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2008/06/20

「特別支援教育の今」

朝の五時に起きてしまった。寝たのは真夜中なのであるからして、眠い。眠いが、まあ起きてしまおう。そして、あれこれ仕事を進める。熊本に行っていたので仕事がちょっとたまっているのだ。

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このところ娘は、お母さんのそばだけでなく、私のそばでも一人遊びをやっている。つかまり立ちをする。ただ、パパではなくマンマ、マンマである。ま、なんでも大事なものはマンマなのだろう。

抱っこしては娘の機嫌を取り、朝の時間を過ごす。
まったくもってお姫様である。

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基礎演習ゼミの後、研究室にお客さんが次から次へとやってくる。この時間はオフィスアワーにしてあるので、自分の仕事は後回しにして対応する。ふう。

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さらに、熊本の取材関連のあれこれ、明日の教室の準備、そして、本日5限のキャリア開発講座3の準備をする。今日は、青山信吾先生が来てくださる。「特別支援教育の今」というテーマで学生に授業をしてくださる。

学生たちは、青山先生の三冊の中から一冊を読み、感想を疑問をもって授業に臨むことになる。贅沢である。

本が読めて、その本の著者に直接授業を受けることができると言うのであるから。私の学生時代には一つもそういう授業はなかったなあ(と思う)。児童教育コースの学生は、場合によっては授業を受けているだけで、中村健一先生、竹内常一先生、青山信吾先生から授業を受けることができる。さらに、明日の教室にも参加していれば・・・。うーん、贅沢だ。

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授業後、希望者を募り青山先生と一緒に食事。時間の関係で授業中に話していただく事の出来なかった事を、あれこれ話していただく。懇親会には参加する。これがとても大事というのが分かったかと思う。

特別支援教育と言う名前から、学生たちは「特別」なことをするのだというイメージが強いと思う。しかし、今日の青山先生の話を伺えば、それは特別な事をするのではなく、一人一人の子どもが成長するための条件を整えて行くと言うことの話だと言う事に気がついたのではないかと思う。

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ただ、注意しなければならない事も。子どもを見て「ああ、これは自閉症だな」などと理解できるようになると、そうやって子どもにラベルを貼っておしまいにしがちになるということだ。

私が教師になった時代には、LDぐらいは分かっていたがあとはよくわからないで指導していた。そう、分からないけど指導しなければならないのだ。もちろん良いのは分かっていて指導する事であるが、分かって指導しないとの、分からないけど指導するのではどちらの方が大事なのだろうか。

「ああ、これは胃の病ですね」
であったのが、
「ああ、これは胃潰瘍ですね」
となったとして、医者は見立てるだけが仕事ではない。治す事が仕事である。教師も同じであるはずだ。

その子どもがどんな子どもか分かったら、その子どもに合った指導方法で成長を促す。これが仕事でなければならないと思う。

そんなことを学生たちが学ぶ機会を、青山先生に頂けたと思う。
ありがとうございました。

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