目次づくりと索引づくりの働き
通常私は一日二回風呂に入る。朝と夜である。ということは、一日二回本を読むことになる。たしか、レバリッジ本の本田直之さんも朝風呂読書をしているとのことを読んだことがあるが、私は風呂の中で本を読むのは中学生の時からずっとしている。キャリアは長い。
最初に風呂で読んだのは、ムツゴロウシリーズである。畑正憲さんの本が文庫本で出ると、買ってきて読む。しかし、半年に一回しか出ないので、この本を半年間楽しまなければならない。
そこで私が考えたのが、読み進めたくても読み進められない方法は何かないかと言うものである。私が採択したプランは、文庫本のカバーを取り外し、風呂の中にどぼんとつけることである。こうすることで、早くページを捲れば破れてしまうので、ゆっくりと捲らざるを得なくなるのである。
もちろん、どぼんと落とすのであるからびしょ濡れである。でも、そーっとページを捲る快感はいまでもはっきりと覚えている。
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で、今朝の朝風呂読書で読みながら思ったことがある。ちなみに読んでいたのは、『全思考』(北野武 幻冬舎)である。
(あれ、朝風呂と夜風呂の関係は、目次と索引の関係かなあ)
である。
朝風呂読書は15分から30分ぐらいが多い。夜の風呂は赤ちゃんと一緒のことが多いので温めにお湯を張る。私は少し熱い風呂が好きなので、朝は熱めにして入る。そして、読書。
この読書が、一日のあれこれをしている中で、ふっと思い出されることがある。そして、いまやっていることに別の意味を付与してくれたり、根拠となったりしてくれることがあるのだ。だから、朝風呂読書は目次づくりである。
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一方、夜風呂読書は索引づくりである。風呂につかり、一日のことを振り返ったりしながら読む。温めのお湯で娘が入ってくるまでの時間で読む。そうしていると、一日の出来事が本の中でヒットすることがある。
読書の内容は、夢の中にも影響する。たしか、脳科学者の池谷裕二さんは、睡眠によって脳は情報を整理していると言っていたが、その時の働きにも夜の読書は関係しているかもしれないなあと思うのである。
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ひらめき、思考、対話など読書の楽しみ方はいろいろあるが、今朝の朝風呂読書で思いついた目次づくりと索引づくりの働きは、結構当たっているんじゃないかなあと思う。
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