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2008/06/23

書写の授業

週末のできごとは、ありがたい事に深刻な問題にはならなかったが、それなりに大変な問題なのでその対応に追われる。今週いっぱいぐらいはなんだかんだ、心配な状態が続くので、スタンバイでいこう。

合間を見て授業の準備をする。今週末に行う書写の授業である。国語概論で書写があるのだが、私は書写の部分を担当して教えるのである。

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書写は、もっと小学生に行われていい分野であると思う。ワープロ時代になんで書写なのだ、しかも筆なのだと思われる方もいるだろうが、私はワープロ時代だからこそ、書写であり筆であると思っている。

養老孟司先生は、日本人は右脳で画像処理をして左脳で言語処理をするという脳の特殊な使い方をしているとおっしゃっている。だから左脳だけで言語をコントロールする言語環境の人たちよりも、日本人は言語の障害が出にくいということだそうだ。

右脳と左脳の話は怪しいと言う突っ込みもあるが、ここではそうだと仮定して話を進める。そうだとすると、書道、書写というのは実に面白い活動であると言う事が出来る。

なんとなれば、右脳で画像処理をして左脳で言語処理をするというのが、書道・書写であるからだ。言ってみれば、その両方を同時に鍛える活動だと言うことができる。右脳で文字の美しさを考え、左脳で文字の正確さを考えるわけである。これを子どものうちからトレーニングでさせると言う事は、かなり意味があるはずである。

ちなみに、そろばんをやっている時のその人の脳波を見たことがあるが、右脳が活発に動いていた。通常、計算は左脳だがそろばんを通して画像処理としてやっている可能性が高い。日本人恐るべしである。

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筆の字は、押せば太くなり弱めれば細くなる。通常の筆記用具にはあり得ない動きを必要とする。だから、難しい。さらに毛先の繊細な動きを感じてそれを我が意を伝える動きに変えなければならない。そのためには、時間をかけたトレーニングが必要になる。

うちの一歳にならない娘であっても、自分が欲しいものを手に入れようと手を動かして、その必要な場所に脳は手を動かすことができる。人間の脳はそのような力を持っている。

意図した場所にきちんと手を動かすことができなければ、醤油を撮ろうとしてソースをとってしまい、口に運ぼうと思って鼻の穴に運んでしまうと言う、食事が食事にならなくなってしまう。二人羽織になってしまう。であるが、通常はそのようにはならない。これは脳がコントロールしているからである。

だが、書道書写は、さらに高度なコントロールを要求する。脳を鍛えるのである。日本のこどもの基礎的な学力を支える、脳の力を高めるのではないかと思う。だから、書写教育をきちんとすべきである。

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さ、もう少し準備だ。

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