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2008/03/14

卒業に寄せて

卒業に寄せて
 〜四月から先生になる諸君へ〜

            ◆

『"Are you ok? "

これを日本語に訳すとどうなるだろうか?

「大丈夫?」
でいいだろう。

では、ここに主語を入れたら?
「あなた、大丈夫ですか?」
となる。

では、このyouが小さな男の子だったらどうなる?
「僕、大丈夫?」
となるはずだ。これを英語に翻訳したらどうなる?

*Am I ok?"

となってしまう??』

            ◆

人称代名詞を考えるとき、この話は中学校の授業で良くした。日本語は一人称代名詞が異様に多いのだが、一人称になったり二人称になったりする言葉もある。僕、手前、自分(関西では二人称、関東では一人称)などがそうである。

では、先生を敢えて人称名詞として考えると、何人称になるのであろうか。
私は先生とは、二人称なのかもしれないと思っている。

            ◆

「先生ね、昨日すごい夢を見たんだよ」
「先生は、それ凄く良いと思うよ」
「先生は、許しません」

ごく普通にある会話だ。この時の先生は一人称である。自分で自分のことを先生と呼んでいる。ま、これをおかしいと思う子どもはそんなにはいないだろう。

だが、君が子どもの頃、その先生の前では
「○○先生!」
と呼んでいたのに、その先生がいなくなると
「○○がよ〜」
のように呼んでいた「先生」もいたはずだ。

逆に、その先生が目の前にいようがいまいが、その先生のことを話す時には必ず「■□■先生は、〜と仰っていたけど」のように先生と付けて、敬語も付けないと気持ちの悪い先生もいらっしゃったはずだ。そんな経験はないだろうか?

            ◆

私のことを「池田がさ〜」と呼ぶ中学生を見つけたとき、私は複雑であった。
国語の教師としては
『年上の、しかも先生のことを呼び捨てにするとは何事である』
と怒らなければならない。しかしその一方で
(うーん、私はまだこの子の先生になれていないんだなあ)
と忸怩たる思いであった。

そんなことから思うのである。「先生」ってのは二人称名詞ではなかろうかと。自分で言う言葉ではなく、呼ばれる言葉である。

            ◆

かつて、採用試験に合格すれば子どもの前で簡単に先生になれる社会的環境があった。私も24歳で採用試験に合格してすぐに、先生であった。学区に住んでいた私は、スーパーに行っても飲み屋に行っても歯医者に行っても先生で、ちょっと疲れることもあった。しかし、そうやって「先生!」と呼ばれることで、先生としての胆を決めてきた。

学区の中では、決して制限速度を超えて運転しない。
学区の中では、飲みつぶれないf(^^;。
学区の中では、・・・。

社会に先生にされながら、自分のことを先生にして行った。

            ◆

さて、諸君は四月から先生である。採用試験に合格し、教壇に立つ。一年間の試用期間があるとは言え、誰がなんと言っても先生である。

だから「先生はね、〜」と話しても何の問題もない。多少の違和感を持ちつつ、照れもありつつ「先生はね、〜」と話すのは一年目の先生としては初々しくて良い。

だが、ときどき「先生は二人称名詞ではないか」という私の言葉も思い出してくれれば、うれしい。先生という呼称は、合格するところでスタート地点に立ち、そこからは子どもが先生にしてくれるのだと思う。

「先生」諸君の、四月からの活躍を大いに期待したい。

Hanataba

一回目の校正が終わった

午前中は、新入生キャンプのアクティビティの場所である雄琴のオーパルで、オリターの学生と担当のNさんと打ち合わせ。

今年以上にいい新入生キャンプを作ろうということで、オリター諸君は燃えている。私は言いたいところをぐっと我慢して、オリター諸君だけではちょっと無理と思われるところだけ首を突っ込むようにしている。

私がやれば、簡単である。そして、私に力が付く。
オリター諸君がやれば、私は面倒くさい。そして、学生たちに力が付く。

教師の仕事が、生徒や学生に力を付けることであれば、後者のスタンスをとることになる。分かった上で、何もしないのが教師の仕事でもあるんだなあ。

オリター諸君、頑張れ。

            ◆

午後からは、大学に戻って校正原稿とにらめっこ。

途中で食事に行くと、春休みにしては結構な数の学生。それも女子学生だけ。そうである、明日の卒業式のための予行があったのである。

私の授業に参加していた学生たちの顔もある。
『ご卒業おめでとうございます』
と何回言ったかなあ。言えるのは嬉しいことだ。

            ◆

その後、昨日の御祝いの会に参加できなかった学生を発見したので
『研究室に珈琲でも飲みにいらっしゃい』
と言う。四月からのことについてあれこれと話し、昨日渡せなかったお祝いを上げる。良かった。

            ◆

そして、さらに校正原稿とにらめっこ。

お、終わった。
これで一回目の校正が終わった。

さ、明日は卒業式。さらに打ち合わせ。週末には、月刊国語教育6月号の原稿を仕上げるぞ。

2008/03/13

明日の教室 3/15 持ち物

明後日の3/15は、今年度最後の「明日の教室」です。

http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2008/02/post_8f26.html

まだお申し込みをされていない方は、どうぞ。

それから、池田の講座はフォトストーリーを使ってムービーを作りますので、

持物:
1)デジカメ写真を10枚程度、USBまたはCDに焼いてご持参ください。内容はなんでも構いません。ですが、何か一つのテーマがあると良いと思います。
2)自分のお気に入りの音楽CDを一枚お持ちください。

をお願いします。

応援してるからな

水曜日は会議の日。会議三発でありました。
その後、研究室で校正原稿とにらめっこ。
気がついたら、6時半であった。

ま、まずい。
本日は、自主ゼミの卒業を祝う飲み会である。
家に車を置いて山科に向かう。

            ◆

このゼミは、自主ゼミである。だから、頑張っても単位は出ない。だから、自分のやりたいことを学ぶ。私も懸命に指導する。

去年の国語教育を受講していた学生たちが、さらに学びたいとのことで作った自主ゼミである。

模擬授業をずっと続けてきた。四月から教壇に立つ学生もいる。なんとかGWまでは持つ程度の力を育てることが出来たかなと思う。

もちろん、教師にならない学生たちもいる。しかし、懸命に学んだ時間は、思わぬ場所で思わぬタイミングで花開くものだ。期待してその時を待つのが良かろう。

            ◆

会では、一人一人の学生から御礼の言葉を貰った。そして、とても大きな花束も。さらに学生たちと過ごした二年間の写真を張りつめたスケッチブック&メッセージ。

なんとも、嬉しいものであった。
この二年間が、大学に来てからの二年間が一瞬で蘇った。
(ああ、走り抜けたなあ)
と思った。
走り抜けることが出来たことに、感謝である。

            ◆

私からは、小野十三郎さんの「校庭で」の朗読。

引用開始 ーーーーーーーーーー

校庭で  

           小野十三郎

わたしは 
未来という言葉が好きだ
よく考えると
あなたたちの一人一人に
それがどんな意味をもつのか
なかなかふくざつで
かんたんには使えないけど
あなたたちと別れる日が近づくと
なぜか、さからいがたく
未来という
そんな言葉が
心の中からとび出してくるのだ。
夢とか
倖せという言葉では
いいつくせないものが
その未来という言葉にあるからだろう。
いまうす陽がさす校庭には
だれもいない
わずかに光をあつめて
冬薔薇だけが
咲きのこっている。
いってみれば
未来とは
かすかに風にゆれる
この一輪の
白い花のようなものだ。
ゆく雲のかげさえそこにうつっていて
世界はかぎりなくしずかで
かぎりなく美しい。
しかしそこにあれば
この庭にみちあふれていた
あなたたちの
明るい笑い声が聞こえる。
わたしは
あなたたちのそばを
なんども通った
そんな日があったことを
忘れない。

引用終了 ーーーーーーーーーー

やはり、これはいいなあ。

そして、DVDのプレゼント。
良い人生を作って行くんだぞ。
応援してるからな。

終電で気持ちよく帰宅であった。

2008/03/12

ゲラに赤を入れて行く

ふう。

午前中から研究室に籠っている。
外は春の日差し。

年度末の事務仕事を一段落させて、お昼ご飯。
さて、ここからが勝負である。

            ◆

今年度は、
『教師になるということ』(ひまわり社)を上梓した。御陰さまで、好評なようでネットで検索すると好意的な書評が多い。

そして、年度末に共著が二冊でた。

1)『ベテラン教師の超ワザ222 忙しい学校生活をのりきる!』(ひまわり社)

2)『中学校学級担任のための ポジティブコミュニケーションカード』(民衆社)

この二冊は、四月からすぐに使える本である。
1)は、毛利先生が昔出された出された本があって、そのコンセプトに従ってみんなでアイディアを出したものだ。ちょっとしたアイディアを知っていると学級経営や学級事務が捗る。そんなアイディアをまとめている本である。

2)は、かつて上條さん、石川さん、筑田さんと私で出した本を時代に合わせてアイディアを練り直してヴァージョンアップした本である。このかつて出した本は、その年の春の教育書フェアで堂々第一位を獲得した本で、とても思い出に残る本である。今回は、CDまで付いている。お値打ちである。

さらに、もう一冊出す予定である。私にとって初めての学術書だ。今この本の校正をしている。200p近くなる。

            ◆

ずっと原稿とゲラを見比べている。
万年筆のインクを赤に入れ替えて、ゲラに赤を入れて行く。

体が固まってしまうので、90分で鳴るようにキッチンタイマーをセットして、鳴ったらとにかく一度席を離れるようにしている。

どんなに激しく使ったところで脳みそは疲れないということだが、脳みそは疲れなくても目や背中、指先等は疲れてくるなあ。目薬を差し、只管自分の書いた文章を読み込む。

年度内の出版を決めている。
もう一踏ん張りだ。
今日の帰りは遅くなりそうだ。

2008/03/10

問題です。さて、なんでしょう?

午後は、京都府立高校国語研究会での講師を勤める。二条城の近くの高校が会場だ。京都の市内もすでに春である。花粉も飛んでいる。実に春である。

Photo

あ、この写真は琵琶湖と比叡山、比良山です。
今日の会場は、この山の向こう側ですね。

            ◆

今回の講座は、「漢字指導と作文指導から授業づくりを考える」である。受講される先生方は国語科なので、釈迦に説法にならないように切り口を変えてお話しすることになる。

話しながら、いろいろな事を考える。

文学教育は、座の文学を取り入れるべきである。
国語は実技教科にするべきである。
ディベートのジャッジは、生徒に任せるべきである。

など、いくつかの提言をしながら私は国語教育を中学校でしてきたのだが、これらから
(ああ、オレは学び合いをやっていたのだなあ)
と思っていた。

確か、最初に北海道で西川先生にお会いした時にも
「池田先生は、もう学び合いをされているのですね」
と言われた。

私の実践が、西川先生のお考えと完全に一致しているわけではないと思う。が、学び合いは考え方である。胆の部分、ゴールが多くの部分で一致しているのでいれば、そうなのだろうなあと思う。実践家の池田としては、とても納得する。が、研究者としての池田は、検証する姿勢が大事なわけで、今はその立場で接して行きたいと改めて思う。

今日の講座では、高校の国語の先生方にこの学び合いの考え方も紹介した。西川先生のHPの話もした。何人かの先生が興味深そうに聞いていた。実践される方がいれば、私なりにサポートしたいなあと思う。

            ◆

講座後、幹事の方と少し話した。その中でダウンタウンの伝説のネタの話になった。

「問題です。さて、なんでしょう?」
「なんやそれ!」
「ラッキー問題です。ヒントです。どうでしょう?」
「なんやそれ!!」

である。

これを子ども時代の私は、全然理解できなかった。そして、不条理なギャグとして捉えることが出来るようになったとき、とても面白くなった。しかし、いまはそうではなく、授業の発問として捉えるとき、授業における究極の発問のように思えてくる。

「問題です。さて、なんでしょう?」

「『高瀬舟』です。さて、なんでしょう? どうでしょう?」

としたとき、生徒は『高瀬舟』に関して自らが問いを立て、自らがその問いに答える学習を行うことが求められる。

最初は、「なんやそれ!」なんだと思う。しかし、自らが問いに自らが答える。それを学習集団の中で解決して行くダイナミックな国語の授業が作れないものかと、改めて思うのであった。

            ◆

「ラッキー問題です。ヒントです。どうでしょう?」
うーん、いいなあ(^^)。

2008/03/09

狂気を刺激する春の夜

渋谷駅ハチ公口スクランブル交差点から、109に向かう道がある。左に曲がると道玄坂で、右に行くと東急本店である。その道である。スクランブル交差点のすぐ傍の道路の際で何かが動いていた。段ボールの束かと思いきや、その淵に腰掛ける一人の年配の男性。

(え? そこは道路であって違法駐車の車が止まれば挟まってしまうぞ)

そんなところに人がいて、これから寝ようとしている。
道行く人のほとんどはその人に気がつくことはない。

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            ◆

「公園で寝るより街中で寝る方が安心なんだ」

というホームレスの言葉を聞いたことがある。人の目のない夜の公園では何かあった時に助けを求めることが出来ない。五月蝿くても自動車があっても、街中であればそれは回避できるということか。

            ◆

人は、年を取ると自然に帰る人と、街に帰る人に別れるという。
私はどちらなのだろうかとも思う。

街の喧噪は嫌いではないが、人ごみは嫌いだ。
かといって、あの自然の中で生活して行くことはどうだろうか。
私の先輩がかつて言っていた。

「人間は、自然の中では生活できない。人間が好きなのは管理された自然だ」

そうだよなあ。
いまのマンションから見える琵琶湖はとても奇麗だが、これは管理された自然である。

            ◆

消えて行く対岸の灯りを見ながら、渋谷の夜に見たあの男性の姿が思い出されてくる。
そして、あそこにいたかもしれない自分のことを思ったりもする。

いくつかの決定的な判断と、いくつかの偶然、そして受けた教育やそれなりに懸命だった努力。
それらが人生を決めて行くんだなあとも。

でも、私があそこにいてもなんか納得するような感覚。

            ◆

狂気を刺激する春の夜である。

四日目

四日目。

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御陰さまで仕事は完了。また、この仕事の次のやら、次の次のやらで東京に来ることになると思うが、まあ頑張ってやって行きましょう。

これは、これで大事な仕事だから。

            ◆

帰りの新幹線は、なんとはじめてのN700系である。
うひひ。
この新幹線は全席禁煙で、電源がある。だから、PCをやるには非常に便利である。

乗ってみて思ったのは、非常に乗り心地が改善されていると言うことである。ま、私好みなのかもしれないがサスペンションの効き始め柔らかくて、最後が硬めでありしっかりと粘る。安心してカーブに突入することが出来る。今度からもN700系に乗ろう。

            ◆

家に帰って、ドアのピンポンを押す。
(アー、泣かれたらどうしようかなあ)
と思って、どきどきしながら扉を開けた。

そこには、満面の笑みをたたえた娘がいた。
手足をばたばた動かす。
うううう、うううう。
うれしい。

忘れないでいたのね。

            ◆

本日、琵琶湖開きということで、湖畔には松明の火が並ぶ。
が、通常でも夜景がきれいなので、すぐ傍に行かないと見ることは出来ない。
それでも気分を味わおうと外に出る。
ベランダで受ける夜風は、春の風になっている。

来週は卒業式だ。

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三日目

三日目。

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仕事は、ほぼ順調。途中で現場判断で方向を修正したことが功を奏した。
嬉しいことだ。

            ◆

宿に戻って一休み。
高いところから遠くを見るのは気持ちがよい。目と心の緊張がほどけて行く。

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実は、東京に来てからずっと右目の調子が良くなかった。
痛いのである。
鏡を見てみると、目尻側の白目が充血している。
瞬きすると引っかかるように痛い。
これは、ものもらいの出来かけの症状である。

            ◆

ドラッグストアで手に入れた使い切りの目薬。これを頻繁に目に入れてなんとか炎症を抑えて持ちこたえた。

花粉なのか風邪なのか、喉の痛みもあったのだがこれは、寝る時に首にハンカチを巻いて持ちこたえた。体調管理は外に出るとなかなか難しいところもある。

食事、睡眠時間、風呂の時間など生活のリズムがいつもと違うところで、動いて行くと仕事の勘所もずれて行くことがある。ここを調整して戻すのがなかなか難しいのだが、最近これが少し出来るようになってきたかなあ。

            ◆

夕食は、国分寺に出向く。
お世話になった大熊先生の指導されているゼミの卒業コンパがあるのだ。私も大学院にいた時に顔を出していたこともあり、一種のOBなので御祝いも兼ねて、先生にご挨拶に伺った。

久しぶりにお会いした先生はお元気で、相変わらず抜群の記憶力で、懐かしく温かい気持ちにさせて頂いた。そして、それでいていろいろと鋭いご指摘をされていたりで、勉強になるなあ。

渋谷まで電車の中であれこれと、四月からのことを考えたりしていた。

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二日目

二日目。

7時半にホテルでピックアップしてもらって、小学校に向かう。今日は3、4時間目に授業をした。小学校4年生への本格的な授業なんて、学生時代の塾の講師のとき以来だなあ。

ぐぐっと伸びてくるのが分かるような反応。すごいなあ。学ぼうとする意志が動き出した時の子どもと言うのは本当に凄い。

            ◆

昼休に
「先生、給食一緒に食べよう!」
と言われるが、外で食べることになっていたので、ありがとうと言いながら断る。
嬉しいねえ。

            ◆

今日の仕事の私の部分はここでお仕舞いになった。
そこで、ダメ元で電話をしてみる。

高校時代の友人の自宅だ。高校二年生の12/12に亡くなってしまった友人の自宅だ。
今回の仕事場所の隣町に住んでいる。
運良くおばちゃんがいたので、自宅に伺って久しぶりに線香をあげた。
あれから信じられないぐらいの時間が流れている。

そのなかで多少は私も成長したのかなあと思う。

            ◆

宿に戻る前に、下北沢にも立ち寄る。
この街は、学生時代に良くいた街だ。

新しいビルが建ったり、店ができたりしているが幸いなことに街の雰囲気は、あの当時のママである。相変わらず怪しい雰囲気に満ちている。ザ・スズナリやカフェ・トロアシャンブルを見ると、ちょっとうるっと来るなあ。

あの街角、この街角でいろいろあったなあと感慨にふける。
まだ、振り返るには早いと思うが、滅多にもう足を運ぶこともないだろうからねえ。

            ◆

それにしても、良く駅で声をかけられる。行き先を聞かれるのだ。昔からそうであったが、最近特に聞かれる。なんでかねえ。ま、聞きやすい顔をしていると言うことでしょうか。

            ◆

宿に戻ると手紙が届いているとのメッセージが。奥さんからだ。
娘の最新の写真を届けてくれた。
嬉しいねえ。
和む。

            ◆

夕食を東京駅の新丸ビルですることにする。

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ディベート仲間のUさんと連絡が取れたので、アクセスの良い東京駅まで出て行く。

いやあ、なんというか凄いねえ。東京駅ってこんなに変わったんだ。完全にお上りさん状態である。美しい夜景と美味しいビールで旧交を温め、お腹も満たした。

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明日も、子どもたちと一緒だ。

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