材があって午後は「明日の教室」だ。
これは早く寝よう。

娘は、助産師さんの訪問を受け、急激に大きくなっていると言われたそうだ。
ま、お腹の中にいた時の成長、0.1mmからの成長に比べれば、比較にならないが大きくなったとのこと。大きな問題はなかったとのことで、安心だ。

それで眠くなったのかなあ。

朝早く起きて、仕事をしよう。
おやすみなさい。

2007/10/11

「HERO」

小田和正の歌う中島みゆきの「化粧」が良いと書いたことがあったが、今宵はずっと小田和正の歌うMr.Childrenの「HERO」である。ituneに入れて繰り返し聞いている。ひんやりした夜の空気を感じながら、聞く。

小田和正の声はやはり卑怯だろう。あの声で歌われたら、Mr.Childrenの名曲がさらにブラッシュアップされてどうにも溜まらなくなる。

どこからともなく微かにキンモクセイの香りもする。
これもまた実に切なくて良い。


            ◆

最初にこの「HERO」を聞いた時は、多くの人が思うように彼女に向けての歌だと私も思っていた。ではあるが、小田和正の歌うこの歌を改めて聞いてみて、これは父親が子どもに対して歌う歌なのだということに気がついた。

まさか、そうやって娘が生まれたこの時に、この歌に出会い直すとは思わなかった。そして、もう一度Mr.Childrenの歌うものも聞いてみる。いい。

世の中の父親たちは、これを聞いていたんだろうなあと思う。

            ◆

自分が人類の流れの小さな一部になったと言う、切なくて嬉しい自覚、あきらめと希望。命の有限性と無限。これらがしっかりと持てるようになったことを歌い上げている。

(そうか、ヒーローか)

何回も呟いた。

2007/10/10

やはり書くことは考えること

コナン型と古畑型の授業構成の仕方のブログを書いていたら、いやあ、来ました。新しい授業のアイディアが降ってきました。今日の研究入門ゼミでの学生たちとの議論を後から振り返る中で、古畑型の授業のアネックスとして思いつきました。やはり書くことは考えることです。

これは小中学校でも充分出来ると思いますが、まず大学でやってみましょう。そして、学生たちがおもしろがったら、教師になったときに自分でもやってみるといいかな。最初に大学でやるのが面白いなあ。

授業に関して言えば、私の場合あまり中学校と大学でもその作り上げ方は変わらない感じなのですが、ここにきて少しずつ大学での授業に触発されて、大学での新しい授業方法を生み出すことが増えてきました。

これがどう展開しようか。
まだ書けないけど、さあ、楽しみ。

名刺入れが戻ってきた

名刺入れが戻ってきた。

いやあ、娘が生まれたとき嬉しくて、新宿のとある店でシミジミ飲んでいた。おそらくその近辺で紛失したのであろう。東京から滋賀の実家に戻って郵便受けを見たら、はがきが届いていてそこには新宿駅で保管していると書かれてあった。

慌てて電話をすると、すでに品物は警視庁の遺失物センターに回されてしまったとのことであった。飯田橋だ。
(う。それが分かっていれば新幹線に乗る前に立ち寄って取ってきたのに)
と琵琶湖の畔でうずくまった。

            ◆

この名刺入れは、結構年季が入っている。
教師になった時に買ったものだ。革製のシンプルなもので、とても気に入っている。そして、それはブレザーやズボンに入れあり、取り出す度に布にこすれていい感じで磨かれて艶が出ていたのだ。

その名刺入れが紛失していたのでちょっとショックであったのだが、見つかったのは良かった。

            ◆

何回も遺失物センターに電話をかけるのだが、常に話し中。参った。仕方がなしに、葉書に要件を書いて、自分の携帯電話の番号を書いて送った。そしたら、数日して電話があった。
「先生の名刺入れはどのようなものですか」
『はい、こういうものです』
などと言う会話。

(あ、名刺を見れば私が先生って分かるか)

ばれてしまえば、何処にいても先生と呼ばれるのがこの仕事。なんともはやである。

            ◆

でも、戻ってきた。嬉しい。

閉じたり開いたりして、
(新しい出会いのために役立ってくれよ)
と思う私であった。

自主ゼミを開くことにした

今週から学生たちのリクエストにより、自主ゼミを開くことにした。去年国語科教育法を受講していた学生たちが中心となって、模擬授業を行うことを中心とした自主ゼミである。

私はいま専門ゼミを担当していない。専門ゼミは、三回生から始まる。児童教育学科は一回生だけなので、専門ゼミはない。

大学では、結構委員会を担当したり、授業も詰まっているのだが、専門ゼミの始まるまでの一年半は面倒を見てあげようと始めた。なんといっても大学の醍醐味の一つは、あんなに勉強したのに単位にならない自主ゼミにあると私は思っているからだ。

私も大学四年生の時に、恩師に自主ゼミの面倒を見てもらい、その良さを実感している。それを自分だけ経験して、学生たちにさせないというのもなんだ。まず、期間限定で引き受けてやろうと思った次第だ。

            ◆

その一回目が昨日あった。中学校三年生の教科書にある長田弘さんの詩を扱っていた。二人の学生が同じ教材で、二本の授業を作る。それぞれ15分ずつ授業をして、それぞれ30分の検討会を行うという構成である。

四回生の行う模擬授業ということもあり、指導案等はそれなりに形になっていた。が、まだまだだなあというものも多い。

・自分で発問や質問をしておきながら、自分でうなずいて答えてしまう。
・指示の言葉が統一されていない。
・発問の意図が分からない。または、バレバレ。

そんなことが見られる。

            ◆

さらに、どうしても授業がコナン型になってしまうのだ。古畑型に展開したらいいなあと思うところで、コナン型になってしまう。

コナン型とは、読者が探偵と一緒に、最後に犯人を当てるタイプの推理番組。古畑型とは、読者には最初に犯人が分かっていて、探偵には分かっていない。そして、なぜ犯人なのかを証明していくタイプの推理番組である。

この「犯人」を「本時の目的」と置き換えると、授業の構成の二つのタイプと考えることが出来る。コナン型は、一つ一つの緻密な授業の進め方が必要であるし、子どもたちがそれに付いてこないと失敗する。一方古畑型は、犯人であることの根拠を捜していくので、取りかかりの幅が広い。やりやすいと考えている。

たとえば、「この詩の主題はなんですか?」と聞くのがコナン型で、「この詩の主題は、絶望です。その理由を本文から求めなさい」といのが古畑型である。

            ◆

古畑型にすることで、話し合い活動もしやすくなると考えている。国語科を実技教科にしたいと考えている私は、この方法を勧めている。

ま、まだ始まったばかりだ。二月までやると言うからじっくり指導しよう。ちなみに、本学の学生諸君であれば、見学・参加は可能なので、希望者は私のところにどうぞ。

2007/10/09

朝からぼーっとしているのである

一気に気温が下がった。朝の空気がひんやりである。朝起きて一杯の野菜ジュースを飲むのが、つい先日までだったのに、今朝は何のためらいもなくあたたかい紅茶である。

こんなこともあろうかと、東京に行く前に気に入っているノリタケのカップを漂白していったのだ。ボーンチャイナではなくファインチャイナの一品だが、茶渋が奇麗に取れたそれはとても奇麗に紅茶を映す。秋の色である。

            ◆

東京に行く前に郵便受けを見たら、一切の本が届いていた。『学び合う国語  国語をコミュニケーションの教科にするために』(西川純/片桐史裕 編著 東洋館出版社)である。昨年度書いた原稿がまとまったのだ。これを朝から読む。

私も「相互評価に基づく作文指導」ということで第六章を担当した。お分かりの通り、本書は上越教育大学の西川純先生が提唱される「学び合い」をその基本哲学にして実践を重ねた、国語科の記録である。

私の記録は、厳密に言えば西川純先生の「学び合い」とは違う。そもそもこの実践をやっていた時に、西川先生のこの理論は存じ上げていない。しかし、その後この「学び合い」を学ぶに連れて、授業の基本哲学は非常に近いものがあると感じていたが、ご縁を戴いて原稿を書くことになったのだ。

            ◆

この学び合いについては、西川先生のブログあべたかさんのブログに詳しい。西川先生のことを思うと、ニコラウス・コペルニクスのことを思い出す。授業をつくる、指導するということを臨床的に研究を重ねて行ったら、研究の結果が、どうしてもパラダイムの転換を要求するようになってしまった。そして、それを真摯に訴えたということだ。

だって、授業では先生が「教えない」というのだから、そんなの授業なの?ということになる。しかし、授業なのだ。

ここで大事なのは、「教える」と「学ぶ」と「学び合う」ということは違うと言うことである。もっといえば、「勉強する」と「支援する」も違うということである。私は自分でこれらの用語をこのように整理していたし、教室を「座」と捉えて座の文学を構成する。または、学級集団作りも実践の土台にしていたので、西川先生の考え方はすっと入った。

            ◆

しかし乍ら、大学での教育法では、この「学び合い」はなかなか教えることが難しい。そして、採用試験ではこの「学び合い」を使った模擬授業等はほとんど評価されないだろう。それは採用試験では、指導という言葉の定義が狭義で使われるからである。西川先生ご自身であっても、学部の授業では学び合いの方法で授業を行っていないということである。

だから、授業では紹介するに留まるであろう。いつの時代でも、最先端は少数から始まるものだ。あれこれ言われて理解されずに始まるものだ。理解されていないから広がっていないのだ。ディベートでもそうであった。

ただ、私は自分が今まで学びつづけて実践してきた指導方法が、コペルニクス的転回をしつつ、アウフヘーベンをしているのを感じている。ポストモダンの社会に突入し、情報化社会の中で生まれて育っている子どもたちに学校で授業を行うということの意味を考えたとき、学び合いは重要な意味を持つだろう。

            ◆

そんな私がいまぼんやり考えているのは、学び合いの限界はどこにあるのかということである。西川先生のような実証的な研究が行えるかどうかは別にして、この辺りに限界があるのではないかとぼんやり考えている。

限界を提示することは大事だというのは、ディベートの指導をするときに私が学んだ事柄の一つだ。万能ということを人は求めるが、そんなものはないだろう。何に向いていてい、どんな限界があるのか。それを理解した上で活用するというのが大事であると考えている。

だから紅茶を飲みながら、朝からぼーっとしているのである。

2007/10/08

「勝ちましたなあ」

週末は、娘のお宮参りのために東京に戻っていた。女の子の場合は生後31日目にやるのが一般的だそうで、その日に行うことが出来た。

娘の現住所は滋賀県になっているが、両家の両親のこともあり、本籍地は東京都多摩市ということもあり、府中の大国魂神社で行った。

            ◆

娘は、奇麗な白いおくるみと涎掛けを身に纏い、私の母に抱っこされて赤い着物を上からかけられた。うーん、実に可愛い。

遅い子どもにも関わらず、両家の両親が健康で健在と言うのは、実にありがたいことだ。こうしてお宮参りに揃ってもらえると言うのは、嬉しいことだ。

義理の父が声を掛けてくる。
「勝ちましたなあ」
『ええ』
何のことかと言えば、あちらこちらにいるお宮参りの赤ちゃんと何気なく見比べてみてしまうのだが、すべての赤ちゃんに可愛さでは勝ったということである。私もすぐに『ええ』と答えるところが、爺バカに親ばかである。

その横では私の父が、
「ば〜〜」
とかやっている。ここにももう一人いた。
実に平和だ。

もちろん、どの家でも(うちが一番)と思っているのだから、我々もそう思っていいだろう。
でも、結構あちらこちらで
「まー、可愛い赤ちゃん」
と見ず知らずの人に声をかけられたんだから、まんざらでもないだろう(^^)v。

            ◆

しかし、驚いた赤ちゃんもいた。眉毛がくっきりしているのである。あまりのくっきりさによく見たら、描かれているのである。母親が自分と同じ眉毛にメイクしているのである。これには驚愕。

だって、お宮参りってのはまだ生まれてばかりの赤ちゃんだし、眉毛なんてなくてもいいのに、描いているのだ。化学物質やらは気にならないのか? 眉毛がないのがそんなに変か? ないのが赤ちゃんらしくていいのに。これは流石に親ばかではないだろう。

            ◆

折角なので、記念写真を撮ることにしていた。子ども専用の写真館である。気合いを入れて撮影に挑む。しかし、だ。これがびっくり。娘が熟睡なのである。くすぐろうが、声を掛けようが、コットンで頬に水を湿らそうが、ダメである。

残念ながら、大きな目をぱっちりと開けた写真を撮ることは出来なかった。ふーむ。一歳の記念までお預けか。

御祝いの膳を一族でとって、ありがたく一日を過ごした。

            ◆

10/8はハッピーマンデーの影響でつぶれまくっている月曜の授業のために、本学では通常授業。まったくなんという法律だ。

午後の4限に間に合うように、東京を出た。
(また、しばらく会えないなあ)
と思い、寝ている娘を朝の間ずっと膝の上に乗せていた。

東京は、すっかり秋の気配。
娘の体温が、心地よい。
すやすやすやすや。
そんな娘を見ているだけで幸せになる私。

(うしゃあ、仕事スッゾ!)

学問の秋でもある。

2007/10/07

メリーを作った

メリーを作った。

いやあ、工作なんて数十年ぶりである。工作と呼べるかどうか分からない代物であるが、作った。メリーと言うのは、赤ちゃんのベッドの上でくるくる回るあれである。

            ◆

赤ちゃんの玩具をあれこれ調べてみると、メリーは結構いいと書いてあるものが多くあり、それならば買うかと思って、赤ちゃん用の品物が売っているところを数カ所見て回った。

がっかりである。

なんとも毒々しい色使いや、変な電子音に光。こんなのが娘の頭の上で回るのは、私は許せなかった。しかも、いかにも日本のものではないキャラクターばかり。私は機関車トーマスのどこが可愛いのか全く分からない者である。あれは可愛いではなく、気持ち悪いである。そんなのが可愛いと思うような感性に育っては、ゆくゆく大変である。

そこで、作ったのである。

            ◆

最初は、モーターを買ってきて洗濯を干す回転式のハンガーを回そうかと思った。そこに、いろいろなものを挟めばオッケーだろうと。ところが、モーターの回転数が結構早い。ギアを噛ませてゆっくりとさせてとも思ったが、何しろ数十年ぶりの工作である。そんなに凝らないで出来るものから始めた方が良い。没。

そこで、動力をモーターからゴムに変えることにした。ゴムの動力で飛ぶオモチャの飛行機があるぐらいだから、なんとかなるだろうと思ったのだ。

簡単な設計図を描く。自分でもびっくりである。こんなことにこんなに熱中しているなんて。で、描いてみると、イメージが固まり必要な部品が見えてくる。この図を元にホームセンターで部品を調達する。さらに、店の人にアドヴァイスを貰いあれこれやる。木とゴムを使ったメリーの完成である。

数十年ぶりの工作にしては、結構満足。制作費も800円ぐらいか。市販のものの1/6ぐらいの値段です。これはキットにすると、お父さんたちが喜んで作るんじゃないかな。きっとそうだろうf(^^;。

さらに、あれこれとバージョンアップできるのが、手作りの良さだ。ぶら下げるものを変えたり、音が鳴るように工夫をしたりと、ちょっとお父さんも楽しめそうである。

            ◆

滋賀からわざわざ持ってきて、早速娘のベッドの上に取り付ける。
娘は、なーんの関心も示さない。

ま、そういうもんだ。

「美人はん」

本当なら朝一番の新幹線で東京に向かうつもりだったのだが、昨日のうちにクリーニングを取りにいけなくて、昼前の新幹線となった。

折角富士山の見える側の窓際を指定できたのに、富士山の見える地点では熟睡してしまっていた。残念。ではあるが、途中は収穫を控えた稲の波。そして、その周りには曼珠沙華。日本の秋であることよ。雲も早く流れる。そりゃあ、そうだ。新幹線が速いのだから。

と、本を読む間もなく東京駅に到着。

            ◆

久しぶりの娘は、いやあ大きくなっていた。一ヶ月で700gぐらい大きくなっている。目鼻立ちも、ますますしっかりしてきている。

寝ていたのだが、もう、我慢できなくなって手を洗ってうがいをして、抱っこする。いやあ、重い。健康的な重さだ。そして、あたたかい。ああ、赤ちゃんの匂いだ。

順調に成長している。感謝だ。

            ◆

学生たちに娘の写真を見せたら
「先生、目が大きいですね。美人はん決定ですね」
「美人はんですね」
と言われる。

お世辞でもなんでもいいのだが、「美人はん」というのがいかにも京都らしいなあと思う。

おい、娘よ。美人はんだそうだ。
ガッツ石松でもあるが。

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