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2008/12/09

鳥肌が立つ思いだ

ふう、なんとか終わった。
原稿の依頼に明日の授業の準備である。

明日の教室で企画している本で、執筆をお願いしたい方へ依頼のメールである。私のところにだけメールアドレスのある方を中心に、出版社からの依頼文が届く前に、事前依頼のメールを送った。

送った瞬間から返信の波が、日本各地からやってきた。

「了解!」
「なんで、池田さんの依頼を断るの?」
「勉強させて頂きます」

ありがたい。本当にありがたい。
正式な依頼の内容も見ていないのに、二つ返事で日本中の凄い先生たちが引き受けてくださっている。また、厳しいスケジュールを控えているにも関わらず、前向きに調整してくださる旨の連絡を頂ける先生もいらっしゃった。
鳥肌が立つ思いだ。

いい本にしたい。
少しでも、学校教育現場に立つ学生、立ったばかりの先生たちの力になれればと思う。

授業の準備は、結局やりだすときりがない。
たぶん、明日の90分の授業では終わらない。来週の90分でも終わらないかもしれない。だけど、そのぐらいは作っておかないと、きちんとした授業にはならないのは、分かっている。授業は恐ろしい。手を抜くと簡単に崩れてしまう。

授業。業を授けるのである。

『大辞泉』より引用開始 ーーーーーーーーーー

ぎょう【業】ゲフ

なすべきこと。仕事。わざ。「畢生(ひっせい)の―」

暮らしの手だて。生業。職業。「家の―を継ぐ」「菓子の販売を―とする」

学問。技芸。「―を修める」

ごう【業】ゴフ
《(梵)karmanの訳》

仏語。人間の身•口•意によって行われる善悪の行為。

前世の善悪の行為によって現世で受ける報い。「―が深い」「―をさらす」「―を滅する」

理性によって制御できない心の働き。

引用終了 ーーーーーーーーーー

もちろん、「ぎょう」と「ごう」は違うのだが、「ごう」の3番の意味、「3 理性によって制御できない心の働き。」というのは、なんか授業にも関係あるような気もしてしまう。

とまれ、なんとか終わった。
明日(というか、今日)の朝、もう一度見直せば大丈夫だ。さ、寝よう。

今日は、奥さんの誕生日でもある。早く帰ってこよう。

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