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2007/11/17

ときどき届く卒業生からのメール

このところ急にかつての教子からメールがくるようになった。
今朝もメールをチェックしていたら、一本のメールが届いていた。

国立学院の聖蹟桜ヶ丘校で教えていたときの、最後の教え子だ。
ちょっと変わった名前だったし、良く努力を重ねた生徒だったので覚えていた。

しかし、教え子から来るメール来るメール、同じように
「今でもあの時の授業は忘れられません」
とある。

嬉しいと思う反面、今から思えば雑な授業だったのを覚えていられて、赤面でもある。

メールを読むと彼ら彼女等が人生の転機を迎えた時に、ふと私のことを思い出してくれているようである。そして、なにげにネットで私の名前を検索したら、ヒットして、メールをくれたと言うのだ。うれしいことだ。

            ◆

しかし、くれた以上は瞬間的に先生と生徒に戻る私。メールの中に変な言葉遣いがあったら訂正をしている。

嘗て国学院大学にいらっしゃった折口信夫先生は、教え子から届く年賀状に赤を入れて新学期に返却したと言う。学生時代には
(なんて嫌みな奴だ)
と思っていたが、いま自分がその立場に立つと
(なんて丁寧で厳しい先生なんだ)
と思う。

            ◆

そこまで丁寧に、そして厳しく指導できているだろうか。
ときどき届く卒業生からのメールを読みながら、反省する。

ちなみに、今日メールをくれた彼はさすがだった。
何処も直すところはなく、清々しさだけを届けてくれていた。

やはり欧米系は足が長い

浪人時代だと思う。夜の山手線だったか中央線だったか。
私の座った席の隣に若い欧米系の若いお父さんがいた。
なんでお父さんだと分かったかと言えば、太ももの上に乳児を乗せていたからである。

膝をくっつけて二本の太ももで赤ちゃんが寝転がるスペースを作り、そこに仰向けに赤ちゃんを寝かせて、自分は本を読みつつ時々赤ちゃんを見ていた。

(ほー、すげえ。オレも子どもが出来たらこうしよう)

            ◆

で、まずは家の椅子でやってみることにした。
ところが、上手く出来ない。
なんのことはない。膝から下の長さが足りなくて、膝の側が下がってしまい娘が向こう側に落ちてしまいそうになるのである。

ああ、やはり欧米系は足が長いのだ。

            ◆

しかし、あるときには私にもこれができることが分かった。
うれひい。
満足。

娘を太ももの上に起き、その顔を見ながら本を読める日も近い。

第九回 明日の教室のご案内

第九回 明日の教室のご案内

4月から始めた「明日の教室」も第九回、今年最後のご案内となりました。12/15(土)です。

二ヶ月に一回のつもりで始めましたが、いやあ、始めて見ればほぼ毎月でした。毎回エキサイティングな学びを得ることができ、仲間も増え、教育の今と明日についてじっくり語ることが出来る会となりました。参加者のみなさまと講師の先生方の御陰です。ありがとうございます。

さて、その第九回ですが12/15(土)に、特別支援教育について岡山県教育委員会から、青山新吾先生をお招きすることになりました。

青山新吾先生は、長く小学校の現場でご活躍されており、今年度から岡山県教育委員会で指導主事としてご活躍されております。

特別支援教育は、現在の「教育改革」大波の中でじっくり学ぶ必要を感じつつも、なかなか学ぶ機会を得ることが出来ないでいる部分になっている可能性はないでしょうか。

ベテランの先生は、学生時代に理論を学んだことはなく、若い先生たちは教員の仕事を覚えるのに必死でそれどころではないということを私は感じています。今回は青山先生の確かな理論と豊かな実践から特別支援教育の入り口を、きちんと学べればと思います。

多くの参加者をお待ちしております。

なお、今回の懇親会は忘年会も兼ねています(^^)。

            ◆

日時:12月15日(土)  13:30~17:00

会場:京都橘大学児優館 
http://www.tachibana-u.ac.jp/official/information/access.html

講師:青山新吾さん@岡山県教育委員会

内容:特別支援教育 理論と実践の入り口

会費:一般2000円、学生1500円
なお、会の後、蓮行先生を囲んで懇親会を予定しています。自由参加で3000円程度です。

昼食:大学の生協食堂が開いております。安くて美味しい本学の生協の食堂をご利用ください。


申し込みは、こちらから。

            ◆

講師紹介

1989年 大学卒業と同時に小学校教員に。
      ことばと情緒の教室勤務。
1994年 備前市内通級指導教室勤務。
      言語障害、情緒障害、自閉症教育、学校教育相談等を中心に実践。
2002年 岡山市内通級指導教室勤務。
2005年 『自閉症の子どもへのコミュニケーション指導』明治図書出版。
2006年 『特別支援教育を創る 子どもを見つめる確かなまなざしと暮らし支援』明治図書出版
2007年 『特別支援教育 学級担任のための教育技術』学事出版出版。岡山県教育庁指導課特別支援教育室勤務。

申し込みは、こちらから。

お待ちしています。

2007/11/16

おいおい。これって駅の近く

3限の授業を終えて、4限の授業に向かうために研究室に戻る。何気なくニュースを見ていたら、とんでもない事件が目に飛び込んできた。

http://www.asahi.com/national/update/1116/TKY200711160034.htmlより

引用開始 ーーーーーーーーーー

警察官が発砲、包丁で切りつけた男死亡 京都

2007年11月16日12時00分

 16日午前1時すぎ、京都市山科区東野八反畑町のコンビニ店「セブンイレブン京都山科東野店」前の路上で、包丁を持った男が客のタクシー運転手(67)を切りつけ、店内で男性店員(53)にも切りつけて逃走した。店に駆けつけようとした山科署員(44)にも近くの路上でけがを負わせた。約10分後、別の同署員3人が店から約400メートルで男を発見。足に拳銃を1発発砲した。同署は殺人未遂と公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕したが、男は病院で約1時間後に死亡した。運転手は背中、店員と警察官は顔などに1〜2週間のけが。

写真:警察官が刺された現場付近を調べる京都府警の捜査員ら=16日午前2時26分、京都市山科区で

 山科署によると、男は同区音羽千本町の無職香山正秀容疑者(42)。男性署員(25)が拳銃を構えて「ナイフを捨てろ。捨てんと撃つぞ」と警告したが、同僚に切りつけてきたため発砲したという。弾は左太ももを貫通し、右太ももに入っていた。香山容疑者は発砲後も包丁で抵抗したため、数人で取り押さえた。福多亘副署長は「現段階で判明している事実によれば、適正な拳銃の使用だと考えている」との談話を出した。

 香山容疑者はコンビニで店員を脅してたばこを奪うなどしており、強盗致傷の容疑でも調べている。

 発砲を目撃した高校生によると、包丁を持って走って逃げる香山容疑者を、複数の警察官が数メートル離れて取り囲んだ。スピーカーで説得したが、「お前ら殺されたいんか」などと叫んでいたという。直後にバーンという発砲音がして、「うぎゃーっ」という叫び声が聞こえたという。

 現場はJR山科駅の南約2キロの住宅地。交通量の多い市道付近にある。

引用終了 ーーーーーーーーーー

おいおい。これって駅の近くじゃないか。
慌ててプリントアウトして、授業に向かう。そうである。このシチュエーションを教材にしようと思ったのだ。

            ◆

犯人はまだ捕まっていないという状況に変えておいて、以下の指示を出した。

『あなたは、担任です。教育委員会から児童・生徒は十分に注意をして集団下校するようにという指示があり、学校独自の集団下校のルールに従って子どもたちは帰ることは理解しています。その下校の前の、最後の1分であなたは、クラスの子どもたちになんて言いますか?』

実際は、集団下校となるかは微妙なところだが、この設定でやらせてみた。5分考えて1分で実際にやるのだ。

全員にやらせたが、一番良かった学生は、不安の子どもたちに
「先生たちが一緒に帰って見守るから大丈夫だよ」
と言えた学生。この学生は
『翌日、犯人が逮捕されたという状況だったら、最初に何を言う?』
という問いに
「みんな、無事で良かったね」
と言うと答えた。
合格である。
子どもたちの不安を取り除こうとし、無事を喜び合える先生であることが、大事だ。説教や教訓は、その後で良い。

            ◆

教師の視点で考えられる学生が出てきたことを、嬉しく思った。

もう少しだけ

明け方、娘が珍しくぐずったのでミルクをあげる。このごろ夜はぐっすりと寝る。多少ぐずっても手を握ってあげれば寝るのだが、昨日は日中随分寝ていたから、その分夜の眠りが浅いのかもしれない。

ミルクを与えてからも、しばらくぐずる。抱っこしてリビングをうろうろする。落ち着いてきたので、膝の上で抱える。背中をとんとんと叩いていたら、少しずつ眠りに落ちていった。

すると、微笑むのである。

            ◆

これは、新生児微笑と言われるものだ。生後数ヶ月の人間赤ちゃんにだけ見られる現象だと思われていたが、最近はチンパンジーの赤ちゃんにも確認された現象である。

眠りに入る際に片笑いをするのである。口元が片方微笑むのである。親はそれを見て
「お、いま、オレを見て笑ったぞ!」
と感動するのである。

            ◆

しかし、残念ながらこの笑いは、何かをおもしろがって笑うのではない。顔の筋肉が緩んで笑っているように見えるだけである。でも、可愛い。「天使が笑わせている」とかいう言い方があるようだが、「げにまっこと」である。

新生児微笑というだけに、生まれて3ヶ月ぐらいの間にこの微笑みは消えて、その後「社会的微笑」へと変わっていく。成長といえばそれまでだが、ちょっと寂しい。

もう少しだけ、その微笑みを見ていたい父さんであった。

2007/11/15

休憩に娘を抱えて散歩

久しぶりに大学に行かないで、家で仕事。
休憩に娘を抱えて散歩。
実は、家からお気に入りのガーデンまで琵琶湖畔を歩いていける道を発見したのだ。

湖畔のきらめきに眩しそうに目を細める娘が可愛い。
風がちょっと強く吹くと、髪の毛が揺れる。
そういうのを見ていると、本当に女の子だなあと思う。

年末に向けて、大学の授業、運営、さらには外での講演や講座が通常より多くなる。息を抜ける時は息を抜いて、やっていこう。

批判的に学ぶための、なぜ?

教えるということ。
実に奥が深いなあと改めて最近考えている。

            ◆

教えると言う行為は、動物だってしている。吾が子に餌の取り方を教えるなんてことはする。その姿に慈しみすら感じることがある。

ものいはぬ四方の獣すらだにも
 あはれなるかなや 親の子を思ふ

鎌倉幕府3代将軍 源実朝 『金塊和歌集』に載っている名歌だ。もちろん動物は本能として教えている。そして、家庭で親は子どもにいろいろなことも教える。それは愛情からであろう。

            ◆

では、諸君が目指す教師・保育士はどうか。何で教えているのか? 何のために教えているのか。私の今の考えは『教師になるということ』(ひまわり社)に書いたので、それを読めば大体分かる。君たちの答えはなんだろうなあ。

考えた? もういい?

では、それを踏まえた上で、今週の研究入門ゼミの外部講師のお話を考えてみよう。

            ◆

素晴らしい講義だったなと思う。教師を目指す大学一年生のためにあの短時間で、初対面の諸君を引きつけ、端的にポイントを説明する。凄い力量だなあと思った。

だが、私はその一方で、
(学生諸君は気がついているかなあ)
と思っていた。そこであのガイダンスの後のゼミで聞いてみた。
『○○先生の講義に、疑問や反論のある人?』
誰一人として手を挙げなかった。

            ◆

私も学生時代に塾の講師をしていた。そこでは、いつも時間を延長して「熱心に」指導していたつもりだった。他の専任やベテランの先生たちは、時間が来るとさっさと終わり、さっさと帰る。そして、「池ちゃん、早く食事に行こうよ」と誘う。
(まったく、「熱心」じゃないなあ)
と私は思っていた。が、これは大間違いだった。

子どもたちは、塾が終わったらその後生活もあり、乗って帰るバスや電車の時間もある。先輩の先生たちは、試験に出るところを子どものレベルに合わせて、今やるべきところを、与えられた時間の中で丁寧に教えていた。

延長して教えていたのは、熱心だからではなくて、私に教える力量が足りなかったからであった。生徒にとって、何処が必要なのかを見抜く準備が足りなかったのである。○○先生の講義は、まさに私の先輩たちの授業のような的確な講義であった。君たちは○○先生が指導してくださった方針で勉強を続ければ、合格の可能性は高くなるだろう。

だが、私が君たちに問いたいのはその先である。

            ◆

出るところを効率的に学習するのは合格のためには必要である。しかし、それだけでは合格は出来ても教師として仕事を続けることは出来ない。君たちが目指すのは、合格でない。合格はあくまでも過程である。

何回も言うが、「膨大な知識・豊かな経験・確かな指導力」。これが教師には必要である。採用試験はその一部を判定するのであり、そしてその採用試験を効率的に通過するための、的確な学習方法を講義して頂いたのである。

大学は学問を身につける場所である。素直に学ぶことは大事。だけど、批判的に考えることも必要。

本当に本当なのか。
根拠は何か。
限界は何か。
例外はないのか。
例外ではないのか。

メモを取りながら、自分の違和感に向き合い、考えながら話を聞くのだ。ここから学問は始めることが出来る。合格の先、教師になる道もここからだ。

後期研究入門ゼミ通信「運筆」NO6

調査なくして発言権なし

いい大学祭だった。
京都橘大学の児童教育学科のスタートとしてちょっと胸を張っていい。

今日のゼミやゼミの感想で、いくつか思いついたこと等を書こう。

            ◆

書き込み回覧作文は、私が開発した。これの開発秘話はまたどこかで話したいと思うが、実際にやってみて良かったでしょ。あれをやるとクラスがなんともしっとりするんだな。ただ、子どもにやる時は、事前に
『この課題の作文は、みんなで読み合います。ですから、読まれても良いことを書いてください』
指示することを忘れないように。でないと、中には「え〜、読まれたくない」とだだをこねる生徒もいます。ま、一度味わうとそれも多くの場合なくなるのですが。

「書くということは、考えるということだ」と話した。教師と言う仕事は本当に書くことが多い仕事だ。文章を書くことが苦痛な人は、早く書くことに慣れること。兎に角、読むと書くをリンクさせて、いろいろと書いてみることだ。

45秒で今回は回覧した。訓練された中学校三年生であれば、1200字の作文を、1分で読んでコメントを書き込める。教師も子どもの作品にさっとコメントできることが大事だ。30人のクラスを担任して、一人一分宿題を見ても、30分かかる。このことを理解すべきである。

また、短い時間で読むとなると、読みやすい文章が好まれることが分かるだろう。手書きだと、これが如実に分かる。文章は、読まれてなんぼです。読まれる文章を書けるように訓練である。

            ◆

「調査なくして発言権なし」の言葉を大事だと理解した諸君が多くいて、心強く思った。指導する前に本当かどうか確認するのです。

実際に見てみる。または、子どもにどうしたの? と聞いてみる。すると意外なことが理由になっていたりすることもある。

できれば、子どもの納得する方法で指導をしたいものだ。(できればというのは、子どもには納得できないけど、大人になれば当たり前ということもあるので、できればだ)

頭ごなしに決めつけられると、反発しかしない。自分が子どもの時には嫌だったのに、大人になって教師になるとその嫌だったことをやろうとしている自分に気がついて愕然とする.ことがある。

子どもからの視点だとどのように見えるのか。これは、勉強する必要がある。

            ◆

家本芳郎先生の本から練習問題を出し、諸君に考えさせることもした。教育の現場では日々、瞬間的な判断が求められる。それを少しシミュレーションさせた。
「私は、すぐに判断することが出来ない」
という感想が多くあったが、んなもの今から出来るわけがない。出来ると思うこと自体が、変である。教育の深さ大きさを舐めてもらっては困る。「膨大な知識」「豊かな経験」「的確な指導力」が揃っての教育である。二十歳前後の君たちにできるわけがない。

だから、しっかり学ぶのだ。家本芳郎先生なら『<教育力>をみがく』(寺子屋新書)から始めるのが良いだろう。

君たちの教育者としての学びは、まだ始まったばかりである。

後期研究入門ゼミ通信「運筆」NO5

2007/11/14

池田修の書いた文章

研究入門ゼミでは、図書館の使い方を学ぶ。本来なら前期に行うことだが、諸般の事情でこの時期になった。はじめに図書館の職員の方に、検索の仕方の基礎を習う。その後、私から課題を提示。

私が出した課題は、2つ。

1)池田修の書いた文章を本学の図書館から捜す。
2)去年の日本の小学校の教員の数を示している本を捜す。

である。

            ◆

1)では、私の書いた本は発見できたが、「文章」が見つけられなかった。雑誌にも結構書いているんだけどね。

面白かったのが、『アラビアンナイト』という本を発見して持ってきた学生。
「先生、アラビア語ができるのですか。すごい」
『ん? まあね。ちょっと趣味でアラビア語を嗜んでいるのだよ。はははは』
なんてことは言わない。この池田修は、同姓同名のアラビア語の専門家である。因に裁判官にも同姓同名はいるし、東京の中学校の国語の先生にもいるはずである。

ま、課題としては「池田修の書いた文章」であるから、オッケーとしたf(^^;。

2)はまた別のスキルが必要なので、これは学習課題とした。

            ◆

OPACやNACSIS-Webcatは、高校までの図書検索では使ったことがない領域だろう。これを使って自分の勉強や研究を進めることが出来るという見通しが立った学生たちは、非常に喜んでいた。

良かった良かった。


2007/11/13

最初の模擬授業

さ、いよいよゴールが見えてきたぞ、歯の治療。
次回でかなり目処が立つぞ。
いやあ、結構時間がかかったが、娘の歯が生えるまえには何とかなりそうである。うれひい。

            ◆

さ、いよいよ模擬授業が始まった。国語科教育法2である。今日の授業は「ちょっと立ち止まって」である。説明文の授業だ。最初の模擬授業にしてはなかなか良かった。こういう授業をしたいというのが、伝わってくる授業であった。

説明文の授業では、説明文を説明してしまうことが多いのだが、今回の模擬授業では、説明とは何だろうか?ということを考えさせる内容になっていた。それに挑戦しようとしていた。

「ちょっと立ち止まって」では「ルビンの壷」が出てくる。これは白地で見るか黒地で見るかで、見えるものがAとBに分かれる。しかし、私も何回か授業でやったが、この教科書が指摘するようにAかBかの二つにならない。必ずその他が出てくる。

そうだとすれば、その他を前提にした授業の作り方の方が良いのではないかと事前にアドヴァイスをしておいた。その他に見えるのであれば、その他に見えた理由を、見えなかった人に「説明」」する授業にした方が、説明文の授業になる。

となると、説明のためのセオリーを考えなければならない。
私は「全体から部分へ」というセオリーを事前指導で教えたりしたのだが、それもまあある程度活用して授業をつくっていた。

            ◆

授業後、検討会の席で授業者は、
「授業をしていて気持ちがよかったです」
と言っていたが、まあ、準備をした分が報われたのだからそのぐらいは言っても良いだろう。

だけど、毎回全部自分で作るとなると大変よ(^^)。
それに、まだまだ課題があるんだからねえ。

来週の諸君もしっかりね。

            ◆

研究室の前の教室では、自主ゼミの学生が模擬授業をしている。私はちょっと外せない会議があって、今日はパス。ちらっと見たら、生徒役の学生が増えてきている。良いことだ。そうして、仲間たちと力を蓄えていくことが大事だ。

先輩が頑張っていれば、後輩にもそれは伝わるはずだ。
たのしみたのしみ。

2007/11/12

のようにも授業は展開できる

ぐっと冷えてきた。
研究室の足許ヒーターを入れ始めた。

            ◆

国語科教育法2の模擬授業に向けて学生たちは準備を進めている。研究室での事前指導の他に、自分たちで集まってアイディアを出して、練って、整理してとしていかないと作れない。

自分がその教材で、子どもたちに何を学ばせたいのかということが明確でないと、授業は作れない。そして、そのためにはどんな教材、指導方法でなければならないのかと考える。

            ◆

今日相談に来たグループは、古典で『枕草子』を扱う。暗記をさせることが指導に入っている。それは良い。だが、「暗記をさせる」だけでは指導とは私は考えない。

「暗記しなさい」「暗記しておきなさい」

は、指導ではなく命令である。

・どのようにしたら、暗記はできるのか。
・暗記にはどのようなやり方があるのか。
・記憶のメカニズムはどのようになっているのか。

こういうことを話して、その上でやりやすい方法を示す。そして、やらせる。これなら指導だと思う。

            ◆

さらに、暗記がゴールになってはいけない。
暗記したものだけが参加できる授業展開を考えるべきである。

たとえば、

『枕草子の第一段には、漢字は同じなのに、読み方が違うものがありました。それは何でしょう?』
『正解は、「音」(おと・ね)です』
『では、なぜ「音」は(おと・ね)と読み分けるのでしょうか。違いは何でしょうか?』

のように授業を展開すれば、暗記がゴールではなく授業を受けるための必要条件になる。そして、

『さあ、みなさん。みなさんもこの枕草子の第一段を使ってクイズを作ってみましょう』

という展開がある。

            ◆

また、

『ここに橋本治さんという人の書いた「桃尻語訳」の『枕草子』があります。今から黒板に一部を書きます。それはみなさんが暗記した部分だとどこになるでしょうか。考えてください』

のようにも授業は展開できる。

            ◆

この授業をする彼女等は三週間後が本番。
ちょっと出足の遅い京都の紅葉も、奇麗に色づく頃であろう。

2007/11/11

そこで抱っこしたまま

昨日「明日の教室」に向かう時、家の周りにやけに警察の姿が多いなあと思っていたのだが、この準備のためであったか。会場近辺の警備であろう。

引用開始 ーーーーーーーーーー

http://www.asahi.com/national/update/1111/TKY200711110049.html
天皇皇后両陛下 海づくり大会式典に出席

2007年11月11日13時49分

 天皇皇后両陛下は11日、大津市で開かれた「全国豊かな海づくり大会琵琶湖大会」の式典に出席した。

 天皇陛下は式典のあいさつで、外来魚などの異常繁殖で琵琶湖の漁獲高が激減していることにふれ、「永(なが)い時を経て琵琶湖に適応して生息している生物は、皆かけがえのない存在です。かつて琵琶湖にいたニッポンバラタナゴが絶滅してしまったようなことが二度と起こらないように、琵琶湖の生物を注意深く見守っていくことが大切と思います」と話した。

引用終了 ーーーーーーーーーー

今日、NHKを見ていたら、この時の様子が放映されていた。我が家の対岸の琵琶湖ホールとその近辺が会場であった。テレビにはしっかりと我が家も映っていた。

そういえば、東京のマンションもテレビに映ったことがあったなあ。多摩川花火大会の大雨の時だったな。これで両方ともテレビに映ったことになる。
ま、大したことではないが。

            ◆

娘を抱えて午後を過ごす。ベッドに置くと泣き出す。そこで抱っこしたままとなる。

秋のスッキリとした空気は、娘を抱っこしているにはちょうど良い気温である。体重も増えたが、娘も私も抱かれることと抱くことに慣れてきて、重心の取り方が上手になった。なもんで、抱っこしていてもお互いに疲れが少ない。

時々目を覚ます娘を見て、笑ってしまった。
目が開くと私の顔を見て、あちらこちらを見回す。
娘の脳みそに私の顔は記憶されているのかどうかは分からないが、不思議そうにあちらこちらを見回す。
(ここはどこ? 私はだれ?)
というようなことを繰り返しているのだ。

(目が覚めるたびにこれだと大変だよなあ)
と思って笑う。そして、
(ま、酔っぱらって寝て、目が覚めたときのオレも、これと同じ状態か)
と思ったらまた笑ってしまった。

            ◆

寝る子は育つ。
抱っこしている娘は、ぐっすりと寝ている。

教育助成金申請書をどう書くか

第8回 明日の教室は、非常に良かった。いつも良いなあと思うが、今回も良かった。わたしの「たほいや」も良いとは思うが、なんと言っても糸井先生の講座が良い。

「教育助成金申請書をどう書くか」

なんて講座は、糸井先生にしか出来ない。そして、なるほどの連続。ワークショップまであった。具体的な内容は、糸井先生の企業秘密だからここには書かない。参加された方、お得でしたねえ。

私も、いくつもの今後の授業や研究に関するアイディアを頂きました。ありがたいことです。

その後の懇親会も、いつも通りに盛会。楽しい時間はあっという間に過ぎ、タクシーで帰宅。大学と家が近くて良かったf(^^;。

来月は、12/15です。特別支援教育に関して青山新吾先生をお招きいたします。乞うご期待。

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