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2008/02/18

恩師とは

木曜日から東京に来ている。
一週間の予定でこちらにいる。

昔の中学校のときの仲間と会っていろいろと東京の教育の現状を聞いたり、来年度共同研究する仲間と会って研究の進め方の確認をしたりしながら前半を過ごした。

            ◆

前半の最大のものは、竹内常一先生の「最終授業の会」の運営である。
大学の時にお世話になった先生が、今年度で大学での授業を全て終えられる。ご勇退である。
(誰か手を挙げてやらないのかなあ)
と思っていたのだが、どうもそんな雰囲気にならない。
(うーん、これは手を挙げるか)
と思って、仲間に声を掛けた。
『なあ、先生の最後の授業の会を開かないか?』

もちろん、還暦の会や専任での最後の授業は「最終講義」ということで終わっているので、良いと言えば良いのだが、そんなもんでもなかろう。それに、何より先生の授業を受けたい。実行委員会を組織して、先生にお願いをした。

            ◆

当日は、自主ゼミ関係者だけということであったが、学生たちも参加。そして、50人集まれば良いかなあと思ったのだが、90人を越えていた。

お名前だけ存じ上げている先輩や、久しぶりあう同級生等もたくさんいて、それだけでももう実行委員会を立ち上げて良かったなあと思う。会が始まる前に、各期でグループが出来ていて本当に同窓会の雰囲気。

            ◆

そして、先生の授業は「高瀬舟と私の教育学」である。2時間たっぷりと。
まったくもう、なんてエキサイティングなのだろう。

この授業を受けて、パネルディスカッション。私はパネラーとして参加。先生から学んだ事やいまの授業に関する質問をぶつける。それを受けて先生がさらに答えてくださるという流れ。贅沢である。私は贅沢が好きである。

            ◆

20年ぐらい経って初めて意味の分かる言葉を先生からは頂いていた。私はこの最終授業の会で、この先20年ぐらい経ってわかる言葉を頂きたいと思っていた。それは適った。

良くわからないけど、おそらくこれは凄いことを言っているのだろうなあという言葉をたくさんメモする事が出来た。先生は、大事な事をサラリと早口の高音で言われる。だから、話し振りがそうなってきたら、こちらも慌てて構えて必死にメモを取るようにする。

先生の話について疑問や反論が出てきた場合、それを考えていると話はどんどん先に進むので、そこはペンディングにして記録のメモを優先させる。Qの記号を書く。

私が自分の学生たちに指導していることは、実に竹内先生の授業を受けている私の必要性から生まれてきているものでもあるのだ。

で、この授業では私はパネラーなので、分からない事はその場で聞ける。ラッキーである。

『で、先生はそのようにおっしゃいますが、それはそう簡単には理解できません。どのようなことからそういえるのでしょうか』
「だから、それは○○なんだなあ」
『その○○が分からないので、もう少し説明をお願いします』

会場を見ると参加者のOB とOGたちが首を立てに振っている。
(を、みんなそうなのね。んじゃあ、もっと聞いちゃおう)

なんてことを思いながら色々と伺う。

            ◆

恩師とは、
自分の事を呼び捨てにしてくださる存在であり、
『そこは分かりません』と私が言える存在であり、
「ほら、あそこだよ」とご自身が進もうとしている方向を示してくれる存在であり、
「だから、池田、それは違うんだよなあ」と指摘してくださる存在であり、
「お前も、先生になったんだなあ」と誉めてんだか貶しているんだか分からない事を言ってくださる存在であり、
なんだかわからないけど、凄い事を言っているように感じる存在であり、
自らが学ぶ姿を見せ続けてくださる存在であり、
自分の存在を肯定してくださる存在である。

実に有り難い事である。

Kai

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