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2008/03/03

さ、今週も始まる

いま、私の回りにある教育が大きく動きだしているように感じる。

ディベートの黎明期に感じたような動き方である。
体験したはずもないのに、あの時は
(幕末の志士ってこんなんかなあ)
と思ったものだ。
(こんな閉塞の教育の時代に、これを体験できるって幸せだなあ)
と思っていた。

            ◆

あのとき、私や私の仲間たちはディベートの魅力に取り付かれ、ディベートを子どもたちにきちんと体験させてあげたい、学ばせてあげたい、そのためにはどうしたら良いのだろうかと考えて、実践して研究会で意見を交わし、また実践の場に戻って行った。そんなことを10年ぐらい繰り返していた。

自分で言うのも変だが、その時に有名になろうとか、偉くなろうとかそんなことは考えてもいなかった。結果的に原稿を書いたり本を書いたりすることは出来たが、目の前にあったのは
(このやろう、待ってろよ。ディベートを分からせてやっからな。面白いって言わせてやっからな。力を付けてやっからな)
という思いであった。

            ◆

これが実に幸せなことだと気がつくのは、この後のことである。自分の利益とか学校でのポジションとかを考えずに、ただ目の前の子どもたちに力を注ぐ。これが許されるのは、教師になって10年目ぐらいまでではないだろうか。

家族との生活、学校の分掌、その他もろもろのことが10年過ぎるとのしかかってくる。

            ◆

だが、さらに思うのは今の私は10年後の私から見れば、
(ああ、良い時代だったよな)
と思えるだろうなあと言うことである。
そののしかかってくることを平然と背負って、それまでの経験を携えて今を進んでいるってのは、10年目までの教員には出来ないことでもあるから。

そうだとすれば、今、目の前にあることをやるというのは、とても大切なことなんだと改めて思う。ビジョンを持ちつつも、今の課題に向かう。今しか出来ないことをやる。

さ、今週も始まる。

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コメント

今日の学年末テストの答案に3年間の国語の感想を書かせました。何人もの生徒が2年生でやったディベートが楽しかったと書いていました。

本年度、続きができなかった事を申し訳なく思いました。マイクロディベートの仕掛けはのすばらしさをまたもや思い知らされる結果となりました。

卒業式までの登校日、あと11日。当日がどうなるのか、まだまだ実感が湧きません(^^;)

ありがとうございます。
プレーヤーになる授業は、とても大事だと思っていますが、佐瀬先生の生徒さんたちにもそれが伝わったようでとても嬉しく思います。

ここからが本当の進路ですよね。一人一人が自分にあった進路を選びきれることを陰ながら応援しています。

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