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2008/10/14

90分の授業時間の1/3が消えてしまう

2限は「学級担任論」。シラバスでは、学級レクリエーションとなるのだが、なかなか進まない。というのには理由がある。最大の理由は、学生たちの質問が面白いということである。この質問に答えていると、90分の授業時間の1/3が消えてしまうのである。

私の授業は基本的には、授業後に授業の感想文をネットの掲示板にあげるように指示してある。そして、その質問の中で答えられるものがあれば、学生同士で答えを考え合う。その答えについて、あまりにも方向が違うところに議論が進んだり、他の視点を提示した方がいいと言う場合には、その掲示板に私も書き込む。

そして、この問題は全体で取り上げた方がいいなと判断されるものは、授業の冒頭で話題にして説明をしたり、議論をしたりしている。この冒頭の部分が30分なのである。

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授業が終わると、私は研究室で学生たちの出欠席の確認と課題の確認を行う。この授業では、前の週に習ったことやその時期の話題に応じて、学級通信を書かせることにしている。

先週の課題のお題【「本を読もう」ということを小学生に勧める学級通信を書く】というものである。これをA4一枚で縦書き二段構成で書くのである。この課題を80人分チェックコメントを入れて、いい作品を教室に掲示するということをしている。

まだあったこともない子どもたちを想定して書くと言うのはなかなか難しいものがあるが、学生たちは一回生のときから地域の小学校を中心としてボランティアに参加している。実際の今の小学生を見ている。それを元に書かせている。

いい作品は、「ひっつき虫」を使って大学の教室に掲示している。ひっつき虫は便利だなあ。

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この授業は、担任の仕事を通して、教育とは何か、クラスを作るとは何かを考えさせるワークを多く用意している。学生たちは教育の技術を理解すれば授業や学級づくりが出来ると思っているところがある。しかし、それは間違いであり哲学や願い、人間的な魅力などなどが必要なのは、ちょっと教師をやれば大体理解することである。だから学生時代に、その間違いに具体的に気がつくためには、このような作業が必要だと今の私は考えている。

例えば「本を読もう」という学級通信を書かせてみても、実際に自分が読んでいない(であろう)学生の書いたものは、「読め」と言う命令か説教となっていることが多い。そして、実際に読んでいる学生の書いているものは、自分が出会った本の魅力や感動を担任のことばとして語っている。また、子どもたちに紹介する本が具体的に出てくるのである。

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授業後、今日の授業を欠席してしまった学生が、欠席届を持って研究室にやってきた。
「先生、学級通信の書き方が分かりません。何から書いたらいいのでしょうか。どう書いたらいいのでしょうか」
『だからね、そういう時期だと思ってここにプリントを用意しておいたのだよ』
と石川晋先生の書かれた学級通信に関してのまとめのプリントを本人に渡す。
『これは、今日の授業中に配布してあるのだよ。よく読んで勉強するように』

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具体的に、担任の仕事を説明しつつ、担任の側から子どもや学校を見たらどのように見えるのかを考えさせてみたい、教えて行きたい。

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コメント

仙台のやまかんです。夏の大会ではご挨拶させていただきありがとうございます。
今大事にしたいことが沢山載っていたので、ぜひゆっくり学ばせていただければ幸いです。

ご無沙汰しております。その節は資料をありがとうございました。まだ暗中模索状態の部分もある学級経営論という授業です。いろいろとご批判ください。よろしくお願いいたします。

 「あなたはなぜ小学校現場に拘るのですか?」と訪ねられることがよくあるのですが、「実践は語れますが、理論がないからかも…。」と答えています。
 特に学級経営については、自分なりの理論はありますが、他の方にお伝えするような自信のある物はないので、ぜひ池田先生に学ばせていただこうと思っています。
 今の課題は「言語力とコミュニケーション」です。何かあれば教えていただければ幸いです。

何をおっしゃいますやまかん先生。十分語れますってf(^^;。

ただ、私がこの授業で対象にしているのは2年後に教壇に立つ学生たちであり、本文でも書いたように担任の仕事を学ぶことを通して、担任とは何か、教師とは何かを考えさせるということですので、大学院や現職の先生に講ずるというのとは違う作りをしています。

>>今の課題は「言語力とコミュニケーション」です。

私たちの学科で問題にしているのは、この「言語力とコミュニケーション」の基礎となる部分のレッスンです。これはなかなか面白いです。

 「不通の言葉に注意せよ」で、何となく分かったような気がします。
ひょっとして自分がやっていることも基礎となる部分のレッスンのような気がしてきました。
時間をかけて、じっくり考えてみたくなりました。ありがとうございます。

「普通の言葉」の裏側に入る扉を見つけることができると、読解は面白くなりますよね。またよろしくお願いいたします。

すみません「普通」でした。ぜひ探してみます。こちらこそよろしくお願いします。

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