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2008/11/28

私の授業はそんなことを考えて

3限のディベートの授業では、フローシートを取るテスト。教材は、【日本は環境税を導入すべきである。是か非か】。2001年ディベート甲子園の決勝のビデオである。肯定側は創価中学校、否定側は八王子市立楢原中学校である。

ご案内の通り、私が指導してきた子どもたちの決勝である。年に一回こうして彼らの試合を見直す。懐かしさが一杯である。彼らのあれこれを思い出す。

この夏の大会が終わった後、私は二週間マックに向き合っていた。何をしていたかと言うと、彼らの記録を残してやろうと思ったのだ。二月に論題が発表になってから、八月の決勝までの半年間、彼ら彼女らが何をしてきたのかを一番近くにいた私が記録してやるのが、私の責任のように思えたのだ。

教師の仕事の良さは何か。
いろいろとあるが、私は「成長する者の側にいられること」であると思っている。たかだか百年しかない人生の中で、この三年間という瞬間を一緒に過ごすことの奇跡。その奇跡の間に生まれる彼ら彼女らの成長。私の三年間よりもものすごい成長をして行く彼ら彼女らの成長の側にいられることが、喜びである。

(このディベート甲子園の決勝までの道のりをしっかりと記録してやろう)

夏休みを二週間費やして、原稿用紙146枚分の記録を書いたのであった。

久しぶりにこの記録も読み直した。
良い時間を過ごさせてもらったなあと、改めて思った。
時間のある方は、お読みください。

http://homepage.mac.com/ikedaosamu/debate/01kiroku.html

授業後、学生たちのフローシートを見ると、きちんと授業に取り組んでいる諸君のフローが書けるようになっていることを、嬉しく思った。ディベートの授業は、ウォッチャーになる授業ではなく、プレーヤーになる授業なので学生たちの活動量、作業量が多い。簡単にいうと大変である。

しかし、大変な分だけ実力をつけることのできる授業にしたいと考えている。努力の方向性を示し、その方向性にそって努力を重ねる者は、力をつける。ただ単に努力をするのではない。これだと、15回の授業ではなかなか厳しい。この方向にそって努力を重ねれば、君たちは実力をつけることができる。あとは、頑張れ。

私の授業はそんなことを考えて構成していることが多い。

5限の国語科教育法では、模擬授業その2である。今日は、小説文というお題。学生諸君が選んだのは、「走れ メロス」である。

「走れ メロス」の授業は中学校の国語科の教員になるのであれば、避けて通れない。今のうちにやっておくのは良いことだ。だが、このメロス、なかなか難しい。愛と勇気と正義の話として道徳的にやってしまう授業を、多くの学生たちは受けている。このイメージからいったん離れて教材に向き合って、授業をつくって行くのかということである。

事前の指導では、私が考えている「走れ メロス」観を話してみた。「愛と勇気と正義の話」で授業を構成するにしても、その「愛と勇気と正義」を再定義する読み方があることを示すのだが、この方針で授業をつくるのは学生たちにはなかなか難しい。だが、今回の学生たちはこれに挑戦した。

結果から言うと、時間切れであった。もちろん、1時間、実際は30分の持ち時間でそこまで迫れるはずもない。だが、事前指導で指摘した生徒を活動させるための「指示」はずいぶん整理されていた。これは力がついたところであろう。

時間切れになったのは、実はもう二つ理由がある。混乱させた指示と作業時間の読み違いである。指示は良くなったのだが、一カ所別のように作業させてしまう可能性のある指示があった。ここに生徒役の学生が混乱したのが一つ。もう一つは、このぐらいでできるであろうという時間を読み間違えていたのである。

私は、中学校の定期テストを作るとき、自分で解答用紙に答えを書いてみて15分で解ける分量を用意していた。経験則で言えば、私が15分でできる問題は、生徒は50分ぎりぎりかかる。この感覚がなかったのである。まあ、持っている学生がいたら大したものだが。

ではあるが、指導案を練り直し続け、昨日も九時過ぎまで練習。今日も朝早くから来て練習している学生たちは、次が期待できるであろう。

今日も一日が終わった。
明日は堺市教育センターで講演。そしてその後、高槻で「同窓会」である。



2008/11/27

一種の実践記録である

児童総合演習のゼミでは、学生たちがフィールドワークに入っている教育の現場についての報告会を行う。今日だけで終わる予定ではあったが、発表がなかなかいろいろな課題や成果を携えているので、簡単には進まず半分ぐらいで終了。だが、それぐらい良い発表が多かった。

教育の現場は、待ったなしである。常に判断を求められる。学生たちはそれを直接見聞きし、ちょっとは自分の問題として実感している。そのときに感じたことを事実を元にして記録している。まだまだではあるが、一種の実践記録である。

呼称の問題から、子どもの人間関係に気がつく学生。
自分が子どもから呼ばれる、その呼ばれ方で人間関係に気づく学生。
子どもの生活の文脈に寄り添った説明をすることで、信頼を得た学生。

もちろん、私からヒントを言いながら解説をする場面もあった。

子どもが発する荒れた言葉の中に、子どもがこだわっている部分が何なのかを理解するヒントがあるとの説明をしたり、言葉を発しない幼児の行動の中に隠れている意味を発見することの大切さの話をしたりなどである。

来週はこの残りをする予定である。来週も楽しみである。

昼休み、明日の模擬授業をする国語科教育法の学生たちがやってきたので、二度目の指導をする。前回の指導を受けて本学のいろいろな先生方に専門的なことをお聞きしたりして、指導案を練り上げてきている。

で、その指導案とワークシートを元に、一部、どのように「指示」を出すのかを確認してみた。実際にやらせてみた。

残念ながら、うまくできない。指示を出した後、子どもたちがどのような動きをして、どのような失敗をするのかということが予測できていない。だから、指示が甘くなる。

できた生徒はどうするのか。できなかった生徒はどうするのか。どのようにヒントを出すのか。などなど、時系列的に子どもたちの動きを理解した上で、指示の言葉を出さなければならないのだが、ここができない。ここの部分を指導した。

午後、私の研究室の前の教室で明日に備えてリハーサルを繰り返していた。どのようになるか期待したい。

研究室が紙で溢れ出した。
いかん。
片付けなければならない。
しかし、なかなかできない。

ここには書けないあれこれの仕事があって、これがまた重要な仕事なのであって、それをするために走り回っている午後でもあった。二、三年後を見据えて今が踏ん張りどころだ。

でも帰ろう。

早起きして日吉大社

早起きして日吉大社に向かう。
滋賀県の湖西の紅葉の名所である。
いやあ、ここも凄かった。

Hioshi2

人は少ないかと思ったが、なんのなんの。
団体さんが多い。団塊の世代よりも上の人たち。
娘は、あちこちで声をかけられた。
よちよち歩いていると思わず声をかけたいのかもしれない。娘も愛想良く手を振ったりしている。

静謐な空気が満ちていて、なかなか良かったなあ。

午後から会議。
三つ。

一つ目と二つ目の会議の間に、研究室に学生たちが相談にやってくる。ボランティアで関わっている子どもの指導に関しての相談である。二時間近くあれこれ話した。

ちょっと学生が関わるには大きすぎる問題なので、学生のことを思いどこまで関われば良いのかを指示。こんな経験をして頑張っている学生は、なかなかいないぞと思う。

頑張りすぎずに、やってほしい。

会議は延々と続いたのであった。

2008/11/26

「私」という入れ物のなかに

相変わらず朝日が奇麗だ。
ベランダに出て、たっぷりと朝日を浴びる。

人間の体内時計は25時間で動いているのに、地球時計は24時間で動いている。なんで後ろに一時間ずれることを生命は戦略として選んだのであろうか。生命は一時間地球の時間と体の時間をずらすことで、生命の存続のために有利な環境を用意しているに違いない。それがなんだろうかと毎朝考えている。

たぶん、きちんとするより一時間の「遊び」を入れておく方が、活動しやすいということなのだろう。この余分な一時間を活動にまわすのか、休息にまわすのか、どちらを想定しているのかなあ。こんなことも考えてみたりする。

とまれ、朝日と夕日の色だけが、その体内時計を地球時計にリセットしてくれるとのこと。十分浴びよう。

2限の学級担任論では、学生たちが教師の一日を少しずつ担当して、五分間で実演してみる。今日は、朝の会、給食指導、昼休みを二つの班が順番にやった。

共通しているのは、語りが下手と言うことである。
思わず、
(そうか!)
となる語りがまだできていない。

呼吸が浅く、えーっという言葉が出てしまう。また、児童への問いかけも単調で、知っている児童は答えられるが、知らない児童は答えられないという単調な問いかけが出てしまったりであった。

ではあるが、チャレンジングな発表もあった。本学で特別活動論を講義して頂いている土作先生のミニネタの一つ「発声練習」をきちんと追試した発表である。学生たちからの評価も高かった。

たった五分間の実演ではあるが、学生たちの学びは結構大きかったようである。それは実演した学生も、見ていた学生もである。実演した学生は、思った通りにできなかったことにショックを受け、見ていた学生は、自分にはできないことをやる同級生がいると言うことにショックを受けるのである。

教育は常に具体である。理論は大事。ではあるが、目の前で起きる事実に具体的な指示、説明ができなければならない。「こうしたらいい」というのは分かっていなければならないが、それを実際にできなければダメなのである。だから、講義形式の授業でもときどきこのように実際にやらせてみることにしている。教育実習まで後一年を切っているのである。

学生の感想で面白いものがあった。
「先生(池田)は、五分間の学生の授業を見て、すぐに一つ一つに(へーっ)と思う指導の言葉を述べられていた。びっくりした。さすがだと思った」
のようなものである。勝手に驚くのは良いが、そんなのはあたり前である。たかが、学生の模擬授業ぐらいで見た瞬間にコメントができないで、大学の教師なんてやってられるわけないじゃないか。この程度のことで驚かれるようじゃ、私もまだまだだなあと思った次第である。

急いで昼ご飯を食べて、付属高校に向かう。国語の研究授業の講師を依頼されているのである。二年生の授業で『こころ』をディベートのような形で扱いたいので指導を頂きたいと言われたのが2ヶ月ぐらい前になるか。私は止めた方が良いと話した。政策論題のディベートの指導の経験者であれば、価値論題ディベートもまあ、指導できると思うが、ディベート指導の初心者では結構大変だというのが判断の理由である。

しかし、やるという。それであるならばそのつもりでこちらもサポートしなければならない。最初に、イクトスさんに『こころ』のディベートであれば、論題は何だろうかと相談。すると、「先生は善人である。是か非か」だという。事前に付属の先生に頂いていた論題はどうもすっきりしなかったのだが、イクトスさんのはさすがである。私もこれならすんなりということで、これを付属の先生に伝えた。その後、研究室にいらっしゃって事前の打ち合わせなどをしながら当日を迎えた訳である。>イクトスさん、ありがとうございました。

付属高校は、バレーボールの他、サッカーでも全国大会に出場を決めるぐらい頑張っている。これに合わせて授業の充実と言うことで研究授業にも熱が入っている。同じ教材をいくつかの教員グループになって指導案を検討し、それぞれの先生が実際にやってみるというのである。今回は、「講義形式の授業からの脱却の可能性をさぐる」というようなテーマで行っていたのである。

「国語科を実技教科にしたい」という研究テーマを持っている私としては、是非協力したい研究授業と言うことである。

授業の方は、チャレンジングに行われた。日頃の先生と生徒の人間関係や、生徒の学力などを知ることのない私は、深く入り込んで助言をすることはできない。ではあるが、目の前で起きた授業の事実の記録と、指導案に書かれた目指したい方向をもとに、授業後、1時間程度お話をする。

活動型の授業を展開する際、特に注意しなければならないのは「指示」である。これがきちんとできないと活動型の授業は成立しない。きちんと指示をするとはどういうことか。

1)なにをどのようにするのか、あらかじめ指示をする。
2)求めた指示の内容をしっかりとやりきらせる。
3)指示についてやりきった生徒を評価する。

ということである。この三つがパッケージとして行われているとき、指示が成立しているということになると考えている。ところが、国語科の教師は講義や説明で授業を進めることが一般的であるため、この作業に対する指示ということに慣れていない。そこで指示が曖昧になりがちになる。この辺りのことを中心に、改善するために何をしたら良いのかなどについて話をした。

私が言うのもおこがましいが、付属高校の国語科は伸びる、と感じられた一日だった。

その後、慌てて車に乗り込み、冷静に運転を始める。
名神高速道路経由で、大阪大学へ。凄い渋滞だったので間に合うかどうか心配であったが、間に合った。
19:00から、平田オリザさんの研究的な演劇が初演されるのだが、その劇に招待状を頂いたので向かったのである。

「働く私」と名付けられた20分程度の演劇である。

これは生身の役者二人と、ロボットの役者二人が演じる劇である。
つまりステージの上には、人間二人とロボット「二人」がいて、劇が成立しているのである。

ロボットの今後のあり方をあれこれ考えていた大阪大学のロボット工学の先生と、演劇のあれこれを考えている平田オリザさんが、それをサポートする企業とコラボして成立した企画である。三年後には商業ベースに載せるとのことであった。

なぜ、20分なのかと言えば、ロボットの充電が20分までとのことだったので、思わず笑ってしまったが、いろいろなことを考えさせられる劇であった。上演の後、パネルディスカッションがあり、フロアーからの意見交流等もあり、良かった。

私は意見と言うより、感想だったのでフロアーからの発言には手を挙げず、終わってから直接平田オリザさんにご挨拶かたがた、疑問と感想を話した。そしたら、「それはその通りなのです」との答えだった。何がその通りだったのかは、平田オリザさんの企業秘密に関わる物でもあるだろうからここには書かないが、
(を、おれの直感もなかなかじゃん)
と思ってしまった。

教師としての基礎学力をつけるということは、学生たちには強く求めたい。さらに、専門の教科のための知識も強く求めたい。そして、その上で教育とは一見関係のない本物に触れる機会を見つけてほしいと思う。ロボットの演劇なんて、今の私の仕事にはほぼ関係のないものであるが、たっくさんの刺激とアイディアを貰って帰ることができた。

「私」という入れ物のなかに無造作に放り込んだだけの本物が、有機的に化合し始めて、教育と言う文脈の中のある一つとして生成される経験を私は何回かしている。これは実に楽しいものである。高校の授業、平田オリザさんの演劇が、何かを生み出してくれるのを楽しみにしたい。ありがとうございました。

12月の「明日の教室」のご案内

12月の「明日の教室」のご案内です。

12月は、12月6日(土)13:30~17:00開催です。
講師は、仲里靖雄先生(立命館小学校)です。

糸井先生のブログからの紹介です。

引用開始 ーーーーーーーーーー

「算数の授業名人に、仲里先生という方がいらっしゃる。糸井先生、一度、見た方がいいよ。」
「明日の教室に、仲里先生を呼んでほしい。」
そんな声が、以前からありました。

で、私は、昨年度の立命館小学校の研究発表会にお邪魔した際、仲里先生の授業をじっくり見せていただきました。
いやあ、練りに練った授業というのは、こういう授業を指すのだろうなあというのが、感想でした。子ども達の反応も素晴らしかったのですが、反応を引き出す授業の構成というか、発問というか、指示というか、とにかく見事でした。

というわけで、今回は、仲里先生に、「授業構成のひみつ」と題して、たっぷり御講演いただくことになりました。

引用終了 ーーーーーーーーーー

日時:12月6日(土) 13:30〜17:00
会場:京都橘大学 児優館
講師:仲里靖雄先生(立命館小学校)
費用:一般2000円 学生1500円

なお、懇親会を17:30~予定しております。3〜4000円程度です。
あ、忘年会もかねますね。

申し込みは、http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P2213754
にお願いします。

お待ちしております。

2008/11/25

『あと2時間ぐらいで完成』

朝起きた時は、奇麗な朝焼けであった。
(あれ、今日の天気予報は雨ではなかったっけ? ラッキー)
と思って風呂に入っていたら、だんだん曇り空になり、雨が降ってきた。
今日の紅葉探索ツアーは、中止である。

雨なので、家の中で娘と遊ぶ。
奥さんが家事をするので、その間私が遊ぶ。
柔らかいボールを投げて蹴っ飛ばして遊んだり、ベッドの上で遊んだり。

昼ご飯は、菜の花のアンチョビソースパスタを作る。まだ花は付いてないが、それなりに美味しい。昼からビールを飲みたいところではあったが、ぐっと堪えて午後の仕事に備える。

午後を仕事にしようと思ったのであるが、昼寝が長引いたのと娘が遊び足りない(っていうか、遊び足りるのっていつごろだ?)ので、また遊ぶ。

やることあるのになあと思いながら、たっぷり遊んであげようと思ってします。娘が寝てから仕事はやればいい。起きている時間は遊んであげるのが良い。ただ、押し詰まってきたぞf(^^;。

娘が遊び疲れて寝たので、私は後期の授業の最終調整を行い、それぞれの授業のゴールを確認して、今後の授業の進め方のイメージを確認する。ここがずれるとゴールにたどり着けないからなあ。あと、後期の授業は7回ぐらいである。

さらに、マックが壊れていたので取り組むことができなかった、週末の堺市教育センターでの講座の資料づくりも行う。あと2時間ぐらいで完成のところまで来た。

そう、『あと2時間ぐらいで完成』と奥さんに話したら、
「よく、あと2時間で完成って分かるわね」と言われた。

うーん、あまり考えたことはなかったが、確かに言われてみると不思議なのかもしれない。だが、この残り時間が分かると言うのは大事なことかもしれないし、ある程度熟練してこないと分からないことかもしれない。

自分の力量と完成させようとしている仕事の内容の双方を把握できていないと、これは言えないからだ。もちろん、相手が絡む仕事の場合はこのように単純にはいかないが、少なくとも自分がやる仕事に関しては、だいたいでいいから仕事が全部でどのぐらいかかるのか、残り時間がどのぐらいなのかを考えられるようになることは、大事なのだろうなあ。

さ、明日は付属高校と大阪大学へ出かけるぞ。

2008/11/24

大掃除の楽しみ

嘗て、青梅の教員住宅にいた時、換気扇の掃除は私の担当でした。簡単な仕組みの換気扇だったのですが、この掃除が結構面白くできるのです。イクトスさんのブログにコメントをしたところ、喜んでくださったので、私の方にも挙げておきます。今年の大掃除の楽しみです。

換気扇掃除は、ちょっと工夫すると、翌年が非常に楽になるので楽しみでした。

1)木工用ボンドを、掃除の終わった乾燥した羽根に塗る。
2)乾いたら取り付ける。
3)翌年の掃除の時は、ボンドをはがす。

これでおしまいです。
ボンドはちょっと水で薄めてもいいかもしれません。
奇麗にはがれますし、簡単で楽しいものです。
お試しあれ(^^)。

マックが修理から戻ってきた

11/23

世の中は三連休とのこと。
あまり実感はないのだが、三連休。

来週の水曜日に研究授業を控えている先生は、土日をクラブの指導に費やし、月曜日に最終の指導案を書き上げると話していた。教員の三連休はこんな感じで過ぎて行くのを、世の中の人は分かっているのかなあと思う。

私も現場にいた時は、クラブか研究会に参加していて、家族で連休を過ごすなんてことはなかったと思う。が、職種も変わり今までの休日が休日にならないような生活にもなってきているので、休めるときに休むことにする。

疲れを取るための休日と、あれこれ楽しむための休日の二種類の休日の過ごし方があるが、せっかくであるので本日は後者の休日を過ごす。

のんびり午前中を過ごそうと思い、昼風呂へ。
そしたら、何か家に届いた。インターフォンの音は風呂でも分かった。奥さんが対応。
何だろうと思っていたら、なんと、マックが修理から戻ってきた。
は、早い!

水曜日に修理に出したのに、日曜日の朝には戻ってくる。
う、うれしい。
すぐに電源を入れて確認してみる。
オッケーである。
すべて治っている。そして、データの損失もない。

いやあ、さすがマックである。
よし、これで仕事に戻れる。

だが、今日はオフその2である。

昼前に比叡山を越えて、北野天満宮に向かう。豊臣秀吉が作らせた紅葉の名所が、整備され直したと言うので見に行く。入り口には、「見ごろ」と赤い字で書かれていたが、実際はまだ五部咲きであった。いや、咲かないか。その上、曇りがちの空では、紅葉の色が出にくい。

が、光が射したとき、一部の紅葉は美しくなった。
紅葉を見る時は、晴れの日がいいなあ。

Kitano1123

その美しくなった紅葉を愛でながら、作ってきたおにぎりを食べる。
お茶とおにぎりで子どもと一緒に美しい景色を見ながら、お昼ご飯。
なんでもないことだが、そのなんでもなさに、幸せを感じる。

特別なものに幸せを感じる若者時代。
なんでもないものに幸せを感じる、若者時代の後。
人生はうまくバランスが取れているなあと思う。

娘は、最近階段とか、橋を見つけると目が輝く。このお庭にもいくつかの橋と階段があったのだが、もう夢中であった。お客さんが多いので、迷惑になるから止めようねと言っても無理。そこで人がいなくなったときに、ほれ!とやらせて、増えてきたら抱っこしてその場を去ると言うことを繰り返す。ふう。

これもまあ、楽しいものだ。

お庭の後は、きちんとお参りをする。
私のブログにやってくる中学生たちが合格しますようにともお願いしておきました。実は、「自己PRカードの書き方」というエントリーにやってくる(おそらく)中学生たちが多いのだ。毎年11月になると急にそのエントリーを見る人が増える。ご縁ですので、お祈りしておきました。

境内は七五三の家族でも賑わっていた。西日を浴びて銀杏も奇麗。
(うーむ、来年は娘も「数え年」で七五三であるなあ)
などと、あれこれ。
奥さんと
『ああいう着物は、いかがなものか』
なんてな話もする。素直に、赤い着物がいいなあと思った。

勢いで、上賀茂神社まで足を伸ばす。
下鴨神社までくる観光客はいても、上賀茂神社までは来ないだろうと思って行ったのだが、甘かった。駐車場はいつもと違ってものすごい数の車。びっくりである。

だが、ここの紅葉は凄かった。
西日が沈んで行くに従って、照らす紅葉が移動して行く。
「秋の夕日に照る山紅葉」である。

Rimg0627

今日は第四日曜日ということで、手作りの物を扱うバザーも開催されていた。
なかなかのにぎわいである。プロもアマチュアも自分の手作りの物を売っていた。

いやあ、やっぱり京都の紅葉は凄い。

2008/11/23

よくこの週を乗り切った

11/22

京都教育大学付属小学校では、野口芳宏先生や土作彰先生が講座をされている。
出掛けて学びたい思いは山々であるが、今日は完全オフとした。
今週の疲れを取っておかないと、また倒れる。
というか、今週も倒れていたが。

盛岡と兵庫の出張の合計移動距離は、2000キロを超えている。
一般企業に勤める社会人であれば、この程度の出張はなんでもないのかもしれないが、
こちらは、一教員。授業をしつつ、この出張は結構大変であった。

その上、急な胃腸の痛み。点滴で乗り越えたから良かったものの、
授業もディベートの対戦や模擬授業など山場にかかっているものが多く、
こちらも万全な準備で乗り越えて行きたいものばかり。

いやあ、よくこの週を乗り切った。

朝風呂に入り、ハンモックで寛ぐ。
娘を抱っこし、遊ぶ。

午後からは、久しぶりにガーデンに向う。
今月末で今年の営業を終えるガーデンは、咲いている花の数も少なく来年に向けて刈り取りも進んでいる。ブライダルフェアをやっているのか、ときどきカップルがガーデンの中に案内されて入ってきて、式場なども見ている。

私は娘と二人で、芝生の上でボールを蹴って追いかけたり、寝転んで空行く雲を眺めたりしながら過ごす。琵琶湖には、いろいろな大学のヨットが大会でもあったのであろうかたくさん。一日が終わり、ハーバーを目指して進んでいた。

帰り際に受付のおばさんとちょっとお話。
「ま〜、しっかりと歩くようになったのねえ。○○ちゃん」
受付のおばさんは、娘を名前で呼ぶ。

「も〜、本当にどうしてこんなに可愛いんでしょ。最近の赤ちゃんにない可愛さよね」
『名前も古風ですので、昭和のテイストの娘です』
「なんというのかしら、ほら、いわさきちひろさんのイラストの中に出てくるような感じよね」
『ありがとうございます。我が家ではジブリ体形と呼んでいます』
「あら、そうね。トトロにも出ていそうね」

なんだか分からないが、受付のおばさんたちには受けがいいい。

ゆったりであった。

Rimg0329

模擬授業その1

11/21

早起きして、あまりにも汚れてしまったミニクーパSを洗車。こういうとき洗車スペースがあると便利だ。冬になってしまった朝に、洗車というのはちょっと寒いが、その間に湧かし直していた風呂に洗車後飛び込む。これも一興である。

しかし、洗車をしたと思ったら、雨。
人生は思うように行かないようにできている。

ディベートの授業は、今日で前半が終了。学生たちは、自分で論をコントロールする事の難しさと面白さを感じ始めている。あと半分の授業で、伸ばせるだけ伸ばしてあげたい。

授業後、大学に届いているメールについてあれこれ。
特に研究授業の講師を引き受けたものについて、事前の指導が結構有って時間がかかる。
気がつくと、5限の授業開始が迫っていた。

今日の国語科教育法2は、模擬授業その1である。この国語科教育法2の大きな山場の一つである。学生たちは、事前に私の指導を受け、本番に臨む。はずであったが、今日のグループは事前の申し込みが遅れたため、私のスケジュールが合わずに事前指導無しで、授業に臨む事になってしまった。世の中は自分中心に回っていない。

90分の授業のうち、30分模擬授業を行い、30分質問と意見を学生が述べ、最後の30分を私が講評するという授業の構成で行った。内容は古典の分野で短歌。中学校3年生を対象にしてもの。学生たちは、授業担当者はリクルートスーツという出で立ち。
結果、指導案レベルでは頑張ったものとなったが、授業そのものは駄目なものになった。

事前指導を受けていれば、指摘する部分が直る事なく授業に出るので、大変な事に。本人たちはこれで良いと思って準備をしている。リハーサルもしたというのであるが、聞いてみるとプリントを配る時間は考えていないし、板書の時間も甘く見積もっている。

コンサートや演技でを行うプロであっても、リハーサルは本番通りに行う。それなのに、授業をほとんどした事のない彼女らが、したことにして、リハーサルをするというのは話にならない。また、授業の内容そのものもつかえるネタは沢山あるにもかかわらず、それを使う事なく流してしまうので、授業の中に必要な生徒にとっての発見や驚きがない授業となってしまった。

どうしてこのような授業になったのかを、私は延々と説明する事となった。
授業をやった学生たちは、非常に苦しい思いをしながら私の解説を聞いていたであろう。
ディベートで鍛えた、メモの力。つまり、授業の事実に基づいておかしな所を指摘し、改善点を提案しつつ、駄目な所は駄目とバッサリと切る。

しっかりと受け止めて、教育実習までに力を付けてほしい。

授業後、来週模擬授業を担当するグループが事前指導を受けにくる。来週は、小説ということで「走れ メロス」を扱うとの事。これはさけて通れない教材である。さて、どんな感じかと指導案を見ると、割と考えている跡を見て取れる。その上で、どの方向に展開していいのか呻吟しているという感じである。

こういうものについてあれこれとさらにかき混ぜるのは、面白い。彼らの発想が簡単に一つに纏まってしまわないように、いろいろな可能性を話すことが大事になってくる。結局2時間ぐらい相談に乗る事になった。

だが、この話し合いは私にとっても、もう一度「走れ メロス」を考え直す為に面白い時間となった。かつて恩師竹内常一先生が、「君たちと一緒に読んだから『高瀬舟』が分かった」とおっしゃっていた。それは最終授業の会だった。企画した私たち卒業生へのリップサービスかとも思ったが、実際に学生たちと読み込む授業をして行く中で、あれは本当だったんだとわかることも沢山出てきた。面白いものだ。

さあ、来週の模擬授業も楽しみである。

家に帰って久しぶりにビールを飲む。
うむ、体調も戻ってきてるようだ。

あとは、マックが戻る事を楽しみにまとう。

ふう。仕上がった

11/20の2

ふう。仕上がった。

仕上がったのは、日付が変わっていたな。
いつもなら、朝方もう一度確認してから送るのだが、今回はギリギリなので何回か見直して送ることにした。
朝方もう一度確認してみて、駄目なところが発見出来たらまた送り直せるだろう。

寝る前に、原稿の絡みで「そんな暮らしの中で」を聞いてしまった。youtubeである。これがまずかった。そこから始まって次から次へとあの黄金時代の楽曲を聴きまくってしまった。「三号線を左に折れ」「君と歩いた青春」。ああ、駄目だコレは。

で、辿り着いたのが「夕凪」と「風に立つライオン」である。
「夕凪」はあの感動的な間奏のギターソロが途中で飛んでいて非常に寂しい思いをした。私が初めてギターソロに挑戦したフレーズなのに、がっかりであった。が、楽曲はしみじみ。あの時の光景が本当に思い出される。

さらに、「風に立つライオン」である。
知っている人にとっては当たり前であるが、名曲中の名曲である。
夜、原稿を書き終わって興奮している頭で聞いては駄目だね。
とてもじゃないけど、寝られない。

明日の授業の確認をしてから寝る事にしよう。
いま、私に出来るのは、これだ。

本日、推薦入試日

11/20

本日、推薦入試日。
寒い朝だが、すっごい綺麗な朝焼けであった。
夕ご飯を食べてさっさと寝たので、早起きしてしまったというわけだ。

Rimg0158

集合時間は9:30amであったが、8:30amに大学に行き、大学に届いているメールをあれこれとやる。大学に届いているメールは大丈夫。ではあるが、ニフティウェブメールを使えば大丈夫ではないかと思いつく。あ、大丈夫だ。

ではあるが、資料が全て修理中のマックなので、資料を元にする仕事は中断。すみません。

推薦入試の採点は思ったよりも順調で、思ったよりも早く終わる。受験生は減っていないのだから、これはいい塩梅である。久しぶりに明るいうちに大学を出る。

授業に必要な備品をホームセンターなどで購入することができた。このところ、こんな時間に帰れないからなあ。

それで、娘とお風呂。いやあ、嬉しい。琵琶湖の噴水も久しぶりだ。三人揃っての夕食も本当に久しぶり。早く帰るとこんなに良い事が待っているのは分かっているが、これがねえ、なかなかねえ。

娘は、芸を憶えてきている。長い紙筒の片方を持って押しながらリビングを歩く。時々しゃがんだりして、テーブルの下の床もこする。なんであろうかと思っていたが、これは、お母さんの掃除の真似。びっくり。

さらに、今日は
「はい、クルクルクルクル」
と言って見本を見せたところ、すぐに憶える。そして、「クルクルクルクル」だけで回るようになった。

うーん、楽しい。早く帰るのがいいなあ。

本当は、一緒に寝たいのだが、体調不良で〆切を過ぎてしまった原稿がある。ここは頑張って書かねばならない。よし、一踏ん張りだ。

マックの調子がおかしい

11/19

夜中に何回も起きた。
とんでもない腹下しである。水しか出て来ない。
昼ご飯は沢山食べたのになあ。

今日は午後から兵庫まで出掛けて行って模擬授業をしなければならない。
片道二時間かかる。
食欲もない。
慌てて近くの消化器内科のある病院を探して、受付開始と同時に飛び込む。

症状を話し、触診をしてもらう。
ウィルス性の大腸炎という診断がでたら嫌だなあと思っていた。
そうしたら、出張は取りやめて、大学の授業は休講にしなければならない可能性もある。

先生の見立てはお腹風邪。食中毒であれば、もっと痛みが激しいとの事。
良かった。

しかし、身体がフラフラなので、点滴を打ってもらう。
夜もぐっすりと寝る事が出来なかったので、点滴を受けながら寝てしまう。

家に帰り、薬を飲みお粥を少し食す。さすがに、何も口に入れないで2時間電車に乗って
模擬授業をするのは無理と判断。でも、ドタキャンしないですみそうだ。

授業はなんとかなった。
責任を果たせてほっとした。

が、私のお腹風邪がうつったのか、マックの調子がおかしい。スリープで閉じたはずなのに、起動しない。
強制終了をして起動させても、駄目。うわああ。忙しい時に限って。
ま、データは毎日タイムマシーンで取ってあるから大丈夫だとは思うが、仕事にならない。

店で見てもらったら、ロジックボードが壊れている可能性があるとの事で、そのまま修理工場へ。
一週間はかかるとのこと。
うーん、厳しい。

家に帰ってきたのが9時。
流石にお腹はすいた。こんなに食べないのは何年ぶりだろう。
体重は4キロ近く減っていた。
ふう。

さあて、明日は推薦入試だ。

新卒の国語の先生の授業を拝見

11/18

美しい朝焼けだった。
一週間が始まる感じだ。

1118

学級担任論では、先週の続きで学級環境整備について講じる。
給食指導、清掃指導、美化活動などについてである。

学生たちは、毎週の課題で学んだ事をA4一枚で学級通信風に纏めて来る事を求められている。
毎週一枚というのは、実際の担任で書き慣れている先生にしてみれば、大した事のない量である。
しかし、書いていない先生にとっては、結構辛い量であろう。

これを学生たちに求めている。最初のころは、かなり時間が掛かった事であろうが、いまでは
一時間以内で出来るようになってきている学生も増えてきているのではないかと思う。

で、先週は「給食指導について、準備、食べ方、片付け方」のルールを示すための学級通信を書いてくることが課題であった。
学生たちは、感想で一様に
「いただきますと、ごちそうさまのタイミングを考えていてなかった」
と書いていた。自分で文章にしてみて、私の講義を聴いてみてその違いに気がつくのである。予習である。
これをきっかけにして、教育実習などでできるようになることを願う。

午後から大阪に出張。国道一号線は混んでいる。
中学校の研究授業の講師としてお招きを受けている。
学校の近くをぐるぐる15分ぐらい回ってしまい、到着が遅れてしまった。すみません。

新卒の国語の先生の授業を拝見して、その授業について指導をするというものであった。
研究授業には、多くの先生が参観に来ていた。その後の、検討会でも。
これは良い学校だなあと思った。先輩たちが後輩を育てようとしている。

しかし、若手の先生も多かったなあ。校長先生に伺うと毎年2~3人の新人が配属されるという。
これは、大変だ。

私は自分が実際に扱ったことのない教材だったので、内容にはあまり触れる事なく、
授業の進め方についてあれこれ話す。特に話したのは、指導言における「指示」についてである。

授業を拝見していると、先生の指導言が曖昧であったり、途中からぶれたりするために子供たちが
学習をしようと思っているそのエネルギーが萎えて行くのが感じられた。猛烈内勢いで白煙を吐いて
ホイルスピーンをしている子供たちというイメージがあった。

教師は、的確な指示をしなければならない。子供たちはぶれてしまう。国語の授業であれば
教師の指示がぶれても生徒の命に直接関わる事はないが、体育のプールなのでは直接問題になることすらある。

さらに、一度出した指示をあれこれ変えるようでは、子供たちは指示を聞かなくなる。
なんとなれば、変えても良いのだからである。そして、教師を信用しなくなる。
ここからクラスは崩れて行く。

全体を動かす時の基本は

1)聞く姿勢を作る
2)説明をする
3)説明のあと、まとめて質問を受ける
4)質問に答える
5)「はいどうぞ」と一斉に作業を始めさせる

である。もちろん、これと一緒に「一時一事」の原則もふまえていなければならない。

このようなことは、理解した上で意識して、相当やらないと普通は出来ない。
私は大学で学生たちに教えているつもりだが、彼ら彼女らが出来ているかどうかは分からない。
子供の前に立ち、一つ一つ意識してやって行く時に本当に身に付くものであるからだ。

授業後校長室で、さらに振り返りを行う。指導主事の先生や研究主任の先生も一緒に。
あれこれ指導を受けていた先生は、必死にメモを取っていた。
そりゃあそうだ「鉛筆の先から煙が出るぐらいにメモを取れと学生に言っている」と
言ってしまったからなあ。

家に帰って、風呂に飛び込む。
あれ、おかしい。
熱い風呂に入っているのに、身体の震えが止まらない。
それに、この私が食欲がない。
トイレにいくと、とんでもない事に。
食事もせず、そのまま、寝る。

2008/11/19

連絡が遅れます。

本日、兵庫県に出張。
電車のなかであれこれ仕事をしようと思っていたら、マックが立ち上がりません。通電はしているのに立ち上がりません。朝は何でもなかったのに。

慌ててショップに持ち込んだところ、ロジックボードがいってしまっている可能性があるとの事。そのまま修理工場いきになってしまいました。

ということで、メールでいろいろと以来を頂いている事などの、お返事が一週間ぐらいおくれることになってしまいました。すみません。大学の方のメールは見る事が出来ますので、何かの時は、こちらにメールを頂ければと思います。よろしくお願いします。

2008/11/18

充実した出張であった

というわけで一泊二日での出張は、充実したものとなった。昔からの仲間と今の国語教育や教育についてあれこれと語ることもでき、出張そのものも実りあるものとなった。

岩手山は恥ずかしがりやとのことで、その姿を一瞬しか見せてくれることはなかったが、紅葉の美しさに空気の静謐さとともに、気持ちを洗ってくれるものでもあった。

帰りは新幹線で一気に帰る。東京駅についたところで半分と言うのはなんとも大変だが、それでも5時間ちょっとで盛岡から京都というのは早いものだ。

この先、リニアーモーターカーが実現したら飛行機業界はダメージだろうなあと思う。だって、名古屋から京都までの時間で東京から名古屋までついてしまうのだからねえ。

家に戻ったら娘は絶好調であった。玄関まで迎えにきてくれて、お土産の入った大きな袋を持とうとしてくれた。重たいので一緒に持ってリビングに入る。なかなか嬉しい。

疲れがないと言えば嘘になるが、まあ、充実した出張であった。
さ、今日は、授業の後、大阪に出張である。

2008/11/16

というわけで、高度8900m

というわけで、高度8900m、140キロの追い風を受けながら時速980キロのスピードで日本上空を巡航中。岩手に向かってます。全国的に曇り空の本日ですが、雲の上は奇麗な夕日です。

昨日の興奮が覚めやらぬまま、公務出張で空の上の人となっております。その間に昨日のことを振り返りましょう。

今回はいつにもまして、あっという間の三時間半であった。第18回明日の教室である。

野中先生だけに語って頂ければ十分であったのであるが、先生の希望もあり、糸井先生と私も一緒に語ることになった。「後輩教師に伝えたい 困難な現場を生き抜くための仕事術」というテーマで三人で鼎談をすることになった。パネルディスカッションといってもいいかもしれない。

それぞれが20分ずつ基調提案をする。私が教員養成の現場から、糸井先生が小学校で新人教師を受け入れる現場から、野中先生が新人教師を育てる指導教師の現場からということで、それぞれ切り口を変えての提案となった。

野中先生には、当日の一週間前に資料を頂いている。私は、こういうとき資料を見ないタイプである。見ないでいて、自分の考えをまとめるようにしている。見てしまうと自分の意見が引きずられてしまう可能性があるからだ。

そして、見ないでやっていて、もし重なる意見があるとすれば、それは面白いということになる。糸井先生の資料も事前に見なかった。こうして、当日三人はそれぞれの資料を事前に見ることなく、基調提案をしていったのである。

さあ、これが面白かった。三人が三人とも触れていたのが「距離感」である。教師と児童との距離のとり方に触れていた。糸井先生は、さらに教師と保護者との距離のとり方にも触れていた。

思えば、嘗てこれらの距離のとり方は、児童や保護者が作り上げてくれていたのであろう。「三歩下がって師の影踏まず」という言葉を知っている子どもたちはどのぐらいいるのであろうか。もはや全滅ではないだろうか。何かで読んだが、「「三歩下がって師の背をキック」という時代になってしまっているとか。

そうであれば、これらの距離は、自分で取らなければならない。

そもそも、なぜ距離を取るのであろうか。これは学級担任論でも口を酸っぱくして話したことである。教師は子どもと近すぎると、叱れなくなるのだ。教師の仕事は子どもと仲良くなることではない。学校教育の現場の指導を通して、子どもをきちんとした大人に育てることである。

その際、叱るという指導は必ずある。しかし、子どもと近すぎる距離の教師はこれができない。近いところから離れると子どもたちは、裏切られた感じを持つ。遠いところから近づいて褒められると嬉しさを持つ。どのぐらいの距離を保てばいいのかは、ケースバイケースであるが、広めに取るのが良いというのが、一致した考えであった。

基調提案のあと、質問用紙に書かれた質問に答え続けることとする。私と糸井先生は10分ずつ。野中先生には30分以上お願いした。そして、さらに会場からの質問を受け付けて答えたり、参考図書を示したりとあれこれしつづけているうちに、終了10分前になってしまった。

いつものように感想文を書いてもらい、終了。早かったなあ。

そして、懇親会に突入。授業や行事で昼の部には参加できず、懇親会から参加する先生たちもいて、大にぎわい。

来年度から教員免許更新制が本格実施となるが、私たちのこういう研究会に来ている先生たちは免除するとか、この研究会を更新のプログラムとして認定するとかするというのが本当じゃないかなと思いながら、あれこれ話す。

とんでもない仕事量に必死で踏ん張って子どもたちのために働いている若い先生。四月からの採用に向けて期待と不安でどこから手を付けていくか分からなくなっている四回生。新卒先生の指導のバックアップをしようとして参加している校長先生。教職員研修センターでの新たな取り組みを考えている指導主事の先生。・・・。

本当にいろいろな人たちが、教育をなんとかしようとあれこれあれこれ語り続けている。考えてみればもう18回もやっているんだなあ。凄いことだ。

二次会に席を移し、終電の一本前までさらにディープな話を進める。野中先生もお付き合いくださった。またしても贅沢な学びの時間であった。

で、翌日風呂に入り、娘と遊んで昼過ぎに新幹線に飛び乗り、名鉄特急を乗り継いで中部国際空港からは岩手に向かう私であった。ちょっと寝違えた首が痛いが、公務には差し支えないだろう。

岩手に着いたら、岩手の国語教育を背負って立つ仲間と食事だ。これも楽しみ。
を、雲の上でも雲の向こうに夕日が落ちたようだ。

Tomorioka

2008/11/14

ほとんど準備は終わりました

明日の教室が、明日、野中信行先生をお招きして開催される。
今回は、「後輩教師に伝えたい 困難な現場を生き抜くための仕事術」
とテーマを立てて、野中先生と糸井先生と私で、提案をしつつ鼎談をする予定である。

そのための資料を野中先生からは早々に、一週間も前に頂いている。私は、いま最後の詰めをしている。

今回のテーマについて、私は「教員養成の現場から」ということで問題点や実践について20分程度最初に話すことになる。

この一ヶ月間、ちょっとした時間に考え続けてきた。出てきたものを順番にマックに打ち込みまた考えるということを繰り返してきた。そして金曜日の今日、これを構成し直して、ハンドアウトに作り込んで行く。

思いつくままに書いて、そして構成し直すと言うのは、私等のレベルでは、コンピュータとワープロがあってはじめてできる技だろうなあと思う。しかもマックでなければやらんだろうなあとも思う。さすが思考の自転車*1マックである。

で、マックのHDを今回のテーマのためにあれこれ検索してみたのだが、ちょっと驚いた。大学に移ってたった二年半であるが、実に多くのことをやっているなあと思うのである。教員養成と言うくくりでやればこれが専門になるわけであるが、授業名で言うと多くの授業をしてきているなと驚いた。

私が大学に着任したのは2006年の4月である。その年のフォルダーを見ていて、さらにびっくりしてしまった。自分で言うのもなんだが、今の大学での授業のスタイルがほぼ確立しているのである。これを最初から出来上がっていたと考えるか、進歩がないと考えるかは、いろいろとあるであろうが、指導の型があるんだなあと改めて思った。

着任一年目は、担当する授業の数も今よりは多くなかった。これから多くなることが分かっていたので、一年目にとにかく丁寧に作り込んで行こうと思って作っていたのも事実。

ずぼらな私は、マックに作ってそのまま保存しておくだけである。でも、後から簡単に検索できるし、すぐに活用できる。ありがたいことである。

さ、これを活用して明日の準備を終わらせてしまおう。

今日の国語科教育法2は、来週から始まる模擬授業の準備。
あーでもない、こーでもないとグループでやっている。
私はそれをみてからかっているだけ。

こういう授業がいいなあ。

そして、大学を出たのは21時となった。
でも、ほとんど準備は終わりました。
ああ、良かったf(^^;。

*1 自転車は人の歩く能力を、4倍に高めると言われている。マックも、その人の思考の能力をマックを使うことで4倍に高めるというコピーが、使われていたのである。

プロだなあと思った

昨日食事会があったので、今日は大学へ電車とバスで向かう。奇麗な秋の空に紅葉を深める山の木々が奇麗である。

昨日の満月も奇麗だったなあ。
秋の満月となれば、この詩である。

引用開始 ーーーーーーーーーー

逸題  井伏鱒二

けふは仲秋明月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあはせ
よしの屋で独り酒をのむ

春さん 蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿

ああ 蛸のぶつ切りは臍みたいだ
われら先ず腰かけに坐りなほし
静かに酒をつぐ
枝豆から湯気が立つ

けふは仲秋明月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあはせ
よしの屋で独り酒をのむ

引用終了 ーーーーーーーーーー

今年もこの月を気持ちよく楽しめたかと思うと、嬉しい。

山科の駅で大学に向かうバスに乗り込んだ。発車まで少し時間があるので、バスはバス停で待機である。中には降車場で客を降ろしたまま、ぎりぎりにならないとバス停に入ってこないバスもあれば、バス停で待機するバスもある。

乗客としては、バス停で発車の時刻まで待機してくれる方が座っていられるのでいいのだが、お客が乗ったままで休憩というのも気を使うであろうから、強くは言えない。

今日のバスはバス停で待機してくれた。
(を、これでメールの返事が書ける)
と思ってパソコンを開いて仕事をしていた。

「すみません。○○に行くにはどのバスですかね」
と言う声が聞こえた。バスの外でおばあさんが、聞いている。すると運転手さんは
「3番ですよ。時間を見ましょうかね」
と言って運転席をさっと立ち上がって、一緒に歩いて行った。そして発車前には何事もなく戻ってきた。

いや〜、プロだなあと思った。

大宅の大学に向かう旧道は道幅も狭く、舗装の荒い部分もある。しかし、なんだろう揺れがほとんどないのである。乗客のことを考えて、安定した運転をしているんだろうなあと言うのが、分かる。使っているエンジンの回転域やアクセルブレーキの使い方も違う。

ブロの運転手さんは、小嶋運転手さんである。
勉強になりました。

NHK「わくわく授業」つながり

2限は基礎演習ゼミである。子どもの作品を読み続けている。ずいぶんと読めるようになってきた。テキストリーディングである。この先に、子どもが抱えている、または背負っている生活を踏まえた読み方、つまり作家論的な読み方ができるようになると、かなり子どもが見えてくるであろうと思う。

私は国語の教師でもあるので、基礎演習ゼミでも言葉にこだわってしまう。日本語にこだわってしまう。であるが、学生たちはこれが面白いと言う。

面白いと言われると、あれこれしたくなるのが教師の性。
「何か面白い日本語の本はありませんか?」
と言われ、ゼミに持って行く。

面白いは、

funny
exciting
interesting

の三種類に分かれる。
学生たちは「まじめ」なので、どうしても「interesting」の本を読まねばならないと思ってしまう。そんなことは、ない。色々な「面白い」本を読むべきである。

今回は、それぞれの面白いに二冊ずつ本を紹介した。そして、学生の課題を書き込み回覧作文する際に、私の分としてfunnyの一冊『言いまつがい』を回覧した。

『いいか、絶対に笑うなよ(^^)』
と添えて。

言い間違いを笑えるのは、本当の言い方を知っているからである。笑いは知識がないと笑えないのである。そんなことに気がつく本でもある。ま、あまり難しことを考えることなく、どこからでも笑えて、言葉の面白さに気づく本ではある。

年間100冊読めと私は言っているが、こういう本も含めて100冊でいいと考えている。何も難しい専門書や文学作品を追いかけるだけでなくていのだ。

5限はキャリア開発講座。京都市教育委員会から澤田先生にお越し頂いて、絶品の授業を受ける。

澤田先生とは、NHK「わくわく授業」つながりである。私もこの番組に出演したのであるが、この時のディレクターさんが、澤田先生が出演された「わくわく授業」のディレクターさんでもあったのだ。それがひょんなところで分かり、ご縁を頂くようになった。

澤田先生とは、講義の始まる10分まえにちょこっと、本学の児童教育学科の教育方針を話した程度で、こんな話をしてほしい等の打ち合わせは一切しなかった。ところが、ところが。

お話しされる内容が、面白いように私が話したことと重なる。もちろん、その質の高さ実践の豊かさは、澤田先生の方がすばらしのであるが、関西であろうが関東であろうが、教育は同じなのだと学生たちは気づく。澤田先生は教育には「ぶれない軸」が必要だと仰っていたが、これは私が「哲学」と読んでいるものと同じであることを、学生たちはすぐに気がついていた。

講義のあと、食事へ。授業では質問しにくかったこともどんどん質問をして行く学生たちであった。クラブの練習が終わってから会場に駆けつける学生もいて、最終的には食事会は10人を越えていた。

「いい学生が育っていますね。京都橘大学、楽しみですね」
と先生に声を頂いた。お世辞であっても嬉しい私である。

食事会の後、駅に向かいながら先生と話をした。
不思議であたり前のことに気がついた。

自分を高めて行くと、そこには凄い先生、すごい人たちが多くいる。世界は広いなあと思う。しかし、同時に面白いことに、その広い世界は狭くて、
『え、○○先生をご存知なのですか?』
と繋がって行く。

世界は広く、世界は狭い。

実に不思議で当たり前のことであるなあと思う。

これで後期の私が担当するキャリア開発講座の授業はおしまいである。いい時間であった。藤原先生、澤田先生、ありがとうございました。

2008/11/12

面白いなあ、成長と言うのは

Rimg0222

午前中は、授業の準備。
琵琶湖は実に奇麗な秋晴れ。空の青が琵琶湖に映えて見事。
しばし、ベランダでボーッとする。日差しは痛いぐらいである。

一段落して散歩に出かける。
近くの皇子山公園へ。
いま、紅葉が見事である。

娘は私の存在等無視して歩き回る。
しかし、未知のものに出会うと私に助けを求める。
階段でひなたぼっこをしている猫に遭遇して、身じろぐ。

『ほれ、いけ!』
と行っても結局見つめているだけ。まだまだなのね。

坂道を歩いていたら、排水溝の上に乗っている鉄格子の前で立ち止まる。様子を見ていたら、覗き込んでいる。そして、そのままその鉄格子の周りを歩いてコンクリートの部分を確認してわたってくる。

Rimg0163

(をー、賢い!)
と思う。一つ一つを判断しているんだなあ。言葉も使ってないのにどうやって判断しているのかなあと思う。その後、私が見本を見せて
『大丈夫だよ、渡れるよ』
と話すと、恐る恐る渡って笑顔となる。
うーん、賢い。面白いなあ、成長と言うのは。

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そして、会議の水曜日に突入。
延々と会議であるのであった。

2008/11/11

さ、後輩よ、続け

学級担任論。本日は、

【学級の環境作り】 子どもは生活リズムと環境を土台にして学習を行う。そのために重要な「座席・掲示物・給食・掃除・教室美化」について指導方法を考える。

ということであったが、半分しか終わらなかったf(^^;。生活のリズムとは何か、生活のリズムの重要性、生活のリズムの整え方、生活のリズムが学習に及ぼす影響などの説明から、学習環境の座席、掲示物、給食指導と行ったのだが、途中でアウトであった。

自分で中学校で仕事をしていて、そして大学で教えてみてやっぱり思うのは、「これは教員の仕事なのだろうか?」ということである。深夜まで起きていて体調を悪くしてそのまま学校に来る。あたり前であるが、それを止めさせるのは親である。学校ではない。学校ではないのだが、学校がそれを担っているのが現実である。

学生たちに話した。

『こうして、なんで生活のリズムが崩れていることが悪いのかをきちんと保護者会等で親御さんに伝えることが大事になるんだな。

だが、問題は保護者会に来ない、来れない人たちだ。そして、生活のリズムを崩している子どもの親御さんたちは、多くの場合この保護者会にはこない。説明しようにも、いないんじゃ無理だね。だから、教師はあの手この手を使って情報を届けるんだな。本当にあれこれやってね』

教師は子どもの家庭の状況を知っている部分がある。だから、その子に応じてなんとかしようと思う。家庭によって生活のリズムが崩されている子どもがいる。親を直接批判することは、しないほうが良いと思う。

だが、時と場合によっては受け持っている子どものために、親御さんにも文句を言わなければならないこともある。子どももいない若造の「先生」が、人生の先輩である「親」にである。空回りしてでも、空振りしてでもやらなければならないときもある。なぜならば、担任だからである。

■□■

久しぶりに6限の授業。教育実習の事前指導の授業である。3回生の授業で私の担当ではないのであるが、今日は私が指導した4回生が教育実習の報告をするので聞きに行った。今日の教育実習は、後期の実習である。

彼女らのスピーチを聴いていて、
(成長したなあ)
と素直に思った。

教育実習をする前とした後では、学生はがらっと変わる。声が変わる、姿勢が変わる、授業を見る目が変わる。教育に対して懐が深くなるのである。私からするとやっと学生から、教育を担う後輩の一歩目を踏み出したという感じである。

不測の事態は毎日のように起きる。その瞬間、実習を終えた学生たちと指導している私たち教員は思わず笑う。しかし、三回生の学生たちは、きょとんとしている。トラブルを乗り越えた話をしている彼女らは、明るくこれを語る。愉快愉快。

話を良く聞いていると変な感触にも包まれた、
(あれ? この話どこかで聞いたなあ。あ、俺が話したことだ)
ということがたくさんあった。どうりでよくわかる話だf(^^;。

恐らく彼女らは、私が授業で説明している時は
(そんなこといったって、大げさじゃないの?)
(本当なのかしら?)
と思っていたであろう。

だが、彼女らはその私が説明した言葉を使って後輩たちに、「〜した方がいいよ」と話している。私の指導が届いたんだなあと思えてきたら、嬉しくなった。

中には、
「自信を持って橘大学の教職課程で学んでください。そんじょそこらの大学の教職課程なんかじゃ比べ物にならないぐらいの指導を私たちは受けています」
と言う学生がいて、それを他の発表者たちが聞いて大きくうなずいていた。

厳しく指導を重ねてきて良かったと思った。

授業後、発表者の学生たちに一言ずつ声をかけた。
みんないい笑顔だった。

さ、後輩よ、続け。

2008/11/10

あれ、あれさ、妻夫木じゃないか?

ふう。
明日の学級担任論と来週の学級担任論の準備が終わった。

今週やることが多いので、来週の授業の準備ができそうにもないので、今日必死に行った。ま、もちろんその前に必死に「ブラックジャックによろしく」を全13巻を必死で読み切りましたが。

この「ブラックジャックによろしく」のドラマ版は、思い出があるんですね。私の東京の住まいは、聖蹟桜ヶ丘なのですがここがロケ地なのです。この番組が放映されていたとき、私は14条特例で大学院に派遣されており、修士論文と格闘していたときに収録されていた訳です。

『あれ、あれさ、妻夫木じゃないか?』
「え?」

っとリビングで多摩川を見ていた私は、驚いて奥さんに確認しました。すると、どうやらそのようでした。慌てて飛び出してみるとまさに収録。それも最終回のラストシーンでした。

いあや、あの番組は良かったなあ。なんというか、成長ものには弱いんですかねえ。今回マンガで読み直して、やっぱりいいなあと思う訳です。

授業の準備というのは、いつもスリリングだなあと思う。

特に大学での授業は一発勝負で繰り返しなし。そして、最新情報も入れる、基礎的な理論は押さえる。作業を入れる。出典は示す、できればその出典の本の現物も揃えるということをするべきだと思っているので、ぎりぎりまで準備が終わらない。
このぎりぎりまで準備をするというのが、ちょっと「ブラックジャックによろしく」に似ているかなあなんて、思う。

感覚からすると授業は、6割が準備、2割が授業、2割が課題チェックなどという感じかな。この比率は他の大学の先生と比べるとどうなのかなあ。ま、当分変わりそうもないので、比べたところで意味はないのだが、ちょっと興味はある。

さて、次は今週末の「明日の教室」の資料づくりだ。糸井先生、野中信行先生からはもう届きましたよ。9pものの資料です。すごい資料です!

みなさん、お越し下さいね。

第18回の「明日(あす)の教室」のご案内 11/15です。

野中信行先生をお招きしての、今回の明日の教室は、今週の土曜日と迫ってきました。
京都の紅葉も美しくなってきました。
みなさんのお越しをお待ちしております。

詳しくはこちらです。

http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2008/10/1115-47cf.html

2008/11/09

どうしよう

気がつけば秋も深まったなあ。
床暖房をいれるようになってきた。

昨日の余韻を味わいながら、朝風呂。そして、ハンモックで寛ぐ。
娘はやっとハンモックが面白くなってきたようで、私の上に乗って騒ぐ。自分でハンモックを漕いでいる。

昨日奥さんが買ってきた娘の新しい洋服を着せてみせてくれた。
いや〜〜〜〜〜〜あ、可愛い。
どうしよう。
やっぱり一眼レフカメラを買おうかなあ。

            ◆

今日は(も)、親ばかの一日だ。
授業の準備は、え〜い、明日だ。

第五回関西青年塾

今日は、第五回関西青年塾であった。

私はここの顧問をしている。代表は土作彰先生。
土作先生曰く、
「ま、探偵ナイトスクープのキダタローさんのようなものをやってください。ははは」
と言われて、引き受けている。

明日の教室、関西青年塾と、主に若手の先生、教師を目指す学生たちに向けて研究会を開いているが、実に楽しいなあ。

『ブラックジャックによろしく』を読み直している。研修医の話だ。大学病院で研修を続ける中で、医療とは、医者とは、病とはというものを問い続ける。

その中で、一人の患者の命を救おうとしている研修医を、指導する立場の大学教授が
「医者は一人しか救えないが、私は研究で何万人も救ってきた」
のような台詞を言う。

大学の教員になり、今まで以上に研究に足場を移すものだと思っていた。が、どうも私はそうでもないなと感じている。

論文で自分の研究成果を世の中に問うことも大事だが、思った以上に授業や研究会などで直接後進を育てることの重要性を感じている。

ま、私ごときが自分で後進を育てるなんて言い方をするのも、おこがましい気持ちもするが、外側から見ればそういう役割を求められていることは、明白である。

研究会で学び、懇親会でも学び続ける後進のためにも、今私が直接関わっている二つの研究会には、出来る限りのことはして行きたいと、改めて思う。

懇親会で飲んでいるだけじゃないの?と言う噂も、我が家から聞こえてきそうではあるがf(^^;。

私がこの日扱った内容は「たほいや」である。学習ゲームのある意味王様と言ってもいいと思う。学習ゲームとは、「ゲームの中に、学習内容が内包されているゲーム」であるということができるだろう。

講座では、学習ゲームとは何ぞや、特徴、注意点を説明した後、実際に二試合を体験してもらう。二試合目は、各グループに任せたので、私はほとんど何もしない。そして、たほいやをしたあとに、たほいやでつけていた力は何だったのか。その他の国語科の学習ゲームなどについて解説をして、私の担当はおしまい。休憩時間に第三試合を続けているグループもあった。

この日の関西青年塾の後半戦を担当した中村健一先生からは、

「省エネタイプの授業ですね」
「昔、修さんが国語科を実技教科にしたいといっていたのを実感しました」

と言われた。

そうなのである。
教師が頑張るほど、子どもは力をつけない。教師は力をつけるが、子どもは楽をしてしまうのである。だから子どもたちを動かさなければならない。しかし、うまく動かすことの出来ない先生や動かない子どもたちがいる。

学習ゲームでは、ゲームが内包するルールが子どもたちをコントロールする。だから、教師がコントロールすることは非常に少なくなる。勝敗がつくことも、学習者を動かす要因になっている。

教師は、このゲームのルールの調整をすることで、学習者である子どもたちの学習状況をコントロールする。いわゆるゲームバランスである。ここが見えてくると、学習ゲームのみならず多くの授業で、このコントロールの要を体得することができるようになるのではないかと考えている。

多くのみなさんが、知的興奮を味わってくれたようであった。

ちなみに、「たほいや」であるがDVD教材になっている。

中村健一さんの講座は、フォローの技術と、帰りの学活で行うレク。中村さんといえば、お笑いの部分が強調されるし、その通りなのである。が、その一方で単に子どもたちを笑わせている先生というだけではないことも、参加者は理解したのではないかと思う。

教師は、子どもを伸ばすために指導をする。
その指導のやり方は、子ども、子どもたち、教師の力量やキャラクター、職員室などのさまざまな環境によって違ってくる。だから、一つのやり方だけを身につけることはあまり意味がない。

基本的な考え方を身につけようとし、さまざまな方法を手に入れようと学び続けるしかないのである。

そして、お待ちかねの懇親会(^^)。
あれこれ相談を受け、あれこれ話をした。やっと20歳になった学生とお祝いの乾杯をし、説教をし、仲間たちと夢を語り合った。その後、中村先生は例の秘技ご開帳された。めでたしめでたし。

2008/11/08

いよいよ。楽しみである。

ディベートの授業では、はじめて私がジャッジをした。マイクロディベートが終わり、改良シナリオディベートの第二反駁ありのディベートに入ったところである。

ディベートの指導をして行く中で、どうしても厳しいと感じるのがジャッジである。ジャッジは、ディベーターの議論をきちんとフローシートに残し、その残された議論から判定を下す。

だが、初学者にはここが難しい。さらに、通常のゲームの審判は判定だけすればいいのであるが、ディベートのジャッジは、なぜそのような判定を出したのか理由を述べなければならない。

「今のは、アウトです。ランナーの足がボールよりも遅かったからです」

と野球の一塁塁審はいちいち説明をしない。しかし、ディベートのジャッジはこれをする。これが初学者には難しい。だから、ディベートの学習では、最初の頃はジャッジの負荷を少なくするために、私の指導方法では工夫をしてある。

が、本格的なジャッジを理解させることは大事である。ジャッジが出来ることが、ディベートを、議論を理解して行くことになる。そこでこのタイミングで私が見本を見せるのである。

学生たちは、いままでやってきたジャッジは何だったのか。フローシートに記録するってのは、何だったのか。とショックを受けることになる。そうである。このショックから本格的なディベートが始まるのである。

先輩たちは、このショックを何回も乗り越えて力をつけて行ったのである。諦めることなく、乗り越えるようにね。いよいよ。楽しみである。

国語科教育法は、いよいよ模擬授業へ向けて授業観や国語観の話を進めて行く。正統的周辺参加の考え方等も教える。

さらに、指導する教員のキャラクターについても触れる。上越教育大学の赤坂さんの著書に、教師のキャラクター別の指導方法に触れた本がある。「学級指導困ったときの処方箋」では、教師の性格ごとにその指導方法が紹介されている。これは授業においても同じだと言える。

ただ、いまの学生たちは「キャラの設定」「キャラが立っていない」など、このキャラクターを全面に出して考える傾向があるので、最初に
『教師は授業においてキャラクターが大事である』
なんて言ってしまうと、そこばかり考えるようになると思われるので、基礎基本を教えてきたが、いよいよ再来週から模擬授業なので、このタイミングなのである。

いよいよ。楽しみである。

2008/11/07

娘の誕生筆

いやあ、うれしい。
やっと出来上がった。
娘の誕生筆である。

筆に使う毛は、いろいろな動物の毛である。イタチ、羊、馬、なかにはウサギなども使うことがある。ではあるが、一つだけ共通していることがある。それは、ハサミを一回も入れてない毛であると言うことである。

正確に言うと、始めて刈り取った毛を使っているということである。ハサミを入れてしまった毛は、筆先には使えないのである。人間も同じである。

子どもが生まれたら、作ってあげたかったのがこの誕生筆。胎内毛から作る。娘は生まれた時から髪の毛があったので、一歳になる前にカットして毛を手に入れることができた。

本当はもう少し伸ばしてもいいかな、そうすればもっと筆が作れるかなと思ったのではあるが、夏の暑い時期に長い髪の毛で汗をかいている娘を見ると、さすがに可哀想になり、誕生日の一ヶ月前にバッサリと切ったのである。

そのバッサリと切ったときには、女の子であった娘が男の子ではないかと思われるようになり、一部では悲しい思いをしている奥さんもいた。私の父親は、その姿を見て絶句していた。

後で聞いたら、
「いや〜、あまりにも赤ちゃんのときの修に似ていてびっくりした」
とのことであった。なんだ髪の毛を切ったことにショックを受けたのじゃなかったのね。

ちょうどその時、あごに出来ていた腫れ物も膨らむことがあって、可哀想な状態になってしまったのは、事実。でも、今は髪の毛も伸びて、あごも治って、そして、筆が手に入ったのである。

一生に一回しか作れない筆。
まあ、書道をやらない人にはどうでもいいのかもしれないが、私は作ってあげたかった。

大筆と小筆のセットで桐の箱に入れたのを一つ。
小筆を桐の箱に入れたのを一つ。

セットのものは嫁入り道具に持たせよう。
もう一本の小筆は、私が大事に持っていようと思う。

Fude

授業と言うのは実に手作りなのである

11/6

本日は授業を三つ、会議を一つ。昼休みに相談を二つ、夜に一つ受けた。あ、昨日の夜にメールで受けた相談の報告も受けたなあ。

いやあ、よく働いた。

夜の相談は、京都橘高校の研究授業に関してである。二週間後の研究授業では私が講師を依頼されている。これについて事前の相談と言うか指導と言うか、まあそういうことをしたのである。

18:00過ぎから始めて20:00過ぎまで、あれこれと。一つの研究授業をする際、この事前の打ち合わせが大事だと思うのだが、なかなか時間がとれない。

今日は授業と面談の後に、わざわざ研究室まで足を運ばれてきた橘高校の先生方とじっくりと話し込む。もちろん、橘高校の先生方は、指導の実力のある先生方である。その先生方が納得して、よしやってみようという提案を私はしなければならない。指導案を拝見し、どこにポイントがあるのかをその場で判断することになる。

指導案は、先生の力量や癖が出る。さらに、その先生のキャラクターが授業での指導に影響する。だからそれを読んで、私ならこうしないとか、こうするとかという断定的な話は意味をなさない。

『もし仮に〜だとすれば、ここは〜という方法はどうでしょうか』

と仮定の話をしながら、提案を進める。実際に授業をする先生方がやりやすくて、やってみたいと思えるものでなければ意味をなさない。授業と言うのは実に手作りなのである。

当該の研究授業の他にもあれこれ、私が今までやってきた授業の例や学生たちに国語科教育法で指導している内容を話す。

「それ、今度やらせてください」
『どうぞ、どうぞ』

何かのご縁で、こうして学校法人京都橘学園の高校と大学の教員をしているわけである。お役に立てれば幸いである。私としても実践が繋がって行くのを感じられる訳で、嬉しい。

こうして、学問の秋は深まって行くのである。

写真は、ガーデンで咲き始めた避寒桜。
秋の空に、桜もいいものである。

2

京都府立植物園を散策

忙中に閑を無理矢理作って、市内に出かける。
京都府立植物園を散策する。

まだ市内の紅葉は始まったばかりである。
が、ケヤキは見頃であった。

鴨川沿いのこの府立植物園は、駐車場代が一回800円と非常に高いが、敷地内は広く入場料は200円である。比叡山も奇麗に見え、池に映る紅葉は奇麗だと思われる。

市内の紅葉、桜の混み具合からすると、穴場やもしれない。

写真は、植物園のそばの鴨川の夕日。

Kamoyuukei

2008/11/04

同窓会のことをもう少し

同窓会のことをもう少し書こう。

>>・ 指導していたテニス部の娘たちからのプレゼント


と書いた。この話である。

当時私はテニス部を指導していた。軟式テニス部だったのを硬式に変えて指導していた。その時の生徒たちがこの代の卒業生にいた。よく頑張っていた娘たちだった。

同窓会のときに、久しぶりに顔を合わせても当然この四人の娘たちの顔はすぐに分かり、名前も分かった。結婚したばかりの彼女も入れば、三人の子どもを育てている彼女もいた。看護士で活躍している彼女もいれば、研究員で薬の開発をしている彼女もいた。

そんな娘たちが私のところにやってきて、
「先生、あの時のお礼です」
とのこと。
『?????』
なんだかわからない。
「先生は、私たちをレストランに連れて行ってくださったことを覚えていらしゃいませんか?」
『? なんだっけ?』
「あ〜〜、忘れているんですか。卒業の前に私たちをレストランに連れて行って食事をごちそうしてくださったではないですか」
(そういえば、そうだ。青梅の河辺にあったレストランに連れて行ったなあ)
と言われて思い出した。

小学校のときの音楽の増田先生に、高校生になってから小沢征爾さんのコンサートに連れて行ってもらったことがある。悪友と二人で。日比谷公会堂だった。初めて聞く生のクラッシック音楽は圧倒的であった。

コンサートの後、レストランに連れて行って頂いた。食事後、払おうと思ったら
「何言っているのよ、いらないわよ」
『いや、でも』
「じゃあ、こうしましょう。出世払いね」
私が初めて出世払いと言う言葉を覚えたのはこの時である。

その後、年賀状のやりとりもなくなってしまい、お礼は出来なっくなってしまっていた。

彼女たちを食事に連れて行こうと思ったのは、もちろん、一生懸命にやってきた娘たちに
『おめでとう、これからも頑張れよ』
という思いを込めたかったからだったと思う。
でも、今思い返してみると、増田先生にしていただいたことのお礼を、娘たちを通してさせてもらったのかもしれないとも思う。

教育は、恩返しはできない。恩送りしかできない。前には返せない、後ろに繋げるだけだ。私はそれをさせてもらっただけなのに、この娘たちは律儀に覚えていて、私の娘におもちゃを買ってきてくれた。あの時と今の気持ちを添えた手紙と一緒に。

私の娘はそんな訳があるのを知っているわけもないが、おもちゃを見た瞬間に飛びついて遊びまくっていた。いつか、大きくなったらこのおもちゃの訳を話してあげようと思う。

そして、
(うしゃあ、学生たちを厳しく育てよう。彼ら彼女らにも教師のいいところを味合わせてやろうじゃないの)
と改めて思う私であった。

(え? これ以上厳しくなるの?)
とブログを読んでいる学生諸君の声が聞こえてきそうではあるが(^^)。

ま、頑張れ。

関西青年塾2008 11/8 ご案内

今週末の講座のご案内です。
私も出ます。
良かったらどうぞ。
あと数名のゆとりがあるとのことです。

私は学習ゲームの代表格の「たほいや」の実際と、学習ゲームの理論を話す予定です。

引用開始 ーーーーーーーーーー

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃4┃第5回 授業づくりネットワーク関西青年塾2008(京都)
        〜大好評につき残席僅か!〜
      池田修氏・国語科 学習ゲームで楽しい授業づくり
      中村健一氏・子どもの力を引き出すフォローの技術
        /関西青年塾 塾長 土作 彰 tuttyan@kcn.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
関西屈指の教育情報発信基地・関西青年塾がお贈りする本年度第5
弾です!まずはNHK番組「わくわく授業」でもお馴染みの池田修
氏があの伝説の国語科ワークショップ型授業を90分間たっぷりと
お楽しみの上学んでいただけます。これは見逃せません。続いては
底抜けに明るい学級経営と子どものやる気を引き出すフォローの技
術のスペシャリスト中村健一氏の爆笑と納得の2講座です。

◆内容
池田 修「国語科 学習ゲームで楽しい授業づくり」
中村健一「最新版!中村流 オモロー学級づくりの秘訣」
中村健一「子どものチカラを引き出す!フォローの技術 実践編」

◆日時 11月8日(土) 13:00〜17:00

◆場所 キャンパスプラザ京都 2階 第2会議室
http://www.consortium.or.jp/contents_detail.php?co=cat&frmId=585&frmCd=14-3-0-0-0

◆参加費  一般 4000円/特別会員 3000円/学生 2000円
(特別会員=授業づくりネットワーク誌を年間購読している方。
 当日お申し込み頂いても結構です。)

◆定員 35名

◆参加申し込み
会場定員の都合上、必ずメールにて「関西青年塾参加希望」とお知
らせ下さい。参加費は当日会場にてお支払い下さい。
申込先「tuttyan@kcn.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

引用終了 ーーーーーーーーーー

だって、担任なのですから

学級担任論は、同窓会での印象的だったシーンを話した後、引き続き学校内における集団について。公的集団から私的集団へと話は続く。

公的集団のあれこれを説明した後、私的集団のあれこれについて話をして行く。担任をしているると
(あれ、あの子とあの子はなんで仲がいいんだろう)
ということに出くわすことがある。それは学校の集団ではなく、私的なことで関係が出来上がっていて、それが学校で見られるということなのだが、最初のうちは分からない。授業では、生徒の私的な関係がどのあたりで出来ているのかを話す。

学生たちは、私が解説をすると
「そーそー、そーだった」
と思い出した顔になる。自分が体験してきていることであっても、もう忘れてしまっている。思い出させることも大事。

後半では、学級集団を分析する目的とその方法をあれこれ伝える。分析の目的を彼らの学生生活の中の具体的な事象に関連して説明した後、Q-Uの見本を見せたり、子どもウォッチング関連の書籍を見せたりもしつつ方法を説明。だが、学生たちが一番インパクトがあったのが、私がやっていた方法。○○を使うものだ。簡単でありながら分析の仕方を分かってくると恐ろしい威力を発揮する。その方法を知った学生たちは、感想に
「鳥肌がたった」
「恐怖を覚えた」
「少し生々しい」
とまで書いている。

ではあるが、これは残念ながらここには書けない。書いてしまうと、どこで誰が読んでいるか分からないので、要らぬ誤解を生む可能性がある。道具や方法は、使い方を間違えるととんでもないことになる場合がある。だから、そのような方法は誤解の生まれにくい環境で、きちんと注意事項を示して伝えるのである。

このように、授業等の口伝で伝えて行く類いの方法も、教育にはあるのだと思っている。

その他にもこの集団を分析するために、私が学んであれこれやっていた方法を紹介する。
「そこまでするの!」
と学生たちはびっくりしていたが、そこまでするんです。だって、担任なのですから。全ての担任がしているとは思わないが、実力のある担任ならばほとんどの先生がやっているんじゃないかなあと思うことをあれこれ。

なんか、最近あれこれが多いなあ。
いや、隠すつもりはないんですよ。ただ、誤解が生じてもなんなのであれこれ。明日の教室等の懇親会で聞いて頂ければ話しますよf(^^;。

同窓会の余韻がまだ残ったままの学級担任論の授業は、私は、ちょっとしみじみしてしまった。

2008/11/03

吹上中学校卒業生の同窓会

久しぶりの実家でゆっくりと過ごす。
というか、二日酔いの体を横たえる。
弟の家族が遊びにきていたので、一緒に昼ご飯を食べに出かける。甥っ子ももう4歳になった。早いもんだ。

多摩湖の近くの自然散策道に立ち寄ってドングリを拾う。午後の日差しを受けて落ち葉からは暖かい匂いが。いいものだ。懐かしい多摩の匂いだ。

弟家族が帰るのを見送って、昼風呂に入り、出かける準備をする。さあ、同窓会だ。

1993年に卒業した青梅市立吹上中学校卒業生の同窓会である。私が教員になって5年目と6年目に担当した子どもたちである。もう、31歳になっている。私が教えていた時の年齢を、彼らはもう越えているのである。

同窓会で面白いのは、全く顔が変わっていない彼ら彼女らと会うことであり、お前は誰だ?というぐらいに変わってしまった彼ら彼女らに会うことである。同窓会の前には予習をして行く先生もいるが、私は基本的にはしない。しないで、その時にうける彼ら彼女からのインパクトを大事にしようと思っている。

受付開始と同時に会場に入った私は、一緒に受付をした。そして、一人一人とちょっとずつ会話をした。せっかく同窓会に来ているのに、一言も話をしないのでは勿体ないので、受付で話をするようにしたのだ。

最初は、31歳だった彼ら彼女らだが、だんだんあの頃の中学生の顔に見えてくるから面白いものだ。

一次会と二次会、さらには三次会までやってしまった。参加者は二次会からのメンバーも入れると卒業した人数の3/5ぐらは集まったのではないかと思う。参加した彼ら彼女らと会話をつづけ、実に楽しい時間を過ごすことができた。嘗ての同僚も私を含めて3人集まり、旧交を温めることもできた。

同窓会をしたくて教師をやっているわけではないが、こればかりは教師にしか分からない喜びを与えてくれるものである。

教師の仕事の喜びは何かと問われれば、私は「成長するもののそばにいられること」と答えている。中学校の三年間であれば三年間、同じ時間を同じ場所で過ごしてきた彼ら彼女らが成長する姿をそのそばで見続けることができること。これである。

そして、同窓会ではあの時、あの場所を巣立った彼ら彼女らが、それぞれの努力を重ねて、さらに成長した姿を見せてくれる。これを喜びと言わずに、なんというのであろうか。

あらためて、ざっと会場で彼ら彼女らを見渡した感じでは、みなそれぞれに成長している様子が感じられ、安心した私であった。

夕方の5時半から明け方までやっていたいので、話したこと、聞いたことは膨大な量になっている。一人一人の近況を聞き、相談に乗ったり叱ったり褒めたりしながら、時間を過ごす。覚えていないものもあるし、書けない事もあるが、今思い出せるものを簡単に書いてみる。

・ 指導していたテニス部の娘たちからのプレゼント
・ デジタル小説で人気投票NO1になった彼
・ 武将のような名前を子どもにつけた彼
・ みんなのために、昔と同じように甲斐甲斐しく料理を取り分けていた彼女。
・ 私よりも年上の男性と結婚した彼女
・ 歯科技工士の勉強をドイツまでしにいって会社を設立した彼
・ イラストレーターとして名をなし、ウィキペディアに項目のある彼女
・ 自分の子どもの担任が、嘗て習った先生になっていた彼女
・ あの頃していた悪さの裏側を解説していた彼

私のこともずいぶんと覚えてもらっていて、あれこれ言われた。

・ 授業は声が大きくて良く聞こえた
・ 字がきれいで読みやすかった。あの字、好きでした。
・ 気に入らない字を書くと、何回も消しては書き直してましたよね。
・ 私の名前を読み間違えなかったのは、先生だけでした。
・ よくギターで歌を歌ってくれましたよね。
・ あの国語の授業をもう一度受けたいです。
・ 高校からの国語の授業がつまらなくて困ってました。

・ 先生、NHKのテレビ「伝える極意」見ましたよ!
・ 赤ちゃんの名前なんですか。ブログに書いてないから。
・ 母親がよろしくって言ってました。
・ お姉ちゃんが、写真とってこいと言ったのでとってください。
・ 先生、大学の先生になったんですよね。やった!
・ 先生、奥さんは来ないんですか。会いたかったなあ。

私も覚えていることを話した

・ 横で一緒に飲んだ元生徒諸君一人一人のエピソード
・ スキー教室前の、ルールについての先生と生徒との討論会
・ 卒業式前の学級レク大会
・ 卒業式前の映画鑑賞会
・ 卒業式のあとの、クラッカーシャワー
・ 卒業式後の生徒が主催してくれた謝恩会のこと
・ あの学年主任の先生がいてくれたから、私たちがいたんだということ

などなどである。
幹事が本当に頑張ってくれて、実にいい時間を過ごすことができた。

ただ、同窓会を開いたときにいつも思うのは、この席に来ることの出来なかった彼ら彼女らのことである。

『おい、あいつはどうした?』
と何人かの卒業生の所在を聞いた。
「二人目の子どもを産んだばかりなので、来れません」
「仕事が忙しくて、時間が作れないと言っていました」
こういうのは、良い。だが、

「体調を崩していて来れません」
「ちょっと行方が不明になっています」

というのは、心配だ。
参加できるメンバーは、それなりに幸せなのである。だから、参加できる。しかし、私たち教員が思うのは、ここに来ることの出来なかった彼ら彼女らなのである。中には、

「まだ、自分はそういう席に顔を出せるほど、きちんとできていませんので、欠席します」

と言う者もいた。当時、いろいろとやってくれた彼である。同窓会ってのは、そういうことはなしになる席である。あの頃の私だって、今の私に比べれば授業は下手だし、今の方がもっときちんと指導できるのだから、その未熟な私に教わった彼ら彼女には申し訳ないと思っている。

しかし、あの時代をあの場所で一緒に過ごした、元生徒と元担任たちである。長い人生の中で、一瞬の一日であるがこういう時間を共有することに、なんのためらいがあるであろうか。

次回は数年後にまたやろうと言う話になっている。そのときには、
『おい、あいつはどうしている?』
と確認することが少なくなっていることを願いたい。

いい時間をありがとう。元気で。また会おう。

池袋に向かった

東京駅に着いた私は本屋を巡ってから池袋に向かった。

前からお誘いを受けていたのであるが、なかなか時間が作れなかったので、出来ないでいた飲み会である。東京の佐瀬先生のお仲間と一緒に飲むと言う会である。

今回は、同窓会のために東京に行くのであるが、一日早く東京に向かえば夜はなんとか時間が作れそうだと判断したので、一週間前にメールでどんなもんだろうかと伺ってみたところ、これがオッケーとなったのである。

三連休の初日にも関わらず、わざわざ池袋まで集まってくださいました。穴場的なイタリアンレストランで。久しぶりにワインを堪能しました。総計8人です。私が顔を存じ上げていた先生は、二人。後の方は初めてお会いする方。その中に、一人、ブログを拝見している先生がいました。

そのような布陣ですが、みなさんは私のブログは読んでくださっているようで、そこの話からいろいろと会話が進みました。

「先生、娘さんのお名前は何ですか?」

やはり、この話題が多いf(^^;。 早速同窓会ように持ってきた娘の写真を見て頂きながら、名前のお話しする。

「ああ、これでブログを安心して拝見できます。娘さんの名前と顔が一致したので、ほっとしました」
と言われました。ありがとうございます。

年齢的に学校の中心となって活躍する世代の先生方との話となると、よく出てくるのが管理職の話ですが、この日もあれこれと出てきました。

私は結果的に校長運は良かったと思っています。だいたい8割ぐらいは尊敬する校長と一緒に仕事をすることができました。その中でいまでも私が敬愛している校長の仕事ぶり、人柄などを話をしながら、理想の管理職や今の仕事の中ですべきこと等をあれこれ話していました。

他にも授業のこと、国語教育のこと、楽しい学年経営の話などあれこれ。
(今日は女性陣も多いし、終電で帰るってことはないだろうなあ)
と思いながら、話をしていたのを覚えているのは、20:00ぐらいまで。途中で

「そろそろ終電ではありませんか?」
と言われて時計を確認したら、23:00。ひえー。終電まであと18分である。会計もしないまま、
『すみません。今日はありがとうございました。是非、京都へもお越し下さい』
と話して、店を出る。

そしたら、後ろから走ってきた先生がいる。
私のウエストバックを持て来てくださったのである。危ない危ない。この中に帰りの新幹線の切符が入っているのであった。ありがとうございました。

無事、終電で実家に帰ることのできた私でした。

2008/11/02

さ、怒濤の11月が始まった。

さ、怒濤の11月が始まった。京都の紅葉を楽しむことは出来るのであろうか。毎週末にさまざまなことがあり、講師として出向くことも多い。頑張れ俺である。

しかし、なんというか関西に仕事場を移してから三年目であるが、こうしてつながりがたくさん出来ることはとてもありがたいことである。

生活の基盤が関西に移ったと言うよりは、生活の基盤が二つできたというイメージを持てるのだ。

授業をつくり、研究会を主催しということをして、改めて分かることはこれはとても勉強になると言うことである。

「教うるは学ぶの半ばなり」と言われる。これを越えるのが、授業をつくる、または研究会を主催するではないかと思う。

なんとなれば、授業をし研究会の主催で会場確保となれば、欠席がありえず主体的に取り組むからである。

分かってはいたが、事務仕事の苦手な私である。授業の方に力を注ぐことは、それはまあ当たり前であるが、研究会まではねえ。これを事務局を引き受けるとなるとみなさまに迷惑を掛けると思われるので、引き受けないでいた。しかし、そんなことを言っていられる立場でもなくなってきたので、えいやっと引き受けることにしたのである。

事務局を引き受ける以上は、私がやりやすい方法、つまりは失敗が少なくなる方法であれこれを考えようと思った。今のところ、それでうまく回っているようだ。良かった。

それでいて、私も学べ、若い人たちが学べるというのは、やって良かったなあと思っている。

ということで、午前中は朝風呂に入り娘と遊んで、いまは新幹線の中である。N700系のぞみを選んで、カッ飛んでいる。を、豊橋を通過である。11/8の関西青年塾でやる学習ゲーム「たほいや」の資料を座席で作りながら東京に向かっている。娘と奥さんに新幹線のホームで見送られて、1時間で浜名湖を通過である。早いねえ。

世の中は三連休で、その初日の今日は、いつもよりも新幹線が混んでいるな。って、そんな風に比較できるくらい、こんなに新幹線に乗るようになる人生になるとは思ってもいなかったが。

今回の東京行きは、明日、15年前の卒業生たちの同窓会があってこれに呼ばれているというものである。教師の仕事は激務である。激務の中で、一瞬の喜びを感じられることで、日々の仕事に向かって行っている。

だから、別に卒業生たちと飲むために教師をやっているわけでもないが、こうして成長をそばで見ていた彼ら彼女らの、その後の成長を見ることができるのは、実に嬉しいものだ。

さ、なんとか関西青年塾の資料づくりは8割程度終わったぞ。新幹線もそろそろ東京駅である。

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