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2008/01/05

両親を連れて

1/3

なんというか、自分で言うのも変だが、○○○○○○会のような親孝行をしてしまった。
両親を連れて京都市内の神社仏閣にお参りである。

            ◆

父は、京都だけ来た事がないと言う。そこで、まずは「金閣寺」に出向く。私も人生で三回目である。本日の京都は本当に穏やかな青空。そこに輝く金閣寺は見事であった。

Kinnkakuji


(あれ、いない)

と思って父を捜すと、カメラを抱えて絶妙なポイントにいる。うーん、好き勝手な行動は血筋であったか。

            ◆

続いて、今宮神社でおはらいをする。体の痛いところのある両親にあれこれと。いつも誰もいないお宮は兎に角いっぱい。こんなお宮だったのね。

父の好きな炙り餅を店で食べさせようと思ったら、大行列。ごめん、諦めて下さい。
持参のほうじ茶@一保堂で勘弁してもらう。

体の痛いところが治ると良いなあ。

            ◆

食事をして、二条城、八坂神社経由で、三十三間堂から清水寺に行こうと思ったが、大渋滞で挫折。そのままバイパスに乗り、琵琶湖を北上。志賀あたりまで北上。

いやあ、奇麗だった。比叡山に沈む夕日。そしてそれを受け止める琵琶湖。この場所は、去年の夏に一人でのんびりした場所。

(ああ、9月には子どもが生まれるんだな)

と思った場所。そこに両親と一緒にいる。これも不思議な縁だ。他にも不思議にな縁をあれこれ聞く。びっくりする。

Yuuhi


            ◆

明日は、今日行けなかった名所にいくぞ。

2008/01/03

書き初めをした

書き初めをした。
季節感はないが、いまの気持ちを書こうとすると、
この詩になる。

まったくもって困ったものだ。
こんな詩を書かれたら、もう何も書けないじゃないか。
谷川俊太郎さん。

でも、こんな詩を書いてくれたから
幸せになれる。
ありがとう谷川俊太郎さん。

Kakizome

           ◆

東京から父母、弟家族がやってきた。
一気ににぎやかになる我が家。

久しぶりにわが娘に会う。
大きくなった事を喜んでくれて、大撮影大会。

           ◆

大人数だから夕食は中華。
いやー、こんなに多かったら食べられないだろうというぐらい頼んでも食べられるのが大人数の中華。食べたなあ。

甥っ子はもうすぐ4歳。どこで覚えたのかたくさんの言葉を話し、自分がお兄さんになったのが嬉しい様子で、
「赤ちゃんにミルクをあげる」
と言う。

反抗期が始まったというのに、妙に素直。
私のミニクーパーのミニカーを気に入って触りたそうだったので、壊れにくいものをひとつ貸す。こないだ会った時は、
『おい、オジさんのミニクーパーSに乗るか?』
と聞いた時は、怖くて乗れなかったくせに。

明日乗ったらビビるぞ。

           ◆

お外にいる間は、とても静かな娘。
さ、良い初夢を見るんだよ。

2008/01/01

「福の神だよね」

大雪の予報であったが、奇麗な星が空に出ていた。
(あ、これは初日の出を拝めるな)
日吉大社から家に帰る道すがら思っていた。

            ◆

奥さんが湧かしておいてくれた風呂に入り、体を温める。

ベランダに三脚を備え付けて、R7のインターバル撮影で一分おきに撮影する事にした。
それにしても、奇麗だ。
Pat Methenyの "A Map Of The World"の世界である。

Rimg0254_2

Rimg0257_2

聖蹟桜ヶ丘の日の出は6:58分ぐらいだったが、この地では7:10ぐらい。山の向こう側から出てくるので、赤い太陽ではなく、もう黄色い。

家族三人で、ご来光を戴く。

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            ◆

お雑煮は、結婚以来私が作る事になっている。我が家の雑煮は父の田舎、山形は庄内の雑煮である。祝い箸、おせちに、お屠蘇がわりの日本酒。ちなみに日本酒は、近江の名酒「不老泉」。

お屠蘇は年の若い順に戴く。娘は形だけ。
私もじっくりと味わう。

そして、寝てしまったf(^^;。

            ◆

奥さんが赤ちゃんの時に着たと言う着物を着せて、写真をとる。
鶴の模様の入った年代物の着物。
奥さんのおばあちゃんが御祝いにくれたものだそうだ。

しみじみ、いいなあと思う。

            ◆

午後からは近くの近江神宮に三人で初詣。
娘のこの地でのお宮参りをした神社。
その日は,平日と言う事もあってか誰もいなかった。
だから、そのイメージで出掛けて行ったのだが、これが大間違い。
凄い人であった。
しばらく並んで三人でお参りをする。

            ◆

鏑矢を買おうとしてうろうろしていたら、私の右側から指が伸びてきた。
「まあ、可愛い」
と言いながら娘の頬に手を伸ばす。
見ると、とっても上品なおばあさん。
「あら、こんな初めて会ったおばあさんにも笑ってくれるの」
と言いながら娘の頬を撫でてくれる。

娘の名前を言うと、
「まあ、おばあさんの姉妹にもいるのよ」
と喜んでくれた。
本当に上品な笑顔の素敵なおばあさんであった。

私と奥さんは
「福の神だよね」
と意見が一致。ありがたやありがたや。

他にも境内を歩いていたら、若者のグループに
「めっちゃ可愛くない?」
と呟かれたので、御礼に頭を下げる。
父としては、嬉しいものだ。

            ◆

お参りの間にもちらほらと雪だったが、帰ってくる事にはもう少し振ってきた。
娘は、ぐっすりとおやすみだ。

なんとも穏やかな元日である。

とうとう たら〜りたら〜り

「とうとう たら〜りたら〜り」
である。

            ◆

朝四時に起きて、寒さ対策を万全にして日吉大社に向かう。大晦日の新聞に、朝の五時から始まる大戸開神事で、観世流の「ひとり翁」が奉納されると言う記事を、奥さんが発見してくれた。

こう見えても嘗てほんの少しだけ能をかじった事がある。「翁」は正月等の目出たい時にしか演じられる事のない、珍しい演目である。これを無料で見る事が出来る。しかも、自宅から車で15分のところで行われる。行くしかない。

            ◆

20分前に到着。
日吉大社は、坂を上ったところにお社がある。これから上ろうと思った時に、灯籠の灯りが次から次へと消える。

(そんな。道が見えない)

慌ててデジカメを撮影モードにして、モニターの灯りを懐中電灯の代わりにして歩く。坂を上ったら神主さんと能楽師が並んで松明の光に照らされていた。

            ◆

境内まで音もなく静々と歩く。観客は5、60人ぐらいであろうか。わざわざこんな時間に見に来る人たちだ、奇声を発する人もなく、ただ静々と歩く。これが良い。

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大戸開神事であるからして、神主さんは例の大声とともにお社を空け、祝詞をあげる。そして、そのタイミングで、翁の能が始まる。

            ◆

翁と言う能は、お能の中でもかなり古いものと言われている。台詞も何を言っているのか分からない事が多い。「とうとう たら〜り たら〜り」というのは、翁の最初の仕手方の台詞である。

しかし、良かった。
松明の爆ぜる音しかしないなかで、仕手の片山清司さんの滔々とした声が境内に響く。この土地で暮らす人たちの魂を慰めるように、清めるように、鼓舞するように滔々とした謡いが響き、ゆったりとした舞が松明に揺れる。

Rimg0216_2_2


私もこの土地の一部になった感じすらする。

http://hanamochiya.hp.infoseek.co.jp/okina.html

            ◆

年末年始と関係なく開くスーパーやコンビニ。
ともすれば、日常のままの正月となってしまうこのごろ。
「ハレとケ」の区別のあった日本は、「ケ」の拡大や「ハレ」の膨張により、なにがなんだかわからなくなってきていると感じる。

近代は個人の確立を目指してきたが、個人の確立は個人が自らの社会の構築を求められる事になっていることに気がつかなければならない。面倒な時代でもあるのだ。

            ◆

人類の安定した繁栄。
家族の健康と安全。
学生たちの人間的な成長。

お祈りもしてきました。

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

2007/12/31

更上一層楼

先日、体験作文の書き方についての指導方法を、「関西ネタ研」でお話しさせて頂いた。

「作文で、『書け』『思った通りに書け』『丁寧に書け』というのは、指導でしょうか? 私は命令ではないかと思っています(^^)。例えば、家庭科の先生が調理実習で、『さあ、今日は調理実習でカレーライスを作りますよ。作れ』とは言わないですよね。でも、なぜか国語の作文では『書け』なんですよね。私はこれはおかしいと思うのです」

と話した。
そしたら、びっくりしたことに家庭科の先生が受講されていて、感想を頂いた。

引用開始 ーーーーーーーーーー

作文は、料理に似ている?
ということですが、私は家庭科の教師ですので、調理実習を指導する時の事を思い出しました。
まず、作るメニューに使う材料に含まれる栄養や、選び方、調理実習に必要な持ち物、心構え、手順、準備,購入についてと、実習に至るまでに指導や準備する事が本当にたくさんあります。
クラスで気軽に感想文や体験分を書かせていた事が、かなり無謀な事だった事が良くわかりました。

引用終了 ーーーーーーーーーー

私の仮説は証明された事になるf(^^;。

            ◆

中学生の頃、私は文章を読むのが得意であった。声に出して読むと言うのではなくいわゆる読解である。作者が何を言いたいのかなんてことは、割と良く当てていた。

だが、入試問題等を解いているとき、
(うーん。何を言いたいのか分からない)
と思える文章に時々であった。

そのときの私は、
(あー、流石に大人の文章は難しいなあ。理解できないんだなあ)
と思っていた。

            ◆

が、問題を解説してくれる先生から衝撃的な台詞が出た。
「あー、これは非常に良くない文章ですね。何を言っているのか分かりませんねえ」
(え? オレが悪いんじゃなくて、文章が悪いの?)

純朴な中学生であった私は、悪いのは私という固定概念が出来上がっており、文章が悪いなんてことを疑う事もなかった。

            ◆

子どもは往々にして私のような傾向にあるかもしれない。
以前、親の離婚を経験したことのある、成人した芸能人が言っていた台詞だ。

「親が離婚したのは、自分の所為だ。自分が悪かったから離婚したんだと子どもは思いがちなんです。だから、そんなことないよ。親には親の事情があって離婚したんであって、君の所為ではないよというメッセージを送ってあげないとダメなんですね」

子どもは、できないのは自分が悪いからだと思うことが多いように思う。大人もできないのは子どもが悪いからだと思うことが多い。確かにそういう場面もある。しかし、私の経験では「子どもが悪いから出来ない」となったときに、
(いや待てよ。もう少し工夫できないか?)
と考えたとき、工夫できる余地は結構ある。

子どもを甘やかすのではなく、出来るものとしての大人が、子どもに考えることを求めつつ、その子どもが持っている力を出せばなんとか出来るようにするような工夫がある。

ここをあれこれ考えるのが、プロとしての教師の仕事なのだという誇りを持ちたいと思ってきた。

            ◆

今年も後少しで終わる。
今年度の大学での残りの授業も、あと3回程度だ。

引用開始 ーーーーーーーーーー


登鸛鵲楼 かんじゃくろうにのぼる

            王之渙

白日依山尽
黄河入海流
欲窮千里目
更上一層楼

白日山に依って尽き、
黄河海に入って流る。
千里の目を窮めんと欲っし、
更に上る一層の楼。

引用終了 ーーーーーーーーーー

Photo_2


そんな自分でありたいと思う。

今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。

2007/12/30

抱きしめてくれ

(せ、背中が痛い)
左側の肺の裏側が痛いのだ。
うーん、娘の抱っこのし過ぎか?
どうも変な格好で寝たのが原因で体が寝違えていたようだ。

年末の忙しいところだが、午前中もう一度寝直すことに。
娘も付き合わせる。
グーグー。

内臓に痛みが来ているのかもしれないと思ってちょっと心配だったが、起きたら随分痛みがとれていたので、一安心。

            ◆

それにしても、さすがに今日はメールの数が少ない。
スパムメールは届くが、メールソフト「サンダーバード」の迷惑メール機能で、あっという間に消えて行く。

一瞬、
(ああ、私の人生にもこの迷惑メール機能があれば良いのになあ)
と思う。
そして、
(いやいや、面倒くさいことを乗り越えてきたからこそ、面白い人生になっているのだ。人生のスパイスになっているのだ)
と思い直す。

その面倒くさいところ、辛いところの渦中にいる時は、そんなことはとても思えない。が、モガキきってみるとそれが力を付けていたことに気がつく。だから、人生の「迷惑メール機能」があったらつまらない人生になるんだろうなあと、理屈では分かる。

            ◆

遠藤周作さんのエッセイにあったとおもう。

■□■

旅人が、歩いていると一人の乞食がいた。
乞食が旅人に、
「寒い。抱きしめてくれ」
と言った。
旅人は、黙って抱きしめた。
乞食は、
「まだ、寒い。もっと抱きしめてくれ」
旅人は、さらに抱きしめた。
乞食は、
「まだまだだ。もっともっと抱きしめてくれ」
と言った。
旅人は、さらにもっともっと抱きしめた。
そしたら、
乞食は、神になった。

■□■

遠藤さんは、これが人生であるというようなことを書かれていた。
たしか、この本を読んだのは高校生ぐらいの時で
(そんなこと、あるか?)
と思っていたが、これが分かるようになってきたということだ。

            ◆

夕方から、年末年始に向けての買い物。
大津の街をあれこれ車で動く。
娘は、あちこちをきょろきょろ。

私はあるものを気にしながら運転。
奥さんに言われていたのだが、たしかに、○○がない。
関東では当たり前のようにある、正月を迎える○○がない。

門松である。
こちらではやらないのかなあ。

            ◆

我が家では奥さんが錦市場で買ってきた「根付き松」を玄関に飾る。
根っこがついている松だ。
二本の松だが、種類が違う。
向かって右と、向かって左にそれぞれ飾る種類があるのだそうだ。

まあ、日本は広い。
明日こそ、大雪かな?

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