« その笑顔を続けるために | トップページ | 「底抜けに!」 »

2008/03/20

人生で一年間だけ、人は

さて、今日は何曜日だったろうか。
なんだかよくわからなくなってきている。
日にちは理解している。東京の中学校は今日が卒業式だろう。

あちらこちらの学校でドラマがあるんだろうなあと思う。
卒業式は、なんだかんだいって中学校が一番印象に残るのではないかなと思う。
ま、私はと限定しておくが。

            ◆

まあ、担任も大変だ。身だしなみを確認するとかなんとかというだけでもない。それまでに事務の仕事をものすごい勢いで終わらせて、進路の最後の確認もし、教室の美化やら思いで作りやら、卒業アルバムのサインやら。私は卒業証書を書いたり、式次第を書いたこともあった。三年生の担任だったのにf(^^;。

卒業式の式次第では、ここから先は担任は泣いてもいいという場所があって、そこまでは必死であった。呼名は正しく読むように何回も練習してはいるものの、本番は別もの。別であるが本人にとっては晴れの舞台。なんとかきれいに名前を呼んであげたいと練習である。ま、そんなことは子どもたちにはわからないだろうが。

数年前までは、卒業式の後少しは余韻に浸ることができた。が、今は無理。すぐに新年度の子どもたちを迎える仕事が待っている。せめて、三日間のリフレッシュの時間が欲しいなあと思っていた。一年間を一日として、三日間。

(子どもたちのことを静かに振り返る時間があってもいいじゃないか。自分と仲間で指導してきた三年間を振り返り、新しい子どもたちに新たなヴァージョンアップした指導をするための静かな戦士の休息があってもいいじゃないか)

これは贅沢なのかねえ。

            ◆

私は、研究室で今年度中に出す学術書の最終校正をし続けている。少しでも良くしようとにらめっこである。時々窓ガラスをたたく音に目を休める。外は久しぶりに大雨。花粉が飛ばないので気持ちがよい。

明日残りをやればスケジュール通りになるはずである。あ、明日は春分の日か。いかんなあ、京都の春を楽しんでいないなあ。奥さんすみません。

            ◆

このごろ家に帰ると娘は一人遊びをしている。お座りをして音の鳴るおもちゃを振り回し、歯固めのおもちゃを齧り遊んでいる。

そこに、私が帰る。すると娘は振り向いて、両手をばたばた振り回して喜ぶ。ひもを引っ張ると手が動くおもちゃのように思い切りばたばたである。時には、それでバランスが崩れて後ろにひっくり返るぐらい喜ぶ。

素直に、うれしい。

言葉をまだ持たない娘は、感情を行動に移すだけだ。人生で一年間だけ、人は赤ちゃんでいられる。言葉を持たず、歩くこともせず、赤ちゃんでいられる。

(おい、おまいさんの頭の中では何が起きているのかねえ。ゆっくりと赤ちゃんの時間を過ごすんだよ。一生に一年間しかないんだからね)

なんて思いながら、うれしそうに抱っこする私である。

« その笑顔を続けるために | トップページ | 「底抜けに!」 »

コメント

卒業式無事終わりました。20日にも別の場所で卒業を迎える生徒の式に参列してきました。明日(22日)も一つ卒業式がありそれでおしまいです。

卒業式で、我がクラスの最終番号の生徒がふざけた返事をして場の空気を乱しました。そのおかげで涙は流さずに済みました。本当は泣きたかったのですけれど。

戦死の休息は昨今本当に無いに等しいですね。私はおかげさまでたっぷり取れそうですがf(^^;)

5月京都に伺えるように調整してみます。

ご卒業おめでとうございました。気を抜く暇もないのは、なんとも悲しい限りですが、せめて一日ぐらいツーリングへf(^^;。

緊張と集中の場面は、お笑いを一番簡単に生みやすいのでそういうことをしたがる生徒はいますね。実に悲しいことですが。

大学生も、きちんとした表情で話さなければならないときに、笑いを取ろうとしたりにやにやしたりという者がいて、私たちに指導を受けています。

来年度は少し動きやすくなりますね。5月お待ちしております。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« その笑顔を続けるために | トップページ | 「底抜けに!」 »