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2008/01/19

四月からのあれこれ

朝から和室に籠る。
琵琶湖から昇ってくる太陽が朝は和室まで届く。
その光からパワーを受けて、原稿に取り組む。

なんとか、午前中に書き上げる事が出来た。
ふう。
久しぶりに難儀した原稿だ。
「授業づくりネットワーク三月号」です。
良かったらお読みください。

            ◆

日本語コミュニケーション技術1では、導入でいろいろな話をしてしまった。ディベートと笑いの関係、笑いの三種類、はないちもんめの種類、はないちもんめの教育的価値、出会いにおけるご縁と祟りの関係・・・。いろいろなものが重なり合って世界を構築しているわけである。

その後、「書き込み回覧作文」で小論文を相互評価。このやり方は簡単なのに、効果がある。ということは学校教育現場向きである。学生たちにも非常に好評であった。

            ◆

キャリア開発演習2では、『おとなが子どもと出会うとき 子どもが世界を立ちあげるとき』(竹内常一 櫻井書店)を読み続けている。実に面白い本である。なかなか先に進めない。

少人数のゼミ形式で、学生の経験私の経験をテキストにぶつけながら読んでいる。テキストリーディングができるかどうかということは、資料分析にはとても重要だが、その力を育てているともいえる。

面白いなあ。

            ◆

授業後、四月からのあれこれについて、あれこれ話す。どうやったら一番いい方法で動けるのかを大学のスタッフに考えてもらった。ありがたい。

さらに、四月からのことをあれこれ。そして、事務をあれこれ。
あ、まだ、あの仕事が終わっていない。

明日だ。

2008/01/18

ナースでも雄叫びである

予約したホテルはチェックアウトが13:00だったので、部屋にこもってあれこれと事務仕事。13:00の五分前にチェックアウト。ふう、このパターンはありだな。

            ◆

ヨドバシカメラに立ち寄って、Mac book Airを物色する。16日にアナウンスされたMacのポータブルだ。16日に出ると予測されていて、私の次のマシーンとして考えていたもので、どんなものかと見に行く。

しかし、まだ現物は置いてなかった。がっかし。

さあ、このMac book Airどうするかなあ。
デザインは文句なしである。
すげーかっこいい。

だが、メインマシーンとして使うには、ちょっとスペックが物足りない。もちろん、今のiBookG4よりは良いのだが、どうせならCPUのクロック数とグラフィックカードやメモリの増設がもうちょっと出来る方が良い。Mac book proとしばらく比較を続ける日々になりそうだ。

            ◆

出産に関する事務手続きがあったので、久しぶりに娘が生まれた病院に行く。四ヶ月前、ここには毎日に通った。

大きく変わったところはなかった。むしろ、あの日がアリアリと蘇ってきてちょっと苦しくなった。会計を待つための座席には新生児を抱えたおばあさん。聞こえてくる会話から今日退院と言う事が分かる。そうかあ、退院か。

ふと思った。
やっぱり、ここはご挨拶をしておくべきであろう。
胸ポケットに入れてある最新の娘の写真の裏側にメッセージを書いて、産婦人科に行ってナースセンターに置いてこようと思った。

忙しいから担当のドクターやナースには会えないと思うが、ここまで大きくなりましたと一言御礼のメッセージを添えて写真を置いていく事にした。

            ◆

エレベーターを上ってナースセンターに顔を出したら、なんと担当のナースが勤務していた。
『あの、お世話になりました池田です』
「あ〜!」
ということで、覚えていてくださったようで、写真を手渡す。
「わ〜〜〜〜〜、可愛い!」
とナースセンターで雄叫びが上がる。ナースでも雄叫びである。
ナースセンター的にはいかがなものかと思うが、父として素直に嬉しい。

あのときちっこかった娘を大事にしてくださったみなさんに、今の娘をちょっと見てもらえただけであるが、ご挨拶も出来て良かった良かった。

            ◆

東京で新幹線に乗ったのが15:03
京都で湖西線に乗ったのが17:27
西大津に着いたのが17:38

ひえ〜2時間35分でついてしまった。はやい。最短であろう。
ではあるが、疲れは時間ではなく移動距離に応じて生まれる。折角富士山側の窓際の席に座れたのに、ちょうど富士山の傍を通過するとき、またしても爆睡。ああ。

            ◆

家に帰ると、娘が満面の笑みで迎えてくれた。もう、大喜びであった。私はそれ以上に大喜びで抱っこをする。そして、風呂に入れて食事をして、原稿に向かうのであった。25時過ぎまで唸るが、限界。

明日は、本当に書き上げるぞ。

2008/01/17

荒川区内の中学校で

荒川区の研修会、国語部会の講師として招聘があり、朝、新幹線に飛び乗る。
新幹線の中でしようと思った仕事を鞄から取り出そうとしたところで、寝てしまった。

気がついたら窓から海が見える。
熱海であった。
(熱海に来てね。聚楽よ〜)
というテーマが流れる。
ああ、仕事が終わらない。

            ◆

最初に荒川区内の中学校で特別に授業をさせて頂く。
久しぶりの中学生。
なんて可愛いんだろうと思う。

中学校三年生に、湯船の法則と漢字の学習の仕方について45分間。
お世辞もあるだろうが、校長先生に
「あんなに熱中した彼らを見た事はない」
と言って頂いた。

生活指導、クラブ指導、委員会指導、校務分掌などなどのそういうのを乗り越えて、授業を作る。授業だけさせてもらえるのなら、随分と違うんだよねえと改めて思う。ありがとうございました。

            ◆

会場を移して、中学校1年生のディベートの研究授業を拝見する。
私の開発したシナリオ方式のディベートの改良シナリオディベートをやるという。これは嬉しい。研究の成果を活用してもらえるわけだ。

ディベート指導は初めてという先生であったが、見事に指導されていた。先生の力もあると思うが、開発者としてはこれがきちんと機能していた事にも大きな喜びを感じた。授業後講師としてあれこれコメントをして、ディベート指導に関してのみなさんの疑問にお答えした。ありがとうございました。

NADE関東甲信越の皆さん、ここにディベートを熱心に始めた学校がありますよ。春の大会で声を掛けてみてくださいね。

            ◆

実はこの研究授業を行った学校は、私の母親の生まれた土地。さらに私の父が東京に出てきた時に身元を引き受けてくれたオジさんが住んでいた街。そのオジさんが勤めていた会社は、私の奥さんの兄弟が勤めている会社ということで、非常にご縁を感じるところでありました。

東京大空襲の時に、川に逃げようとしたところ
「そっちに言ったら死ぬぞ」
と誰かにいわれ、鎮守の森に逃げたという母の話を聞いた事があるが、その鎮守の森も発見。ああ、ここで母が命を生きながらえてくれたから、今のオレがいるのかと感慨深く思った。

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会場を移して懇親会。
国語の先生ばかりで、いろいろと実践の話が盛り上がり楽しい。私の大学の後輩の先生がいて、かの吹野先生の話で大いに盛り上がる。

「吹野先生には反抗するな」
と先輩から言われていたそうで、その教えを忠実に守り一年で単位を貰ったとか。すごい。私なんて一年目から大反抗をして、結局五年までお世話になった。

だけど、今思えばあの吹野先生を一年で終わらせるのは、なんてもったいない事なのだろうと思う。卒業まで面倒を見て頂けた事はありがたいことなんだなあと、今は思う。

で、国語の先生ばかりなので「たほいや」をやってみる。
これが大盛り上がり。
荒川区の中学校国語の授業で、流行るかもしれないf(^^;。

            ◆

さらに会場を西日暮里に移してもう一人の先生と三人で飲む。
なかなかユニークな先生で、経歴も面白い方。
平日だと言うのに遅くまですみません。

新宿のホテルにチェックインしたのは、ぎりぎりその日でした。
ああ、充実した一日だったことよ。

2008/01/16

するということはそういうこと

いろいろな企画の準備で午前中はうんうん唸る。私が事務局をするようになるなんて信じられないと奥さんは言っているが、そんなもん私自身が一番信じられない。だけど、役回りと言うかなんというか、そうなんだと思う。私に順番が回ってきたのだと思う。ならば、今はやらねばと思う。

            ◆

研究室から30冊前後の本を持って登録に。年末年始に買い込んだ本の登録をそのままにしていたので、ヒーヒー言いながら事務局に持って行く。こういう時は坂道は大変である。

            ◆

国語科教育法2では、自分たちが行った模擬授業を元に定期考査を作成させ、それをお互いに解き合うと言う内容。問題の作成とはどういうことなのか、さらに、採点をするということはどういうことなのかを具体的に指導。

○、△、×の付け方はどうするのか?
どこの位置に×をつけるのか?
ペンの色を三色使って採点するのはなぜか?

などの話をする。

            ◆

教育実習2では、京都橘高校から教頭先生にお越しいただき、教育実習の直前指導をして頂く。実物の資料を使い、具体的に話をして頂く。学生は圧倒されていた。私も話している内容と被るものもあったが、それが却ってありがたかった。冗談で話しているのではないのだ。

「高校生は、風邪を引いたので休みますといえば、お大事にです。しかし、教育実習で実習生は休めません。むしろ、健康管理はどうしていたのだ!と怒られます。電車が止まったから学校に行けませんは高校生は許されます。実習生は、なんとかして来なさい!です」

授業を受けるのではなく、するということはそういうことである。

「本高は、警備上の関係から午後10時には締めますが、朝は6時から開いています」

ということは、午後10時までやれってことにびっくり。さらに、朝6時からやっていることにびっくりの学生たちである。

そして、それでも教師と言う仕事は良いと言い切る教頭先生である。そうなのである。しかし、その良いところに辿り着く前に倒れてしまう先生が多くなっている。だから、学生時代に力をつけるのである。

昨日、やっと中学校のときの体が大学の体になってきたということを書いたが、ということは大学生が先生の体になるにもそのぐらいの時間がかかるということなんではないかと私は学生に話した。今から始めてやっと一年と三ヶ月後の新任の時に間に合うと言う事である。

さて、どのぐらいの学生がこの意味を理解するか。楽しみだ。

            ◆

家に帰る車の中で、ふと重要な事の答えを見つける。採用試験の指導に関して、今ひとつ自分がクリアに語れない指導の内容について、このところずーっと考えていたのだが
(ああ、そうか!)
と分かる。

慌てて車を路肩に止めて、携帯電話の音声メモ機能を使って録音。いやあ、良かった。満足。

            ◆

娘を風呂に入れてから、学生に出した課題のレポートを読みまくる。教育実習2のレポート。面白い。きちんと課題をレポートしている学生といい加減にしている学生と、自分がやっているレポートがいい加減だと言う事が分からないで書いている学生といろいろいるが、非常に真剣にあれこれ考えてやっている学生がいて、頼もしく思う。

さあ、25時だ。
明日は東京だ。
寝よう。

2008/01/15

「勉強しよう」

大学に移って一年半で、やっと体のリズムが中学校から大学に変わってきたなと感じている。慢性的な朝の腹下しはほぼ無くなった。さらに、夜中に起きることが減った。

朝4時頃に起きて出勤前に一仕事ということもなくしたのだが、しばらくはで、4時に起きてしまう暮らしであったが、このごろは朝は6時過ぎまで寝られるようになってきた。つくづく人間は生活のリズムの上に、生きているのだと思う。

今朝は昨日の疲れがあったのか、8時近くまで寝てしまった。ま、それでも集合時間には間に合うのが職場の近くに住むありがたさである。

            ◆

今日は土作先生の理科のミニネタ。何回か見た事のあるネタもあるが、何回見ても面白い。面白いというのは、おかしいと興味深いの両方ともの混ざった「面白い」である。

監修の上條さんによれば、仮説実験授業の板倉先生が授業は面白いだけで良いのか?という論文を書き、分からないけど面白いと分かるけど面白くないであれば、前者の方が良いというように主張しているとのことであった。

私は、面白いにはfunny,exciting,interestingと三種類あると考えている。そして、その三種類がさまざまな顔を見せながら最終的にはinterestingに向かう事が、授業には必要だと考えている。

生徒役の学生たちは、授業を受けて非常に興奮していた。そして、
「勉強しよう」
と言い合っていた。
あれだけの凄い授業を受けて興奮するのは分かる。しかし、彼らは気がついたのだ。やがて自分たちも授業をする側に回る事を。今の自分では力不足である事を。いいことだ。

            ◆

夕食の後、家でこの二日間を振り返っていた。振り返ったまま、床暖房に倒れ込んで寝ていた。なんだかんだいって疲れていたようだ。
そしたら、奥さんが叫んでいて眠りから覚めた。
「寝返りしている!」

娘が人生初の寝返りをしたのだ。
いやあ、これは目出度い。
うれしいなあ。
しかし、寝返りでベッドから転げ落ちたり、呼吸が出来なくなることを心配しなければならない。喜びと心配を繰り返して子育ては続いて行くのだと改めて思う私であった。

2008/01/14

ミニネタ集DVD

三連休であると思うが、私は大学へ。関わっている仕事があって大学にいる。
私はディベートや句会、たほいやのDVDを作っているが、
その関連で小学校の授業のミニネタ集DVDを作るのである。今日が蔵満先生の算数で、明日が土作先生の理科だ。

私はその授業の生徒役をやる学生を集めて、あれこれ下働き。それにしても学生たちは、日本を代表する小学校の先生たちの授業を受けて、しかもアルバイト代が出る。いいアルバイトだ。

            ◆

私は溜まりにたまった仕事をしながら、授業を遠巻きに見ていたのだが流石の一言である。さまざまな小道具を使いながら、算数の授業を展開して行く。スーツケース二つ分の小道具を持ち込んでいるのだから、驚きだ。

収録は9時から17時まで昼休を挟んでみっちりと。20本以上のミニネタが披露された。すごいなあ。発売は、春になりそうとの事である。

            ◆

この回の監修をする上條晴夫さんと、研究室でいろいろとお話。私の本棚の本をネタにあれやこれやと話す。壮大なブックトークである。新しい本の企画や上條さんの大学の様子や授業の様子等も聞けて、面白かったなあ。

私の入れた、一保堂のほうじ茶をいたく気に入って頂きました。

            ◆

一回家に帰って、娘を風呂に入れる。
このところ、娘は私の顔を見て良く笑う。
本当にその笑顔がいいなあと思う。

びっくりしたのだが、はっきりと自分の名前を話した。
娘は簡単な名前なので、たまたまその音が出てしまったということだと思うのだが、私達が呼び続けている名前が、ひょっとしたらもう覚えているのかもしれない。

パパママよりも先に自分の名前を言えるようになるかな。

            ◆

夜は、山科で撮影のご苦労さん会と明日の収録の打ち合わせ。
さ、明日も収録。そして、仕事だ。

2008/01/13

いいないいな 人間ていいな

朝から市内へ。娘の初節句のひな人形を見に行った。
娘は外に出ると非常にいい子。ニコニコ笑っているか、寝ているかである。

三件ほど回ってあれこれ見る。
京都のおひな様は関東のおひな様と違い、男雛が向かって右、女びなが左側に位置する。装束もいろいろとルールがあってなかなか面白い。私がいいなあと思ったのは男雛が白の着物のもの。値段をみたら、
(ん、これならいけるかな?)
というもの。
しかし、よく見たら10万円ではなくて、もう一つ○があった。百万円かあ。すげー。

            ◆

娘がミルクを飲んでいる間に、私が必要なものもデパートで見て歩く。久しぶりに服を買おうと思って歩いた。

結果的に私の体型の服がなかったので買えなかったのだが、そこに懐かしいものを見つけた。

私は学生時代にとっても好きだったシャツがある。「ニューヨーカー」のストライプのボタンダウンシャツだ。これがとても好きで本当にすり切れるまできていた。柄、質感、重さ、シルエット。どれをとっても抜群であった。当時1万円ぐらいしたと思う。今ならすうまい買っておくと思うのだが、学生である。一枚が限界だ。

で、収入を得るようになってから買い足そうと思って探したのだが、ない。定番のシャツかと思ったら違ったのだ。

そのシャツに似たシャツをラルフローレンで発見したのだ。すっごく似ているのだが、ちょっとだけ違うのでギリギリ買わなかったのだが、そのときにすっごく懐かしい空気が流れていることに気がついた。

80年代の空気、浜田金吾さんの音楽、鼻の奥にジンとくる切なさが突然よみがえってきたのだ。(たったシャツ一枚でこんなのが蘇るのだなあ)
と驚いたのであった。

            ◆

夜は、娘に童話を聞かせながら寝ることにしている。
娘はまだ自分で絵本を読めない。って当たり前だが。
で、寝る前にお話を読んであげるというか、語ってあげるのだが
昔話のストーリーを結構忘れていることがある。
そんなとき頼りにしているHPがある。

いやあ、便利だ。

http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/

これで読みなおし、ストーリーを思い出してから娘に語ってあげるのだ。
その途中で、「まんが日本昔ばなし」のエンディングの歌の歌詞を発見し、一人でうれしくなって歌っていたら、娘が喜ぶ。

引用開始 ーーーーーーーーーー

くまの子みていた かくれんぼ♪

おしりを出した子 一等賞♪

夕焼けこやけで またあした またあした♪

いいないいな にんげんっていいな
おいしいおやつに ほかほかごはん
子どもの帰りを 待ってるだろな

ぼくも帰ろ お家へ帰ろ
でんでんでんぐりがえって バイバイバイ

引用終了 ーーーーーーーーーー

改めて歌詞を見てみると物語などほとんどない。展開は無茶苦茶である。しかし、この無茶苦茶が子どもはいいのだ。そしてよく考えてみると繋がっているのもよい。

「いいないいな 人間ていいな」

いいなあ。
明日も歌ってあげよう。

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