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2008/05/24

ランディ・パウシュの「最後の授業」

奥さんと娘がちょっと風邪気味。
週末は自宅で過ごすことになりそうである。

            ◆

娘はハイハイからお座り、お座りしたまま万歳ジャンプと動き回る。うーん、これで歩き出したらすごいことになるなあと思う。

見てくれの可愛さとは別に、この動きのすごさのアンバランスが、赤ちゃんの赤ちゃんたる所以である。アーアーいいながらジャンプし、時々こちらを見て私の存在を確認する。私がいることが分かると安心してまたぞろ、興味を持ったところに動き出す。

その様子を見ながら過ごす時間は、あっという間に過ぎる。

            ◆

午後、ひょんなことからたどり着いたページが、私をさらに変えてくれるかもしれない。

大きなやる気とアイディアを受ける。大学という職場で、これから私が何をして行かなければならないのか、して行くことが望ましいのかなどを考えつづけた。

泣きながら笑いながら、学んだ。

自分の人生のリミットが分かったときに、私に何が出来るのかはまだ全く分からない。しかし、いま私に出来ることをやることが、未来につながっていることは分かる。

未来は、今日から始まっているのだ。
ランディ・パウシュの「最後の授業」

http://jp.youtube.com/watch?v=nrFMRuB2lbA&feature=related

2008/05/23

お昼から一気に駆け抜けた

ふう。
お昼から一気に駆け抜けた。

大学で学生のやっているボランティアサークル「京都守るんじゃー」の総会があり、ちょっと出席。じっくりと出席したいところであったが、午後からお客さんが来るのでその準備が。

            ◆

最初は、インタビューを受けるお仕事。とある進学情報系のHPに載るようである。1時間ほどお話をする。

入れ違いで、今度はとある日本を代表する企業から、相談ということであれこれ。2時間半ほどお話をする。何らかの形になると面白くなるなあ。

            ◆

国語科教育法は、「たほいや」である。私の定番授業の一つである。中学生に指導していた時、私の授業で好きなもののベスト3に必ず入っていたものである。

今日も悲鳴と叫び声と歓声と、にやけた笑顔で満たされた授業となった。

この「たほいや」がどうして国語の授業なのであろうかという方もいらっしゃるだろうが、それがまあ、国語なのである。

実は、

http://www.japanlaim.co.jp/shop/A357/Pcv6lq6Qe/syolist/667
に私の「たほいや」の授業のDVDがある。教材費にゆとりのある方、良かったらお求めください。謎が解明されると思います(^^)。

            ◆

夜は「京都守るんじゃー」の歓迎会があったのだが、今日はちょっと事情があってキャンセル。
さ、週末である。仕事がたまっているぞ。

2008/05/22

一種の事例研究を行った

基礎演習ゼミが面白いのは、いつも書いているが今日も面白かった。学生たちの読み込みが鋭くなるに従って、立てられる問いも鋭くなって行く。そして、その問いに対する解釈も。スリリングでいいなあ。

事実確認 → 分析 → 仮説 → 方針 → 指導 → 反省 → 指導 → 事実確認

という流れをどのように作るのかを、実践記録を読みながら具体的に考えて行く。先生はどこに、どこまで、どのように介入するのか。このポイントで、実践記録を読み取りながら学んで行った。

面白い。

            ◆

今日から始まる授業もある。キャリア開発講座である。三人の先生のオムニバス方式で、15回のうち私は5回担当する。今日のテーマは、子どもウォッチングと咄嗟の判断である。

子どもの事実から、さまざまなメッセージを見て取って指導に活かす。もちろん、このためには「事実確認 → 分析 → 仮説 → 方針 → 指導 → 反省 → 指導 → 事実確認」という上記の流れを理解することが大事である。で、この流れをじっくりやるか、瞬時にやるか、はたまた、やらざるを得ない状況なのかと判断して、指導に当たるわけである。

今回は、家本芳郎先生のご著書のほか、マンガの事例や私の『こんな時どう言い返す』の事例なども使いながら行った。

自分の立場を決め、その仲間たちと集まってなぜその指導がいいのかを説明し合い、他のグループの説明を聞いて、家本芳郎先生のお考えや、私の考えを補足しながら、一種の事例研究を行った。

二回生を中心とした受講生を相手にこの内容をやるのは、なかなか学生たちは大変だと思う。しかし、ボランティア実習や観察実習に出かけるまえにこれらのことには、気がつかせておきたいし、三回生の教育実習には十分理解して迎えさせたい。だから、このタイミングでの指導である。

中にはきちんと答えることの出来る学生たちもいて、なかなか頼もしかったなあ。

来週は、さらに『こんな時どう言い返す』で行う。この指導を行う際の基本的な考え方や、留意点も踏まえて90分たっぷりやる予定だ。

            ◆

たのしみ。

2008/05/21

『僕たちの好きだった革命』

『僕たちの好きだった革命』(鴻上尚史 角川学芸出版)。一泊二日の間に読み終わった本である。鴻上尚史さんの同名の脚本の小説化された本である。

久しぶりに、泣きながら笑い、笑いながら泣いた本である。この場合、「泣きながら笑い」というのは、切なくて泣いていたらそのまま笑い出してしまったということである。笑いながら泣いたも同じ。鴻上さんならではだ。

            ◆

鴻上尚史さんが主催する、第三舞台の『宇宙デ眠ルタメノ方法ニツイテ』を下北沢の「ザ・スズナリ」劇場で見たのは、岩谷さんがまだご存命の頃で、もう20年近く前のことになるであろうか。

RCサクセションの「トランジスターラジオ」から始まるそのステージは、始まったと思ったら、終わっていた。ただ、鷲掴みにされて目の前に突きつけられた「表現」の可能性を抱えて下北沢の街を歩き、「陣太鼓」のカウンターに腰掛けて、うー、うー唸っていたのを思い出す。

            ◆

私の世代は、ビートルズには遅く校内暴力には早い時代である。ま、どちらも知っていると言えば知っているがそのど真ん中ではない。まして、全共闘などは分からない。

その70年安保の時代に高校時代を過ごした人間と、その30年後の高校時代を過ごしている人間とが作り出す、えも言われぬドラマである。

先生であって、この時代を生きてきた人間にはなんとも面白く切ないドラマである。お薦めだ。

ジューシーなバームクーヘン

近江八幡で食べたものの中でインパクトのあったものは、バームクーヘンである。クラブハリエ日牟禮館でその場で焼いているバームクーヘンである。20cm程度のサイズで630円である。これはお薦め。

なんといっても、そのジューシーな味わいがたまらない。ジューシーなバームクーヘンという形容は想像つきにくいと思うのだが、そうなのだ。プルプル感のあるバームクーヘンと言ってもいい。休日に売り場をのぞいてみたら、二十人程度の行列。焼き上がるのを待っているのだ。私は平日に購入。

実はここのバームクーヘンは、娘の内祝いで贈った一品である。だが、その場で焼いたものではない。このその場で焼いているバームクーヘンは、日持ちが一日しかないので、送りようがないのである。

滋賀に来ることがあったら、是非、ご賞味ください。

2008/05/20

鴎外の「高瀬舟」の状況

昼過ぎから出かける。以前から行ってみたいと思っていた近江八幡である。なんのことはない、自宅から琵琶湖大橋を渡って1時間である。しかも高速道路は使っていないのである。

琵琶湖湖岸の実に快適な道を、窓を開けて五月の風を車に入れながら走る。MINI COOPER-Sのサウンドが心地よい。ふと燃費計を見たら、18.6km/Lとなっていた。なんて燃費がいいんだ。

            ◆

八幡山ロープウェイ、クラブハリエ日牟禮館、かわらミュージアム、八幡堀、白雲館などを巡る。小さくまとまった町であり、このぐらいなら一カ所に車を止めて、赤ちゃんを抱っこしながら歩いて回っても大丈夫。

豊臣秀吉の甥である豊臣秀次が開いたこの近江八幡は、近江商人の発祥の地として有名である。なるほどいい町づくりだなあと思った一日であった。

            ◆

一泊して、翌日は水郷巡りから始める。手漕ぎ舟に乗って水郷を巡る。乗合船であったが、他のお客さんはいなくて私と奥さんと娘と船頭さんである。ま、娘はいいのだが、この人数はできればなってみたい人数であった。

船頭さんと私ともう一人。
そう、これはあの森鴎外の「高瀬舟」の状況なのである。私は、同心である羽田庄兵衛になったり、下手人の喜助になったりしながら船に乗ってみたかった。それは手漕ぎの船で、しかもこの人数でなければならない。

70分間、私はあれこれ考えてみた。そして、つい何かを語り始めてしまいたくなる気持ちを感じた。もちろん、それは庄兵衛の側の気持ちである。そして、送られていくときの切なさのような晴れ晴れしいような気持ちも感じていた。それは喜助である。

どうも、揺れと視点の二つがこのような感じを生み出すのかもしれないなあと思っていた。いい経験が出来た。

            ◆

さらに、学生たちが先日見学でお世話になった近江兄弟学園のあれこれを、現地で学ぶ。ウィリアム・メレル・ヴォーリズが残した数々の偉業の跡を追いかけながら、教育のことをあれこれ思う。

いい週末であった。

2008/05/18

指導は、点ではない

朝、夏のネットワーク集会(8/11,12 仙台 東北福祉大学)の講座の紹介文を締め切りぎりぎりで書き上げる。久しぶりに新しい講座を依頼されたので、それの全体像をあれこれと考えていて、遅くなってしまった。

講座名:「言語力」を鍛える授業の工夫

である。あれこれ考えたが、やはりここは学習ゲームで鍛えるというのをやることにした。「たほいや」をやる。たしか、授業づくりネットワークで「たほいや」を講座でやるのは初めてではないかな。

詳しくは、こちらです。

            ◆

午前中、娘と遊んだ後、午後から「関西青年塾」のために畝傍御陵前駅まで向かう。1時間半かかるため電車の中でひと仕事、ふた仕事する。持ち運びのMacintosh。本当に便利になったものだ。

            ◆

一区切りがついた辺りで、駅に到着。ちょっと電話が入ったため、予定時刻に間に合わなかったが、今日の中村健一先生の授業に間に合った。

今日は、笑いとフォローの授業。笑いとフォローというと、なんというか子どもに媚び諂ったイメージを持つ人がいるかもしれないが、そうではない。指導をトータルに考える時、一つの要素として非常に大事なものである。

指導は、点ではない。その瞬間だけやるなら教育に関心のない人でも出来る。褒める、けなす、叱る、同調する、唆す、命令する・・・。その瞬間だけなら、まあ、簡単である。

しかし、指導は点ではなく、流れであり、文脈である。このひと言が、過去の子どもたちの生きようを受け、これからの子どもたちの生きざまを規定することがあることを理解して行わなければならない。しかも、瞬間にどの指導をするのかを判断しなければならない。

昨日一緒に食事をした元同僚の先生も話していたが、この指導を「流れ」で見ることの出来ない若い先生が増えていることを危惧していた。

            ◆

いろいろと学んで講座は修了。現役の小学校の先生のトップスピードでの講座はなかなかすごかった。

その後、懇親会。中村先生と飲むのは三年ぶりぐらいかなあ。ここでも楽しい時間を過ごす。最終の特急に間に合うように席を後にして、自宅へ。

楽しい一日でした。

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