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2008/09/27

「待つこと」

後期の授業が始まって、一週間が終わった。これで一通りの授業をしたことになる。実際はオムニバス形式でやったり、集中でやったり、休日で休みと言うこともありすべてではないが、とにかく終わった。

前期と時間割が違うので、
(ん、今日は一時間目本当にあったよな?)
と朝起きて確認することたびたび。なんてこった。

             ◆

昨日は、日本語コミュニケーション技術1と国語科教育法2である。私が担当している授業の中では、言葉に依拠する割合が多い科目である。そして、どちらの授業にも共通するのが、watcherではなく、playerとして授業に参加することを求めることである。

日本語コミュニケーション技術1は、ディベートであり、国語科教育法2は模擬授業がその柱となる。私は目的とやり方の柱の部分を教えて、あとは彼らの活動を見守ることになる。

勢いの付いた学生たちの活躍は目を見張るものがある。楽しみである。

             ◆

授業の始まる前、昼休みに前期に指導した一回生の学生たちが研究室にやってきた。夏休みの旅行のお土産何ぞを持ってきてくれた。顔を見せにくるだけでも偉いのに、なかなか律儀な学生である。そして、進路のことを相談してきた。

私の知る限りのことを話し、次はこの先生のところに行くと良いとアドヴァイスをする。意欲のある学生には丁寧に対応したい。

             ◆

授業の始まる前、準備をしていた3限に卒業生が研究室に訪問してきた。科目等履修生で国語の授業を受けていて、先日教育実習が終わった学生である。教育実習の前にもかなり相談を受けていたので、

『実習はどうだった?』
と聞くと
「とても楽しかったです」
と応える。

それは良かったと思いながらも
『後輩にはきちんと伝えるんだぞ。大学の授業でしっかりと学んでおいたから、実習を楽しく終えることができたとね。前半を言わないと、楽しいものだと思い込んで、悲惨な目に遭う学生が出るからな』
「先生、一緒に実習をやった他の大学の実習生は、途中で実習を投げ出してしまっていました」
『へ?』

あれこれきくと、指導案が書けない、実習記録への記入が出来ない、それでいてこんなのはおかしい、もうやってられないと投げ出したそうだ。かなり有名な大学の学生なのだが。

「授業が終わったら、その感想を書くと言うのは先生の授業で当たり前のようにやっていたので、私は何問題なく実習記録を書いて、すぐにクラブの指導に言っていました。で、クラブから帰ってくるとまだ書いていたんです」

学んだことをもとに文章を書く。これを当たり前のようにやっていれば、実習に行っても何の苦労も無いことだ。実習記録なんて簡単である。それを考えて私は大学で授業をしている。

これはその立場に立ったときに分かることであって、授業中にはなかなか分からないだろう。分からないからやらないというのでは、いつまでたっても分からないし、できない。授業と言うのは今分からない、今必要でないことであっても将来に必要と判断すれば、これを学生に求めなければならないという構造を持っている。

もちろん、本当にそれは必要なのかと問われれば、それは私にも言い切れるものではない。しかし、将来必要になるであろうものをいまの段階できちんと教えるというスタンスをとって行う授業は、そんなにブレるものではない。人間は、変わる部分と変わらない部分がある。変わらない部分にヒットするからである。

             ◆

もう一つ彼女の話で興味深かったのは、「待つこと」ができたというものである。
生徒がうるさい時、
「静かにして!」
と叫ぶと、生徒はその声の大きさだけうるさくなるときがある。静かにさせたいときは、先生が静かになるのである。黙るのである。ものの30秒や1分間黙るだけで良い。

子どもはたち太鼓と同じである。先生が大きく打てば、大きく響く。先生が大声を出せば子どももそれに呼応して大声を出す。黙れば黙る。だから「静かにして!」だとダメなのである。

彼女は朝の読書の指導のときに、うるさかったクラスを前にして私が授業のときに話したことのことを思い出し、黙って怖い顔をして立っていたそうだ。すると、生徒たちは、お互いに声を掛け合って静かになったそうだ。そこに、彼女は
「はい、本を開いて読書」
と言ったとのこと。これはなかなかできるものではない。

なぜ出来たのか、そのときに考えた。彼女はバレーボールをずっとやっていた。本学のバレーボール部が関西一部リーグに上がった原動力でもある。バレーボールでは、試合の流れを変えるためにタイムをとることがある。彼女は、タイムをとって空気を帰ると言うことを体験的に学んでいるのではないかと思った。その事を伝えると、嬉しそうにしていた。

人はいろいろなところで、いろいろなことを学んでいるものだなと改めて思う。

             ◆

10/4の明日の教室の打ち合わせを糸井先生がしてくれているのだが、私は授業後、研究室に残ってあれこれと大学の仕事を続ける。終わらないのである。

熊本への出張が入りそうだ。

Biwako

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