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2007/12/29

"The Koln Concert"

Keith Jarrett "The Koln Concert" である。
年末、寒い日。
曇り時々雨。
こんな日は、"The Koln Concert" である。
今日も半分飛行船である。

            ◆

娘の寝顔を見ながら、年賀状書きの準備。
食洗器の規則的な水流のリズムが、娘の寝息とシンクロする。

Earl Klugh "Julie"。
晴れた日曜日の午前中の曲かと思っていたら、なんとこんな日にも合うもんだね。

寝ていると起こして抱っこしたくなる。抱っこしてぐずると寝かせなければなと思う。この子の頭の中はいま、どうなっているんだろうなあ。せめて、良い曲を流し続けてあげよう。

抱っこももう良いだろうと思って、ベビーベッドの方に歩き出すと、「ふぎゃー」っと泣き出す。す、鋭い。私が寝かせようと思っているのを歩く角度で理解している。うーん、賢い。

はいはい、もう少し抱っこしながらEarl Klughを聞きましょう。

            ◆

明日は雪の予報。
琵琶湖は、日本海の気候なので北陸の予報を見なければならない。大雪。

どうしようかと思っていたが、良い機会である。スタッドレスタイヤに履き替えることにした。ブリザックをチョイス。アスファルトの上では特にカーブでグニャリとする感じがあるが、ここが雪に絡むのだろうなあ。直進安定性ではサマータイヤと特に違いは感じられない。

さて、明日の雪が楽しみである(^^)。

大津は大雨

私は「お笑い教師同盟」に参加している。参加しているメンバーは、漫才系と落語系に好みが分かれている。現在の主勢力は漫才系だが、私は落語系だ。「タイガー&ドラゴン」は勿論十分に楽しんだが、いまは「ちりとてちん」である。

ドラマ開始時は、和久井映見の演じる母親がベタベタすぎてちょっと見る気がしなかったのだが、このところ面白い。というか、泣ける。いろいろな事件があるのだが、その解決の際の台詞がいかにも落語っぽくて、泣ける。

昼ご飯を食べながら、再放送を見て
(うーん、やっぱり落語はいいなあ)
と思うのであった。

            ◆

昨日買った嫁入り道具だが、深刻なことに気がついた。

(嫁入り道具に持たせたら、うち等のものはどうなる? それに上手く成長しなかったらどうする? さらに嫁に行って無くなったら悲しくなるよな)

ということに気がつき、もうひとつ買いに行った。バカである。
しかし、これで安心だ。やはりバカである。

            ◆

午後から研究室で論文の仕事を進める。

ほぼ、最終段階に入っているのであるが、論文なんてそこから豪快に崩れることもあるから慎重に慎重に進めるしかない。プリントアウトして、これから最終校正である。授業の始まる前になんとかしたいなあ。

            ◆

大津は大雨。
車のウインドウを叩く大粒の雨。

年末の夜の大雨は、なんとも切なくなる。
雪になるのかならないのか。
何かをし残したのではないかと、思わず帰路を急いでしまいそうになる。
いかんいかん。こういう時こそ安全運転だ。

            ◆

明後日は雪になるとの予報。

2007/12/28

ああ、たしかに近代は後期に

朝起きると、琵琶湖には一面の霧。青空と雲の琵琶湖も奇麗だ。が、対岸の全く見えない琵琶湖は、空に浮かんでいるようで奇麗だ。少しずつ太陽が差してくるが光は霧の中で乱反射して、ますます霧。

琵琶湖を巡る客船に乗っているかのような我が家だが、飛行船であったことも発覚。この光景は珍しかったらしく、夜のNHK9時からの全国版のニュースでも放映されていた。

            ◆

授業が終わったので、頭をリフレッシュするために軽い本を読んでいる。「2ちゃんねる新書」である。下らない話も多いが、笑える話やちょっとジンと来る話も載っている。

嘗て、私が中高生の時にあれだけ盛り上がったラジオの深夜番組。いまは、聞く意欲も湧かないが、たまに聞くとあの時のエネルギーが感じられない。「あおい君とさとう君」「たむたむたいむ」ときて、セイヤングにするかオールナイトニッポンにするかと悩みながら、曜日と時間帯でチューニングしていたのが懐かしい。

あの時代の深夜番組は、おそらく当時の大学生が文化を創っていたのではないかと思う。まだ大学進学率が20%に届くか届かないかの頃である。ブラックジョークは中学生には分からなくて、でもスタジオは大笑いで。そんな文化格差がはっきりと感じられた番組だった。

その深夜番組のエネルギーは、どこにいったのだろうか。私はその一部は2ちゃんねるに流れていると思っている。そして、この「2ちゃんねる新書」などを読んでいると、

(ああ、たしかに近代は後期に移ったんだよなあ)

と思うし、だから「学び合いは」成立するんだよなあとも思う。
近代後期、またはポストモダンの大学全入時代における教員養成とはなんだろうかなんてことを、あれこれと考える。

            ◆

午後から、年末年始のお買い物である。奥さんと娘と一緒に京都市内に出掛ける。寺町通りで車をとめたところ、見覚えのある姿。なんと本学の猪熊先生である。びっくり。慌ててご挨拶。なんかご縁があるなあ。

先生は嘗てこの辺りに住まいされていたとのこと。そして、美味しいお店を教えてくださった。グルメの猪熊先生なのである。

さらに、今年の福玉も購入。娘の生まれ年の福玉だ。
何が入っているかなあ。

            ◆

そして、嫁入り道具も購入。
実に気の早い私である。
いやなに、前から欲しいと思っていた生活必需品があったのだが、これが異様に高い。2人のために買うのはもったいないと思っていたのだが、ふと閃く。

(そうだ、これを嫁入り道具にしよう)

その道具は使い込めば使い込むほど、良くなる。
だから、これから二十数年間使い込んで、良くなったところで娘に嫁入り道具として持たせようということになったのだ。

時間をかけて道具を育てようと思ったのだ。
娘と一緒に育つのを楽しみにしたいと思ったのだ。

            ◆

年賀状のデザインもやっと決まり、印刷。
大津市内でさらに引っ越ししたので、その住所をお知らせしなければならないし、中には娘が生まれたのを知らない方もいるはず。サプライズの年賀状になるだろうなあ(^^)。

            ◆

京都市内、祇園辺りはすっかり新年の準備が整っておりました。

2007/12/26

『痛くありませんように』

朝のミルクのあと、私は少し娘のお相手をする。その後、娘はもう一度眠りにつく。なんとも言えず平和だ。平和なのはいいが、流石の読書の量が減っているので朝風呂につかりながら本を読む。うーん、贅沢。

Bluel


            ◆

研究室に向かい、あれやこれやと事務仕事。
本当は論文に取りかかりたいのだが、それをする前にすることがあれこれ。でも、これを終わらせてしまわないとねえ。

研究室の大掃除はいつになるやら。

            ◆

研究室の前の教室では、学生が私の出した課題をやっている。教育実習1の課題である。簡単な課題である。「実習校の時間割に従って、一日中立っていること。その内、2時間は実際に授業をする教科の教科書を声を出して読むこと」である。

大学生の若さの持つ体力と、授業で使う体力は別のものである。立っているのがどのぐらい体力が必要なのか、さらに、楽に立つとはどのようなことなのかを、体を持って体験する課題である。教育実習は、これが最低2週間続く。授業に即した自分の体に気がついておく必要がある。

            ◆

娘は本日予防接種。BCGだ。家を出がけに
『痛くありませんように』
とお祈りをしてきた。バカである。

でも、このお祈りが聞いたのかどうか非常に上機嫌で完了のこと。
良かった良かった。

            ◆

で、息抜きに年賀状を作る。今年の主役は当然、娘。だが、娘だけの写真はやめようと奥さんと話していた。私が年賀状を出す相手は、私との関係で年賀状を出しているのであって、娘との関係で出しているのではない。娘は主役であるが、本来脇役なのである。だから、娘だけの写真はやめようということにしている。

9月から撮り貯めた写真を改めて見直して、ため息が出た。
(こんなに成長していたんだ)
と。

あんなに可愛いと思った写真が、
(おい、これは人間か?)
と思わず言ってしまうようなものもあって、大変であった。
(ああ、大きくなったんだなあ)
と言う思いと、
(ちょっと待て。いま可愛いと思っていても半年後には・・・)
とかね。

とまれ、なんとか出来上がりそうだ。

            ◆

しかし、論文はいつ仕上がるのか。

竹内ゼミだったみなさんへ

国学院大学文学部、竹内ゼミだったみなさんへ

お世話になりました竹内常一先生が、今年度で大学の授業をすべてご勇退されることになりました。当時も有り難い教えを頂きましたが、今になってもやっぱり有り難い教えを頂いている先生に、最後のお願いとして私達に授業をして頂けることになりました。

詳しいことはご案内のはがき等でお知らせいたしますが、私のブログを見ていただいている関係者には、いち早く日程をお知らせいたします。

日時:平成20年2月16日(土)の午後
会場:国学院大学新館 有栖川記念ホール

を予定しております。
スケジュールを空けておいてくださいね。
よろしくお願いいたします。


明らかにここに違いが

「明らかにここに違いがありますね。いつからなのでしょうかね」

            ◆

関西ネタ研の懇親会で、京都教育大学の学生さん一人と、澤田先生とD高校の先生と私で飲んでいる時に、澤田先生が呟いた。

何かと言うと、京都教育大学の学生さんが、
「京都橘大学の学生さんは、いいですね。こんなことを教えて頂けるのですね。うちの大学にもあれば良いのに。なんで教えてくれないのだろう」
という話をした時に、
『え? 教えてくれなければできないと思っているの? 教えてくれなければ自分で学べばいいじゃん。教わるのがいいなら、教えてくださる先生をよんでくれば良いじゃん』
と私が言ったときに、言われた台詞だ。

            ◆

京都橘大学の教員としては、「京都橘大学の学生さんは、いいですね。こんなことを教えて頂けるのですね」と言われるのは、ま、嬉しい。だが、教師を目指そうとする学生がこう言い切ってなにも不思議に思わないのが、ちょっと恐ろしい。

世の中に存在することは、教われば全て身に付くと思っているのだろうか。教わることよりも学ぶことの方が多いと言うことは分かっていないのだろうか。こうなると、
「私が勉強を出来ないのは、教えてくれない先生が悪い」
ということになる。

確かに先生の仕事は教えることでもあるが、もっと大事なのは自らが学ぼうとする人間を育てることである。「私が勉強を出来ないのは、教えてくれない先生が悪い」という価値観を持ったまま教師になると、子どもや保護者に「私(私の子ども)が勉強を出来ないのは、教えてくれない先生が悪い」
と言われたら、切り返す言葉を持てない。「そうです。私の教え方が悪いのです。すみません」となる。

            ◆

私達の時代は、教師に対して半分尊敬、半分反抗というスタンスでいたと思う。もちろん、表立って反抗しないが
(本当は違うんじゃネーの)
と思って、自分であれこれやっていた。

新しいものを習わなくたって、今まで習ったことや自分で考えたことでなんとか新しいことをやっていた。音痴だった私が音痴がを直したのも、誰に教わって直したんじゃない。自分で練習方法を考えて直した。

目の前に現れる子どもたちは多様である。理論を十分に学んだ上であっても個別に対応しなければならないことが山ほどある。その時に、そのやり方を教えてくれる人は、まあ、運が良ければ同僚がいる。サークルに行って聞くこともできる。しかし、まずは担任である自分が考えなければならない。そのために、自分で学ぶということを手に入れていないと大変なわけだ。

            ◆

冒頭の澤田先生の呟きは、教えてもらえなければ自分でやれば良いと当たり前のように思っている人たちと、教えてくれなければ出来ないと思っている人たちに違いがあり、いつのころからかこの差がはっきりとしてきているというのだ。私もそう思っていた。

教えてくれなければ出来ないなんて、自分の人生は教わるもんだと思っているのだろうか。作り出すものだと思っていないのだろうか。前者だとすればもったいないなあ。

紅茶で小さく寛ぐ

午前中は、学科の会議。
今年の今までの成果とこれからの方向性の確認。
あれこれと語りながら、自分たちがやってきたことの意味と、これからの課題を見つめ直す。
ひえ〜と考えるか、うしゃあと考えるか。
うしゃあである。

            ◆

午後は、大学の全教職員が集まって今後の大学の進む方向性の確認を行う。非常に勉強になる。そして、京都橘大学で仕事をすることについて、うしゃあという思いになる。今はどこの大学も大変な時代である。だからこそ、きちんとした仕事をしようということなのだが、新理事長の明確な方向性の提示で、うしゃあとなる。

その方向性に向けて、よりよい授業を作りたいなあと思うのであった。

            ◆

研究室の大掃除や事務の仕事をしようと思っていたら、学科の先生から声がかかった。
「学科のお疲れさまの会をしませんか?」
とのこと。
クリスマスケーキを買ってきてくださっていて、紅茶で小さく寛ぐ。これが大事だよね。年末年始の予定等を話して、駆け抜けてきた8ヶ月の労をお互いにねぎらう。

            ◆

さ、明日からは正月の準備だ。

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2007/12/25

「明日の教室」今後の予定

「明日の教室」今後の予定

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さあ、みなさん、大変です。
「明日の教室」ですが、来年は1月を休んで、2/2にお年玉企画で、上越教育大学の西川純先生にお越し願います。

これからの日本の教育を支えて行く若手の教師の皆さんに、必須の考え方「学び合い」について西川先生にたっぷり語って頂きます。みなさんの質問に答えて頂きます。

            ◆

さらにみなさん、大変です。
3月は、3/15に糸井先生と池田でやりますが、その後の4月と5月は、「明日の教室」二年目突入記念ということで、平田オリザさんと野口芳宏先生にお越し願います。

平田オリザさんは、4/19。野口芳宏先生は、5/10です。スケジュールを空けておいてください。

            ◆

「明日の教室」に参加されているみなさん、私のブログを見ていてくださっているみなさんに、事前のお知らせです。申し込みは年明けになりますが、ご期待ください。

「クリスマス断食」

家族で過ごすクリスマス。

日中は、近くのレストランのガーデンまで娘を抱えて散歩。
時雨れた空模様は、奇麗な虹をプレゼントしてくれた。
ランチとディナーの間の時間値だけに、お気に入りのガーデンにはお客さんはいない。
貸し切りである。
琵琶湖を目の前にして、ひなたぼっこ。

夜は娘に、初めてのプレゼントを渡し、生まれて来てくれたことに感謝。
当然娘は、なんのこっちゃという顔をしている。
ただ、抱っこをしてくれることを一番の喜びにしている。

            ◆

サラリーマン、家族、恋人、友人と、日本のクリスマスの対象は変わって来た。今は、仲間なのだろうか。私の青春時代は、ユーミンによる恋人のクリスマスが全盛であったが、バブルの崩壊とともになくなっていったなあと感じている。

思うに、クリスチャンではない私がクリスマスを楽しむのは、美味しいものを食べられる、プレゼントをもらえるということがメインであった。そして、それを楽しむのだから固いことを言わずにやればいいと思っていた。

が、このごろ思うのは
(クリスマスがなかった頃の,日本の年末はどんなんだったかなあ)
ということだ。

今は、25日になると一気にスーパーは年末、年始の模様に変わる。昨日までジングルベルだったのにだ。だけど、嘗ての日本は、クリスマスがなくて、じわじわと年末が過ぎ、新年を迎えることになったのだろう。それを、私は実感どころか、イメージすることもできない。

どんなんだったのかなあ。
「クリスマス断食」でもやってみっか。

            ◆

日本の文化をもう一度考えている年末である。

2007/12/24

それでも爽やかな顔

大阪は上本町にある「たかつガーデン」で開かれる、関西ネタ研究会で講演をと言われて出掛けて行く。三連休の中日にも関わらず、70人ぐらいの先生方参加。

久しぶりに国語の話をしてくれとのご依頼。「漢字と作文の指導」について話す。『こんな時どう言い返す』のイメージが強いのか、国語の教師ということよりも生活指導、または特別活動の教師という思われ方をしている最近の私である。あ、最近でもないかf(^^;。

「わくわく授業」で作文の授業を行ったが、その時も
「え? 池田さんて作文の授業もできるの?」
と数カ所で言われた。誤解される私である。

でも、会場にいらっしゃったガハハさんにはお褒めの言葉を頂いた。
ね、わたし、国語の教師でしょ(^^)。

            ◆

この研究会では、久しぶりに昔の仲間とあった。もう10年以上前にであった吉水先生である。当時彼は、大阪教育大学付属天王寺中高で社会科の先生をされていた。ディベートで知り合った先生だ。私と、彼と、筑田先生は同じ年と言うこともあって、ディベート関係では仲良くしてもらっていた。

その後、彼は岐阜の大学の先生になり、いまは兵庫の大学の先生になった。私も京都の大学の先生になったので、一緒に食事でもという話をしつつ、思った以上に忙しい大学の仕事に追われて、なかなか合う機会も作れないでいた。

            ◆

久しぶりに会って、いきなり昔に戻る感じであれこれと話した。大学での授業の仕方、生徒指導のあれこれ。いやあ、同級生っていいなあ。同じようなことに対して同じように厳しく指導している大学の先生がいる。

彼も元が中学校なので、授業や学生に対する視点や角度が、私と同じ部分が多く
『そうだよね。やっぱり、それでなくちゃダメだよなあ』
と意見が合う。読んでいる本も同じだったりして大笑いであった(^^)。

いいなあ、有り難いなあ。またこういう時間が作れたら嬉しいなあ。

            ◆

そして、もう一人澤田先生。私が出た「わくわく授業」を作ったディレクターさんが、京都でもう一本「わくわく授業」を作ったのだが、その巻の先生である。現在京都市教育委員会に勤務されている。

澤田先生とも、私が京都に来てからとあるところで出会って、楽しい時間を過ごさせてもらっている。

その澤田先生のご発表も伺う。
何回お話を伺っても凄い先生だと思う。
(オレには出来ねーな)
と思う。
そして、
(じゃあ、オレに出来ることは何か)
とも思う。
(しょうがねーじゃんか、オレはオレとして生まれて育ってしまっているんだから。他の人がやっている凄いことは、その人に任せてオレができることをやるしかないよな)
とも思う。

本当に、つくづく人から学ぶことの出来ないオレだと思う。だけど、
(オレだったらどうする)
と考え、
(オレはこのやり方をする)
とすることの方が、私には合っていると思っている。凄い実践を見ながら、読みながらそんなことを考えてきたし、これからも考えて行くのだと思う。

            ◆

お二人に共通していることがある。
お二人とも、良い顔をしているのである。もともと良い顔なのだが、修羅場をくぐってきてそれでも爽やかな顔なのである。かくありたいと思う。

            ◆

それにしても。

特に何かおまじないをしていることもないが、こうして自分にいろいろなご縁が広がって行くことに、喜びを感じるなあ。五年前には考えることもできなかったが、しかし、五年前にあれこれやっていたこと、十年前にあれこれやっていたことが、今のご縁を産んでいるのは間違いない。

そう思うと、いまあれこれやっている面倒くさいことも、かったるいことも、しんどいことも、もうちょっとやって見ようかと思う。それがこの先の五年後、十年後のご縁に繋がるのだろうなあと思うからだ。

            ◆

楽しいお酒も飲んで、良い一日だった。

娘のあたたかさを抱きしめる

一日自宅で娘の面倒を見て過ごす。出来る限り、一週間に一回は私が面倒を見て奥さんが自由に使える時間を半日でも設定してあげたいなあと思うわけである。奥さんは、クリスマスと正月の準備。ありがたいことだ。

何をするわけでもない。ミルクをあげておしめを替えるだけである。そして、泣いたらあやし、眠そうになったら一緒に添い寝をする。それだけである。ちなみに昨日は随分一緒に寝た。寝ながらアヴァンティを聞いて
(ん、取手さんは上手く行ったのね。ジョンレノンの曲が掛かっているなあ)
なんて思いながら、うとうとしていた。

            ◆

娘はこのごろ随分と喋るようになった。
相変わらず喃語だが、音素数が明らかに増えている。そして、突然大きな声で叫ぶこともある。何事かと思うのだが、嬉しそうに私には見えない何ものかに向かって、一生懸命お話をしている。

その姿が可愛いので、読みかけの本をテーブルに置いて娘のところに歩いて行く。すると、娘は私に気がつき、満面の笑顔で迎えてくれる。思わず涙が出そうになる。

『よーし、じゃあ抱っこだな』

と抱っこをする。と、私なんかすっかり忘れて部屋の中をきょろきょろ。目に見える全てのものが珍しいのだろう。まあいい。娘のあたたかさを抱きしめるだけで、私はいいと思う。

            ◆

明日は、大阪で90分の講演。
これで、年内の外のお仕事はお仕舞いである。

ま、年明けすぐにまたお仕事がありますがf(^^;。

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