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2008/04/20

本物を贅沢に浴びることが大事 平田オリザさん

「なんでうまくいかないのか、最初はよくわからなかった」

と平田オリザさんは、自分の書いたシナリオについて語った。演劇を専門とする人たちに対するレッスンではなくて、中高生に対するレッスンである。

(すごいなあ)
と思った。
「最初はよくわからなかった」ってことは、そのあと分かったということで、それは自分で考えたから分かったのである。分からなかったら教えてもらうではなく、分からなかったら考えて自分で解決するのである。

私もどちらかというと、こういうのが好きである。自分の持てる資源を活用してなんとか自分で解決していくってのが好きである。

もちろん、世の中には教えてもらうのが好きな人もいる。教えてもらった方が効率的にある程度のところまでいける。だが、それでは自分が納得する形で答えにたどり着くのはなかなか難しいということを私は感じているので、自分でやる方がいいと思っている。遠回りになることも多いのだが、そうだと思う。

            ◆

明日の教室スペシャルでは、平田オリザさんにご登場願った。前半がワークショップ、後半が理論編の講義である。実に充実した時間だった。

もともとこの明日の教室は、そんなに大人数でやることを考えてはいない。教室サイズの人数で、そこに講師をお招きして学び、懇親会でさらに深く学ぶという、「贅沢な」スタイルをとっている。講師と参加者、参加者同士が近くなれる距離がいい。

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で、平田オリザさんから60人で学び、さらに30人で懇親会というのは、実に贅沢である。

            ◆

私は、前日に大学の生協に届いた『ニッポンには対話がない 〜学びとコミュニケーションの再生〜』を一日で読み、参加したのだが、これは大正解。すぐに届けてくれた生協に感謝。

この本は実に面白い本であった。平田さんと北川さんは世界の現状を分析して、日本の教育を語れる希有なお二人。私はそのお二人と何回か飲んでいたので、本を読みながら、二人の肉声が聞こえてきた。

さらに面白かったのは、肉声が聞こえているのに
(あれ、これどちらの発言だっけ?)
と思うことが何回もあったのだ。

対話は、他者が他者でありつつ、他者が入れ替わりつつ、そこで行われる営みにより新たな価値を生み出していくコミュニケーションのあり方のような気がする。

            ◆

平田さんに、最初にお会いしたのは和田中学校でレッスンをした後の校長室でのことであった。私が行っているシナリオ方式のディベートの指導に非常に共通点があるので、私が抱えていた疑問を聞いてみようと思って話をしたのが最初。その時は、大学の教員になるなんて夢にも思っていたなかった。が、その後京都で一回あるイベントでご一緒し、今日に至るわけである。
「いやあ、面白いですねえ」
と平田さん。私も本当に面白いなあと思う。

平田さんのワークショップを受けながら、私が感じたことを懇親会で平田さんに伝えた。
『ワークショップの始まりのときに、ある目標を設定していましたよね。そして、ワークショップを進めながらその目標を調整しましたよね』
「はい」
『そして、目標が調整されたらどんどん、引き算をしていったように見えました。引き算をしていったら、ワークショップを受けているメンバーは、かけ算をして自らの価値を高めていくように見えました。そんな風に運営していましたか?』
「はい」
『やっぱりなあ。うまくいかないワークショップを見ていると、引き算をするところで、足し算をしたり、かけ算をしたりしているんですよ。その結果受講生は、自らかけ算ができなくなっていくんですねえ。やっぱりすごいなあ』

と演出家の大家に向かって、俺も良く言うf(^^;。
で、ここでも一つの動きがありそうだ。面白くなりそうである。

            ◆

明日の教室では、『ニッポンには対話がない 〜学びとコミュニケーションの再生〜』の平田オリザさんの対談相手北川達夫さんにもお越し頂くことになっている。なんて贅沢なんだ。7/26である。

            ◆

本当に、こんなに贅沢でいいのかなあと思う。
が、いいんだと思う。

教育ってのは、本物を贅沢に浴びることが大事なのだ。

ああ、いい一日だった。

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