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2008/07/19

すみませ〜〜〜〜〜〜ん!!

書写の集中講義である。1限と2限に同じ内容を行う。本当は一回で済むのだが人数が多いので二回に分けて行う。

本日は、自分たちが書いてきた作品を交換し合って、朱筆で添削をすると言うもの。人様の作品に赤を入れると言う事の重さを体験させることになる。

子どもたちの中にはお習字教室に通っていてうまい字を書くものもいるだろう。その字に、先生は朱を入れる。入れただけではない。その朱の入ったお習字は、家に持ち帰られて保護者に確認される。時には、一年中教室に飾る事にもなる。

人様の作品に朱を入れるということは、そういうことなのでもある。

なので、大変なのでいろいろな技を教える。
表技、裏技、コツに練習法とあれこれ。90分の授業ではここが限界である。だが、それだけでも見違えるようにうまくなった学生たちが現れた。良かった良かった。

            ◆

2限の授業終了後
「すみませ〜〜〜〜〜〜ん!!」
と言いながら座り込んで入ってくる学生二人。
『?』
「3、4限と間違えていました!!」

彼らは大学にいて軽音楽の練習をしていたと言う。
学生諸君が必死に授業をしていたその時間帯に、

「おい、リードに合ってないぞ」
とか言いながら軽音楽の練習をしていたそうだ。

おいおい、授業時間に合ってないのは君たちだ。
見事に欠席。
ま、来年も頑張れ。

            ◆

昼ご飯を食べて、3限。
ここはもう大サービスの時間。自分の字が書けない学生は個人レッスンをするぞとしてやってあげた。突然だったので人数は少ないが、その少ないのを活用してみっちりと。文字の勘所をつかむと、ぐっとうまくなる。せっかくなので平仮名も教える。良かった良かった。

字のうまい先生が小学校の教壇に立つ事を、私は本当に願っている。毎日その先生の字をずっと見て授業を受ける。子どもたちはその字のように字を書く。先生がうまければ、それだけ子どもたちがうまい字を書くようになる。

だから、鍛えたいと思っている。

            ◆

その後、一度家に帰って京都駅へ。ディベート関連でちょっと打ち合わせ。ホテルグランビアのラウンジで。とても混んでいました。京都は、とても暑い一日でした。

蝉時雨が心地よかった

午前中から昼過ぎにかけて某所で、新学習指導要領に関連するお仕事。算数と理科が大きく変わったなあと改めて思う。増えたのではなく、今までが少なすぎたのかなあとも。

            ◆

授業の前にあれこれと学生からの質問に答える。

「先生は、好きなスイーツは何でしょうか?」
「先生は、和食と洋食ではどちらがお好きでしょうか?」
「先生は、・・・」

なんのこっちゃと思うだろうが、これも大事な授業の一環。夕食会の企画書を作るためのリサーチなのである。教師は幅広い年齢層の人たちと関わる。小学生からおじいさんおばあさんまで関わる。他者へのアプローチの仕方、理解の仕方を学ばないとやってられない。

夕食会では、私を一人の他者として考え、リサーチの上楽しませるのである。

            ◆

国語科教育法では、句会を行う。
俳句の授業は、句会で行うのが最も楽しくて力がつくと考えている。
名前を隠して、作品そのもので選び合う。

二物衝突(取り合わせ)がわからない学生がいるが、ここが理解できないと俳句にならない。作品を批評する中で解説を加えて行く。作品に対する批評は辛口になる。しかし、どこがおかしいのかをきちんと説明し、こうしたら良くなると言う事を示す事が、大事である。

            ◆

実は、句会の指導で一番難しいのは、この宗匠のコメントなのである。私はジャパンライムから「句会をしよう 〜俳句をつくる、楽しむ、評価する〜」
というDVDを出しているのだが、このDVDの監修をしてくださった東京学芸大学の大熊徹先生に、

「池田先生のコメントが的確だったから、二回目の作句では見違えるように良くなりましたね」

と言っていただいたことがある。
私が一番力を入れているところを評価していただいて、とてもうれしかったのを覚えている。

 宵山に 祇園を走り 決意する

この句が今回の正選句の第一位に選ばれた作品である。私も、この句は気に入った。この句について、参加者であれこれあれこれ話した。面白かったなあ。これが句会の醍醐味である。

            ◆

授業後いくつかの学生の相談を受け、校舎を出た。すると二階のバルコニーに学生たちが集まって何やらやっている。よく見るとお習字である。明日の国語概論の書写で出してある課題を懸命にやっているのだ。

蜩の鳴く夕暮れのバルコニーで、懸命に筆をとって課題に勤しむ学生たち。なかなか良い絵であった。これは通り過ぎるわけにはいかないと思い、少しずつ指導する。すると、ちょっとの指導でグンと良くなるのが書いている本人にも分かる。

「いやあ、マジでハマってきた」

と言いながら、書き続けてる学生たち。
(そうそう。このちょっとの指導で子どもたちが伸びるわけね。将来は私の役を君がやるんだよ。しっかり実力をつけるんだぜ)
と思いながら、指導を重ねた。

蝉時雨が心地よかった。

2008/07/17

「常温の鳥飼」」+「桃様」

どぅひゃひゃひゃ。
参った。

            ◆

行けると思ってやったのだが、ドンピシャであった。
私は甘いお酒が好きなのかもしれないが。

「冷えた鳥飼」+「桃様」=「申し訳ないぐらいうまいカクテル」

ということになる。
あーうまい。

さらに実験。

「氷入りの鳥飼」+「桃様」+「只の炭酸水」=「ん? あの味わいはどこにいったの?のカクテル」

これは失敗。

 

極めつけは、これ。

「常温の鳥飼」」+「桃様」=「(おいおい。これカクテルの名前を登録したらいいんじゃいないか)というぐらいのカクテル」

            ◆

あーっ、うまひひひ。

「パパ!」と呼んだ日

こちらでも降り出すかと思われた空は、湖の対岸の草津方面で大雨をふらした模様だ。そのおかげで、西日を受けて虹を見ることができた。こちらから虹を見るのは割と珍しい。

今宵は満月の一歩手前。雲の合間から見え隠れてしている。そして、娘が初めて私のことを見て
「パパ!」
と呼んだ日である。

            ◆

最近手に入れたCDでお気に入りなのが、これ。

「the ジブリ set」DAISHI DANCE

http://item.rental.rakuten.co.jp/cd/p/2017258/the+ジブリ+set

あの新宿のディスコの怪しい雰囲気を思い出させつつ、その一方でジブリのさわやかさも兼ね備えているという不思議なアレンジメントである。10代の思い出と20代の思い出が何とも言えない具合でミックスされている。

            ◆

特にお気に入りは、「天空の城ラピュタ::君をのせて feat.麻衣 (6'04")」だ。だいたいからして、この曲は私にとって卑怯な曲の代表である。この歌詞を聞いて泣かない親がいるだろうか。(いや、いない:反語)

この歌詞が英語に翻訳されていて、女性の高音で聞かせてくれる。それでもってハウス系のダンスのリズムが心地よい。そして、切ない。

MINIR53のエンジン音を楽しむ事なく、今はこの曲を音量を上げて聞きながら通勤している。

            ◆

で、何気なくyou tubeを見ていたら、なんとありました!!

http://jp.youtube.com/watch?v=o9ZRtGb3bs0

できれば、大きなスピーカーで低音を聞かせて聞いてほしい。
娘は、この曲で踊っている。可愛い。

うーん、すごい時代だ。

しかし、授業も熱い

ふう、暑い。京都は35度である。
しかし、授業も熱い。

            ◆

基礎ゼミで、テキストリーディングが最後を迎えた。二回目の読み込みなので、テキストから発展した扱いもしている。

今回は「男の先生のイメージと女の先生のイメージの違い」を扱ったグループがあった。なんでこんなことになったかと言えば、実践記録を読んでいるとき、てっきり男の先生の実践記録かと思っていたら、女の先生だったということがあったのだ。

それで、何がこの「男らしさ」を醸し出しているのかということで、テキストだけではなく、イメージの世界から探ってみようと言うことになったのだ。

私が今まで出会った女性の先生で、すごいなあと思う先生は、男の先生のすごさと似ている場合が多かった。二三名だけ、女の先生としてのすごさを感じさせてくれた。まだまだ社会は男社会である。だから、その社会で認められるためには、男の所作を身につける必要があるのかもしれない。

しかし、私は女の先生にしかできない指導があると思っている。その事を、この授業で考えさせたいと思った。

そしてもう一つ。男の先生であったも女性的なもの。女の先生であっても男性的なものを活用する必要性のある事も示したかった。

            ◆

もう一つのグループは、ボランティア活動について。ボランティアは、クリスチャニアのもの、儒教的なもの、仏教的なもの、国家体制的なものとさまざまな文脈から現れる。もちろん、民主的なものからも。

で、実践記録は国家体制的なものから民主的なボランティアへと、くぐり抜けて行く姿を描き出しているのだが、この読み取りは非常に難しい。それに挑戦させた後の、今日はこんなテーマであった。

「ボランティアをする側(A)と、される側(B)との関係を図示してください」

というもの。
これは面白かった。

図示すると、簡略化できる一方で切り捨てられる概念が生まれる。分かりやすさは危険であるということを考えるきっかけになったのではないかと思う。

それにしても、この「ボランティアをする側(A)と、される側(B)との関係を図示」という発想は面白く、5つのグループは全部違う図を描いていた。思わず私も参加してしまった。

ただ、一つ気になったのは、学生たちは「ボランティア」というとする側にしかたっていない感じであった。される側の経験があるはずなに、それに気がついていないということだ。ここに気がつくともっと豊かになれるなあと話す。

            ◆

昼休みにコース会議を行い、3限、4限と学生の指導。

一人は書写の指導から進路の指導へ。あれこれ話すあれこれ聞く。もう一人は、夏休みにじっくりと本を読みたいのでアドヴァイスが欲しいとの事。家本芳郎先生を紹介し、私の研究室にある本を見てみる事を勧める。その後、今やっている活動のことをあれこれ聞く。それに対して、私がしてきた事を元にしてあれこれ話す。

いま、自分が何をするべきなのかを理解して実行しようとし始めた学生たちである。夢の実現のためのガイドは、今の私の仕事である。

財務報告会があった

授業のあと学生の相談等に乗る。さらに事務仕事、教授会と続き、その後、学園全体の財務報告会があった。本学は、早くからHPで学園の財務情況を公開している。この10年ぐらい前の財務の状態から、今の財務状態を説明し、今後の学園の進む方向を考えると言うものである。

            ◆

財務関係のことは、私には全く分からない。説明を聞いて、配布された資料を見ながらお金の流れを追いかけて、ははあと分かる程度である。

しかし、これを仕事としてやっている人が社会にはたくさんいることを思うと、つくづく
(私は、会社員にならなくて良かったなあ)
と思う。私にはできない。

            ◆

本日、「いい先生になろう!!」という京都橘大学児童教育学科ブックレットが完成した。私は生徒指導と国語科教育について書いた。完成したので他の先生が書かれたものも読めたのだが、これが実に良い。

自分たちのテリトリーの物を褒めるのもなんだが、実に良い。非売品で関西の高校生に配布されるものになると思うが、機会があったら手にしてほしいと思う。私たちの授業に対する思いが、具体的な形となって提示されている。

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            ◆

で、財務報告会に向かうとき、このブックレットを読みながら歩いていたのだった。財務報告会が終わって部屋を出るとき、財務担当の職員さんにお礼を申し上げた。

『ありがとうございます。私には絶対できない仕事です。学園の土台をよろしくお願いいたします』
すると
「いえいえ、私たちの仕事なんて些細なものです。先生の持たれているブックレットの内容に比べれば、大した事はありません」
と。
『いや、そんなことはありません。私にはできない仕事をありがとうございます。私はその仕事はできないので、私の仕事として学生たちをびしびし鍛えようと思います』
と。

本当にそう思っている。私たちが教育と研究に没入できるのは、大学職員さんたちがしっかりと支えてくれているからだと思う。ありがたことだ。

2008/07/16

子どもたち、やるなあ

いやあ、いいなあ。
いまや小学生が一人一台持っていると言われているDS。これを使って鬼ごっこか。
子どもたち、やるなあ。
単純にやってみたいな。

引用開始 ーーーーーーーーーー

DS鬼ごっこで遊ぼ 無線通信で“情報戦”

2008年7月12日 13時50分

車の陰に隠れてニンテンドーDSを操作する小学生=東京都世田谷区で
写真

 東京都内の狭い遊び場で、ただ追いかけっこをするだけではつまらない−。そんな子どもたちが、任天堂の携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」を使った独自の鬼ごっこを考え出した。昔ながらの遊びとハイテクの人気ゲーム機の取り合わせが、ちょっとしたブームになっている。(中沢誠)

 この遊びを楽しんでいるのは、世田谷区池尻地区の小学生たち。

 どのように編み出したのか、その経緯ははっきりしないが、子どもたちは「DS鬼ごっこ」と呼び、放課後になるとDSを手に地元の児童館に集まる。

 DS鬼ごっこは、画面に書き込んだ文字や絵を無線で通信し合う「ピクトチャット」という機能を活用。「鬼が来た」「○○君が鬼になった」などと情報を交換しながら鬼から逃げる。鬼が仲間のふりして偽情報を流したり、ちょっとした駆け引きもある。

 約三十メートルの範囲でしか通じない機能だけに、建物の中や隠れる場所の多い路地裏などが格好の遊び場となっている。都会の狭い遊び場を逆手に取った遊び方。子どもたちに聞くと、「みんなで協力し合って逃げるのが楽しい」という。離れ離れになりながら、つながっている連帯感が人気の秘密だ。

 DSはゲーム以外にも、中学校の授業などにも幅広く活用され、話題になっている。任天堂広報部は「鬼ごっこに使うことは想定もしていなかったが、おもしろい。DSは創造性を発揮するというコンセプトで作られただけに歓迎したい」と話す。

 鬼ごっこについて詳しい東京・渋谷の児童施設「こどもの城」事業本部長の羽崎泰男さんは「鬼ごっこは伝承の遊びで、時代ごとに都合のいい形に変わってきた。今の子どもはゲーム性が高くないとだめ。DSは大人の仕掛けという面もなくはないが、時代を反映した遊びといえるだろう」と話している。

(東京新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008071290135030.html

引用終了 ーーーーーーーーーー

明日の教室でやってみます?

さらに、グーグルマップやグーグルアースを使った鬼ごっこは考えられないかな。あべたかさんや洲巻くんなら考えられそうだけど、どう?>あべたかさん、洲巻くん。

2008/07/15

常用漢字の改訂

常用漢字の改訂がもめているらしい。

引用開始 ーーーーーーーーーー

常用漢字改訂、「俺」で大モメ

7月13日8時0分配信 スポーツ報知

 問題は「俺」−。文化審議会漢字小委員会の常用漢字表改定作業が、来年2月の最終案作成に向け大詰めに入る。現在の1945字からどれだけ増やすかが焦点。第2次追加案に残った188字の中では意見の隔たりが大きい漢字もあり、絞り込みには、まだ曲折がありそうだ。特にもめているのが「俺」という漢字。普段の生活ではごく普通に使われているこの字も「子どもに教えるべきものか」などとの意見もあり、結論は先送りされている。

 小委は04〜06年の新聞や出版物から3500位までの漢字出現頻度を分析し、上位の漢字を中心に追加候補を選ぶ作業に入っている。

 5月の1次案では「挨拶(あいさつ)」のように熟語としてのみ使用頻度が高い漢字54字を含め、274字まで絞り込んだ。6月16日公表の2次案では「鬱」が残る一方で「叩」「濡」「覗」といった漢字が「仮名書きで済む」などと落選した。

 「匁」とともに外す予定だった「斤」は「パンを数えるのに使う」と一転残留。1次案では候補にもならなかった「嗅」が「日常生活でよく使う」と“抜てき”されるなど、議論は右往左往している。

 その中でも1次案から特にもめているのが「俺」。もちろん日常生活で頻繁に使われている言葉で、本やドラマのタイトルなどにも普通に使われている(プロ野球の中日・落合博満監督の代名詞「オレ流」は自著の表記ではカタカナになっている)。

 だが委員の間では「相手との距離を測る重要な言葉」「子どもに教えるべきものか」と賛否は分かれ、結論は先送りされている。

 教育評論家の尾木直樹法大教授は「『俺』というのは、常用されている言葉。ある知事も『俺は〜』と言っている。『言葉として汚い』という意見もあるのかもしれないが、上品か下品かという対立的なとらえ方はできない。言葉というのは現実での使われ方で決まってくるもの。きちんと教えるべきです」と訴える。

 「僕自身は『俺』という言葉を使わないが」とした上で尾木氏は「友人では『俺』という人が圧倒的に多い。ただ公的な会議では『私』を使うなど、きちんと使い分けをしています。僕にとっては『俺』と言われると親しみを感じますよね」と自らの体験を交えながら話した。

 次の小委は15日に開催される。文化庁の担当者は「これから音訓など読み方を含め、一つ一つ詳細に検討するので、もっと意見の相違が出てくるのでは。予定通りに審議が進めばいいが…」と心配顔だ。

 ◆常用漢字表 法令や公用文書、新聞、放送など一般の社会生活で、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安。1946年に制定された当用漢字を基に、81年に1945字を定めた。ほかにも漢字使用の目安や基準としては、小学校6年間で学ぶ教育漢字(1006字)、常用漢字に含まれないが戸籍に記載できる人名用漢字(983字)、コンピューターで処理するために規格を定めたJIS漢字(第1水準2965字、第2水準3390字)などがある。

最終更新:7月13日8時0分
スポーツ報知

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080713-00000002-sph-soci

引用終了 ーーーーーーーーーー

           ◆

小学校1年生の頃である。時代劇を見ていた私は、父親が親父であり、出てくるの敬語が、お出ましであると理解した。そして、仕事から帰ってきた父親を玄関まで迎えに行って、最大の敬意を払って、

『親父のお出まし!』

と叫んだ。すると、父親は頭に来て一週間口を聞いてくれなかった。私は何がなんだか分からなかった。

           ◆

小学校3年生の頃である。俺が僕の別の良い方であると言うことを理解した私は、母親の前で

『俺は、こっちがいいな』

と言ったところ、「いつからそんな不良になったのだ!」と母親にこっぴどく叱られた。私は新しい言葉を覚えたのを使ってみたかっただけなのだが、何のことだ輪からなかった。

           ◆

子どもは、いろいろな文脈で言葉を覚えて行く。そして、その文脈でしか正しい意味を持たないことを理解せず、違う文脈で使ってしまい怒られるのだ。そうして一つ一つ使い方を覚えて行くのであろう。

だから、言葉遣いの悪い子どもや学生を見ていて時々思うのは
(こいつ、悪気があって使っているんじゃないのかもなあ)
ということだ。あのときの自分を思い出し、

『ちょっと待て。ここではそういう風には使わないが知っているか?』

と時間の許す限り教えなければなあと思っている。
ああ、教育とは実にかくのごとしである。

ちょっとセーブ気味で

娘は10ヶ月検診を終え、大きな問題もなく育っている。ありがたいことである。検診に行くと同じ月齢の赤ちゃんたちが集まっているわけで、どうしても比べてしまう。髪の毛の量、歯のはえ具合、はいはいの様子、離乳食の進み具合などなど。ま、意味のないことではあるが。

           ◆

とうとう新しいムービーカメラを買ってしまった。Xactiである。もちろん、防水機能つきである。150cmまでオッケーである。これで雨の中でもプールでも水遊びでもオッケーである。思ったよりも、暗いところでの撮影が好調である。水遊びに寝顔や寝相を撮ってやろう。

           ◆

と思ってあれこれしていたら、なんと風邪を引いてしまった。お腹と熱である。参ったなあ。これから前期の閉めに入るのに。

ちょっとセーブ気味で行こう。

2008/07/14

「伝える極意」の再放送が、明日

私が出演した回の、NHK教育テレビ「伝える極意」の再放送が、明日あります。午前10:00から10:15の15分番組です。テーマは、「話し合い」についてです。

良かったらご覧下さい。

集中して消すんだよ

娘を水浴びさせてから、仕事に取りかかる。さすがに、締め切りのことを考えると取りかからなければならない。まとまった時間を2時間ずつ設定して、あれを2時間、これを2時間と言う感じでやるようにしたい。

今年中に出す本であるからにして、急がねば成らない。

           ◆

集中して取り組むのだが、音楽は流す。iTunesから流しているのだが、これが奥さんには不評である。ま、リビングの中央にどーんと構えてやっているのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが、奥さんは私が音楽を聴きながらやれることが不思議なのである。

嘗て中学校一年の時の担任であった、藤沢政光先生が何気なく話されたことが残っている。

「この日本で、何の音もしないところなんてないんだなあ。うるさいと勉強できないってのは、ダメだ。集中すれば、騒音は消えるもんだよ。集中して消すんだよ」

子どもながらに、なるほどと思ったものだ。

           ◆

なもんで、音楽が消える瞬間が私の集中している瞬間なのだ。相変わらず耳鳴りもあるので、耳鳴りを音楽で消し、その音楽が意識の外側に行ったとき、私は集中しているのである。

ま、この辺りが伝わりにくいんだけどね。

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