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2007/11/22

比叡山と虹

研究日。家で仕事をしていた。
奥さんが買い物に行くので、お留守番。
そしたら、傘をとりに帰って来た。

(ん? 晴れているのに)

外をよく見ると細かい雨。時雨だ。

「いま、比叡山の方に虹が出ているわよ」

            ◆

虹が大好きな私は、玄関に向かう。
すると、確かに比叡山の方に出ている。

慌ててカメラを持って、我が家の最上階に登る。

            ◆

Hieiniji


5分の間、ただ、息を飲んで見ていた。
時々シャッターを押していた。

(なんだ、この美しさは)

滋賀は時雨の多いところと聞いていたが、ということは虹の名所でもあるのだなあと思った。柿本人麻呂、紀貫之、松尾芭蕉。彼がこの地を好んだのが分かる。

写真は、比叡山、比良山、琵琶湖。そして、虹である。

光の琵琶湖

娘が琵琶湖の畔にやってきてから一ヶ月が経った。
生活が少しずつ安定してきた。

私の実家から新米が送られてきた。近くのスーパーでボッタルガ(唐墨)が半額の1000円で売っていた。奥さんがバーニャカウダーを作ってくれた。歯が治ってきたので美味しく食べることができるようになった。

うれひい。

            ◆

いま、京都市内は紅葉に満ちあふれている。
神社仏閣にある紅葉の名所もさることながら、山々の紅葉が美しい。

美しいと思いながら、一方でこの美しさは何かと思う。
京都は、「テーマパーク京都だ」と言ったのは私の奥さんである。
なるほど、これは名言だと思う。

紅葉の美しさということで、これを自然の美しさと捉えがちであるが違う。これは明らかに人工の美しさなのだ。ただ、この人工が1000年も経ったので自然と思われているだけのことである。

万葉の美しさとは違う、古今集の美しさを求めて作り上げられた美なのである。

            ◆

そして、この美を作り上げたのは、普通の人であろう。時の権力者に命令を受けて山に登り、一本ずつ植えたのだろう。

その積み重ねが今の美しさを作り出してくれているのだろう。このことと同じテーマで、中国の万里の長城のことを歌い上げた、長谷川きよしさんの「城壁」を久しぶりに聞きたくなった。

どっかにテープがあると思うが、捜すのは面倒だ。CDを注文し直そう。インターネットでピョン。便利な時代だ。

            ◆

琵琶湖は冬の空になりつつある。その空から光が差し込み、美しく輝いている。
光の琵琶湖である。

Jpg

2007/11/21

人の皮膚から「万能細胞」

本日、本学は推薦入試の試験日。
試験監督と採点だ。
大学に向かう前に、チェックしていたらとんでもないニュースが。
これが追試されて本当になれば、すごいことだ。
いやあ、すごい。

引用開始 ーーーーーーーーーー


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071121-00000000-kyt-l26

人の皮膚から「万能細胞」 京大グループら作成成功

11月21日9時9分配信 京都新聞

人の体細胞からできたiPS細胞=山中教授提供
 京都大物質−細胞統合システム拠点の山中伸弥教授らの研究グループが、体細胞を遺伝子操作してさまざまな細胞になる能力を持たせた多能性幹細胞「iPS細胞」を、人の細胞で作ることに成功し、米科学誌「セル」電子版で20日発表した。
 患者自身の細胞を用いた脊髄(せきずい)損傷などの細胞移植治療の実現に向け、大きな一歩となる成果。同日、米国の別の研究グループも米科学誌サイエンスでヒトiPS細胞の作成を報告、研究競争のさらなる激化は必至だ。
 山中教授は昨年、世界で初めてマウスでiPS細胞の作成に成功した。今回、マウスで用いたのと同種の4つの遺伝子をヒトの皮膚の繊維芽細胞にウイルスを使って導入したところ、さまざまな細胞に分化可能なES(胚(はい)性幹)細胞と、形態や増殖能、遺伝子発現パターンそれぞれで極めてよく似たヒトiPS細胞の作成に成功した。この細胞を培養すると、神経や筋肉組織などのほか、鼓動する心筋細胞や、腸管様組織になった。
 作成に受精卵を用いるES細胞と比べ、iPS細胞は自分の体細胞から作ることができ、倫理的問題や他人の細胞で起きる拒絶反応も少ないことから、再生医療への応用が期待されている。脊髄損傷や心不全、糖尿病などの治療のほか、病因の解明や新薬開発のための実験用細胞としても期待を集めている。
 山中教授は「今回の報告で、さらに研究のスピードが上がるだろう。ウイルスを使わない作成手法や、ES細胞との比較研究を進め、ES細胞に代わることのできるiPS細胞を作りたい」と話している。

 ■臨床応用へ 安全性が課題
 世界の研究者が先陣を争っていた「ヒトiPS細胞」の作成に、山中教授と米国のグループが成功した。体細胞由来の万能細胞の実現が有望になり、再生医療への応用に向け研究が加速しそうだ。
 ヒトiPS細胞ができたことで、次の目標は、ES細胞との比較や導入遺伝子の検討によりES細胞と同等の能力を実証することと、遺伝子導入に用いるレトロウイルス以外のより安全な作成法の開発になる。ES細胞を神経や心筋などに分化させる研究は成果を積み重ねており、iPS細胞の分化の研究も急速に進みそうだ。ESからiPSへ、研究の重心は確実に動くだろう。
 臨床応用が目標の研究もすでに始まっている。山中教授と慶応大の岡野栄之教授らは、脊髄損傷モデルマウスにiPS細胞を注射すると機能の一部が回復することを確認した。安全性が今後の大きな課題となる。
 日本の幹細胞研究のあり方も問われている。山中教授と同時にサイエンスで発表したのは、世界で初めてヒトES細胞を作ったウィスコンシン大のジェームス・トムソン教授ら。「世界初」を独占させないよう、急きょ発表が前倒しされた。競争の激しさが分かる。
 米国は国や州が幹細胞研究に多額の資金を投入、主要な大学には幹細胞研究センターが設置され、多様な分野の研究者が集まっている。ES細胞よりも制約が少ないため、iPS細胞の研究者はさらに増えるという。
 山中教授も今年七月に米国の大学内に研究室を開設し、日本では認可が難しく実質的に不可能なES細胞との比較研究を進めているが、「個人ではどうにもならない。iPS細胞は日本で生まれたのに、このままでは全部持ち去られてしまう」(山中教授)と危機感を抱く。日本の研究者が切り開いたiPS細胞研究を日本で進められるのか。中核組織や研究事業の立ち上げなど、国の機動的な対応が問われている。

引用終了 ーーーーーーーーーー

私の人生のうちに実用化は間に合うかなあ(^^)。

2007/11/20

【結論】

娘を抱えて、私は考え込んだ。
(目に入れるっていったって、いったいどこをどうやって入れれば良いんだ?)

            ◆

入れやすいのは、指である。これなら入れることは可能である。しかし、これは娘を入れたと言うよりは娘の指を入れたという方が正しく、かわいい子を目の中に入れても痛くないというのとは、かなり違うと思えた。

それなら、足の指から入れるか。足からなら全身を目で受け止めるとういイメージとしても「あり」である。幸いにして娘はまだまだ軽い。十分に持ち上げることが出来る。しかし、持ち上げると乳児特有の原始歩行の名残か、はたまた嬉しいのか足をばたばたさせて、入れることは難しい。

            ◆

そこで、一番入れやすい方法を採ることにした。私は右手でお尻を抱えて左手で首を押さえるようにして娘を抱える。だから、私の目に近いのは、娘の顔、おでこである。そこで娘のおでこに狙いを定めて、私の目に入れてみることにした。

そーっと、そーっと近づける。
娘は嬉しそうに、また何があるのか分からないままきょとんとしている。
一瞬
(ん? これは児童虐待か?)
とも思った。
それは拙い。

そこで「児童虐待の防止等に関する法律」を確認する。

引用開始 ーーーーーーーーーー

(児童虐待の定義)
 第二条
 「この法律において『児童虐待』とは、保護者がその監護する児童に対し、次に掲げる行為をすることをいう。
  一 児童の身体に外傷が生じ、又はおそれのある暴行を加えること。
  ニ 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
  三 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他の
    保護者としての監護を著しく怠ること。

引用終了 ーーーーーーーーーー

「児童の身体に外傷が生じ」とあるが、外傷が生じる可能性はむしろ私の方にあるわけで、大丈夫であろうと判断した。

            ◆

さあ、いよいよである。
娘のおでこを私の目の中に入れる。
そーっと、そーっと。


あれ?
痛くない。

            ◆

痛くないのである。
何回かやってみたが、痛くないのである。
当初の予測では、痛くて痛くて、やはりこの言葉は、間違っているということになるものだった。ところが、痛くない。

うーむ。

娘を良く見た。
分かった。
娘のおでこには、産毛が一定方向に向かって横に生えており、その産毛がクッションとなって目に触れていたのだ。

【結論】
「かわいい子は目に入れても痛くない」は正しい。
そして、この言葉は、私にとっては諺ではなくて、故事成語となったのである。

できないことをする

できないことをする。

これが人生でやること、人類がやることの大きな目標のひとつであると思う。鳥が空を飛ぶのを見て、
(うしゃあ、飛んでやる)
と何人もの挑戦者がチャレンジして、時には命を失ったりしながら、空を飛ぶということを手に入れてきた。

            ◆

若い頃の無鉄砲さというか、好奇心の強さは「今、自分に出来ないことを出来るようにする」ことに力を注いでいたように思う。

ギターのFコードが弾けないのを直し、音痴を直し、ひらがなが上手く書けないのを直し、モトクロスでジャンプが決まらないのを直し、家に帰ったら手を洗ってうがいするのが出来ないのを直しとそんなことの繰り返しであったと思う。

ところが、最近違うなあと思うことがある。

            ◆

「今、自分に出来ないことを出来るようにする」と字面は似ているのだが、「今しか、出来ないことを出来るようにする」である。これをどう思うか。

一見すると逆のことのようにも見える。思いついた当初はそう思っていた。しかし、よく考えるとそれも少し違う。

実は、「今しか、出来ないことを出来るようにする」の延長に「今、自分に出来ないことを出来るようにする」があると思うのだ。

生きると言うことは、過程の連続であって、結果の連続ではないと思うようになったこともあるかな。結果の連続と考えると、今の自分との変化の差を常に意識することになるが、過程の連続と考えると、変化は結果でしかない。そして、過程を重視しなければ変化はない。

その過程も「湯船の法則」のように閾値を念頭に入れたものであるから、安心して「今しか、出来ないことを出来るようにする」ことに集中できる。

            ◆

私の感覚では、これは「コツコツ努力をする」ということとはちょっと違う感じである。これは勉強と学びの違いにも通じる話だろう。これについては、もう少し考えてみよう。

2007/11/18

かわいい子は目の中に入れても

「急がば回れ」という言葉は、諺だと思っていた。しかし、これは故事成語であった。
http://gogen-allguide.com/i/isogabamaware.html

それを知ったのは、去年のことである。いくつになっても新しいことを知るというのは楽しい。それも自分が正しいと思い込んでいた内容が違っていたのに気がつくのも楽しい。

            ◆

娘が生まれたということで、多くの方から言われる。
「池田さん、かわいい子は目の中に入れても痛くないでしょ」
私は、
『いやあ、流石に入れたら痛いでしょう(^^)』
と答えていた。

            ◆

所ジョージさんの名曲「春二番」には、以下の歌詞がある。ぼーっとしていると頭の中に流れてくる曲である。

引用開始 ーーーーーーーーーー

角の小池さんちにお嫁さんが来て
挨拶回りでうちにもやってきた
「つまらないものですが受け取ってください」
「つまらないものでは受け取れません」
その日小池さんは笑っていたけど、
次の日ゴミ置き場を見て泣いていた
心の片隅に春が来て
ついでに頭の片隅がコブラツイストの弓矢固め
まして春は山に来た野にも来た

引用終了 ーーーーーーーーーー

名曲だ。
で、「つまらないものですが受け取ってください」「つまらないものでは受け取れません」が秀逸なのだが、果たして本当に「かわいい子は目に入れても痛くない」のであろうかという疑問が、この歌とともに浮かんできた。

            ◆

東海林さだおさんの『たこの丸かじり』という珠玉の名エッセイには、「キャットフードを食べる」というものがあった。グルメで名文家の東海林さんの全エネルギーを注いだ文章がある。

東海林さんがどのようにしたのか。もちろん実験したのである。

            ◆

さて、私は文章修行の身である。国語の教師でもある。諺なのか故事成語なのか、試さなければならないと、心の中の何かが叫んだのだ。

(かわいい子は、目に入れても痛くないのだろうか?)

以下、次号に続く。(をを、初めてのパターンだ)

みなさんも、実験をどうぞ。


命の洗濯であった

本日大津市民は、市の文化財の入場料がタダになる日である。
私は、比叡山に登った。

こちらにきて、実はまだ比叡山に行ったことはなかったのだ。情報によると紅葉もいいとのこと。午前中、出掛けてきた。

            ◆

根本中堂は、たぶん二回目だと思う。
一度比叡山に来たことがあるなと思った。
あの坂道を見て思った。

根本中堂は、参拝者の位置よりも読経をあげるお坊さんの位置の方が下にあると言う非常に珍しい配置。この季節は寒いだろうなあ。

文殊菩薩を祀っているところにも出向いて、しっかりとあれこれお願いした。
やっぱ大事だからねえ。

            ◆

紅葉は思ったほどでもなかった。やはり、京都市内の方が見事である。
しかし、この比叡山から見える景色は絶景であった。
琵琶湖と京都市内の両方が見えるのだ。

比叡山ドライブウエイはちょっと値段が張るが、あの見晴らしを思えば許せる。
さすがのCaplioR6の広角でも収まりきれず、動画に収めた。
下にあるのは、琵琶湖の風景である。

「frommthieibiwalake.AVI」をダウンロード

            ◆

命の洗濯であった。

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