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2008/01/09

だから、池田は甘いんだよ

正月は、家族と日本の文化をいつも以上に意識する。
今日の研究入門ゼミはその辺りの話から始めた。

            ◆

自分の顔が父親に似ていると思うようになったのは、何歳ぐらいからだろうか。私は30歳ぐらいだったと記憶している。

男の子は、小さい頃は母親に似て女の子は父親に似る。だから、自分の顔が父親に似ていると気がついた時は、結構ショックであった。
(うわあ、似ている。参ったなあ)

            ◆

そんなことを30歳のころ、仲間たちに話をした。

『参ったよなあ、自分の顔が父親に似てくるなんて』

当然、オレもオレもという答えが返ってくるかと思っていた。ところが、ある仲間がこういった。

「だから、池田は甘いんだよ。お前そんなんでよく教師をやっているな」

私はなんだか、分からなかった。

            ◆

「お前ね、自分の顔が父親に似ているなんてことを嫌がっているけど、世の中には自分の父親の顔すら分からない子どもがたくさんいるんだぜ。自分の顔が父親に似ているってことが分かるのが、幸せだってことを分かってる? そんなんでお前のクラスの子どもたち傷ついていない?」

返す言葉がなかった。
そんなこと考えた事もなかった。

私の母親は一歳で父親を亡くし、父の顔を記憶に留めていない。伝聞で父親のことを聞いて育ってきた。そんな母の事を理解していたつもりだが、両親とも健康でいる私には、すっかり抜け落ちてしまう考えであった。

            ◆

クラスには様々な子どもたちがいる。
親と深刻な喧嘩している子どもがいる。
だけど、喧嘩できる親がいる事を羨ましく思っている子どももいる。
いろいろな思いを持って正月を過ごして、三学期学校に来ているんだな。

そんな思いを抱きしめながら、学級担任はうんうん言いながら指導しているんだな。

            ◆

そんなことを学生たちに話した。

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コメント

僕の母も、両親の顔を知らずに育ちました。五人兄妹の末っ子で、養子に出される所を「兄が大切に育てた子だから」と祖父の弟が引き取ってくれたそうです。しかし、その叔父もすぐになくなり、叔父の奥さんに育てられたといいます。
父は祖父がなくなって、祖母が再婚したので筑田の家に入りました。
肩身の狭い思いをしながら育ったようなことも聞いた記憶があります。

こういう話ってけっこう身近に転がっているんですよね。
生徒たち一人一人の背負っているものの重さに、何もできない自分が歯がゆくなることもあります。

思春期に入った時、もう自分は大人だなあと思ったものですが、それは親や周りの大人が「見せない方が良いもの」を見せないでいてくれたからであったことに、やがて気がつきました。

そこに気がついていない思春期の子どもたちに、どうやって世の中にはいろいろな人がいるのだと言う事を理解させつつ指導をするのかといういことが大事なんだよなあと思う訳です。

もがくしかないんでしょうね。

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