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2008/01/12

第十回 明日の教室のご案内 2/2

第十回 明日の教室のご案内

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

第十回は2/2(土)に、「学び合い」について上越教育大学から、西川純先生をお招きすることになりました。

申し込みは、こちらから

            ◆

西川純先生は、理科教育、認知心理学の知見をもとに「学び合い」を提唱されています。
学び合いとは何か? これは、http://www.iamjun.com/の、【『学び合い』の手引き書の「超」短縮版】にまとめられています。

また、実践については東洋館出版の
『 「勉強しなさい!」を言わない授業』
『「忙しい!」を誰も言わない学校』
『「座りなさい!」を言わない授業』
『「静かに!」を言わない授業 』
などにまとめられております。
http://www.toyokan.co.jp/osusume/nishikawa/nisikawa.htm

学校が近代後期の社会と子どもを受け入れるとき、「学び合い」についての理解と実践へのきっかけをつかむことは非常に意味がある事だと考えております。

ぜひ、ご参加ください。

            ◆

日時:2月2日(土)  13:30~17:00

会場:京都橘大学児優館 
http://www.tachibana-u.ac.jp/official/information/access.html

講師:西川純さん@上越教育大学

内容:「学び合い」を学ぶ

会費:一般2000円、学生1500円
なお、会の後、西川先生を囲んで懇親会を予定しています。自由参加で3000円程度です。

昼食:大学の生協食堂が開いております。安くて美味しい本学の生協の食堂をご利用ください。

申し込みは、こちらから

お待ちしています。

2008/01/11

それは良い事としよう

午前中は、来年度の新入生キャンプの下見に雄琴まで出掛ける。
宿のチェックである。
山の稜線にあるホテルは、琵琶湖を見下ろす事が出来て気持ちがよい。

2時間程度の下見。そして、あれこれ研究のネタになりそうな事も話す。いやあ、これも実現したらいいなあ。2年後ぐらいかな?

            ◆

ディベートの授業は、アフターディベートに入った。ディベートで論じた内容を、小論文にまとめ、さらにそれを和綴じ本に製本することをアフターディベートとしている。今日は、和綴じ本づくりである。

            ◆

今ディベートの授業を受けている学生たちに、前期に和綴じ本づくりを指導した学生たちが数人いる。その数人を小先生に任命し、グループ学習でやらせた。

これが面白い。

小先生は、教師を目指すわけだから説明が出来ないとだめである。一回生なので指導方法についての基本的な事は説明を受けていないし、学習もしていない。その素のままの小先生がどのように教えるのかを見ていた。

私に質問していいのは、一人2回までという条件を付けたら、小先生同士で何を質問するか確認しているし、それぞれの教え方の確認をしたりしながら、あれこれやっていた。

そして、教える事の大変さや学び合う事の面白さを実感していた。

            ◆

キャリア開発演習では、実践記録を読みつつ近代後期の学校のあり方、生徒の姿等を考えていた。農業社会、工業社会、消費社会の三つの社会が近代にあるが、今は消費社会の中で近代を育て支えようとしてきた学校のあり方が、問われているのではないかと話を進めていた。

これからの学校の役割は、近代を成立させたい、近代的市民を成立させたいと考える人たちと、そんなもん大きなお世話だと考える人たちとの間でしばらく揺れるだろうと思う。後者が勝った場合、社会は不全状態に陥るだろう。

だが、現在の学校はこの状態に向かっている。学校は個人を育てるだけでなく、社会の形成者も育てる必要がある。だから、子どものいない人から徴収した税金を学校教育に使えるのだ。ここに関してきちんと説明する事が出来なければならない。

思っている事は『学校のモンスター』(諏訪哲二)が描いている世界に近いが、あの本をじっくりと読むということをするのも大事だろうなあと思う。

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授業後、集中して事務仕事やらなんやらをしようと思っていた。しかし、そういうことは学生にばれるのだろうか、妙に研究室に来る学生が多い。教職サークルを作りたいと言う学生たちから
「先生、春休みに読んでおくと良い本を教えてくださいませんか」
という相談があり、あれこれ1時間以上話す。顧問をお願いされたので、あれこれ話す。

どこからスタートさせれば良いかなあと思いながら、家本先生の御著書や白川先生の御著書、さらには蘇行慈墓誌銘にピタゴラスイッチとブックトークを続けた。

最短距離で良い本に出会おうとするのもいいが、あれこれ読むのもいいのだからあまり限定する事なく、出会ってほしいなあと思う。お薦めした本はどれもこれも面白いはずで、その面白さを将来で会う子どもたちに味合わせてほしいなと思う。

ま、努力を重ねて力を付けようとする学生たちに振り舞わせれるのであれば、それは良い事としよう。仕事は、明日からの三日間でなんとかするぞ。おー。

2008/01/10

4月からスタートする企画

というわけで、いま新幹線の中である。
名古屋を出たところ。東京に出掛けていた。

まさか自分の人生がこんなに新幹線に乗る人生になるとは思わなかったが、良く乗るなあ。
因に、来週も乗る。

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今回の東京行きは、4月からスタートするある企画の打ち合わせ。10時から15時までみっちりと打ち合わせ。私がアイディアを出す形で進めたが、その中でいろいろと
『へー、そうなっているんだあ』
というような面白い情報も戴く。

大学に籍を移してから、出会う人や情報に変化がある。これはこれで面白いなあ。私自身はそんなに変わったと言う自覚はない。中学校に勤めている時に話していた事、思っていた事を語る事が多いが、意味合いが違うように伝わっているのかなあとも思う。

とまれ、4月からスタートする企画は結構大きなものなので、楽しみ楽しみである。

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どうしようかとも思ったが、打ち合わせの後思い切って八王子まで行く。行きつけの髪切り所が八王子にあるので、渋谷から八王子まで駆けつけた。もう、10年近く私の頭の面倒を見てもらっている。

私の頭の形や髪質を奇麗に整えてくれる。私は天然パーマなので、伸びると凄い事になる。椀カールならなんとかなるが、それ以上になるとサリーちゃんのパパのような髪型になる(って分かるかなあ)それをなんとかしてくれるのだ。有り難い。

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を、いま米原を通過。
ヤンマー中央研究所の温度計は二度を差していた。
ひえー、寒いぞ。

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で、髪を切りながらいろいろと話す。
面白いのだ。
私と意見が合わない事をも多々あるのだが、あーだこーだ話すのが面白い。
そんなことで、東京に行く事があるとなんとか都合を付けて八王子まで髪を切りに行く。

『オレの髪は、5万円かけてやってもらっている、って言っても良いかねえ』
「でも、その割にはこちらにはあまり入ってきませんがf(^^;。」

そんなことも言える職人さんだ。
次は、三月かなあ。

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を、あと10分少々で京都だ。
あしたは、午前中は新入生キャンプの下見。午後は授業だ。

            ◆

で、いまは琵琶湖の畔の自宅にいる。
いやあ、なんか不思議な感覚。
さっきまで確かに八王子にいたのに。

でも、娘が可愛いから、これは事実(^^)。
おやすみなさい。

2008/01/09

だから、池田は甘いんだよ

正月は、家族と日本の文化をいつも以上に意識する。
今日の研究入門ゼミはその辺りの話から始めた。

            ◆

自分の顔が父親に似ていると思うようになったのは、何歳ぐらいからだろうか。私は30歳ぐらいだったと記憶している。

男の子は、小さい頃は母親に似て女の子は父親に似る。だから、自分の顔が父親に似ていると気がついた時は、結構ショックであった。
(うわあ、似ている。参ったなあ)

            ◆

そんなことを30歳のころ、仲間たちに話をした。

『参ったよなあ、自分の顔が父親に似てくるなんて』

当然、オレもオレもという答えが返ってくるかと思っていた。ところが、ある仲間がこういった。

「だから、池田は甘いんだよ。お前そんなんでよく教師をやっているな」

私はなんだか、分からなかった。

            ◆

「お前ね、自分の顔が父親に似ているなんてことを嫌がっているけど、世の中には自分の父親の顔すら分からない子どもがたくさんいるんだぜ。自分の顔が父親に似ているってことが分かるのが、幸せだってことを分かってる? そんなんでお前のクラスの子どもたち傷ついていない?」

返す言葉がなかった。
そんなこと考えた事もなかった。

私の母親は一歳で父親を亡くし、父の顔を記憶に留めていない。伝聞で父親のことを聞いて育ってきた。そんな母の事を理解していたつもりだが、両親とも健康でいる私には、すっかり抜け落ちてしまう考えであった。

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クラスには様々な子どもたちがいる。
親と深刻な喧嘩している子どもがいる。
だけど、喧嘩できる親がいる事を羨ましく思っている子どももいる。
いろいろな思いを持って正月を過ごして、三学期学校に来ているんだな。

そんな思いを抱きしめながら、学級担任はうんうん言いながら指導しているんだな。

            ◆

そんなことを学生たちに話した。

2008/01/08

古畑型でやったら文法は

本日国語科教育法2は、5分間の模擬授業その2。学年も単元も学生が自由にして良い。そして、5分だけの制限を入れて、A4一枚の簡単な指導案をもとに授業である。

これで受講している学生全員の模擬授業が終わったが、正直な感想を言えば
(ああ、やっておいてよかった)
である。

去年はこの一人五分間の模擬授業をさせる時間が取れなかったが、その必要性は感じていた。教育実習に行く前に、一人五分でも三分でも模擬授業をさせたいと思ったのだ。

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頭の中で分かる事と、実際にやることは違う。
今日はできなくても、いい。いや、簡単にできるわけがない。実際に昨年のうちに模擬授業をやった学生は、その経験を生かしてできるようになった部分のある学生もいる。しかし、集団を前にして説明する、語る、伝えるということが、そう簡単には出来ない。

自分が理解し、自信を持って(または自信のある振りを演じて)、声に載せて、身振り手振りを加え、読みやすい字で、教材を活用して、時には笑いを取りながら、感動させながら、納得させながら授業を展開するってのは、簡単ではない。

(うーん、あと半年か、実習まで。頑張れよ)

と思い、あれこれ指導するしかない。
でも、五分でも指導する事が出来て良かった。

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その後さらに、自主ゼミでは四月から教壇に立つ四回生もいての、模擬授業である。授業のレッスンである。本日は、文法。

さあ、面倒くさくて正確さが要求されて、子どもたちが理解しにくいところだ。これをどう授業にするかである。

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残念ながら、難しかったようだ。

指導案もほぼ書けるようになり、教科書も読み込んでいる。しかし、それだけでは教えられない。なぜ文法を学ぶのか、学ぶとどんな良い事があるのかを語る事が出来なかったり、教科書には(これ、おかしいんじゃないの?)という例文があるのをそのまま使っていたりの授業になってしまった。また、何の授業なの?と思う授業になってしまったりしていた。

ま、文法はほとんどの子どもたちにとって、難しく、面白くない。そして、全体を理解しないと、単語、文節、自立語、付属語、活用なんて言葉を言われても分からない。でも、そうやって順番に教える。そう、「コナン型」で教えてしまっているのだ。

あれだけ教え込んでも子どもたちは、文法は理解しにくい。そして、入試に出るのは都立高校の場合5〜10点。なんだかなあと思う。また、入試に関係なくても言葉そのものの面白さを理解するための文法を教えられないかなあとも思っていた。

文法を「古畑型」で教えられれば面白いだろうなあと、中学校現場にいたとき思っていた。思っていただけで授業の形に仕上げるところまでは出来ていなかった。文法に関するおもしろエピソードを話して、興味を持たせて、コナン型で指導していた。

でもこれを古畑型にできないかなあと思うのだ。

            ◆

『「象は鼻が長い」という文がありますが、主語はどれですか?』

『家に帰った時、「ただいま」と言うよね。そしたら、お母さんはなんていう?「お帰りなさい」だよね。これおかしくない? わからない? じゃあ、寝る時にお母さんに君はなんて言う? 「おやすみなさい」でしょ。おかしくない? 分からない? じゃあ、「お」を取ってみて。ね、おかしいでしょ。なんでなの?』

『「明日、富士山が大噴火するんだけど」って言ったら「んなことあるわけないだろ。嘘付け!」て言われたんだけど。「だから嘘付いたよ」って言ったら「ちがう。嘘付くな!!!」と言われたよ。「嘘付け!」って「嘘付くな」の意味だけど。どうして?』

こんな話をして、これをコナン型ではなく、古畑型でやったら文法は面白くなるだろうなあ。

            ◆

卒業生の四月からの授業に期待したい。
頑張れ。
学校現場は厳しく、楽しいぞ。
もっともっと授業できるようになれ。
期待している。

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近代とは何か

大学の先生は閑だと思っているみなさん、小中学校よりも早く始まるのがうちの大学の授業でああります。ま、大学は授業の終わるのは早いですけど。

            ◆

今日は大人とは何かの一回目。夏に集中講義で同じ授業をしているので、今年度に限って言えば2回目の授業となる。

やっぱりこの授業は面白い。この授業を始めた20年前はそんなこと全く思っていなかった。が、近代とは何かということを考える授業にも繋がって行くと最近はつくづく思っている。

大人とは何かって考えると面白いですよ。

            ◆

さて、10日締切の原稿も考えなくっちゃ。

2008/01/06

明日からは大学も授業だ

いやあ、あたたかい。
我が家は東南に面しているリビングなので、床暖房を緩く入れているだけで午前中は本当にあたたかい。温度計を見たら25度ある。本当? でも、半袖半ズボンでも大丈夫だから、そうなのであろう。

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            ◆

娘に朝のミルクを与えて、おしめを替えて、私は朝風呂。
ふう。

湖面に反射する朝日が奇麗だ。その反射の中を小舟が通り過ぎて行く。操舵する本人は自分がスポットライトの中にいることを理解しているのかなあ。

案外人生もそうかもしれない。過ぎ去ってみたときに、一晩夏が気の中にいた頃を知るのかもしれない。そうならば、今が輝いている時だと勝手に思い込んで力を出しても良いだろう。いつもながら自分に都合の良い解釈の私である。

            ◆

娘は朝からご機嫌である。
目出たく4ヶ月になった。
良く笑う。
見飽きないなあ。

見飽きないけど、これを続けていたら仕事にならない。
眠たそうになったところで寝かしつけて、お仕事。

午前中は、民衆社からこの春に出る本の最終校正だ。10年前に出した本のリメーク版である。この本は、その年の春の教育書フェアで一位をとった記念すべき本である。内容が少し時代遅れになった感があるので、リメークするのだ。

なんとか完了。

            ◆

本日絶好調の娘が、昼ご飯の後ずっと笑いかける。
ああ、後ろ髪を引かれる。
でも、午後からは大学へ。

この年度末には、もう一冊本を出す。その最終校正をしているところ。これは私の修士論文を元にして出す初めての単著の学術書となる。

売れる事を期待して書いている本ではない。ま、勿論売れたら嬉しいがf(^^;、私が開発したシナリオ方式のディベート指導方法に至るまでの流れを、日本書紀の事例から書き起こしている本になる。ディベート指導のひとつの時代に区切りをつける本にはなることを願って出版する。

さらにシラバスの調整やら何やらの事務仕事に没入。
明日からは大学も授業だ。

            ◆

明日の授業は、「大人とは何か」の一回目である。全部で三回で行う。
これについても論文か本の形にして、まとめたいと思っている。

まずは、授業である。

父は長嶋茂雄さんと同じ年

いつの頃からか、父親が面白くなった。
いつもむくれている父親のイメージであったが、私が高校生ぐらいになった時に父が、父ではなく男の顔を見せるようになった。というか、私が感じる事が出来るようになったのかもしれない。

しかし、最近の父親の暴走は凄い。

            ◆

父の語録である。

1)Aはいない。

父と私と弟は、声が同じである。電話では、間違えられる。そこで、電話の時には最初に名前を名乗る。私なら、
『おさむ。おさむです』
のようにである。

弟が家に電話をかけたときのこと。父が出た。

弟「A。Aです」
父「A? Aはうちにはいない」
弟「え? だからA。A!」
父「だから、Aはいないと言っているだろ!!」

と言って電話を切ってしまった。それも二回も。
本人が電話をしているんだから、家にいるわけないじゃん。


2)祇園にて

祇園の辺りを車で流していた。
そしたら、一足早い成人式の準備なのか、看板が出ており、その辺りに晴れ着の娘さんたちが歩いていた。

母「成人式かね?」
父「ん? 西部劇?」

どうして祇園で西部劇なのか分からない。

3)オレも厄年だ

弟は、今年大厄である。三十三間堂に行った時に、弓付きの破魔矢が売っていたので、厄払いにと私が弟に買ってあげた。すると、父が、

父「オレも今年厄年だぞ」
私「え? そんな年まで厄年なんてあったっけ?」
父「あるある。オレがそうだ」
弟「?」
私「あ、もしかして年男じゃないの?」
父「それだ、それ」

            ◆

次に会う時も、語録を期待している私である。
ちなみに、父は長嶋茂雄さんと同じ年である。

元気で。

1/5

朝、みんなで大学へ。どんな職場か見てもらおうと思ったわけだ。
奇麗な環境に好印象。
もう、お掃除の方が出勤されていて月曜日に学生を迎える準備をしてくださっていた。ありがたいことだ。

            ◆

俄親孝行もここでお仕舞い。
大学でみんなを見送る。
また、来れると良いなあ。今度は、冬以外のシーズンで。
元気で。

            ◆

午後から再び大学へ。
そうである、仕事がたまりにたまっているのである。
アヴァンティを聞きながら仕事を進め、8時頃まで粘る。
これで明日頑張れば、少し見通しが着くというところまできた。

ふう。

            ◆

流石に夜は休肝日とした。
正月料理の残ったものを食べながら、あれこれ奥さんと話す。
娘の顔を見ながらお茶を飲む。

さ、今年も本格的に始まるぞ。

正月らしい正月になった

1/4

市内のあまりの渋滞に辟易して、昨日は予定を途中で切り替えた。今日は朝からスタートである。午前中は五条から市内に入る道もすいすいである。
弟の家族も一緒である。奥さんと娘は家でお留守番。

            ◆

まずは、三十三間堂へ。父は仏像を彫ることを退職後の趣味にしようとしていた。その練習のために始めたバードケービングに嵌ってしまって、いまだに仏像には行っていないが、興味はある。ならば、三十三間堂である。

ここは40分までは駐車場の料金をとらない。しかし、拝観料は高い。ま、そんなもんである。入り口では下足のオバさんがいて、個人や団体で靴を収める場所を的確に指示してくれる。お香を感じて中に入る。

入った瞬間から圧巻である。
この千体の千手観音はなんだ。
くるたびにいろいろと思う。
千体も必要な程、人間の悩みや苦しみがあるのかと思う。

そして、これは昔の事ではなく、いまでもそうなのだと思う。

            ◆

Kiyomizu


市内観光の最後が、清水寺だ。
桜の時期もいい。紅葉の時期もいい。
だが、何もない青空だけのこの時期の清水寺もいい。

父と弟は、弁慶の武器を持ち上げようと挑戦。まあ、無理だろうなあと見ていたら、父の方は微かに動いた感じ。本当か?

子安塔まで歩き、十分に満喫。
いやあ、良かった。

            ◆

清水坂では、大学の私の授業に出ている学生が、八つ橋のお店で懸命にアルバイトをしていた。頑張れ。
清水坂からショートカットして茶わん坂にある駐車場に行こうとしたところで、弟家族が逸れる。ちょっと待ちぼうけだが、これも旅らしくて良い。

大渋滞の道路。私達は逆方向で一安心。
やはり、お寺は午前中に限る。

            ◆

その後、JR伊勢丹でお土産を買い、私も大事なものを探す。が、ない。
実は、この日の昼は娘のお喰い初めなのである。折角両親がくるのだし、関西は100日よりも遅くやるというのを本で読んだので、この日に設定したのだ。

ところが、尾頭付きの鯛が手に入らない。
この日であれば新鮮な鯛がもう魚屋に並んでいるかと思ったら、ない。
あちこちさがしたが、ない。

ショック。
取りあえずの一品として、鯛の身で作った鯛の形をしたかまぼこを買う。

ではあったが、なんとか地元のスーパーをもう一度見て回ったらあったので、ゲット。ふう。

            ◆

お喰い初めは、一族の最年長者が食べさせる真似をする。
米、汁、焼き魚を食べさせる真似で娘に与える。
これが、嬉しそうにニコニコしながら受け入れるのだ。

これは嬉しかった。

最後に、お宮参りに行った神社で拾ってきた石で歯固めをして、お仕舞い。
この石は名前を書いて、また神社に収めるのだ。
これでオッケーとなる。

            ◆

お喰い初めの御祝いのご飯で、お腹がいっぱいになったが、夕ご飯のためにお腹をすかさなければならない。近所のいつものガーデンにお散歩とした。因に、父はこの段階でお休み。グーグーである。

冬の琵琶湖の水は奇麗に澄んでいる。
泳げそうだと言われたが、ま、ここから30分北に行ったところの方がいいと話す。夏に泳ぎにくるかな?

            ◆

さあ、最後の夜はタイ料理である。
歯が治るまで封印していた、タイ料理である。
ほぼ治療が終わったので、思い切り食べた。

蟹と卵のカレー炒めである。
これが美味い。
絶品である。
シンハービール片手に殻までバリバリ喰ってしまった。

Kani


ここで面白い現象を発見。
同じものを食べているのに、汗をかいている人と大丈夫な人に分かれている。私、弟、母親は頭皮から大量の汗。ここに同じ遺伝子系列を発見であった。

            ◆

もう動けないほど食べた。
でも、大丈夫。
家まで送迎してくれるバスがあるのだ、この店は。
良かった。

            ◆

さ、仕事は全くできていないぞ。
土日が勝負だ。

でも、正月らしい正月になったなあ。

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