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2008/03/29

新幹線はA列でも富士山を

忘れないうちにメモ。
新幹線に乗るときはいつもD列の座席を予約するようにしている。それは、簡単に言えば富士山を見たいからだ。

東京に向かうときも、京都に向かうときもD列は富士山側である。関東で育った人間は、富士山を当たり前のように見てきたが、関西に行ってみればそれはなかなかありがたいことであったとわかるのである。

で、D列なのだが、今日のN700系は春休みということもあり、満員。A列の窓際がやっと取れたという状況である。で、まあ富士山はあきらめていたのだが、ふと何かで読んだ記事を思い出した。

新幹線はA列でも富士山を見ることができるというのである。

            ◆

ぼーっと窓の外を見ていたら海が見えた。
(え、もう熱海?)
そうではなかった。静岡の手前であった。たしか、その記事には海が見えた直後あたりにA列から富士山が見えるとあったはず。

じっとこらえてみていたら、見えたのである。
富士川をわたり、安倍川を通過するあたりである。駅は静岡駅を通過する前である。D列から見る富士山は新富士駅を通過するあたりで見ることができるのだが、A列からは富士川を通過したら右前方に見えるのである。

これで楽しみがまた一つ増えた。

東京に明日向かう

大津の桜は蹴っ飛ばせば咲きそうなぐらいに蕾は膨らんでいるが、まだ咲いてはいない。東京では満開の桜だとか。その東京に明日向かう。

今回もN700系を予約できた。窓側だから、ACも大丈夫。マックのモードもパフォーマンス優先でばりばり原稿を書きながら行きましょう。

           ◆

今日は母親の誕生日。だが、なんだか訳の分からなくなっている私は、日にちを間違えていた。いや、母親の誕生日が3/28ということは覚えているのだが、今日が3/27だと思い込んでいた。

『明日泊めてね』

と言いながら、誕生日が明日と思い込んでいて、お祝いの言葉を言わない親不孝な息子。

『誕生日明日だよね』
「今日だよ」
『え?』

なんてこった。

           ◆

新しいマックになったので、いままでやるのを控えていた作業を始めた。iPhotoを使ってアルバムを作成することだ。竹内常一先生の最後の授業の会の写真をこのやり方でアルバムにして、PDFで出力するのと実際に注文するのをやってみた。

いやあ、早い。
そして、簡単。

もうこれだけで十分にもとをとった気分である。

           ◆

といいつつ、さらにiPhotoのウェブギャラリーなる機能も使ってみる。写真を選んでクリックすると、.Macというものに契約している私は、あっという間にウェブに写真集が出来上がる。

このアドレスを両家の親に送る。すると、これまた簡単に見ることができるというシステムである。

マックはこのようにして実に簡単に作品を見られるようにしてくれる。なんてことだ。すごすぎる。

           ◆

新学期の準備もしよう。

その道中の、よーきなこと

「ちりとてちん」が終わってしまった。
いやあ、いろいろなものを考えさせられたドラマだった。

            ◆

昨日の番組が終わったあとのニュースでは、
「明日の最終回もお楽しみに」
という台詞でニュースが始まったので驚いたが、まあそれが許されるだけ人気があったのだろう。

作っている人も、出ている人も、見ている人もとってもこの番組を愛しているのがテレビから伝わってくるんだなあ。この感覚は、パーデンネンが登場するあたりの「オレたちひょうきん族」や、四回目過ぎの「タイガー&ドラゴン」に似ている。

            ◆

今日の最終回は、話をどのようにハッピーエンドにするのかということに興味があった。が、すべてをハッピーエンドにしないで、苦みを残すような演出もされており、さらに、この先「ちりとてちん2」を作ってもおかしくないような流れになっていた。でも、
(パート2は作れるのかなあ)
と思えるぐらいの力の注ぎ方である。

かつて藤本義一さんが、「小説の書き方10の法則」のような本を批評して、
「小説家を目指すなら、この本はじっくりと読まなければなりません」
と言った後で、
「その後で、11番目の方法をあなたは考えなければならないのです」
と言っていたが、そういうことなのだろう。書ききって、もう何もありませんという状態で、次に進むことがいい仕事のための必要条件なのだろうなあと思う。

中学生にディベートクラブの指導をしていたときに、己の今のすべてを注ぎ込むことがどれだけ大事なのかということを、私はかなり学んだ。出し切らないと次のものが入ってこないのだ。出し切ることで次のステップが見えてくるのだ。

            ◆

思い立ったのでNHKのHPから「ちりとてちん」のページを見てみた。すると、番組制作者のスタッフ日記があるではないか。リアルタイムで制作者の思いを読めるなんてのは、実に面白い時代になった。

23回目 3/29 受け継がれていくもの 制作統括 遠藤理史 http://www3.nhk.or.jp/asadora/staff/staff.htmlから、引用開始 ーーーーーーーーーー

ちりとてちんは「人から人へ伝わる何かへの愛おしさ」を描いたドラマ

引用終了 ーーーーーーーーーー

私もこれはずっと感じながら見ていた。私の場合は、師匠と弟子の関係の中から教育で言うところの「正統的周辺参加」の文脈で見ていたが、作る側もそうだったんだなと思った。

それは引用箇所の「伝わる何か」という言葉でわかる。大事なのは「伝える」ではないというところである。

日本は察する文化であるから、「伝える」ではなく「伝わる」ものを重視してきた。ここをもう一度考えてみようと言うことであろう。私は、「伝える」も「伝わる」もどちらも大事だと考えている。どちらも同じように必要で、その人の特性やその人の属している集団の文化で使われ方が違ってくるのだと考えている。

だが、ドラマはそもそも「伝わる」ことを前提にして作られているものであろうし、少なくとも私には十分伝わった。

            ◆

以下、次の◆までネタバレあり。

最終回のエンディングのシーンは、主人公の若狭が子どもを出産するシーンで終わる。私は半年前の自分を思い出しながら、見ていた。

若狭が、産室に入ると草々は、明るい光の差し込む暗い廊下でただ立ち尽くした。ドラマではBGMも台詞もなく、ただ、無言の場面。

すると、旦那の草々は落語の「愛宕山」の一節を語りだした。

「〜その道中の、よーきなこと」

見ている私たちに、涙がでないわけがない。

見ていた方にはお分かりのように、この台詞は若狭が初めて落語に出会った先代の草若師匠がお得意とする、愛宕山の一節であり、番組の中でも良く登場していた台詞である。この台詞を言い終わると、産室から産声が聞こえてきた。
(ああ、これでこの三人の人生は、陽気に行くんだな)
という暗示の台詞であった。

もちろん、この産室のシーンは、若狭が生まれるときに若狭の父親が産室の前で五木ひろしの「ふるさと」を歌うシーンと重ねている。つまり、「ふるさと」を歌うシーンがエンディングの伏線になっているのである。

            ◆

そして、これが伏線であるとわかるのは、視聴者の特権である。若狭の出産のシーンに立ち会っている父親の草々にはわからないし、若狭の父親にもわからない。両方ともを見ることができる視聴者のみがわかるのである。これは「神の視点」を持っているからである。

神の視点というのは、別に宗教がかった言葉ではない。一人の人生で一人の視点では見ることのできないものを、神であれば同時にいくつものの人生を見ることができ、複数の視点を持つこともできるであろうということである。

小説やドラマ、映画を見るというのは、この神の視点を味わうためにあるという言い方もできるかもしれない。刑事コロンボや古畑任三郎なんてのは、まさにその代表格であろう。

            ◆

しかし、私たちの人生は一回きりであり、やり直しはきかない。この事実にがっかりもしながら、それでも私たちはまた思うのである。
(人生は実は伏線の連続なのかもしれない)
と。

私たちはそんな毎日を生きている。

今日は母親の誕生日

大学の梅は満開。大津の桜は蹴っ飛ばせば咲きそうなぐらいに蕾は膨らんでいるが、まだ咲いてはいない。東京では満開の桜だとか。その東京に明日向かう。

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今回もN700系を予約できた。窓側だから、ACも大丈夫。マックのモードもパフォーマンス優先でばりばり原稿を書きながら行きましょう。

            ◆

今日は母親の誕生日。だが、なんだか訳の分からなくなっている私は、日にちを間違えていた。いや、母親の誕生日が3/28ということは覚えているのだが、今日が3/27だと思い込んでいた。

『明日泊めてね』

と言いながら、誕生日が明日と思い込んでいて、お祝いの言葉を言わない親不孝な息子。

『誕生日明日だよね』
「今日だよ」
『え?』

なんてこった。

            ◆

新しいマックになったので、いままでやるのを控えていた作業を始めた。iPhotoを使ってアルバムを作成することだ。竹内常一先生の最後の授業の会の写真をこのやり方でアルバムにして、PDFで出力するのと実際に注文するのをやってみた。

いやあ、早い。
そして、簡単。

もうこれだけで十分にもとをとった気分である。

            ◆

といいつつ、さらにiPhotoのウェブギャラリーなる機能も使ってみる。写真を選んでクリックすると、.Macというものに契約している私は、あっという間にウェブに写真集が出来上がる。

このアドレスを両家の親に送る。すると、これまた簡単に見ることができるというシステムである。

マックはこのようにして実に簡単に作品を見られるようにしてくれる。なんてことだ。すごすぎる。

            ◆

新学期の準備もしよう。

2008/03/28

今年は花粉症が

なんでだが知らないのだが、今年は花粉症が楽である。全く症状がないかと言えばそんなことはないのであるが、かなり楽である。洗濯物を部屋の中で干してくれている奥さんのおかげもあるのだろうが、ずいぶん楽である。

私は薬が嫌いなので、基本的に予防薬や注射はしていない。で、やっているのは鼻と目を洗うことである。それだけで大丈夫なのである。これはかなりうれしい。

ただ、今年は頭の中に、つまり頭皮に吹き出物のようなものができている。花粉症で肌が荒れる人もいるというから、今年はそういう症状が出ているのかもしれない。

ではあるが、こういう春は滅多にないので、少し春を楽しもう。

2008/03/27

朝ご飯が100円で

速いマシーンを手に入れたからといって仕事が速くなるかと言えば、そうならないのが私である。新しいOSをあれこれいじくり、今まで動きにくかったソフトを意味もなく立ち上げては
「をを、早くなっている!」
と楽しんでいる。

それにしてもプレビュー一つとってもものすごい進化だ。マックが提供する添付されているソフトや基本ソフトだけで、私がしたいことはほぼできてしまうであろう。それもかなり高度な位置で。

自分が賢くなったのではないかという錯覚すらする。これは、書きやすい筆や万年筆を手に入れたときと同じである。もちろん、これらに比べるとマックはかなり高価であるが、二年半はこのマシーンを活用することになると思うし、まあいい買い物だ。

            ◆

昼前から研究室で事務仕事を進める。これでなんとか今年度の書類は、ほぼ終わりになるかな。書きまくったなあ。

3時過ぎにパーティ。
昨日も二つパーティがあったが、本日も。大学に新しい食堂が出来上がったので、そのお披露目のパーティだ。

夕日がきれいな場所に立ったこの食堂。屋上がテラスになっている。秋の夕暮れに、コーヒーとか飲むのにいいだろうなあ。

また、すばらしいことに朝ご飯が100円で食べられるとのこと。学生のことを考えているなあ。

パーティのメニューもしっかりしていて、これなら学会のあとのレセプションでも大丈夫だろう。実は、4月と5月の明日の教室。参加人数にもよるが、懇親会はここの新しいレストランを使ってやろうかと思っている。いつもの場所は二次会で使う予定。

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レセプションには大学の太鼓部の学生たちが、色を添えた。私のクラスにいた学生もいた。なかなか粒のそろった太鼓を叩いていて、見事だったなあ。

            ◆

パーティを途中で抜け出して、さらに仕事、仕事、仕事。
すこーし、四月からのことを始められた。明日は「児童心理」の原稿に取りかかれるかなあ。

年度末で一番忙しい日

年度末で一番忙しい日である。

午前中から昼すぎまで、非常勤講師の先生方との打ち合わせ。来年度からたくさんの非常勤講師の先生方に学生の指導をお願いする。その先生方に児童教育学科の教育方針を説明し、施設の見学などをしていただき懇親会。

その合間に私は学生部の会議。さらに、学科のコース会議にオリターたちと打ち合わせ。そして、教授会に退職教職員を送る会。

とどめは、結婚記念日である。

            ◆

一年前の今日からは考えられない、今年の今日の一日である。お世話になった先生方とのお別れと、新しい先生方との出会い。娘との生活のある結婚記念日。

「三十歳を過ぎたら、時間が早いぞ」

とさんざん脅されたが、本当である。遥か昔に通り過ぎたが、本当である。この過ぎていく時間の早さは尋常なことではない。過ぎ去る時間を確かめるようにブログを書いて、写真を撮ってとしているのかもしれない。

            ◆

私はどこにいてどこに向かおうとしているのか。
なんてことを考える間もなく、目の前のことに突入していく私である。

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2008/03/26

オリター諸君を招いて意見を聞く

一日中学科の会議にコースの会議と続けていた。

一年間の反省をふまえて、来年度以降の児童教育学科の学生たちの教育方針を確認する会議である。時間をかけてあれこれ雑談をしながら、それでいて教育に関係する話題でありながら、話を進めた。

            ◆

新入生キャンプで新入生をガイドするオリター諸君も、あと一週間と迫った当日までの時間の中で、精一杯やっている。いいことだ。

面白かったのは、私たちの会議の中で
『それはオリター諸君の意見を聞いた方がいいんじゃないでしょうか』
という話をしたところ、
「それはそうだ」
ということになり、私たちの会議室に、隣の部屋で作業をしているオリター諸君を招いて意見を聞くことにした。

これってとてもいいことだと思う。すごいことだとも思う。
学生をのばすために、あれやこれやと私たちは会議をしているが、その中で指導される当人たちの意見を確認するってのは、できそうでいてなかなかできないものである。

私たちの新入生に対する指導に関する考え、狙いなどを話して意見を聞くのである。何をどうやって考えていくのか、その過程をこれから教師を目指す学生たちに見せるというのは、とても意味があることだと思う。

彼らが教師になったときに、デジャブのように思い起こすこともあるであろう。

            ◆

年度末である。

とうとう最新型

とうとう最新型を手に入れてしまった。

私のマック歴はかれこれ15年は超えるが、いままですべて最新型が出た瞬間に、いままで最新型だったのに旧型になった完成版を安く手に入れてということをしてきていた。

だが、時は来たのである。
今回は、最新型を手に入れてしまったのだ。Mac Book Proの2.6GHzのCPUに、4GBのメモリーを載っけた。思い切ってしまった。今まで使っていたのはG4の800HzのCPUであった。これと比べるとそりゃあすごい早さである。画像関係がすごいすごい。

これで娘の写真や動画を快適に扱うことができる。うーん、仕事が一番ではないところがすごいf(^^;。もちろん、仕事にも快適に機能してくれるはずである。

            ◆

そして、特筆なのが旧環境から新環境への移行の簡単さである。

1)新しいマックを立ち上げる。
2)古いマックと新しいマックをファイヤーワイヤーを接続して、古いマックをTのキーを押しながら再起動する。
3)指示に従って環境を移すボタンを押す。

これだけで、旧環境が新しいマックの新しいOSで動き出すのである。なんという簡単さだろうか。

            ◆

さ、これで年度末の残りの仕事やら新年度の準備やらをばりばりやりましょう。
ああ、気持ちがいい。

2008/03/25

桜の花は、そのスタートを

娘は200日目を迎えました。桜の花が咲き始めました。京都は、美しい季節を迎えました。これから一ヶ月の間、桜にあふれる街となります。私の住む大津も同じく美しい桜に包まれます。いやあ、すごいんだ、これが。

            ◆

私は朝から大学で、教職ONE DAYセミナーの講師をつとめる。四コマある中の一コマを担当。この時期は、大学入試で言えば11月に相当する。最後の追い込みなのである。夏に試験の経験のない学生たちは、その辺りの感覚が弱い。そんなんじゃいかん。来年の四月から教師になれんぞ。

一日で、面接の心得、集団討論、授業作り、パラグラフ・ライティングとてんこ盛りである。中には一回生もいるので、今はわかるとできるは違っていてもいい。おそらくびっくりするような内容ばかりで、何がすごいのか具体的にはわかっていないだろう。これらを採用試験までに自分でコントロールできるまでに高めてほしい。

            ◆

私のパラグラ・フライティングの師匠の倉島さんは、自らがパラグラフ・ライティングを学ぶときに、同じ講座を5回受講したということであった。そして、わかったということであった。

倉島さんは、そりゃあかなり優秀な方である。その方が同じ内容の講座を5回受けるのである。ここだよなあと思う。できる人は、さらにできるようになるための方法を知っているのだ。

できない者は、講義で先生になーんとなくできたという気持ちにさせてもらって、
(あたしは、できる)
と美しい誤解を持って終わりにしてしまう。講義というものは基本的にはわかるか、わかった気にさせなければならないので、この美しい誤解が構造的に生み出されるのである*1。

本当にできる人は、自分が何ができないかを理解しているので、そこができるまで何回もやる。差がついて当然である。

            ◆

できないことは、別に問題はない。
問題は、わかりもしないのにわかった気になって終わらせる。できもしないのに、できたと言い切ってしまう。そのしんどい事柄から逃げ出そうとするところにある。

逃げ出すのではなく、抱え込むのである。我がごととして受け止めるのである。にやにや笑ってごまかすのでなく、泣いて言い訳をするのでもなく、ただ、自分がわからないこと、できないことを受け止めて、問題の解決を目指すのである。逃げ出さず、投げ出さず、やりつづけるだけである。

自分でやりたい仕事につくチャンスを得られているのだ。自分が努力しないで誰が努力する。自分が努力することが自分の人生をつくることになるのだ。

            ◆

桜の花は、そのスタートを祝ってくれているのだ。


*1 私の大学での授業はこれに陥らないようにいくつかの工夫をしているが、中学校の時の授業は、どうしてもこれになることはあったと思っている。

2008/03/24

神戸の人は、いい人が多い

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神戸に来ている。一泊はポートアイランドのホテルに泊まり、二泊目は奥さんのおじさんの家にお世話になっている。娘に会ってもらいに出かけた。娘はまだ人見知りができるほど成長はしていない。どこにいっても愛想がいい。

三宮の大丸で買い物をしていたら、道行くおばさんたちが足を止めて
「まあ、かわいい」
と声をかけてくれる。
何人も声をかけてくれた。
(神戸の人は、いい人が多い)
(神戸の人は、目が肥えているなあ)
と思う父親の私である。

            ◆

東京にいるときには、神戸のイメージと言えば、海と山の間にあるおしゃれな街というもので、実にその通りであった。震災の傷跡を抱えているなんてちょっと想像しにくかった。

遠いところにあるイメージもあるのだが、私の家から85キロしか離れていない。混んでいなければ高速道路を使って1時間の距離である。

港町は、昔遊んでいた横浜を思い出させる。元町なんて地名もそうだし、中華街もある。これならちょっと横浜を懐かしくなったら出かけてくればいいなあ。

            ◆

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神戸の夜景の見えるご自宅で、奥さんの昔の話やら何やらを聞きながら、楽しくおじさんとお酒を飲む。おばさんのおいしい料理をいただく。いやあ、いい週末だった。

さあ、あと一週間で新学期だぞ。

その仕込みがそろそろ醗酵して

朝、顔をもみくちゃにされて起きる。
鼻、唇、目、頬と際限なく指や爪でもみくちゃにされるのである。痛い。
(他の赤ちゃんもこんな感じなのかなあ)
と一人しか知らない私は考え込む。
しかし、すぐに
(他の赤ちゃんと比べても仕方がないよなあ)
と思い直す。

娘は娘である。

            ◆

「子育ては若いうちにやってしまった方がいいぞ」と若いうちにあれこれ言われたが、その機会に恵まれなかったため高年齢育児になってしまった。だが、高年齢育児を始めて見ると
「これから子育てとはうらやましいなあ」
という声をもらう。ま、半分は本音で半分は応援だと思うが。ではあるが、高年齢育児もいいなあと思う。

何がいいって、慌てないことである。いろいろと経験をしてきているので
『ま、なんとかなるって』
と思えるのである。

他の赤ちゃんと比べて、あーだこーだと不安になることも少ないんじゃないかと思う。ま、これ自体が比較ということもあるかもしれないが。

            ◆

それにしても、
(ん、そうか)
(あああああ!)
と気がつくことが最近増えているような気がする。
少しずつわかるのではなく、突然ポンとわかるのである。

これは学生たちにも指摘された。私の話の中に出てくる例で
「先生は、あああああ!って気がつくことが多いんですね」
と言われる。

二十歳の頃かなあ、自分がいままで手当り次第にやってきたことが実はそれぞれ有機的な結びつきがあって、何のためになるのかわからないけど好きだからやるという思いでやっていたことが、
(え、これとあれがここで繋がるの?)
ということに直面することが多くなった。

そこで能天気な私は、
(そうか、それでいいんだ)
と思った。体系的に学習することの大切さだけではなく、なんでも自分の興味の赴くままに体に放り込んで、それが熟成されて出てくるのを楽しみに待つというのもありななんだと思ったわけだ。

その仕込みがそろそろ醗酵して、熟成し始めてきているのかなあと思うのである。もちろん、この先の熟成のためにもいま仕込みをちゃんとしないとだめだと思うわけで、それはそれでし続けたいと思う。

            ◆

もちろん、この醗酵を促す酵母はなんだろうかと考えることも忘れずに。

2008/03/23

明日の教室 スペシャル

明日の教室 スペシャル

みなさま、こんちには。4月と5月の明日の教室のご案内をいたします。
今回はスペシャルということで、近隣の小中高の学校と教育委員会にもご案内を出します。
先着150名です。

お待ちしております。

            ◆

コミュニケーション 教育の可能性
2008/4/19 (sat)13:30~17:00

平田オリザ先生:

1962年生まれ。東京都出身。ICU 卒。劇団「青年団」主宰。劇作家、 演出家。桜美林大学助教授を経て、 2007年4月より大阪大学教授。 1995年「東京ノート」で岸田国士 戯曲賞。 当日は「演劇教育・ワークショップ」がテーマです。

国語教育 道徳教育の到達点
2008/5/10 (sat) 13:30~17:00

野口芳宏先生:

1936年生まれ。千葉県出身。千葉 大学教育学部附属小教諭、木更津市立小校長、北海道教育大学教授を歴任。2008年4月からは、植草学園大学(発達教育学部)教授として着任予定。 著作に、『野口芳宏著作集 「鍛える国語教室」』全23巻(明治 図書)、『野口芳宏 先生 退官記念ビデオシリーズ』 全3巻〔(有)カヤ〕他多数ある。 当日は「国語の授業を作る・模擬授業」がテーマです。

申し込みは通常の方法とは違います。
下記引用をご参照ください。

            ◆

お申し込み:
下記の内容をお書きの上、下記アドレスにEメールでお申し込みください。

1)お名前
2)所属 
3)連絡先電話
4)懇親会参加の有無(3000円程度)
5)参加日(4/19 or 5/10 or 両日)

aca-ext@tachibana-u.ac.jp  

お問い合わせ電話 京都橘大学エクステンションセンター 075-574-4186 
募集:各回 150人(応募多数の場合は、先着順にさせていただきます)
参加費:一般 3000円 学生 1500円 (受付13:00~ 当日お支払いください)
主催:教育研究会「明日の教室」 
後援:京都橘大学文学部児童教育学科
協力:大阪大学コミュニケーションデザイン・センター、 京都橘大学文学部児童教育学科学生学会

なお、パンフレットは
「hiratanoguchi.pdf」をダウンロード


にあります。

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