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2007/11/03

テキストの中に求めていく

このところの授業で拘っているのが、文脈である。

教育は瞬間で行うものではなく、文脈の中に浮かび上がってくる事実に対して行うものだという考え方を持っているからである。

            ◆

キャリア開発演習2では、この文脈を読み取るということを一つのテーマにしている。子どもの生活、その上に立った言動、そしてそこにある心の動き。これをテキストの中に求めていく。

だが、これはなかなか出来ない。テキストに引っかからないのだ。ちなみに使っているテキストは、『大人と子どもが出会うとき 子どもが世界を立ち上げるとき』(竹内常一 桜井書店)である。

授業では、障害を持つ子どもが、ひまわり級に通いつつ普通級との交流をする場面を読んでいた。そこには、普通級の授業の「国語と給食」には参加したとの記述があった。

ここに学生は引っかからない。なんで、多くの教科がある中で「国語と給食」を交流するために選んだのかと言う発想がない。

私は引っかかることを求めた上で、その引っかかりに隠れている意味、種明かしをした。

            ◆

一度家に帰って、all関西教育フェスタ2007の打ち合わせに向かう。

この企画は凄いと思う。関東にはない。というか、日本に他にはないだろう。大学の授業では学び足りない学生が、自分たちでこの先生に学びたいと言う先生を直接口説き、来てもらって、全国から150人の大学生を集めて学び合うという企画である。

私は去年呼ばれて今年も参加。
しかし、私は別にしても凄い先生を呼んでいる。

http://blog.canpan.info/festa2007/

ですからね。
私自身が講座に参加したい先生方ばかりだ。

ここでも文脈について考えるきっかけを得るだろう。楽しみだ。

2007/11/02

成人年齢引き下げ

成人年齢引き下げ、民法改正案など09年秋にも提案へ

11月1日21時7分配信 読売新聞

 政府は1日、「年齢条項の見直しに関する検討委員会」(委員長・二橋正弘官房副長官)の第2回会合を首相官邸で開き、成人年齢を引き下げる民法改正案など関連法案を、2009年秋の臨時国会か、10年の通常国会に提出する方針を決めた。

 憲法改正手続きを定めた国民投票法で投票権者が18歳以上とされたことに伴い、同検討委員会は、成人年齢引き下げに向けた法令改正を検討している。

 会合では、関連法令として、法律191件、政令40件、省令77件の計308件で見直しが必要であることが報告された。今後は各省庁ごとに、有識者を交えた審議会や研究会などの検討態勢を整備する。

 国民投票法は今年5月に成立し、10年に施行される。

最終更新:11月1日21時7分
読売新聞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071101-00000415-yom-pol

            ◆

ありゃ、いきなりこれですか。
この夏のディベート甲子園の論題は、

高校: 「日本は18歳以上の国民に選挙権・被選挙権を認めるべきである。是か非か」
* 公職選挙法で定めるすべての選挙を対象とする。

だったが。ディベートの論題になると取り上げられるぞという噂が流れるが、実は逆でなりそうなものを取り上げていると言うのが事実だろう。それぐらいタイムリーな話題を論題にしているわけだ。

しかし、国民投票法がらみで改正かあ。

琵琶湖の上で踊る

諸般の事情で11/1は記念日となる。娘と二人きりで日中を過ごす初めての日となった。少しぐずってはすぐに抱っこしていた。抱っこぐせがついたなあ。

            ◆

ipodからずっと音楽を流していた。

Glenn MillerのMoonlight Serenadeが流れている時に娘を抱えてあやしていると、なんか一緒にチークダンスを踊っているようであった。

ところが、Herb AlpertのMore and More Amor Tequilaがかかると、知り合いに頂いた赤いtongaにくるまっている娘は、まるでアルトサックスのようであった。

私もついノリノリであやしてしまう。すると、娘は娘でウーとかアーとか喜ぶ。もちろん、揺さぶられっこ症候群にならないように私だけノリノリで、娘には軽い振動だけが伝わるようにしていたのだが、それでも喜んでいた。

            ◆

リビングのガラスに映る娘と二人の姿を見て、琵琶湖の上で踊るってのはすげーなーと思うのであった。

2007/11/01

小さな勇気

諸君には、学ぶと言うことにもっと貪欲になってほしい。君たちが身につけなければならないことは、もの凄くある。本当に、もの凄くある。大学の四年間で間に合うのかと、思うほどある。

生きていく上で考えておくことはいくつかあると思うが、私はまずは次のことを考えると良いのではないかと思っている。

1)やりたいこと
2)やったほうがいいこと
3)やらねばならないこと
4)やってはいけないこと

嘗て中学生ぐらいの私は、「やりたいことだけをやるのが人生だ」と思っていた。しかし、それは違うということが分かった。人間は学ぶことで成長する者である。他の観点も理解したのだ。

さらに、上記の4つは、主語が「私」である。しかし、これは「私達」と考えることもできる。また、上記の4つではない観点もある。ではあるが、私が言うのではなく、自分で考え見るのも大事だ。考えてみるが宜しい。

ちょこっと努力すれば出来ることをやらないでいる諸君に、私は厳しく注意をした。諸君は指導をする者、守る者として子どもたちの前に立つ。

子どもたちは、大人のずるはさっと見抜く。そして、そんな人の注意や意見など聞かないものだ。諸君が嘗てそうであっただろう。

悪い癖はすぐに身に付くが、良い癖はすぐには身に付かない。悪い癖のまま子どもたちの前に立つことは、諸君にとっても子どもたちにとっても何も良いことはない。時間をかけて治すべきである。

治すためには、小さな勇気を持つことだ。

引用開始 ーーーーーーーーーー

小さな勇気をこそ  東井義雄

人生の大嵐がやってきたとき
それがへっちゃらで乗りこえられるような
大きい勇気もほしいにはほしいが、
わたしは
小さい勇気こそほしい。

わたしの大切な仕事をあとまわしにさせ、
忘れさせようとする小さい悪魔が
テレビのドラマやマンガに化けて
わたしを誘惑するとき、
すぐそれをやっつけられるくらいの
小さな勇気でいいから
わたしはそれがほしい。

もう五分くらい寝ていたっていいじゃないか、
今朝は寒いんだよと、
あたたかい寝床の中にひそみこんで
わたしにささやきかける小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそほしい。

明日があるじゃないか、
明日やればいいではないか、
今夜は もう寝ろよと、
机の下からささやきかける小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそほしい。

紙くずが落ちているのを見つけたときには、
気がつかなかったというふりをして、
さっさといっちまえよ。
かぜひきの鼻紙かもしれないよ。
不潔じゃないかと呼びかける 小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそ わたしはほしい。

どんな苦難も乗りきれる
大きい勇気もほしいにはほしいが、
毎日 小出しにして使える
小さい勇気でいいから
それが わたしは たくさんほしい。
それに そういう小さい勇気を軽蔑していては
いざというときの大きい勇気も
つかめないのではないだろうか。

引用終了 ーーーーーーーーーー

諸君の大先輩の東井先生の言葉だ。

後期研究入門ゼミ通信「運筆」NO4

悩むと考える

大学祭が近づいてきた。実行委員、各係の担当者を中心にして、準備が少しずつ本格的になってきた。全体の進行スケジュール、各担当のスケジュール、打ち合わせのための時間確認、MLの設置等がどんどんされていく。いいことだ。君たちがどんなものを作り上げていくのかを楽しみにしている。

Fクラスは、焼き鳥とストラックアウトを行うことになっている。限られた予算とマンパワーでクオリティの高いものを行うには、十分な準備が必要である。

本日の研究入門ゼミでは、その準備のための打ち合わせが行われた。私はそれを見ながら、ちょっとアドヴァイスをしたが、実はさらに気になっていることがあった。口を出していいものかどうか考えていたのだが、私はここで言うのは止めて、通信で書こうと思った。ので、書く。

君等を見ていると、
(を〜、悩んでいるなあ)
という思いがする。代表者が原案を出し、仲間に説明をして意見を貰い、それを元にさらに悩んでいるように見える。

実際のところ、良い意見がたくさんでてきてどうしたらいいのかと思うのであろう。しかし、私はそれを見ながら二つのことを考えていた。

その1 目的は何か

教育活動には、すべて目指す目的がある。ある目的を達成するために、いろいろな方法が存在する。今回の文化祭では、焼き鳥とストラックアウトという方法が先に示されているように感じる。

では、これらはどんな目的のために行われるのであろうか。ここの議論が少し弱いのではないかと思いながら見ていた。

ゼミの後、何人かの委員さんと話したのだが、ストラックアウトでは「子どもたちを楽しませる」ということが目的であるということであった。そうであれば、どうすれば楽しませることができるのか、と考えていくことが重要になる。

もちろん、安全性が土台にある。その土台の上に、子どもたちが楽しむと言うことはどういうことなのかと、考える必要がある。
君たちは、今まで「楽しませてもらう → 楽しむ」という過程を経てきたはずだ。そして、これからは「楽しむ→ 楽しませる」というところに移行する。

相手のことを考えなければならない。考えても分からない場合は、どうする。それが二つ目の問題である。

その2 考えても分からなければ

これにも二つの道がある。一つは、調べるであり、もう一つは実際にやってみるである。考えると言うのは、この二つを含んでいる概念だと私は理解しているが、君たちを見ているとここが弱い。

子どもがどのぐらいの重さのボールを投げられるのか。どのぐらいの距離を投げられるのか。専門家に聞いてみれば良い。

焼き鳥にどんなものをトッピングしたら美味しいのか、売れやすくなるのか。考えても分からなければ、やってみれば良い。

悩むと言うのは、その場で自分の影を追いかけてぐるぐると回っているようなもの。考えるとは、仮説を立ててその仮説が正しいかどうかを証明することである。やってみて、上手く行けば良し。ダメならばもう一度やる。これを日本語では、試行錯誤というのである。英語ではトライ&エラーである。

多くの知識を持ち、理論を理解し、さらに試行錯誤の習慣をきちんと身につけることは、子どもを相手にして具体的に仕事をする教師、保育士という職業には大事な資質であると私は考えている。

教育にはただ一つの正解はない。ただ、より良いものを求めるだけである。だから、試行錯誤が大事なのである。

後期研究入門ゼミ通信「運筆」NO3

メモ.読書.子ども文化

後期の授業の最初に、授業の受け方を確認した。改めて言うまでもないことだが、メモをきちんととるようにと言う話をした。

君たちには、「記録、思考、まとめ」の三つのメモを教えた。授業では、「記録 → 思考 → まとめ」と段階を追ってメモを取るようなイメージを持ったかもしれないが、実際はこの三つが渾然一体化して進む場合もある。

しかし、君たちにはこの三つを分けて説明した。というのは、メモという作業の中にはいくつもの要素が入っていると言うことを理解させたいがためである。

子どもに何かを指示するとき、教えるとき。大人である私達はいとも簡単に教える内容をやってしまえることがある。しかし、子どもの側から見ると
(そんなたくさんを、同時になんてできない)
ということがある。だから、指導者は指導している内容に何が含まれているのかを分析し、それを小さな段階にして、順番に指導できるようになっていることが望まれる。これをスモールステップの指導と言う。

今日のメモであっても、ひょっとしたら思考を重視して、大事なところだけ書き写すことが出来るようになっている諸君もいるかもしれない。しかし、私はまずは「記憶ではなく、記録」の段階を全員に経験させる必要があると思い指導した。君たちが指導者になるときに、子どもたちに指導する内容を経験しておくことはとても大事だと考えているからである。

しっかりと、メモをするように。

「本を読め」というのも何回も言うが、今日の授業、そして感想を読む限りでは、諸君は誤解しているようである。「本は、難しくて分厚い本を読まなければならない」と。

そんな指示は一つもしていない。「薄くて簡単で、読みやすい本」を読めば良い。君たちはまだ大学一年生である。もちろん、今から専門的な本を読むことも止めはしない。しかし、今までさほど読むと言う経験をしていない諸君には、無理だ。

何のトレーニングもしていない人が、いきなり冬の富士山に登れるはずがない。本だって同じである。専門的な本を二回生以降は読むことになる。そのためには、本が諸君の身近な存在になっていなければならない。

・自分の好きなジャンルの本を読もう
・文字の大きい本を読もう
・薄い本を読もう

良いじゃないか、これから始めれば。あっという間に100冊読んでしまいなさい。そうすると、おそらく本屋に行った時に、授業中に話したような現象を体験するであろう。すなわち、本が本棚で「読んで、読んで」と言いはじめるはずだ。

ちなみに、私は文学部の先生であるが、学生時代に小説はほとんど読んでいない。読んでいたのは、ドキュメンタリーとエッセイばかりである。それで良いのである。

『ムシキングのルールを説明できる人?』
と確認したら、誰もいなかった。諸君は、残念ながら、子どもたちから見ればもう、すっかりと、しっかりと、オジさんとオバさんである。

諸君は子どもの時代にポケモンやセーラームーンで遊んでいたろう。中高では「スラムダンク」や「ドラゴンボール」「NANA」で興奮していたろう。それは諸君の少年時代、青年時代のリアルタイムであるから入ってきている情報である。

しかし、これから諸君は、子ども文化としてそれらを勉強していくことになる。子ども文化を理解した上で、学校文化、地域の文化、大人の文化、日本の文化などを学習させていくことになるのだ。

信じられないかもしれないが、諸君がコンピュータゲームをやることは、これからは単なる遊びではなく、子どもを理解するための「教師としての勉強」にもなるのだよ。

誰か、「甲虫王者ムシキング」のルールと、なぜ子どもが熱中するのか分析してみないか。面白いと思うよ。

後期研究入門ゼミ通信「運筆」NO2

5時間近く会議

研究入門ゼミでは、大学祭の総括を行った。私のクラスでは、各自がA4一枚に文章をまとめ、それを書き込み回覧作文をして、行った。

引用開始 ーーーーーーーーーー

各自、学べたことをこのように総括し、配布することによってそれをみんなで情報交換しあう。このようなことは初めてしたのですが、とてもいいもので何で今までなかったのだろうと不思議に思ったくらいでした。

引用終了 ーーーーーーーーーー

大学生にも好評である。書き込み回覧作文はやり方が簡単なので、学校教育現場でもすぐに取り入れることが出来ると思う。これをやると、クラスがしっとりするんだよなあ。

            ◆

授業後、午後からは会議を二つ。
研究入門ゼミの今後の指導内容について、担当の先生たちと意見交換。教材研究と指導方法、今後の展開についてあれこれと話し合う。これが面白い。小さな研究会のようになる。

児童教育学科後期の、研究入門ゼミの方向性が決まった。

その後は学科の会議。ここではさらに色々なことを話して方向性を決める。気がついたら5時間近く会議をしていたことになる。いやあ、充実。

            ◆

会議終了後5分後には、研究室を出る。
さあ、娘の風呂だ。ミルクだ。

2007/10/31

再び京都駅に出向く

というわけで、昨日は授業後、翌日の授業の準備を手短に済ませて急いできたく。
それから再び京都駅に出向く。

東京からK島さんがやってくるのだ。K島さんは私のパラグラフライティングの師匠。ディベートで知り合いになった。K島さんがいなかったら、私の修論は完成しなかったと思う。とても恩のある方。

「一緒に夕食をどうですか」というお誘いを受け、ありがたくお受けする。

            ◆

京都駅近辺で食事となると、まあ、色々とあるのだろうが、知る人ぞ知る飲食店街に向かう。思い切り昭和の雰囲気である。その中の一軒に腰を据える。大学の食通の職員さんから紹介された店だ。

家で奥さんに話したら、その店は京都テレビでも紹介されていたとのこと。それならなおさら行ってみなければ。

            ◆

店は10人も入れば満員のカウンターだけの店。だから、ここには詳しく書けないf(^^;。だっって、いっぱいになって私がこれから座れなかったらねえ。

で、何を食べても美味しかった。値段もそんなにバカ高いと言うこともなく、満足。娘の誕生祝と言うことでご馳走になってしまいました。女の子の育て方やらなんやらもたくさん教えてくれました。K島さん、ありがとうございました。

いいお店を紹介してもらいました。

あ、もちろん、みなさんから「京都駅近辺で食事をしましょう」とお誘いを受けたら、真っ先にご案内いたします。ただ、大人数はダメですね。入れませんf(^^;。

2007/10/30

11/3に近江神宮で、流鏑馬

11/3に近江神宮で、流鏑馬(やぶさめ)がある。

http://www.bbweb-arena.com/users/oumijing/myweb1_022.htm

流鏑馬と言えば、鎌倉が有名である。一度は見てみたいと思っていたが東京にいる時は腰が上がらずに行かなかった。

ところがである。我が家から歩いて15分程度の近江神宮で行われているのである。昨年見に行ったのだが、これは凄かった。

基本的に観覧は無料。
だが、お勧めは無料講座を受けて、有料席に座っての観覧。有料と言っても500円である。

私は今年は赤ちゃんがいるので、観覧は控えたいと思うが京都滋賀の方は、お勧めですぞ。

2007/10/29

食欲の秋にお勧め

秋である。読書、スポーツ、食欲、学問、恋。
ま、いろいろあるだろうが、私はいよいよ食欲の秋を迎える。歯がもうそろそろ治る(^^)。

まだ、完全ではないので柔らかいものを食べる。基本的に肉ではなくて魚。
まるで娘の離乳食の事前学習のようでもある(嘘)。

            ◆

たまたま見たテレビ番組で、これは作ってみたいというものがあった。そういう時は、すぐに作る。良い時代だ、ちらっと見ただけだが、その番組が「きょうの料理」だと分かれば、あとはネットで調べることが出来る。さらに、レシピも簡単にプリントアウトできる。

私がハマったのは、「秋さけのトマバタしょうゆ風味」だ。

http://www.kyounoryouri.jp/index.php?flow=recipe_detail&rid=4778

引用開始(ただし一部省略) ーーーーーーーーーー

レシピ名:秋さけのトマバタしょうゆ風味
カリッカリッに焼いた皮の香ばしさは、さけの醍醐味。弱めの中火でじっくりおいしさを引き出します。

講師:脇 雅世
放送日:2007年10月25日(木)

エネルギー:380kcal
調理時間:25分
難易度:1

<材料>
(2人分)
・さけ(切り身) 2切れ(300g)
・トマト (小)2コ
・にんにく 1かけ(みじん切り)
・クレソン 1/3ワ(ザク切り)
(塩・こしょう・オリーブ油・バター・しょうゆ)

<作り方>
1. トマトは皮つきのまま、約1cm角に切る。

2. さけは軽く塩、こしょうをふり、しばらくおいて、出た水けを紙タオルでふき取る。

3. フライパンにオリーブ油大さじ1を熱し、2のさけを1切れずつ、皮側を下にして並べ入れる。
焼きはじめの1〜2分間、軽くフライ返しなどで押さえると、さけの身が反らない。

4. さけの色が下から半分くらい変わるまで、弱めの中火でじっくりと焼いたら、裏返してサッと焼き、取り出す。

5. フライパンを紙タオルで軽くふいて、新たにオリーブ油大さじ1とにんにくを入れ、弱火にかける。香りが出たら1のトマトを加え、強火にする。

6. バター大さじ1、しょうゆ大さじ1+1/2を加えて混ぜ合わせ、なじんだら、器に広げる。4のさけをのせ、周りにクレソンを添える。

引用終了 ーーーーーーーーーー

非常に簡単である。私はクレソンの代わりに、水菜を使った。これはこれで美味しかった。

この料理のポイントは、「さけの色が下から半分くらい変わるまで、弱めの中火でじっくりと焼」くというところ。皮からの熱がじっくりと上に上がってくるのを辛抱強く待つ。これをすることで、鮭がジューシーに焼ける。

嘗て父親に「【魚は大臣に焼かせよ、餅は貧乏人に焼かせよ】という言い方がある」と教わったことがあるが、これもそうかもしれない。

実は二日続けて作ったのだ。
美味しいなあ。
この秋、食欲の秋にお勧め。

娘をMINIに乗せて近くを走る

筋肉痛である。上腕と背中が痛い。
理由は分かっている。娘の抱っこである。昨日は一日中抱っこしていた。

            ◆

昨日は、弟のところから借りたチャイルドシートをMINIに取り付け、義妹のところから借りたベビーベッドを組み立てと午前中を過ごした。ありがたいことに、娘はあちらこちらからものを借りられる。いろいろな人と縁をもらいながら生きていくことができそうで、嬉しいものだ。

娘をMINIに乗せて近くを走る。助手席の後ろに後ろ向きに座るため、運転席からはみることができない。走り出した時は泣いていたのに1キロも走らないうちに泣き止んでいる。
(ん? チャイルドシートに絡まって呼吸困難か?)
慌てて車を止めて確認。
娘はぐっすりであった。
ふう。
娘もMINIのエンジン音を気に入ってくれたようだ。

走り出すと静かになると言うのは、振動と音が調度お腹の中にいるときと同じようになるのかなあ。

            ◆

ただ運転中見えないのは心配だ。
調べてみると色々とあるのが分かった。

http://directory.rakuten.co.jp/rms/sd/directory/vc/s1tz407014/
手頃なものを一つ買うか。

            ◆

予定通り娘は抱っこを要求するようになってきた。授乳の後しばらく機嫌良く一人遊びをしたり寝たりするのだが、むずかり出す。そして、抱っこをしてあげようと顔を近づけるともう、ニマーである。

しばらく抱っこをしてあやして寝かせようとすると、またフギャーである。こちらもあれこれ考えて、体重の移動を調整して抱っこしている時の重心と変わらないようにしてベッドに寝かせるのだが、これがなかなか敏感ですぐに気がつくのである。

そして、分からないのが外出するとずーっと寝ていると言うことだ。ま、静かで良いのだが、大きな音がしても外にいる時は寝ている。さて、寝る子は育つのか?

2007/10/28

顔つき、顔構え

台風一過。気持ちの良い朝、というよりも暑い。
ま、でも清々しい。

朝の授乳を終えて、朝風呂に入る。
外から声が聞こえる。
大学のヨット部が琵琶湖に艇を進めるための掛け声だ。

            ◆

清々しいとは反対のことを考えている。
このところ、いつもと違う視点でニュース番組を見るのだが、気になるのが事件を起こした人たちの顔である。正確に言うと顔つき、顔構えというのであろうか。特に防衛省がらみの不祥事関連を見ていて、思う。

おそらくこれからますます整形の技術は向上し、顔を作り替えることは今よりももっと簡単になるだろう。整形しなくとも、メイクでもオッケーかもしれない。

だが、顔つき、顔構えというものは外側から作るものではなく、内側から作るものだと思っている。そうだとすれば整形やメイクをすればするほど、差が出ることになる。

            ◆

これは少しずつしか変化の出ないものであろう。
毎日に鏡に映る自分の顔。顔を洗ったり、ひげを剃ったり、髪型を整えたり、化粧をしたりして毎日見ている。

昨日の顔と今日の顔が違っているとは誰も思わない。しかし、10年前の顔とは確実に違う。ここが怖いところだ。そして、はっきりとした差が出てしまった時には、それを元に戻すのはとても大変である。

自戒せねばなあと思う。

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