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2008/12/18

午後はずっと研究室で原稿書き

12/18

1限は、もう一つやっているディベート関連の授業である。
今日試合をする学生は、通学に二時間以上かかっている。
兵庫から来るのだが、
(やばい。今日も濃霧になりそうだ。電車が遅れる!)
ということで、新幹線で駆けつけたとのことだった。

試合は、負け。
負けたのは悔しいが、それでも多くのことを学んで満足だと感想文に書いてあった。
ディベートは勝つためにやるのか。そうだ勝つためにやるのだ。
しかし、勝つのが最終の目標ではない。
勝ち負けは、最終目標のためのきっかけでしかない。

最終目標は、人間的な成長である。
ディベートを通して人間的な成長を身につけることにある。
試合の中身は、相手のあることだし、ライブだし、いろいろな結果になる。
だが、そこに至るまでの準備、取り組みが大事なのだ。

これをきちんと続けていれば、
新幹線代なんて、やがておつりが付いて返ってくるはずだ。

2限は、基礎演習ゼミ。今年最後なので、大学から学科からといろいとと連絡事項がある。

中でも大事なのは、3回生ゼミに向けてのアンケートである。学生諸君は、正月休みにじっくりと考えて3回生ゼミを決める。学生の希望とGPAで決まって行く。選ぶ際の注意事項を話し、質問を受けて来年度のことをあれこれ話す。

授業は『授業 人間について』の輪読から感想を出し合い、疑問点等を確認する。多かったのは、

・ 林竹二先生の話が長い。
・ 6年生には難しいのでは。
・ 使っている単語が私にもよくわからないのがある。
・ 寝てしまうんじゃないか。
・ 子どもの意見をあまり聞いていない。

と、どちらかというと否定的な感想が多かった。

私は
『手元にある今日配ったプリントの写真を見てご覧』
と。

そこには、林竹二先生の授業を、目をキラキラ輝かせて聞いている子どもたちの写真がある。「六年生には難しいのでは」「寝てしまうんじゃないか」という感想を述べた学生は、うーんと唸る。

『この本には、同じ「人間とは何か」の記録が後二つ載っています。一つは、小学校3年生で、もう一つは小学校1年生です』
「え〜!」
ということで、「6年生には難しいのでは」という感想も意味をなさなくなる。となると、「林竹二先生の話が長い」「使っている単語が私にもよくわからないのがある」「子どもの意見をあまり聞いていない」という感想だけが残ることになった。

『さて、これはどういうことでしょう』
私は授業の記録から、林先生がきちんと授業を展開しているなあと思うのだが、学生たちにはこの展開の妙がわからない。なんでもないやり取りの中に、展開の妙があるのだが、そこは読めていない。先生の視点でこの記録を読んでいない(読めていない)。子どもの視点で読んでいるのである。

『例えばね、ここはどう?』
と少しだけその展開の妙を説明した。
「なるほど」
となる。説明するとわかるのだから、まだ良しとするか。年明けに実際の授業のビデオを見ることにする。

授業を見るのと、授業をビデオで見るのではずいぶんと違う。しかし、テキストで記録を読み、ビデオを見ることで、通常よりは深い学びを得ることができるのではないかと思われる。

昼休みは、来年度の新入生キャンプのオリター諸君との顔合わせ。新入生キャンプの目的、留意事項、オリター諸君に期待することを手短に話す。

私があれこれやり方を言うのではなく、目的を示してあとはオリター諸君に任せる。これが私のスタンスである。一回生からの質問があった。

「打ち合わせは、先生から連絡が来て集まるのでしょうか?」
『ん、違います。先ほど示した目的を達成するために、君たちがスケジュールを立てて活動を始めます。私は相談があれば、聞きます。来てくださいと言われたらスケジュールを調整します。君たちが目的達成のため、ミッションコンプリートのために自ら動いてください』
という話をする。

学生たちに力をつけるには、あれこれ言う必要はない。目的、留意事項、期待すること。この三つで良いと考えている。

さらに昼休みに、学生が相談にきた。授業で
『学校の役割ってなんでしょうかね』
と話題をふったら、それにこだわってあれこれ考えている学生である。百科事典などで調べてきた結果をA4で5枚ぐらいにまとめてきたので

『君は相当暇なんだね』
と言うと、
「暇じゃありませんから」
と言いつつ、コメントを求める。
ならばと思い、
『2万字ぐらいの論文を書いてみたらどうですか』
とアドヴァイスする。学校の役割を2万字で書ききれるかどうかと言うとかなり難しいであろう。しかし、論文の習作として書いてみるというのは面白い試みでもあろう。

私の修士論文を取り出して、あれこれ論文の書き方のインスタントな指導を行う。
『まー、君は暇だから書けるかな』
「先生、暇じゃありませんって」
『まー、じゃー、そういうことにしておこう』

どんな論文になるのか、これはこれで楽しみである。

学生の論文は楽しみだが、私に与えられている原稿は楽しみではないf(^^;。
うーん、締め切りは一週間延ばしてもらえたのでほっとしているが、年末年始を過ごすためにはなんとか仕上げなければならない。「学校でしかできない授業」というお題である。私が読んでみたいものだと思うタイトルである。

そうか、私が読んでみたい内容を書けば良いのか?
そう簡単にはいかないだろうが、これもヒントにしつつ書き進めよう。

ということで、午後はずっと研究室で原稿書き。
うーむ、うーむ。






















散歩してこよう。

を、歩いてきたらアイディアがまとまってきたぞ。
あと一週間でなんとかなりそうだ。
学科の忘年会をキャンセルして頑張った甲斐があったようだな。

うし!

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コメント

学生で5枚ですか。
立派ですねえ。自分を見ているようです。
ぼくは、2枚でしたが・・。

ちなみに僕が書いたのが、
教師をめざす学生の新しい学びとして、
大小連携で、大学生が京都市内の学校へボランティアとして入っていく。市内の小中学校と連携を。
という訴えでした。

恐ろしいです。今の佛教大学がそうなってしまいました。

その彼が化けてほしいです。

>と、どちらかというと否定的な感想が多かった

12月の時点で学生からこのようなコメントがくるということは…
講義をしている池田先生の授業は、学生に「本質を見る」視点を育てるものになっていない、とも読めますが…。

と、久しぶりにくってかかってみました。笑

なんていうかですね、池田先生は「一面的」だと思います。そして僕自身もそうです。だから正直なところ、僕は池田先生の考え方が好きではありません。でも嫌いにもなれないので複雑です。
なぜ嫌いになれないのか自分でも不思議です。たぶん、いろいろ理由はあるんでしょう。笑

でも、同時に「もっと分かってほしい」とも思っています。なんとも言いがたい、とても複雑な心境です。…人間って複雑ですね。

「分かってほしい」というのは、具体的には以下です。

池田先生は上からモノをおっしゃられるし、上下や師弟はあって当たり前でそうあるべきだという認識でいらっしゃると思うのですが、いかがでしょうか。
しかし、その「文化」に馴染めない「個」がいるということと、池田先生自身が「個」を従属させ相手を気持ちよく支配することのできる「力」を持っているということを分かってほしいと思っています。

僕は、池田先生の「力」を「下」ではなく「上」に使ってほしいと思っています。具体的には、教育改革です。対子どもや対学生ではなく、対社会や対構造に対して力を使ってほしいと思っています。これはまぁ、一意見として参考にしていただければと思います。

と、書きつつも、もう自分も「大人」なんだから、考え方の違いを認めて、うまくやっていかないとな、なんてことも思います。

でも、池田先生が無理をなされて耳を悪くされているところから、実は「本質」には気付いていながら知らず知らずのうちに既存の教育の文化に馴染もうとして無理をしていらっしゃるのではないか、と思うので、こんなことを書いてしまう次第です。

なぜ僕がそう思うのかというと、『学び合い』や林竹二さんを出してこられるからです。だから、「気付いていながら無理をしているのでは?」と思うのです。

でも、本当に難しいです。失礼しました。
あ、いつもいつも、失礼しています。

>>ながたくさん

今度、ながたくさんの卒業論文を頂けませんか。この彼に読ませてあげたいと思うのです。なんか学ぶ、書くということに面白さを見つけ出し始めたようなので、卒業論文のレベルの高さを見せてあげてほしいのです。
よろしくお願いいたします。

>>おすぎくん

ふふふ。いろいろあるのだよ。

今、見ました。送ります。
・・・と言っても大した出来ではないかもしれませんが・・。

ありがとうございます。
よい卒業論文とは何かを学生たちに示すことができます。助かります。
これからもよろしくお願いいたします。

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