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2008/01/31

出前授業であった

昨日は、研究のあと高校で出前授業であった。
百人一首についてである。二時間の授業であったが、授業を作るにあたってなかなか面白い体験をしてきた。

詳しい事は書けないし、書かないが、この体験は大学の授業で活用できるなあと思った。メモとして残しておく。

            ◆

その後、研究室で事務仕事。
五時を過ぎてもまだ明るい。
いやあ、日が延びたなあ。

そろそろ旧正月である。

2008/01/30

Wii fitの話は、まだ続きます

NINTENDO Wii & Wii fitの話は、まだ続きます。

           ◆

私がファミコンに出会ったのは教師になった年である。
インベーダーゲームのように一回一回お金を入れないでもゲームが出来るなんて、羨ましいぞとも思っていた。

『あ〜、諸君。ファミコンにうつつを抜かしていると、試験勉強にならないぞ。なんなら私が預かってあげようか?』
と担任していた中学校一年生に話したところ、下宿に持ってきた生徒がいて
『ならば、接続してみるが良い』
なんて言って出会った。試験にならなかったのは私である。試験問題がなかなかできなかった。そのソフトは「ドラゴンクエスト3」であった。

分かっている人には要らない説明である。
若者が旅をしながら成長をすると言う話は、古今東西あらゆるところにある。桃太郎だって一寸法師だってそうだと言えばそうだ。このひな形の上にどのような装飾を加えて、オリジナリティを出して作るのかということである。

すぎやまこういち:音楽
鳥山明:キャラクターデザイン
堀井雄二:シナリオ

言わずと知れたドラゴンクエストに関わる三人の天才である。この三人の天才が多くの開発費と研究費と時間をかけて作る作品がドラゴンクエストである。

教室でつまらない顔をして授業を受けている子どもたちも、ドラクエの話になると目を課輝かせて喜ぶ。私は不遜なので

(ちくしょう)

と思った。

           ◆

この三人に勝てるわけがない。通常はそう思う。天才と資本力と専門家が団結して作り出す作品である。子どもたちが熱中して当たり前である。しかし、私は悔しかった。目の前で言葉の面白さについての授業をしているのに、子どもたちはモニターの中にあるドラクエに惹かれる。私は傲慢でもあるので、

(ライバルはドラクエ)

と決めて授業を作ろうと思った。

           ◆

ゲームのプログラムと言うのは残酷である。どんなに開発の資金と時間をかけたところで、完成した作品がつまらなければ、お仕舞いである。マニアに受けるプログラムがあろうがなんだろうが、マーケットにしている子どもたちに
「つまんない」
と思われればそれでお仕舞いである。
残酷である。

だから、面白さにかけては十分に研究されていると思う。私はその「面白さ」は何なのかをゲームをしながら考えていた。外側からは遊んでいるようにしか見えない。もちろん、遊んでいるんだけど、面白くなる度に
(ちくしょう。面白い)
と思いながらやっていた。

面白さの要素を分解し、国語の授業の文脈で構成しなおし、国語ならではのユニークネスを加え、一つのパッケージとして作り上げる事をいくつかの授業で意識した。私が作ってきたいくつかの授業は、そういう意味では一種の「本歌取り」だとも言えるだろう。

           ◆

映画、テレビ、ゲーム、CM、演劇、お笑。
その時代のタレント(才能)は、時代の流れに従って一カ所に集まる。
右目で不易を、左目で流行を見たい。それを授業に注ぎ込みたい。授業開発に取り組みたい。

筋肉痛と戦いながら、NINTENDO Wii & Wii fitで研究する私であった。

研究に勤しむ事にする

歯の治療が終わった。
この次は、年度あけにチェックに行けば良い。

ほんとうに、びっくりするぐらい調子が良い。こんなに歯の調子が良いのは、10年以上も前のことかもしれない。医療の進歩に感謝したい。そして、おそらく日本で一番安くしっかりと治療をしてくれる歯医者さんに、この関西の地で出会えた事も感謝したい。

バリバリ噛み砕いて食べるぞ。

           ◆

授業が終わったので、研究に勤しむ事にする。
いやあ、買ってしまった。NINTENDO Wii & Wii fitである。どこが研究なんだという突っ込みがあちらこちらからありそうだが、研究である。AAAとBBBとCCCに関する研究である。(AAAなどは企業秘密f(^^;。)

だいたいからして、研究には2種類あってみんながするものと、みんながしないものである。私がしてきたものは、ほとんどが後者である。前者であってもそれは、他の人がやらない方法でやってきた。なんとなれば、人がやっている事をやったって独創的なものにはならないからである。。

           ◆

夕ご飯を食べ終わってから早速実際にやってみる。
た、楽しい。楽しすぎる。

何が楽しいのかを振り返る余裕もなく、楽しい。
い、いかん。研究である。
客観的に記述しなければならない。

・段取りの心地よさ
・デフォルトの難易度の設定の上手さ
・意外性

これらはパッと感じられた。

さらにおもしろいなあと思ったが、通常はゲームをすればするほど、親等に怒られる構造になっているが、これはすればするほど誉められる構造になっている事だ。やっている時間が貯金されて、新しいゲームが追加されて行く。ドラゴンクエストの経験値の考え方をこのように展開しているのだ。

           ◆

この体感型のゲームは、もう20年近く前に鴻上尚史さんによって、予言されていた記憶がある。ドラゴンクエストと体感を結びつけるのである。逃げるボタンを押したら、シートの上で必死に走るのである。これは面白いと思った。そして、これはダンスダンスレボリューションへと結びつく。

任天堂では、エキサイトピンポンがあった。これもはまったなあ。全身筋肉痛になるぐらいやった。で、この実績を固めたのがこのWii fitであろう。任天堂そのものが経験値を重ねて、このWii fitに辿り着いたのだなあという思いである。売れるわけである。

           ◆

娘と遊ぶためには、体力である。
研究しつつ体力の向上であるf(^^;。

2008/01/29

児童教育学科の一年間の終業式

昨日で、2007年度の授業が全て終わった。

これからたっぷりと彼らのレポートや小論文や和綴じ本を読まなければならないが、授業は終わった。いつものように充実感ともうちょっと出来たのではないかという思いが交錯する。もう一歩彼ら彼女等に迫る事が出来れば、彼ら彼女等を高みに導く事が出来たのではないかという思いである。
(うーん、まあ、いいか)
と緩めてしまった場面がなかったとは言いきれない。これは私の人間性の弱さである。

緩めて学生が伸びる事はほとんどない。
反省点である。

            ◆

FDというものがあり、大学も授業の改革改善をすることになっている。授業を改善して行く事はとても大事だと思うが、私も宇佐美先生のようにFDについては批判的である。学生たちに授業の種や仕掛けが理解できるのか、教師が目指そうとしている到達点が授業を受けている彼ら彼女等に正当に理解できるのかと言うのは、甚だ疑問である。

10年後20年後に
(ああ、そうか)
と分かる内容を授業で展開されていると言う事を理解して評価できるのであろうか。分かりやすく授業をする事は大事である。しかし、分かる授業をするのは違うだろう。ここは大学である。分かった途端に学ばなくなることが多いのではないだろうか。

分からない私が分かるようになるのが、大事である。そのことで、学ばなければと思うようになるのではないだろうか。

            ◆

学生たちのアンケートにどんなことが書かれているのか、ちらっと読んでみても
(うーん、届いていないなあ)
という部分もある。しかし、匿名なので返答のしようがない。コミュニケーションとしては非常に居心地が悪い。

匿名の感想は、授業という場面では教育的ではないなあと思う。

            ◆

で、大人とは何かの授業を終えた。20年ぐらい考え続けているテーマであり、授業をしているテーマである。今年はこのテーマで2回授業をしたが、その2回の間にも授業の内容が深まっているのを私は感じている。

授業の時に使う資料や、展開、私のまとめの文言などに変化がある。これはテーマが面白いということもあるが、この授業のためにあれこれと準備をした結果であるとも思っている。今まで自分が行ってきた「大人とは何か」の授業を自分で批判的に見直し、さらにそこに新たな展開を加えて行く。これは大変だが面白く必要な作業。これがFDだろうと思っている。

            ◆

18:00からは児童教育学科の一年間の終業式を行う。栽培委員会というのがあり、野菜を育てていたのだが、この野菜にいろいろなものを足して鍋パーティを学科の学生と教員とで行う。生協を借りて行う。

いやあ、これが盛り上がった。
アルコールもなくこれだけ盛り上がれるのは、いい。これは、一年間が充実していた証拠であろう。ジュースで乾杯したあと、食事。そして、腕相撲大会をしてさらに「空も飛べるはず」をみんなで歌う。最後は、フォトストーリー3で作ったこの一年間のムービーを見る。

三日前に私が新入生キャンプ用にオリターたちに教えたところ、その技術を使ってあっというまにこの一年間の写真から振り返りようの作品を作ってしまった。

この行動力は素晴らしい。
(ああ、いろいろと必死に準備して良かったなあ)
と思えた。

『いやあ、いい一年でしたね。学生たち良い顔をしてる』
とある先生に私が言ったところ、
「池田さんの、あの新入生キャンプが良かったから、ここまで来れたんですよ」
と嬉しいことを言われた。半分お世辞だと分かっていても嬉しい。あのキャンプをそんな風に思ってくれる教員仲間がいてくれて幸せだ。

最後の最後に、集合写真を一枚。
28mmカメラはこういう時に役立つ。

Ikkisei


来年度も頑張れ。
来年度も頑張ろう。

            ◆

さあ、採点だ。

2008/01/27

気がつくと一月も終盤

気がつくと一月も終盤。いやあ、今月は忙しかった。
今週末は、忙中閑ありってところだろうか。

            ◆

正月に両親と弟家族を迎えたところから始まり、東京に2回出張。原稿の締切に悩まされ、大学の書類の締切にも追われ、四月からの企画の準備、明日の教室の準備、恩師の最終授業の会の準備。もちろん、通常の大学の授業もあった。

仕事は、仕込みと収穫のバランスが大事なわけだが、年度末はどのお仕事も同じように仕込みと収穫が同時にやってくる。目の前の仕事をうりゃうりゃうりゃあとやりながら、
(この仕事が三年後のあれにつながっているのね)
なんて思ったり、
(この仕事は将来の何に繋がっているのだろうかねえ)
と思ったりしながら、過ごす。

            ◆

その中で、娘の成長も日々目を見張るものがあり、感動が続いた。
寝返りをするようになり、ハ行で笑えるようになり、昨日は「ぷえ〜」なんて声を出していた。

時々女の子っぽい顔をしたり、時には女性らしい顔つきになったりして
(をを、我が家の男性はオレだけだ)
なんて思う事もあった。

            ◆

風呂に入って、読書をして、琵琶湖を眺めて、娘と一緒に昼寝をして。
そんな一日。

明日からはまた忙しくなる。

Biwako

狸の嫁入り

「近江は時雨れる」
と言われた事がある。しょっちゅうにわか雨が降るのだ。そのにわか雨が虹を生み出すのだ。が、この時期に時雨れると、雪になる。

時雨れながら雪と言う事は、晴れ間が結構ある。晴れながら降る雪「天気雪」である。これを「狸の嫁入り」ということがあるとかないとか。あわてて、雪の虹を探す。さすがに、雪には虹は出にくいようでまだ見た事はない。

この二三日天候は、ずっと狸の嫁入り状態である。
対岸の一つである大津プリンスホテルが、見えたり見えなかったりしつづけている。

            ◆

午後から、大学に行く。

研究室の掃除である。2/2に西川先生をお迎えするにあたって、あまりにも汚れすぎている。また、学生のレポートを読んで評価するにあたって、あまりにも汚れすぎている。

もともとだらしのない性格なので気がつくとあっという間に、散乱してしまうのだが、さすがにお客さんを迎えるのや、成績をつけるためには凛とした空間が必要である。

            ◆

研究室の窓からは、山科の町並みが見える。
が、ここも突然の狸の嫁入りである。

比叡山の裏表の関係で我が家と大学はある。だから、同じような天候になる。
一度、雪の中に掛かる虹を見てみたいなあと思いながら、研究室を掃除。

ふう。なんとか少し奇麗になったぞ。

2008/01/26

2/2 明日の教室 ご案内2

さ、いよいよ一週間後に迫ってまいりました。
西川純先生をお招きしての「明日の教室」です。
2/2です。

http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2008/01/22_4634.html

いつもの会場の定員は、あと10名となっております。
まだお申し込みでない方は、お早めにお申し込みくださいね。

ディベートを中心に行うこの授業

日本語コミュニケーション技術1の授業も終わった。ディベートを中心に行うこの授業である。この授業では、

1)個人戦 シナリオ方式のディベート
2)個人戦 改良シナリオ方式のディベート
3)団体戦 改良シナリオ方式のディベート
4)団体戦 新しい論題で立論づくりからのディベート

のように授業を展開し、小論文の書き方を教えて小論文でアフターディベートを行うという流れで15回行ってきた。

この授業では、ウォッチャーとしての受講生ではなく、プレーヤーとしての受講生である事を求めている。つまり、大学の授業の実技教科化である。授業に参加するためには、授業の前に十分な準備が必要になる。

この準備が学生たちの相当な負担になる。

            ◆

この授業は、金曜日の3限に行われていたが、多くの学生は木曜日の夜、最後の最後までメディアセンターのパソコンの前に座り、準備に準備を重ねていた。私から見ればまだまだの立論であったり、準備であったりする部分もあるが、授業開始時の学生たちの事を考えると、かなりの成長である。

めんどくさい事、しんどい事はしたくない。それは人間としてある本性でもある。面倒くさいから大変。しんどいから大変。そうである。

しかし、面倒くさいから面白い。大変だから力が付く。ということもあるのが事実である。ディベートの授業は、後者になることが多い。

ただ、授業の流れをきちんと考えないと、負担が多すぎて学習を投げ出す子どもたちが出てくるのも事実である。

その投げ出す学生の比率は、難しくなって行く具合と自分に力が付いて行く具合、仲間と心地よい関係が出来て行く具合、学習したいという意欲などのバランスで決まって行くと考えている。

ここは大学の授業であり、この授業は必修ではないのでこのバランスを上位層で保とうと考えて授業をしてきた。その結果20人が最後まで残って必死に取り組んでいた。

            ◆

ある学生の感想である。来年の受講生へのメッセージを課題とした。

引用開始 ーーーーーーーーーー

この日本語コミュニケーション技術の授業を取った後輩よ、あなた達はラッキーだ。この授業だけは友達が辞めたからって決して自分まで辞めるな!!
必ず自分の力になるから!!私はこの授業を受けたから分かる!!
あなた達は教師になりたいんだろう!?それなら絶対に受けきって欲しい。
それでも辞めそうになった友達がいたら必ず引き止めてあげて下さい。

この授業で得られるものはたくさんある。
メモする力、話す力、ジェスチャーする力、知識、論じ方…
ここでは列挙しきれない程ある。
今この授業を取ってる後輩よ、学ぶことはさらにたくさんのことがこの授業にはあるはずだ。池田先生は余談の中にも私たちに様々な情報を発信して下さる。それをどんどんメモして下さい。

この授業は自分がサボれば力は確実につかない。だが真剣に取り組めば確実に力はつく。
だから最後まで諦めず頑張れ!!
最後に予言します!!
今周りにいる仲間を見て下さい。これから助け合い切磋琢磨して成長していく仲間です。みんなは今より確実にこの仲間と仲良くなり必ず「こいつすげぇな」と思える仲間になるでしょう。

引用終了 ーーーーーーーーーー

            ◆

来年度は、この一期生が後輩のディベートのコーチになると良いなあ。

2008/01/25

一日家で仕事

一日家で仕事。
本を読み続ける。そして、残りの授業の構想を練り直す。

雪が降っている。
琵琶湖に降り続ける雪。
そして、そこに時々差す太陽の光。

音もなく、降り積もる事もなく、降り続ける雪。
比叡山から吹き下ろしてくる風がマンションに当たり、最上階まで吹き上げ雪を琵琶湖に吹き飛ばす。なかなか凄い景色である。

            ◆

昼ご飯は、浜大津のラーメン屋まで出掛ける。
スタッドレスタイヤを使いたかったのもあるf(^^;。

ガチンコラーメン道に出た事のあるこの店の近江塩ラーメンは、なかなか美味い。私が食べた塩ラーメンの中では三本指に入ると思う。時々無償に食べたくなる。650円も許せる。

            ◆

結局、外に買い物に行く事もなく、ずっと家で仕事。読書。
体の疲れが少し取れたかな。

さて、明日は積もっているかな?

2008/01/24

怪しい知恵を授ける

研究入門ゼミでは、和綴じ本の作り方を指導する。これはポートフォリオ学習を支えるツールとなる。折角京都の大学で学ぶのである。このような和物の知識を身につける事は意義があるだろう。

この作り方を教えながら、一時一事の原則や空白禁止の原則を教える。学生たちは、自分が指導する時のイメージを抱きながら作っていた。学ぶ者と指導する者の両面をいったりきたりしながら授業を受ける事が出来るようになってきた。良い事である。

            ◆

4限はスペシャル授業。来年度の新入生キャンプのオリターたちへの指導である。文学の全学科の全オリターたちに指導をした。オリターの意義は何か。オリターたちに期待する事は何か。さらに、新入生キャンプのまとめとして文学部全学科で作るフォトストーリー3を活用したまとめのムービーの作り方を指導した。

あまりにも簡単に作れるので、あっけにとられていた。
『みんなには、大変だったというんだよ』
と怪しい知恵を授ける。簡単に作れるというと感動が減るからなあf(^^;。

計画では文学部の全学科で、新入生キャンプの様子をこのソフトを使ってムービーを作成させる。いろいろと活用できるので、非常に楽しみである。

            ◆

このスペシャル授業を挟んで、学科の会議。来年度の事に関してあれこれ。あれこれ。そして、四月と五月の「明日の教室」に関して学科の後援を得る事が出来た。

これを受けて、早速ご案内のパンフレット作り。今回のものは大学近隣の学校にお誘いのDMを送る予定である。そのパンフレットを作ったのだ。常連さんには、事前にDMを送りますね。

            ◆

娘は、四ヶ月検診で予防接種も受ける。御陰さまで大きな問題もなく、順調に可愛いままで育つ。有り難い有り難い。

2008/01/23

相変わらず、授業は難しく面白い

うーむ。忙しい。
やっと分かったが、大学は1月から2月が忙しいのだ。

            ◆

いよいよ今年度最後の授業になって行く。昨日は国語科教育法であった。昨日は、評価と評定。後期に模擬授業で扱った内容を定期考査として問題作成。それを採点。そして、その素点を元に評定をしてみる。と言う流れで指導をしてきた。

            ◆

評価と評定の違いを説明し、相対評価と絶対評価の違いを確認し、作業を説明する。なんとなくは分かった顔をしているが、良くわからないと言うのが本音であろう。先生がどうやって成績をつけているのかなんて、通常の大学生は知らない。

実際に私が中学校で使っていた、エクセルの評定用のマクロを学生に渡してやっていく。エクセルであるから数字をいれて行けば何らかの答えは出る。しかし、どういう考え方に基づいてこれが行われているのかを理解しなければ、意味のない数字になってしまう。

学生たちは、こんなに面倒な作業を先生たちがしているのかと唖然であった。

            ◆

私は、評価・評定はざっくりと付けるのが良いと思っている。厳しくデータを取って付けてもそうでなくても、さほど変わらない。それに、5を取ってダメになる子どももいるし、1を取って良い結果を出す生徒もいるからだ。

第一希望の高校に入れて転けてしまう子どももいれば、第二希望で奮起して結果を出す子どももいる。レギュラーになってダメになる子どももいれば、補欠で人間性を磨く子どももいる。手にしたものをその後にどう活かすかが大事なのであって、その素材でしかないと思っている。

ディベートの試合でもある。勝っても充実感のない試合もあれば、負けてももの凄い充実感のある試合もある。

評定の前と評定の後に意味があるのだ。

            ◆

ではあるが、今は説明責任を問われる時代。データをきっちりと持っていないといろいろと大変な事にもなる。そんなことも話した。

また、
『生徒の個人データの入っている USBメモリースティックは、持ち歩かないように』
と注意。
『これを町中に落としたり、誰かに盗まれたら、相当の責任を取らされるぞ』
と。場合によっては懲戒免職になる。一本2億円相当のメモリースティックだ。怖い怖い。

            ◆

毎年授業の最後には、やりきった感とまだまだだったなあという思いがある。大学の授業は週に一回だから、届きにくい思いもある。
(ああ、この部分は彼には届いていないなあ)
(ここは彼女は受け入れ拒否をしているねえ)
と分かることもある。

だが、ここは中学校ではない。分からない事は、自分から授業中に質問するべきである。授業中に意見を言うべきである。そのように指示してある。機会も用意している。だから、私はそのような学生がいることが分かっていても深く突っ込まない。少なくとも教師を目指すのであれば、そうである。宇佐美寛先生の本を愛読する私は、この立場を取る。

            ◆

相変わらず、授業は難しく面白い。

2008/01/22

明け方、鈍器で頭を殴られる夢を見る

明け方、鈍器で頭を殴られる夢を見る。入院するのだが、そこにはいつも会いたくても会えない仲間たちがお見舞いにやってきてくれる。あっという間に治ってゆったりと風呂に入っている場面になったりする。
(たまには入院もいいものだ)
と思う。

なんて物騒でアホな夢なのだと思うのだが、おそらく原因は昨年の救急車による搬入事件(ブログ未公開)と、娘のパンチである。手を広げて寝る娘の左拳が私の後頭部に炸裂したのであろう。レム睡眠中の脳みそはその衝撃を瞬時に処理してそのようなストーリーを私の夢として具現化したのであろう。

            ◆

昨晩見たNHKスペシャルは、赤ちゃんの科学についてであった。生後間もない赤ちゃんから一歳になるまで脳の発達はどのような過程を経るのかについての番組であった。風邪気味で寝ようと思っていたのだが、見てしまった。

この内容は、多くは『赤ちゃん学を知っていますか?』(産經新聞「新・赤ちゃん学」取材班 新潮文庫)に書かれているものの映像資料と言って良いものであった。赤ちゃんの成長が二次関数的に伸びるものもあれば、途中で退行したりするものがあったりとあれこれ説明がされていた。

            ◆

「前にも説明したよね」

子どもの頃、先生に良く言われた。

その時には分かったのだが、今言われると分からないってなことを子どもの時に良く思ったものだ。だけど、「前にも説明された」記憶はあるので、自分が悪いと思い込んでしまう「健気な」私がいた。

おそらく、脳というのはそうやって分かったと忘れたと分かんないとを繰り返しながら、少しずつ成長していくのであろう。赤ちゃんが示しているものは、子どもの教育に関わるものに何らかのヒントを与えてくれていると思う。

一回言って分かる。そして、出来る。

そういう子どももいる。また、ある分野に関してはこれができる子どももいる。しかし、多くは一回言われて「え?」であり、分かっても出来ない。出来たと思い込んでいても出来ていない。そんなことの繰り返しなのであろう。それは、脳が急激な変化を嫌う性質でもあるからだと思っている。

急激な環境の変化に関して、保守的な姿勢を貫くのが脳である。急激な気温の変化に関してじっくりと対応する指令を出すから、人間は環境に適応しながら繁栄できたのだと思う。だから、人間の本来の機能としては、「前に言われた時には分かったけど、いまは何の事か分からない」というのは、当然なのだろう。

            ◆

だが、一方で人間は社会的な存在で、「前にも説明したよね」と一回説明を受けた事を忘れるなんてことは、あまり好ましい事ではない。だから、そうならないようにメモをとったり暗記したり、あれこれとするわけである。

てことは、教師は「前にも言った事はあるよね」と子どもに社会化された人間になる事を求めつつ、(ま、人間だからなあ)と心の中では思っているというスタンスであるべきなんだろうなあ。

            ◆

殴られながら夢に見ながら、何を考えているのだオレは。

2008/01/21

リズムよくやれればなあ

授業の準備、年度末の業績リスト作成、新年度の行事の準備、竹内常一先生の最終授業の会の準備等をしながら一日を過ごす。

こうなってくると速いマシーンが欲しくなる。ネット環境にしても画像処理にしても、文章作成にしてもロスが少なくなる快適な環境が欲しくなる。いや、今のままでもいいのだがやはり一度早い環境を知ってしまうとねえ。

            ◆

昼は娘を連れて近くのパスタ屋さんに家族で出掛ける。ミルクを先にあげて久しぶりに外食。外にいる時は泣かない娘と思って出掛ける。大正解。泣かない良い子であった。イカスミパスタを食す。

            ◆

奥さんは娘のひな人形を求めに京都市内に。私は娘の相手をしながら、ワープロに向かう。ボサノバとゆったりとしたジャズのCDを求めたので、交互に聞きながら研究室に行かなくても出来る部分を行う。

気になるのが空咳。
娘に移っている感じもするが、私の方が重傷。この一週間ぐらいずっと咳き込んでいる。味覚の感度も減少している。風邪かなあ。

今週は久しぶりに外に出て行う仕事がない。通常の仕事である。
リズムよくやれればなあと思う。

2008/01/20

一週間に一日ぐらいは

ひさしぶりにゆったりと午前中を過ごす。

ミルクを飲んでご機嫌の娘を抱っこしてベランダに出る。
朝日がドーンと射してくる。
その日差しを娘の背中に当たるようにする。
あたたかいなあ。

時々太陽の方に顔を向ける。
少し前までは、眩しすぎてすぐに顔を背けていたが今日は目を細めて見ている。
そうか、そんなところも成長したのだなあと思う。

その後、琵琶湖のビーチを散歩。
ヨットハーバーは人影もまばら。
娘と琵琶湖を独占である。
西大津万歳である。

            ◆

午後からは買い物に出掛ける。
近くの大津パルコ、大津西武で娘の服やらなんやらを買う。

外に出ると、娘はあれこれ見るのが楽しいらしくご機嫌である。
ぐずって泣くと言う事がない。
声を掛けてくる人には笑顔で対応し、疲れるとコテンと寝る。
まさに、姫である。

            ◆

家では、娘とおしゃべり。
「あー、あー」
「うー、うー」
と話してくるので、それに答えている。

一週間に一日ぐらいは、ただ娘と一緒に過ごす日があってもいいだろう。

2008/01/19

四月からのあれこれ

朝から和室に籠る。
琵琶湖から昇ってくる太陽が朝は和室まで届く。
その光からパワーを受けて、原稿に取り組む。

なんとか、午前中に書き上げる事が出来た。
ふう。
久しぶりに難儀した原稿だ。
「授業づくりネットワーク三月号」です。
良かったらお読みください。

            ◆

日本語コミュニケーション技術1では、導入でいろいろな話をしてしまった。ディベートと笑いの関係、笑いの三種類、はないちもんめの種類、はないちもんめの教育的価値、出会いにおけるご縁と祟りの関係・・・。いろいろなものが重なり合って世界を構築しているわけである。

その後、「書き込み回覧作文」で小論文を相互評価。このやり方は簡単なのに、効果がある。ということは学校教育現場向きである。学生たちにも非常に好評であった。

            ◆

キャリア開発演習2では、『おとなが子どもと出会うとき 子どもが世界を立ちあげるとき』(竹内常一 櫻井書店)を読み続けている。実に面白い本である。なかなか先に進めない。

少人数のゼミ形式で、学生の経験私の経験をテキストにぶつけながら読んでいる。テキストリーディングができるかどうかということは、資料分析にはとても重要だが、その力を育てているともいえる。

面白いなあ。

            ◆

授業後、四月からのあれこれについて、あれこれ話す。どうやったら一番いい方法で動けるのかを大学のスタッフに考えてもらった。ありがたい。

さらに、四月からのことをあれこれ。そして、事務をあれこれ。
あ、まだ、あの仕事が終わっていない。

明日だ。

2008/01/18

ナースでも雄叫びである

予約したホテルはチェックアウトが13:00だったので、部屋にこもってあれこれと事務仕事。13:00の五分前にチェックアウト。ふう、このパターンはありだな。

            ◆

ヨドバシカメラに立ち寄って、Mac book Airを物色する。16日にアナウンスされたMacのポータブルだ。16日に出ると予測されていて、私の次のマシーンとして考えていたもので、どんなものかと見に行く。

しかし、まだ現物は置いてなかった。がっかし。

さあ、このMac book Airどうするかなあ。
デザインは文句なしである。
すげーかっこいい。

だが、メインマシーンとして使うには、ちょっとスペックが物足りない。もちろん、今のiBookG4よりは良いのだが、どうせならCPUのクロック数とグラフィックカードやメモリの増設がもうちょっと出来る方が良い。Mac book proとしばらく比較を続ける日々になりそうだ。

            ◆

出産に関する事務手続きがあったので、久しぶりに娘が生まれた病院に行く。四ヶ月前、ここには毎日に通った。

大きく変わったところはなかった。むしろ、あの日がアリアリと蘇ってきてちょっと苦しくなった。会計を待つための座席には新生児を抱えたおばあさん。聞こえてくる会話から今日退院と言う事が分かる。そうかあ、退院か。

ふと思った。
やっぱり、ここはご挨拶をしておくべきであろう。
胸ポケットに入れてある最新の娘の写真の裏側にメッセージを書いて、産婦人科に行ってナースセンターに置いてこようと思った。

忙しいから担当のドクターやナースには会えないと思うが、ここまで大きくなりましたと一言御礼のメッセージを添えて写真を置いていく事にした。

            ◆

エレベーターを上ってナースセンターに顔を出したら、なんと担当のナースが勤務していた。
『あの、お世話になりました池田です』
「あ〜!」
ということで、覚えていてくださったようで、写真を手渡す。
「わ〜〜〜〜〜、可愛い!」
とナースセンターで雄叫びが上がる。ナースでも雄叫びである。
ナースセンター的にはいかがなものかと思うが、父として素直に嬉しい。

あのときちっこかった娘を大事にしてくださったみなさんに、今の娘をちょっと見てもらえただけであるが、ご挨拶も出来て良かった良かった。

            ◆

東京で新幹線に乗ったのが15:03
京都で湖西線に乗ったのが17:27
西大津に着いたのが17:38

ひえ〜2時間35分でついてしまった。はやい。最短であろう。
ではあるが、疲れは時間ではなく移動距離に応じて生まれる。折角富士山側の窓際の席に座れたのに、ちょうど富士山の傍を通過するとき、またしても爆睡。ああ。

            ◆

家に帰ると、娘が満面の笑みで迎えてくれた。もう、大喜びであった。私はそれ以上に大喜びで抱っこをする。そして、風呂に入れて食事をして、原稿に向かうのであった。25時過ぎまで唸るが、限界。

明日は、本当に書き上げるぞ。

2008/01/17

荒川区内の中学校で

荒川区の研修会、国語部会の講師として招聘があり、朝、新幹線に飛び乗る。
新幹線の中でしようと思った仕事を鞄から取り出そうとしたところで、寝てしまった。

気がついたら窓から海が見える。
熱海であった。
(熱海に来てね。聚楽よ〜)
というテーマが流れる。
ああ、仕事が終わらない。

            ◆

最初に荒川区内の中学校で特別に授業をさせて頂く。
久しぶりの中学生。
なんて可愛いんだろうと思う。

中学校三年生に、湯船の法則と漢字の学習の仕方について45分間。
お世辞もあるだろうが、校長先生に
「あんなに熱中した彼らを見た事はない」
と言って頂いた。

生活指導、クラブ指導、委員会指導、校務分掌などなどのそういうのを乗り越えて、授業を作る。授業だけさせてもらえるのなら、随分と違うんだよねえと改めて思う。ありがとうございました。

            ◆

会場を移して、中学校1年生のディベートの研究授業を拝見する。
私の開発したシナリオ方式のディベートの改良シナリオディベートをやるという。これは嬉しい。研究の成果を活用してもらえるわけだ。

ディベート指導は初めてという先生であったが、見事に指導されていた。先生の力もあると思うが、開発者としてはこれがきちんと機能していた事にも大きな喜びを感じた。授業後講師としてあれこれコメントをして、ディベート指導に関してのみなさんの疑問にお答えした。ありがとうございました。

NADE関東甲信越の皆さん、ここにディベートを熱心に始めた学校がありますよ。春の大会で声を掛けてみてくださいね。

            ◆

実はこの研究授業を行った学校は、私の母親の生まれた土地。さらに私の父が東京に出てきた時に身元を引き受けてくれたオジさんが住んでいた街。そのオジさんが勤めていた会社は、私の奥さんの兄弟が勤めている会社ということで、非常にご縁を感じるところでありました。

東京大空襲の時に、川に逃げようとしたところ
「そっちに言ったら死ぬぞ」
と誰かにいわれ、鎮守の森に逃げたという母の話を聞いた事があるが、その鎮守の森も発見。ああ、ここで母が命を生きながらえてくれたから、今のオレがいるのかと感慨深く思った。

            ◆

会場を移して懇親会。
国語の先生ばかりで、いろいろと実践の話が盛り上がり楽しい。私の大学の後輩の先生がいて、かの吹野先生の話で大いに盛り上がる。

「吹野先生には反抗するな」
と先輩から言われていたそうで、その教えを忠実に守り一年で単位を貰ったとか。すごい。私なんて一年目から大反抗をして、結局五年までお世話になった。

だけど、今思えばあの吹野先生を一年で終わらせるのは、なんてもったいない事なのだろうと思う。卒業まで面倒を見て頂けた事はありがたいことなんだなあと、今は思う。

で、国語の先生ばかりなので「たほいや」をやってみる。
これが大盛り上がり。
荒川区の中学校国語の授業で、流行るかもしれないf(^^;。

            ◆

さらに会場を西日暮里に移してもう一人の先生と三人で飲む。
なかなかユニークな先生で、経歴も面白い方。
平日だと言うのに遅くまですみません。

新宿のホテルにチェックインしたのは、ぎりぎりその日でした。
ああ、充実した一日だったことよ。

2008/01/16

するということはそういうこと

いろいろな企画の準備で午前中はうんうん唸る。私が事務局をするようになるなんて信じられないと奥さんは言っているが、そんなもん私自身が一番信じられない。だけど、役回りと言うかなんというか、そうなんだと思う。私に順番が回ってきたのだと思う。ならば、今はやらねばと思う。

            ◆

研究室から30冊前後の本を持って登録に。年末年始に買い込んだ本の登録をそのままにしていたので、ヒーヒー言いながら事務局に持って行く。こういう時は坂道は大変である。

            ◆

国語科教育法2では、自分たちが行った模擬授業を元に定期考査を作成させ、それをお互いに解き合うと言う内容。問題の作成とはどういうことなのか、さらに、採点をするということはどういうことなのかを具体的に指導。

○、△、×の付け方はどうするのか?
どこの位置に×をつけるのか?
ペンの色を三色使って採点するのはなぜか?

などの話をする。

            ◆

教育実習2では、京都橘高校から教頭先生にお越しいただき、教育実習の直前指導をして頂く。実物の資料を使い、具体的に話をして頂く。学生は圧倒されていた。私も話している内容と被るものもあったが、それが却ってありがたかった。冗談で話しているのではないのだ。

「高校生は、風邪を引いたので休みますといえば、お大事にです。しかし、教育実習で実習生は休めません。むしろ、健康管理はどうしていたのだ!と怒られます。電車が止まったから学校に行けませんは高校生は許されます。実習生は、なんとかして来なさい!です」

授業を受けるのではなく、するということはそういうことである。

「本高は、警備上の関係から午後10時には締めますが、朝は6時から開いています」

ということは、午後10時までやれってことにびっくり。さらに、朝6時からやっていることにびっくりの学生たちである。

そして、それでも教師と言う仕事は良いと言い切る教頭先生である。そうなのである。しかし、その良いところに辿り着く前に倒れてしまう先生が多くなっている。だから、学生時代に力をつけるのである。

昨日、やっと中学校のときの体が大学の体になってきたということを書いたが、ということは大学生が先生の体になるにもそのぐらいの時間がかかるということなんではないかと私は学生に話した。今から始めてやっと一年と三ヶ月後の新任の時に間に合うと言う事である。

さて、どのぐらいの学生がこの意味を理解するか。楽しみだ。

            ◆

家に帰る車の中で、ふと重要な事の答えを見つける。採用試験の指導に関して、今ひとつ自分がクリアに語れない指導の内容について、このところずーっと考えていたのだが
(ああ、そうか!)
と分かる。

慌てて車を路肩に止めて、携帯電話の音声メモ機能を使って録音。いやあ、良かった。満足。

            ◆

娘を風呂に入れてから、学生に出した課題のレポートを読みまくる。教育実習2のレポート。面白い。きちんと課題をレポートしている学生といい加減にしている学生と、自分がやっているレポートがいい加減だと言う事が分からないで書いている学生といろいろいるが、非常に真剣にあれこれ考えてやっている学生がいて、頼もしく思う。

さあ、25時だ。
明日は東京だ。
寝よう。

2008/01/15

「勉強しよう」

大学に移って一年半で、やっと体のリズムが中学校から大学に変わってきたなと感じている。慢性的な朝の腹下しはほぼ無くなった。さらに、夜中に起きることが減った。

朝4時頃に起きて出勤前に一仕事ということもなくしたのだが、しばらくはで、4時に起きてしまう暮らしであったが、このごろは朝は6時過ぎまで寝られるようになってきた。つくづく人間は生活のリズムの上に、生きているのだと思う。

今朝は昨日の疲れがあったのか、8時近くまで寝てしまった。ま、それでも集合時間には間に合うのが職場の近くに住むありがたさである。

            ◆

今日は土作先生の理科のミニネタ。何回か見た事のあるネタもあるが、何回見ても面白い。面白いというのは、おかしいと興味深いの両方ともの混ざった「面白い」である。

監修の上條さんによれば、仮説実験授業の板倉先生が授業は面白いだけで良いのか?という論文を書き、分からないけど面白いと分かるけど面白くないであれば、前者の方が良いというように主張しているとのことであった。

私は、面白いにはfunny,exciting,interestingと三種類あると考えている。そして、その三種類がさまざまな顔を見せながら最終的にはinterestingに向かう事が、授業には必要だと考えている。

生徒役の学生たちは、授業を受けて非常に興奮していた。そして、
「勉強しよう」
と言い合っていた。
あれだけの凄い授業を受けて興奮するのは分かる。しかし、彼らは気がついたのだ。やがて自分たちも授業をする側に回る事を。今の自分では力不足である事を。いいことだ。

            ◆

夕食の後、家でこの二日間を振り返っていた。振り返ったまま、床暖房に倒れ込んで寝ていた。なんだかんだいって疲れていたようだ。
そしたら、奥さんが叫んでいて眠りから覚めた。
「寝返りしている!」

娘が人生初の寝返りをしたのだ。
いやあ、これは目出度い。
うれしいなあ。
しかし、寝返りでベッドから転げ落ちたり、呼吸が出来なくなることを心配しなければならない。喜びと心配を繰り返して子育ては続いて行くのだと改めて思う私であった。

2008/01/14

ミニネタ集DVD

三連休であると思うが、私は大学へ。関わっている仕事があって大学にいる。
私はディベートや句会、たほいやのDVDを作っているが、
その関連で小学校の授業のミニネタ集DVDを作るのである。今日が蔵満先生の算数で、明日が土作先生の理科だ。

私はその授業の生徒役をやる学生を集めて、あれこれ下働き。それにしても学生たちは、日本を代表する小学校の先生たちの授業を受けて、しかもアルバイト代が出る。いいアルバイトだ。

            ◆

私は溜まりにたまった仕事をしながら、授業を遠巻きに見ていたのだが流石の一言である。さまざまな小道具を使いながら、算数の授業を展開して行く。スーツケース二つ分の小道具を持ち込んでいるのだから、驚きだ。

収録は9時から17時まで昼休を挟んでみっちりと。20本以上のミニネタが披露された。すごいなあ。発売は、春になりそうとの事である。

            ◆

この回の監修をする上條晴夫さんと、研究室でいろいろとお話。私の本棚の本をネタにあれやこれやと話す。壮大なブックトークである。新しい本の企画や上條さんの大学の様子や授業の様子等も聞けて、面白かったなあ。

私の入れた、一保堂のほうじ茶をいたく気に入って頂きました。

            ◆

一回家に帰って、娘を風呂に入れる。
このところ、娘は私の顔を見て良く笑う。
本当にその笑顔がいいなあと思う。

びっくりしたのだが、はっきりと自分の名前を話した。
娘は簡単な名前なので、たまたまその音が出てしまったということだと思うのだが、私達が呼び続けている名前が、ひょっとしたらもう覚えているのかもしれない。

パパママよりも先に自分の名前を言えるようになるかな。

            ◆

夜は、山科で撮影のご苦労さん会と明日の収録の打ち合わせ。
さ、明日も収録。そして、仕事だ。

2008/01/12

第十回 明日の教室のご案内 2/2

第十回 明日の教室のご案内

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

第十回は2/2(土)に、「学び合い」について上越教育大学から、西川純先生をお招きすることになりました。

申し込みは、こちらから

            ◆

西川純先生は、理科教育、認知心理学の知見をもとに「学び合い」を提唱されています。
学び合いとは何か? これは、http://www.iamjun.com/の、【『学び合い』の手引き書の「超」短縮版】にまとめられています。

また、実践については東洋館出版の
『 「勉強しなさい!」を言わない授業』
『「忙しい!」を誰も言わない学校』
『「座りなさい!」を言わない授業』
『「静かに!」を言わない授業 』
などにまとめられております。
http://www.toyokan.co.jp/osusume/nishikawa/nisikawa.htm

学校が近代後期の社会と子どもを受け入れるとき、「学び合い」についての理解と実践へのきっかけをつかむことは非常に意味がある事だと考えております。

ぜひ、ご参加ください。

            ◆

日時:2月2日(土)  13:30~17:00

会場:京都橘大学児優館 
http://www.tachibana-u.ac.jp/official/information/access.html

講師:西川純さん@上越教育大学

内容:「学び合い」を学ぶ

会費:一般2000円、学生1500円
なお、会の後、西川先生を囲んで懇親会を予定しています。自由参加で3000円程度です。

昼食:大学の生協食堂が開いております。安くて美味しい本学の生協の食堂をご利用ください。

申し込みは、こちらから

お待ちしています。

2008/01/11

それは良い事としよう

午前中は、来年度の新入生キャンプの下見に雄琴まで出掛ける。
宿のチェックである。
山の稜線にあるホテルは、琵琶湖を見下ろす事が出来て気持ちがよい。

2時間程度の下見。そして、あれこれ研究のネタになりそうな事も話す。いやあ、これも実現したらいいなあ。2年後ぐらいかな?

            ◆

ディベートの授業は、アフターディベートに入った。ディベートで論じた内容を、小論文にまとめ、さらにそれを和綴じ本に製本することをアフターディベートとしている。今日は、和綴じ本づくりである。

            ◆

今ディベートの授業を受けている学生たちに、前期に和綴じ本づくりを指導した学生たちが数人いる。その数人を小先生に任命し、グループ学習でやらせた。

これが面白い。

小先生は、教師を目指すわけだから説明が出来ないとだめである。一回生なので指導方法についての基本的な事は説明を受けていないし、学習もしていない。その素のままの小先生がどのように教えるのかを見ていた。

私に質問していいのは、一人2回までという条件を付けたら、小先生同士で何を質問するか確認しているし、それぞれの教え方の確認をしたりしながら、あれこれやっていた。

そして、教える事の大変さや学び合う事の面白さを実感していた。

            ◆

キャリア開発演習では、実践記録を読みつつ近代後期の学校のあり方、生徒の姿等を考えていた。農業社会、工業社会、消費社会の三つの社会が近代にあるが、今は消費社会の中で近代を育て支えようとしてきた学校のあり方が、問われているのではないかと話を進めていた。

これからの学校の役割は、近代を成立させたい、近代的市民を成立させたいと考える人たちと、そんなもん大きなお世話だと考える人たちとの間でしばらく揺れるだろうと思う。後者が勝った場合、社会は不全状態に陥るだろう。

だが、現在の学校はこの状態に向かっている。学校は個人を育てるだけでなく、社会の形成者も育てる必要がある。だから、子どものいない人から徴収した税金を学校教育に使えるのだ。ここに関してきちんと説明する事が出来なければならない。

思っている事は『学校のモンスター』(諏訪哲二)が描いている世界に近いが、あの本をじっくりと読むということをするのも大事だろうなあと思う。

            ◆

授業後、集中して事務仕事やらなんやらをしようと思っていた。しかし、そういうことは学生にばれるのだろうか、妙に研究室に来る学生が多い。教職サークルを作りたいと言う学生たちから
「先生、春休みに読んでおくと良い本を教えてくださいませんか」
という相談があり、あれこれ1時間以上話す。顧問をお願いされたので、あれこれ話す。

どこからスタートさせれば良いかなあと思いながら、家本先生の御著書や白川先生の御著書、さらには蘇行慈墓誌銘にピタゴラスイッチとブックトークを続けた。

最短距離で良い本に出会おうとするのもいいが、あれこれ読むのもいいのだからあまり限定する事なく、出会ってほしいなあと思う。お薦めした本はどれもこれも面白いはずで、その面白さを将来で会う子どもたちに味合わせてほしいなと思う。

ま、努力を重ねて力を付けようとする学生たちに振り舞わせれるのであれば、それは良い事としよう。仕事は、明日からの三日間でなんとかするぞ。おー。

2008/01/10

4月からスタートする企画

というわけで、いま新幹線の中である。
名古屋を出たところ。東京に出掛けていた。

まさか自分の人生がこんなに新幹線に乗る人生になるとは思わなかったが、良く乗るなあ。
因に、来週も乗る。

            ◆

今回の東京行きは、4月からスタートするある企画の打ち合わせ。10時から15時までみっちりと打ち合わせ。私がアイディアを出す形で進めたが、その中でいろいろと
『へー、そうなっているんだあ』
というような面白い情報も戴く。

大学に籍を移してから、出会う人や情報に変化がある。これはこれで面白いなあ。私自身はそんなに変わったと言う自覚はない。中学校に勤めている時に話していた事、思っていた事を語る事が多いが、意味合いが違うように伝わっているのかなあとも思う。

とまれ、4月からスタートする企画は結構大きなものなので、楽しみ楽しみである。

            ◆

どうしようかとも思ったが、打ち合わせの後思い切って八王子まで行く。行きつけの髪切り所が八王子にあるので、渋谷から八王子まで駆けつけた。もう、10年近く私の頭の面倒を見てもらっている。

私の頭の形や髪質を奇麗に整えてくれる。私は天然パーマなので、伸びると凄い事になる。椀カールならなんとかなるが、それ以上になるとサリーちゃんのパパのような髪型になる(って分かるかなあ)それをなんとかしてくれるのだ。有り難い。

            ◆

を、いま米原を通過。
ヤンマー中央研究所の温度計は二度を差していた。
ひえー、寒いぞ。

            ◆

で、髪を切りながらいろいろと話す。
面白いのだ。
私と意見が合わない事をも多々あるのだが、あーだこーだ話すのが面白い。
そんなことで、東京に行く事があるとなんとか都合を付けて八王子まで髪を切りに行く。

『オレの髪は、5万円かけてやってもらっている、って言っても良いかねえ』
「でも、その割にはこちらにはあまり入ってきませんがf(^^;。」

そんなことも言える職人さんだ。
次は、三月かなあ。

            ◆

を、あと10分少々で京都だ。
あしたは、午前中は新入生キャンプの下見。午後は授業だ。

            ◆

で、いまは琵琶湖の畔の自宅にいる。
いやあ、なんか不思議な感覚。
さっきまで確かに八王子にいたのに。

でも、娘が可愛いから、これは事実(^^)。
おやすみなさい。

2008/01/09

だから、池田は甘いんだよ

正月は、家族と日本の文化をいつも以上に意識する。
今日の研究入門ゼミはその辺りの話から始めた。

            ◆

自分の顔が父親に似ていると思うようになったのは、何歳ぐらいからだろうか。私は30歳ぐらいだったと記憶している。

男の子は、小さい頃は母親に似て女の子は父親に似る。だから、自分の顔が父親に似ていると気がついた時は、結構ショックであった。
(うわあ、似ている。参ったなあ)

            ◆

そんなことを30歳のころ、仲間たちに話をした。

『参ったよなあ、自分の顔が父親に似てくるなんて』

当然、オレもオレもという答えが返ってくるかと思っていた。ところが、ある仲間がこういった。

「だから、池田は甘いんだよ。お前そんなんでよく教師をやっているな」

私はなんだか、分からなかった。

            ◆

「お前ね、自分の顔が父親に似ているなんてことを嫌がっているけど、世の中には自分の父親の顔すら分からない子どもがたくさんいるんだぜ。自分の顔が父親に似ているってことが分かるのが、幸せだってことを分かってる? そんなんでお前のクラスの子どもたち傷ついていない?」

返す言葉がなかった。
そんなこと考えた事もなかった。

私の母親は一歳で父親を亡くし、父の顔を記憶に留めていない。伝聞で父親のことを聞いて育ってきた。そんな母の事を理解していたつもりだが、両親とも健康でいる私には、すっかり抜け落ちてしまう考えであった。

            ◆

クラスには様々な子どもたちがいる。
親と深刻な喧嘩している子どもがいる。
だけど、喧嘩できる親がいる事を羨ましく思っている子どももいる。
いろいろな思いを持って正月を過ごして、三学期学校に来ているんだな。

そんな思いを抱きしめながら、学級担任はうんうん言いながら指導しているんだな。

            ◆

そんなことを学生たちに話した。

2008/01/08

古畑型でやったら文法は

本日国語科教育法2は、5分間の模擬授業その2。学年も単元も学生が自由にして良い。そして、5分だけの制限を入れて、A4一枚の簡単な指導案をもとに授業である。

これで受講している学生全員の模擬授業が終わったが、正直な感想を言えば
(ああ、やっておいてよかった)
である。

去年はこの一人五分間の模擬授業をさせる時間が取れなかったが、その必要性は感じていた。教育実習に行く前に、一人五分でも三分でも模擬授業をさせたいと思ったのだ。

            ◆

頭の中で分かる事と、実際にやることは違う。
今日はできなくても、いい。いや、簡単にできるわけがない。実際に昨年のうちに模擬授業をやった学生は、その経験を生かしてできるようになった部分のある学生もいる。しかし、集団を前にして説明する、語る、伝えるということが、そう簡単には出来ない。

自分が理解し、自信を持って(または自信のある振りを演じて)、声に載せて、身振り手振りを加え、読みやすい字で、教材を活用して、時には笑いを取りながら、感動させながら、納得させながら授業を展開するってのは、簡単ではない。

(うーん、あと半年か、実習まで。頑張れよ)

と思い、あれこれ指導するしかない。
でも、五分でも指導する事が出来て良かった。

            ◆

その後さらに、自主ゼミでは四月から教壇に立つ四回生もいての、模擬授業である。授業のレッスンである。本日は、文法。

さあ、面倒くさくて正確さが要求されて、子どもたちが理解しにくいところだ。これをどう授業にするかである。

            ◆

残念ながら、難しかったようだ。

指導案もほぼ書けるようになり、教科書も読み込んでいる。しかし、それだけでは教えられない。なぜ文法を学ぶのか、学ぶとどんな良い事があるのかを語る事が出来なかったり、教科書には(これ、おかしいんじゃないの?)という例文があるのをそのまま使っていたりの授業になってしまった。また、何の授業なの?と思う授業になってしまったりしていた。

ま、文法はほとんどの子どもたちにとって、難しく、面白くない。そして、全体を理解しないと、単語、文節、自立語、付属語、活用なんて言葉を言われても分からない。でも、そうやって順番に教える。そう、「コナン型」で教えてしまっているのだ。

あれだけ教え込んでも子どもたちは、文法は理解しにくい。そして、入試に出るのは都立高校の場合5〜10点。なんだかなあと思う。また、入試に関係なくても言葉そのものの面白さを理解するための文法を教えられないかなあとも思っていた。

文法を「古畑型」で教えられれば面白いだろうなあと、中学校現場にいたとき思っていた。思っていただけで授業の形に仕上げるところまでは出来ていなかった。文法に関するおもしろエピソードを話して、興味を持たせて、コナン型で指導していた。

でもこれを古畑型にできないかなあと思うのだ。

            ◆

『「象は鼻が長い」という文がありますが、主語はどれですか?』

『家に帰った時、「ただいま」と言うよね。そしたら、お母さんはなんていう?「お帰りなさい」だよね。これおかしくない? わからない? じゃあ、寝る時にお母さんに君はなんて言う? 「おやすみなさい」でしょ。おかしくない? 分からない? じゃあ、「お」を取ってみて。ね、おかしいでしょ。なんでなの?』

『「明日、富士山が大噴火するんだけど」って言ったら「んなことあるわけないだろ。嘘付け!」て言われたんだけど。「だから嘘付いたよ」って言ったら「ちがう。嘘付くな!!!」と言われたよ。「嘘付け!」って「嘘付くな」の意味だけど。どうして?』

こんな話をして、これをコナン型ではなく、古畑型でやったら文法は面白くなるだろうなあ。

            ◆

卒業生の四月からの授業に期待したい。
頑張れ。
学校現場は厳しく、楽しいぞ。
もっともっと授業できるようになれ。
期待している。

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近代とは何か

大学の先生は閑だと思っているみなさん、小中学校よりも早く始まるのがうちの大学の授業でああります。ま、大学は授業の終わるのは早いですけど。

            ◆

今日は大人とは何かの一回目。夏に集中講義で同じ授業をしているので、今年度に限って言えば2回目の授業となる。

やっぱりこの授業は面白い。この授業を始めた20年前はそんなこと全く思っていなかった。が、近代とは何かということを考える授業にも繋がって行くと最近はつくづく思っている。

大人とは何かって考えると面白いですよ。

            ◆

さて、10日締切の原稿も考えなくっちゃ。

2008/01/06

明日からは大学も授業だ

いやあ、あたたかい。
我が家は東南に面しているリビングなので、床暖房を緩く入れているだけで午前中は本当にあたたかい。温度計を見たら25度ある。本当? でも、半袖半ズボンでも大丈夫だから、そうなのであろう。

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            ◆

娘に朝のミルクを与えて、おしめを替えて、私は朝風呂。
ふう。

湖面に反射する朝日が奇麗だ。その反射の中を小舟が通り過ぎて行く。操舵する本人は自分がスポットライトの中にいることを理解しているのかなあ。

案外人生もそうかもしれない。過ぎ去ってみたときに、一晩夏が気の中にいた頃を知るのかもしれない。そうならば、今が輝いている時だと勝手に思い込んで力を出しても良いだろう。いつもながら自分に都合の良い解釈の私である。

            ◆

娘は朝からご機嫌である。
目出たく4ヶ月になった。
良く笑う。
見飽きないなあ。

見飽きないけど、これを続けていたら仕事にならない。
眠たそうになったところで寝かしつけて、お仕事。

午前中は、民衆社からこの春に出る本の最終校正だ。10年前に出した本のリメーク版である。この本は、その年の春の教育書フェアで一位をとった記念すべき本である。内容が少し時代遅れになった感があるので、リメークするのだ。

なんとか完了。

            ◆

本日絶好調の娘が、昼ご飯の後ずっと笑いかける。
ああ、後ろ髪を引かれる。
でも、午後からは大学へ。

この年度末には、もう一冊本を出す。その最終校正をしているところ。これは私の修士論文を元にして出す初めての単著の学術書となる。

売れる事を期待して書いている本ではない。ま、勿論売れたら嬉しいがf(^^;、私が開発したシナリオ方式のディベート指導方法に至るまでの流れを、日本書紀の事例から書き起こしている本になる。ディベート指導のひとつの時代に区切りをつける本にはなることを願って出版する。

さらにシラバスの調整やら何やらの事務仕事に没入。
明日からは大学も授業だ。

            ◆

明日の授業は、「大人とは何か」の一回目である。全部で三回で行う。
これについても論文か本の形にして、まとめたいと思っている。

まずは、授業である。

父は長嶋茂雄さんと同じ年

いつの頃からか、父親が面白くなった。
いつもむくれている父親のイメージであったが、私が高校生ぐらいになった時に父が、父ではなく男の顔を見せるようになった。というか、私が感じる事が出来るようになったのかもしれない。

しかし、最近の父親の暴走は凄い。

            ◆

父の語録である。

1)Aはいない。

父と私と弟は、声が同じである。電話では、間違えられる。そこで、電話の時には最初に名前を名乗る。私なら、
『おさむ。おさむです』
のようにである。

弟が家に電話をかけたときのこと。父が出た。

弟「A。Aです」
父「A? Aはうちにはいない」
弟「え? だからA。A!」
父「だから、Aはいないと言っているだろ!!」

と言って電話を切ってしまった。それも二回も。
本人が電話をしているんだから、家にいるわけないじゃん。


2)祇園にて

祇園の辺りを車で流していた。
そしたら、一足早い成人式の準備なのか、看板が出ており、その辺りに晴れ着の娘さんたちが歩いていた。

母「成人式かね?」
父「ん? 西部劇?」

どうして祇園で西部劇なのか分からない。

3)オレも厄年だ

弟は、今年大厄である。三十三間堂に行った時に、弓付きの破魔矢が売っていたので、厄払いにと私が弟に買ってあげた。すると、父が、

父「オレも今年厄年だぞ」
私「え? そんな年まで厄年なんてあったっけ?」
父「あるある。オレがそうだ」
弟「?」
私「あ、もしかして年男じゃないの?」
父「それだ、それ」

            ◆

次に会う時も、語録を期待している私である。
ちなみに、父は長嶋茂雄さんと同じ年である。

元気で。

1/5

朝、みんなで大学へ。どんな職場か見てもらおうと思ったわけだ。
奇麗な環境に好印象。
もう、お掃除の方が出勤されていて月曜日に学生を迎える準備をしてくださっていた。ありがたいことだ。

            ◆

俄親孝行もここでお仕舞い。
大学でみんなを見送る。
また、来れると良いなあ。今度は、冬以外のシーズンで。
元気で。

            ◆

午後から再び大学へ。
そうである、仕事がたまりにたまっているのである。
アヴァンティを聞きながら仕事を進め、8時頃まで粘る。
これで明日頑張れば、少し見通しが着くというところまできた。

ふう。

            ◆

流石に夜は休肝日とした。
正月料理の残ったものを食べながら、あれこれ奥さんと話す。
娘の顔を見ながらお茶を飲む。

さ、今年も本格的に始まるぞ。

正月らしい正月になった

1/4

市内のあまりの渋滞に辟易して、昨日は予定を途中で切り替えた。今日は朝からスタートである。午前中は五条から市内に入る道もすいすいである。
弟の家族も一緒である。奥さんと娘は家でお留守番。

            ◆

まずは、三十三間堂へ。父は仏像を彫ることを退職後の趣味にしようとしていた。その練習のために始めたバードケービングに嵌ってしまって、いまだに仏像には行っていないが、興味はある。ならば、三十三間堂である。

ここは40分までは駐車場の料金をとらない。しかし、拝観料は高い。ま、そんなもんである。入り口では下足のオバさんがいて、個人や団体で靴を収める場所を的確に指示してくれる。お香を感じて中に入る。

入った瞬間から圧巻である。
この千体の千手観音はなんだ。
くるたびにいろいろと思う。
千体も必要な程、人間の悩みや苦しみがあるのかと思う。

そして、これは昔の事ではなく、いまでもそうなのだと思う。

            ◆

Kiyomizu


市内観光の最後が、清水寺だ。
桜の時期もいい。紅葉の時期もいい。
だが、何もない青空だけのこの時期の清水寺もいい。

父と弟は、弁慶の武器を持ち上げようと挑戦。まあ、無理だろうなあと見ていたら、父の方は微かに動いた感じ。本当か?

子安塔まで歩き、十分に満喫。
いやあ、良かった。

            ◆

清水坂では、大学の私の授業に出ている学生が、八つ橋のお店で懸命にアルバイトをしていた。頑張れ。
清水坂からショートカットして茶わん坂にある駐車場に行こうとしたところで、弟家族が逸れる。ちょっと待ちぼうけだが、これも旅らしくて良い。

大渋滞の道路。私達は逆方向で一安心。
やはり、お寺は午前中に限る。

            ◆

その後、JR伊勢丹でお土産を買い、私も大事なものを探す。が、ない。
実は、この日の昼は娘のお喰い初めなのである。折角両親がくるのだし、関西は100日よりも遅くやるというのを本で読んだので、この日に設定したのだ。

ところが、尾頭付きの鯛が手に入らない。
この日であれば新鮮な鯛がもう魚屋に並んでいるかと思ったら、ない。
あちこちさがしたが、ない。

ショック。
取りあえずの一品として、鯛の身で作った鯛の形をしたかまぼこを買う。

ではあったが、なんとか地元のスーパーをもう一度見て回ったらあったので、ゲット。ふう。

            ◆

お喰い初めは、一族の最年長者が食べさせる真似をする。
米、汁、焼き魚を食べさせる真似で娘に与える。
これが、嬉しそうにニコニコしながら受け入れるのだ。

これは嬉しかった。

最後に、お宮参りに行った神社で拾ってきた石で歯固めをして、お仕舞い。
この石は名前を書いて、また神社に収めるのだ。
これでオッケーとなる。

            ◆

お喰い初めの御祝いのご飯で、お腹がいっぱいになったが、夕ご飯のためにお腹をすかさなければならない。近所のいつものガーデンにお散歩とした。因に、父はこの段階でお休み。グーグーである。

冬の琵琶湖の水は奇麗に澄んでいる。
泳げそうだと言われたが、ま、ここから30分北に行ったところの方がいいと話す。夏に泳ぎにくるかな?

            ◆

さあ、最後の夜はタイ料理である。
歯が治るまで封印していた、タイ料理である。
ほぼ治療が終わったので、思い切り食べた。

蟹と卵のカレー炒めである。
これが美味い。
絶品である。
シンハービール片手に殻までバリバリ喰ってしまった。

Kani


ここで面白い現象を発見。
同じものを食べているのに、汗をかいている人と大丈夫な人に分かれている。私、弟、母親は頭皮から大量の汗。ここに同じ遺伝子系列を発見であった。

            ◆

もう動けないほど食べた。
でも、大丈夫。
家まで送迎してくれるバスがあるのだ、この店は。
良かった。

            ◆

さ、仕事は全くできていないぞ。
土日が勝負だ。

でも、正月らしい正月になったなあ。

2008/01/05

両親を連れて

1/3

なんというか、自分で言うのも変だが、○○○○○○会のような親孝行をしてしまった。
両親を連れて京都市内の神社仏閣にお参りである。

            ◆

父は、京都だけ来た事がないと言う。そこで、まずは「金閣寺」に出向く。私も人生で三回目である。本日の京都は本当に穏やかな青空。そこに輝く金閣寺は見事であった。

Kinnkakuji


(あれ、いない)

と思って父を捜すと、カメラを抱えて絶妙なポイントにいる。うーん、好き勝手な行動は血筋であったか。

            ◆

続いて、今宮神社でおはらいをする。体の痛いところのある両親にあれこれと。いつも誰もいないお宮は兎に角いっぱい。こんなお宮だったのね。

父の好きな炙り餅を店で食べさせようと思ったら、大行列。ごめん、諦めて下さい。
持参のほうじ茶@一保堂で勘弁してもらう。

体の痛いところが治ると良いなあ。

            ◆

食事をして、二条城、八坂神社経由で、三十三間堂から清水寺に行こうと思ったが、大渋滞で挫折。そのままバイパスに乗り、琵琶湖を北上。志賀あたりまで北上。

いやあ、奇麗だった。比叡山に沈む夕日。そしてそれを受け止める琵琶湖。この場所は、去年の夏に一人でのんびりした場所。

(ああ、9月には子どもが生まれるんだな)

と思った場所。そこに両親と一緒にいる。これも不思議な縁だ。他にも不思議にな縁をあれこれ聞く。びっくりする。

Yuuhi


            ◆

明日は、今日行けなかった名所にいくぞ。

2008/01/03

書き初めをした

書き初めをした。
季節感はないが、いまの気持ちを書こうとすると、
この詩になる。

まったくもって困ったものだ。
こんな詩を書かれたら、もう何も書けないじゃないか。
谷川俊太郎さん。

でも、こんな詩を書いてくれたから
幸せになれる。
ありがとう谷川俊太郎さん。

Kakizome

           ◆

東京から父母、弟家族がやってきた。
一気ににぎやかになる我が家。

久しぶりにわが娘に会う。
大きくなった事を喜んでくれて、大撮影大会。

           ◆

大人数だから夕食は中華。
いやー、こんなに多かったら食べられないだろうというぐらい頼んでも食べられるのが大人数の中華。食べたなあ。

甥っ子はもうすぐ4歳。どこで覚えたのかたくさんの言葉を話し、自分がお兄さんになったのが嬉しい様子で、
「赤ちゃんにミルクをあげる」
と言う。

反抗期が始まったというのに、妙に素直。
私のミニクーパーのミニカーを気に入って触りたそうだったので、壊れにくいものをひとつ貸す。こないだ会った時は、
『おい、オジさんのミニクーパーSに乗るか?』
と聞いた時は、怖くて乗れなかったくせに。

明日乗ったらビビるぞ。

           ◆

お外にいる間は、とても静かな娘。
さ、良い初夢を見るんだよ。

2008/01/01

「福の神だよね」

大雪の予報であったが、奇麗な星が空に出ていた。
(あ、これは初日の出を拝めるな)
日吉大社から家に帰る道すがら思っていた。

            ◆

奥さんが湧かしておいてくれた風呂に入り、体を温める。

ベランダに三脚を備え付けて、R7のインターバル撮影で一分おきに撮影する事にした。
それにしても、奇麗だ。
Pat Methenyの "A Map Of The World"の世界である。

Rimg0254_2

Rimg0257_2

聖蹟桜ヶ丘の日の出は6:58分ぐらいだったが、この地では7:10ぐらい。山の向こう側から出てくるので、赤い太陽ではなく、もう黄色い。

家族三人で、ご来光を戴く。

Rimg0304_2


            ◆

お雑煮は、結婚以来私が作る事になっている。我が家の雑煮は父の田舎、山形は庄内の雑煮である。祝い箸、おせちに、お屠蘇がわりの日本酒。ちなみに日本酒は、近江の名酒「不老泉」。

お屠蘇は年の若い順に戴く。娘は形だけ。
私もじっくりと味わう。

そして、寝てしまったf(^^;。

            ◆

奥さんが赤ちゃんの時に着たと言う着物を着せて、写真をとる。
鶴の模様の入った年代物の着物。
奥さんのおばあちゃんが御祝いにくれたものだそうだ。

しみじみ、いいなあと思う。

            ◆

午後からは近くの近江神宮に三人で初詣。
娘のこの地でのお宮参りをした神社。
その日は,平日と言う事もあってか誰もいなかった。
だから、そのイメージで出掛けて行ったのだが、これが大間違い。
凄い人であった。
しばらく並んで三人でお参りをする。

            ◆

鏑矢を買おうとしてうろうろしていたら、私の右側から指が伸びてきた。
「まあ、可愛い」
と言いながら娘の頬に手を伸ばす。
見ると、とっても上品なおばあさん。
「あら、こんな初めて会ったおばあさんにも笑ってくれるの」
と言いながら娘の頬を撫でてくれる。

娘の名前を言うと、
「まあ、おばあさんの姉妹にもいるのよ」
と喜んでくれた。
本当に上品な笑顔の素敵なおばあさんであった。

私と奥さんは
「福の神だよね」
と意見が一致。ありがたやありがたや。

他にも境内を歩いていたら、若者のグループに
「めっちゃ可愛くない?」
と呟かれたので、御礼に頭を下げる。
父としては、嬉しいものだ。

            ◆

お参りの間にもちらほらと雪だったが、帰ってくる事にはもう少し振ってきた。
娘は、ぐっすりとおやすみだ。

なんとも穏やかな元日である。

とうとう たら〜りたら〜り

「とうとう たら〜りたら〜り」
である。

            ◆

朝四時に起きて、寒さ対策を万全にして日吉大社に向かう。大晦日の新聞に、朝の五時から始まる大戸開神事で、観世流の「ひとり翁」が奉納されると言う記事を、奥さんが発見してくれた。

こう見えても嘗てほんの少しだけ能をかじった事がある。「翁」は正月等の目出たい時にしか演じられる事のない、珍しい演目である。これを無料で見る事が出来る。しかも、自宅から車で15分のところで行われる。行くしかない。

            ◆

20分前に到着。
日吉大社は、坂を上ったところにお社がある。これから上ろうと思った時に、灯籠の灯りが次から次へと消える。

(そんな。道が見えない)

慌ててデジカメを撮影モードにして、モニターの灯りを懐中電灯の代わりにして歩く。坂を上ったら神主さんと能楽師が並んで松明の光に照らされていた。

            ◆

境内まで音もなく静々と歩く。観客は5、60人ぐらいであろうか。わざわざこんな時間に見に来る人たちだ、奇声を発する人もなく、ただ静々と歩く。これが良い。

Rimg0171_2


大戸開神事であるからして、神主さんは例の大声とともにお社を空け、祝詞をあげる。そして、そのタイミングで、翁の能が始まる。

            ◆

翁と言う能は、お能の中でもかなり古いものと言われている。台詞も何を言っているのか分からない事が多い。「とうとう たら〜り たら〜り」というのは、翁の最初の仕手方の台詞である。

しかし、良かった。
松明の爆ぜる音しかしないなかで、仕手の片山清司さんの滔々とした声が境内に響く。この土地で暮らす人たちの魂を慰めるように、清めるように、鼓舞するように滔々とした謡いが響き、ゆったりとした舞が松明に揺れる。

Rimg0216_2_2


私もこの土地の一部になった感じすらする。

http://hanamochiya.hp.infoseek.co.jp/okina.html

            ◆

年末年始と関係なく開くスーパーやコンビニ。
ともすれば、日常のままの正月となってしまうこのごろ。
「ハレとケ」の区別のあった日本は、「ケ」の拡大や「ハレ」の膨張により、なにがなんだかわからなくなってきていると感じる。

近代は個人の確立を目指してきたが、個人の確立は個人が自らの社会の構築を求められる事になっていることに気がつかなければならない。面倒な時代でもあるのだ。

            ◆

人類の安定した繁栄。
家族の健康と安全。
学生たちの人間的な成長。

お祈りもしてきました。

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

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