虎の咆哮
午後から動物園に向かう。京都市立動物園だ。娘を連れて動物園に行くのが夢の一つだった。一歳になる前だと人ごみに連れて行くこと、動物に近づけることが心配で、ちょっとぐらい歩けないとつまらないだろうと思っていたのでやめていたが、晴れて一歳を迎えて、歩けるようにもなり解禁である。
休日ではあるが、3時ごろであれば空いているかと思ったのだが、これが割と混んでいる。市営駐車場は満車でさらに空車待ちの長蛇の列。参ったなあと思いながら、ある駐車場を思い出す。カーナビで確認したら出てこない。ということは、空いている可能性が高い。
向かってみると空いている。しかも、安い。今度からは迷わずにここにしよう。ブログに書いてしまうと満車になる可能性があるので書きませんが、必要な方はメールくださいねf(^^;。
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動物園は満車が示すように混んでいた。
キリン
ニホンザル
ペンギン
ワニ
象
カバ
バク
虎
ライオン
たくさん見せた。
娘の目にはどのように映ったのであろうか。
分からない。
分からないが、手を伸ばして動物をつかもうとしていたので、嬉しかったのであろうと、親ばか。
又来ようね。
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私がびっくりしたのは、虎の咆哮である。
ベンガル虎の番いがいた。それぞれ二つの動物園から貸し出されてきていたのだが、その番いのうちの雄の虎が吠えていたのである。
雌の虎は端正な顔つきで物怖じもせずいたのだが、雄は発情期を迎えているのか吠える。なぜかその雄叫びに隣のゲージにいた雄ライオンが雄叫びで応えていたが。
虎の鳴き声をライブで聞いたのは初めてではないかと思う。
虎の鳴き声と言えば、『山月記』中島敦であろう。「尊大な羞恥心と臆病な自尊心」がよく問われるあれである。高校の時に読んだあれである。
中島敦は白川静先生と同期で、日本人の漢文の素養はこの二人が亡くなったところで終焉を迎えたと言った人がいたが、確かにそうだろうなあと思う。
で、虎の咆哮であるが、求愛の咆哮であるからかもしれないが、『山月記』の文章のイメージとは違ったなあ。もちろん、地響きのような大きな声なのであるが、ゾウアザラシのような鳴き声であった。聞いてみないと分からないものだ。
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こうしてこれからも、子どもの成長と一緒にいろいろと体験できるのだろうなあ。ありがたいことだ。
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