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2008/01/23

相変わらず、授業は難しく面白い

うーむ。忙しい。
やっと分かったが、大学は1月から2月が忙しいのだ。

            ◆

いよいよ今年度最後の授業になって行く。昨日は国語科教育法であった。昨日は、評価と評定。後期に模擬授業で扱った内容を定期考査として問題作成。それを採点。そして、その素点を元に評定をしてみる。と言う流れで指導をしてきた。

            ◆

評価と評定の違いを説明し、相対評価と絶対評価の違いを確認し、作業を説明する。なんとなくは分かった顔をしているが、良くわからないと言うのが本音であろう。先生がどうやって成績をつけているのかなんて、通常の大学生は知らない。

実際に私が中学校で使っていた、エクセルの評定用のマクロを学生に渡してやっていく。エクセルであるから数字をいれて行けば何らかの答えは出る。しかし、どういう考え方に基づいてこれが行われているのかを理解しなければ、意味のない数字になってしまう。

学生たちは、こんなに面倒な作業を先生たちがしているのかと唖然であった。

            ◆

私は、評価・評定はざっくりと付けるのが良いと思っている。厳しくデータを取って付けてもそうでなくても、さほど変わらない。それに、5を取ってダメになる子どももいるし、1を取って良い結果を出す生徒もいるからだ。

第一希望の高校に入れて転けてしまう子どももいれば、第二希望で奮起して結果を出す子どももいる。レギュラーになってダメになる子どももいれば、補欠で人間性を磨く子どももいる。手にしたものをその後にどう活かすかが大事なのであって、その素材でしかないと思っている。

ディベートの試合でもある。勝っても充実感のない試合もあれば、負けてももの凄い充実感のある試合もある。

評定の前と評定の後に意味があるのだ。

            ◆

ではあるが、今は説明責任を問われる時代。データをきっちりと持っていないといろいろと大変な事にもなる。そんなことも話した。

また、
『生徒の個人データの入っている USBメモリースティックは、持ち歩かないように』
と注意。
『これを町中に落としたり、誰かに盗まれたら、相当の責任を取らされるぞ』
と。場合によっては懲戒免職になる。一本2億円相当のメモリースティックだ。怖い怖い。

            ◆

毎年授業の最後には、やりきった感とまだまだだったなあという思いがある。大学の授業は週に一回だから、届きにくい思いもある。
(ああ、この部分は彼には届いていないなあ)
(ここは彼女は受け入れ拒否をしているねえ)
と分かることもある。

だが、ここは中学校ではない。分からない事は、自分から授業中に質問するべきである。授業中に意見を言うべきである。そのように指示してある。機会も用意している。だから、私はそのような学生がいることが分かっていても深く突っ込まない。少なくとも教師を目指すのであれば、そうである。宇佐美寛先生の本を愛読する私は、この立場を取る。

            ◆

相変わらず、授業は難しく面白い。

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コメント

私も授業が終わって成績をつけ始めるこの時期が一番大変です。授業の緊張感からは解き放たれる一方、心に隙間もでき始め、気候は寒くて自分には最悪。この時期にもう一度気合いを入れて卒論を読んで、各種授業にちゃんと説明責任が取れる形で成績を出す。これはなかなか大変です。

まぁ学期中は学生たちを厳しく指導して苦しめているわけですから、今度はこちらが苦しむ番ということでがんばっています。よく学生に言います。「学期末はいい意味で教員と学生のどつき合いなんで、お互い最後までがんばろうね」と。

そろそろ小浜のお魚が恋しくなってまいりました...

そうですねえ、大変です。ま、でも私の場合、成績をつけると言うよりは、成績が出るという感じです。シラバスに提示した要件に従って、やっていくと出るという事です。
ですが、そこにどれだけ思いを込められるか。これが大変ですね。無機質な数字に、教育的な意義を込める。これが大変です。

>小浜のお魚が

私もあれから全然行っていません。
今なら、蟹ですかねえf(^^;。
成績が終わったら行きますか?

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