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2008/09/12

数少ない夏休みの一日

9/11

今日は数少ない夏休みの一日であった。
スケジュールには、本当に何も書いてない。何も書いていないので不安になったが、確認をして休む事にする。

私が夏休みがないのと同様に奥さんにもない。私がデンマークに行ってしまい、なおかつ娘がちょっと病院にいったりしていたので、実家から早く帰ってこなければならず、娘の世話で一日自分一人で自由に動ける時間というのは、本当に無かった。

そして、この後の私のスケジュールを見ると、これからも忙しいわけで奥さんが自由に動ける時間はこの日ぐらいしかないなあということで、奥さんを解放して私は一日中娘の子守りである。一日ぐらいであれば、娘と一緒にいるのは愉しみであるが、ずっと24Hというのは、やはり大変である。だから、解放である。

保育をする予定で、布団でごろごろ遊んでいたのだが、午前中は、今頃襲ってきている時差ぼけによる睡魔に打ちのめされて寝続けてしまった。

娘は私の体のどこかに自分の体の一部をくっつける程度の距離で、何やら遊びをしている。ときどき私の顔のところにやってきて、私が生きている事を確認して、また遊び始める。

これを繰り返しているうちに、娘も午前中のお昼寝となる。

昼ご飯は、バナナとヨーグルトとミルクである。娘はバナナがことの外好きで、よく食べる。最近は自分でスプーンを持って食べる事を覚え、自分で食べると意志を表すようになる。見ていると面白い。

ゆったりと午後を過ごしたいところであるが、私がマックに向かってあれこれしていると、近くに寄ってきて
「あああああああああああ!」
と叫ぶ。
『ハイハイ』
と抱っこ。抱っこすれば何事も無かったかのように落ち着いて、あちこちをきょろきょろするのである。

片手でキーボードを入力できるようになっておく必要があるかもしれない。

近所に、就学前の子どもたちが遊ぶ施設があるので、行ってみる事にした。丸い木がたくさん入っている木のプールをはじめとして、あれこれの遊具がある。しかも、無料である。駐車場代も90分は無料である。

大津市はこういうところにお金をかけているなあと思う。ま、それなりに高い住民税を払っているので、きちんと活用したいとも思うが。

中に入ると、同い年ぐらいの赤ちゃんがたくさん。娘は少し戸惑っている様子。それ以上に戸惑っているのが、私。そりゃあそうだ。平日の午後に娘を連れてここに来ている男性は、孫を連れてきているおじいちゃんぐらいしかいない。完全に浮いているのは、私である。

かつて、いわせんさんが育児休暇をとった時、育児ノイローゼになったというが、分かる気がする。こんな時間に娘を連れてきている旦那さんである。何か特別な事情があると思われているのが、よーくわかる。

ま、それでも娘はしばらくすると、遊具になれ環境にもなれ少しずつ遊び始めた。私は本を読んだり、娘を見たり、写真を撮ったりしながら過ごす。これもいいだろう。

さらに、ガーデンに行こうかと思ったが、娘の午後のお昼寝の時間が迫ってきたのでこれは諦めて自宅に戻る。添い寝をしたらあっという間に寝てしまった。

しかし、こんな風に過ごしながら家事をこなしている奥さんに、改めて感謝の念を抱く。私には出来ないなあ。

夜はぐっすりであった。

2008/09/11

旅の正しい終わり方

イクトスさんが、漢詩の授業をされている。
(懐かしいなあ、中国か)
私は二回ほど中国に一人で行っている。
黄鶴楼にも行った。その辺りの詩を扱っているとブログで読んだ。

今朝、食べ終わった食器をシンクに仕舞おうと思っておいたら、どうも起き具合がわる。何だと思っておいた食器をどかしてみると、昔中国を旅したときに買ってきた景徳鎮の皿が下にあった。

デンマークの旅では、サンデーマーケットでロイヤルコペンハーゲンのアンティークものを数枚手に入れてきた。私は食器が好きである。

景徳鎮は中国の旅の最終日辺りに、フルセットで手に入れてきた。店の人は日本に送った方が良いとアドヴァイスをしてくれたが、私は頑にもって帰るといい、持って帰ってきた。

バカみたいに重たい景徳鎮セットであった。持って帰るよりは、船便ででも送ってもらった方が明らかに楽で、安全であったに違いない。

ではあるが、私にはどうもこれができない。

私は買い出しに行っているのではなく、旅に出ているのである。お土産は、後から届くと言うのがダメなのである。お土産も一緒に家に着くというのが、大事だと思っているので、よほどの事が無い限りは、ヒーヒー言いながらでも持って帰ってくる。

そして、ただいまと言いながら重たい荷物と一緒に部屋に入る事が、旅の正しい終わり方だと言う思いを持っている。

上海から横浜の港に着いた時、

(さあ、このお土産を持って奥さんの待っている家まで帰るぞ)

と思ったときの、あの旅が終わるような、新しい旅が始まるようなそんな思いを、久しぶりに思い出した。

いろいろと繋がるものだ。

『中等教育におけるディベートの研究』のご注文方法

『中等教育におけるディベートの研究 〜入門期の安定した指導法の開発〜』(池田修 大学図書出版 193p ISBN978-4-903060-36-1 C3037 ¥2000E)

上梓したと言うアナウンスをさせて頂きました。
ところが、うまく販売ルートに乗っていませんでした。
やっと乗る事が確認できました。

申し訳ありませんが、注文は、直接大学図書出版にお願いします。

電話    03-5366-9280 
ファックス 03-5366-9277

です。
よろしくお願いいたします。

道路に段ボールが散乱

大学は会議で始まる。
委員会会議、教授会。その後、緊急の学科会議にあれこれ。まるまる半日会議である。

大学に向かう時、湖西バイパスを通って行く。長良トンネルを抜けている時、目の前に段ボールが迫ってきた。道路に落下したものだろう。五六枚あった。場合によっては非常に危険である。

そこで、研究室についたときグーグルで「滋賀 道路管理」と検索して、出てきた大津の市役所に電話した。
『市民ですが、道路に段ボールが散乱していて危険ですので、連絡しました』
と。すると

「そこは、バイパスですか?」
『そうです。12時30分ぐらいに通過しました』
「あー、それは国の管理なんですよ」

私は一瞬なんのことだかわからなかった。だが、すぐに

『それじゃあ、あなたから国に電話をしてください』

と言った。そしたらむこうも虚をつかれたようで

「はい」

と答えていた。

恐らくではあるが、 あそこで黙っていたら、国の管理事務所に電話しろと言うメッセージで終わっていたであろう。

会議が始まると言うのに、危ないから電話をしたと言うのは、もちろん相手には分からない。しかし、管轄じゃないから分からないというようなのも、こちらにはわからないこと。

「ありがとうございます。それでは、あのバイパスを管轄している国に連絡をしておきます」

という返事があれば、さすがなのだが。善意の第三者ってのは、理解されないのかなあ。

帰り同じ道を通ったら段ボールはなくなっていた。
ああ、良かった。

2008/09/09

娘が一歳になった

娘が一歳になった。悠仁親王と誕生日が同じなので、よちよち歩きは可愛いなあと思う一方で、新聞の記事を見ながら
(を〜、来年はこんな感じなのかなあ)
と思う。

去年ブログで我が子の誕生のことを書いたら、ものすごい数のお祝いのメッセージを頂いた。ありがたい事である。全部保存してあります。娘が物心ついたら、見せてあげようと思っています。

ま、年がいってからできた娘なので、一緒に過ごす時間は通常よりも少ないと思っている。そのときに、いろいろなことがあったのだと、娘が文章で読み返すことができるようにと、私と奥さんでは写真、動画の他に文字で記録している。

            ◆

誕生日のお祝いは、お花とこれ。ランニングトラックである。

Rimg0189

前から気になっていたものだ。思い切って買ってしまった。

売り場に向かうとき、売り場で、さらにその後と娘はあちこちで好奇心の固まり。きょろきょろして笑顔を振りまきまくる。

たぶん、娘が飽きたら私が研究室に置いて遊ぶと思う。だから、これ。
上から下まで通過する時間を確認したら、6秒であった。

を、これは使える。
『こんな時どう言い返す』では、5秒以内に言い返す事を推奨している。大学の授業で、これを持ち込んで6秒計として活用することもできるな。大きいけど。

            ◆

ともあれ、おかげさまで娘はなんとか順調に一年を迎えました。
ランニングトラックも、あっという間に自分一人で遊べるようになってしまいました。自分の思う通りにならないと叫んでおります。心配していた症状も快方に向かっております。

ありがとうございます。

どこかでキッチンタイマーが

(どこかでキッチンタイマーが鳴り響いているなあ。あれ、俺のタイマーかな。切り忘れたかなあ)

少し酔った頭で、考えていた。
いや、違う。あれはキッチンタイマーではない。虫の音だ。

秋だ。

2008/09/07

授業後の最終コメント

特別活動論の集中講義が終わった。
学生たちとの約束通り、授業の翌日に授業後の最終コメントを授業専用の掲示板に書き込んだ。

授業のやりっ放しにならないようにするために、インターネットの掲示板は便利である。私は、大学にサーバーを置くものを活用することもあるが、携帯電話から書き込みが出来て、無料で、アダルトの広告のでない0bbsを使う事が多い。

そこそこ使い勝手は良い。

これで後は、評価だけだ。

引用開始 ーーーーーーーーーー

諸君の掲示板への書き込み、書き込み回覧作文を読んで、あれこれ思った事、考えた事を、この講義の最後に記す。

          ◆

「講義を受けて教師になる意欲がない。これは講義後も変わらなかった」という感想文があった。「こんなことを書くとみんなに先生に申し訳ないかもしれない」ともあった。しかし「他にしたい事が見つかった」と書いてあった。

ならば良い。その道を行けばよろしい。私は全然怒らない。むしろ、自分の道を見つけた君に、おめでとうである。

私はこの授業を行うときに、

『この授業は、本気で教師になりたい人に向けて行う授業なので、ライセンスだけ欲しいと言う人には向いていません。大変なので、受講を見合わせた方がいいと思います』

と言い、本気で授業に向かう事を求めた。『教師はいいぞ』とは言ったが、君たち教師になれとは一言も言っていない。

『教師は、かったるくて、面倒くさくて、しんどいけど、とってもいい仕事である。それをめざすのであれば、真剣に取り組め。そのための授業をする。教師になることを考えていない諸君にも、この授業に参加する以上、これを求める』

と話したはずである。だから、自分の道を見つけているのであるのならば、おめでとうなのである。

          ◆

私の講義を受けて、自分が指導を受けてきた先生方のことを思い出している諸君が多くいた。感想は
(先生、あのときはごめんなさい)
(先生、そういう意味だったのですか。ありがとうございます)
と大きく二つに分かれている。
もし、そういう思いを持ったのであれば、恩師に手紙を書きなさい。

「先生、私は大学で学び教師になろうとしています。大学で特別活動論と言う授業を受けて、先生の○○さが分かりました。生徒のときの私は〜」

と書けばよろしい。先生はとても喜んでくれるだろう。そして、会ったときには食事でもおごってくれて、これから教師になる君に
「あのときは、実は◎○だったんだよ」
と話をしてくれるであろう。

手紙を書きなさい。お礼でもお詫びでも良い。恩師に手紙を書きなさい。かならず、君の味方になってくれるはずだ。

          ◆

教師と言う仕事を目指す。このことに期待と不安を同時に抱いている諸君が多く見られた。授業を受けてこれがますます深まった諸君もである。

結論を言おう。それでいいのである。『元祖 天才バカボン』的に言えば、「これでいいのだ」である。

そんなに簡単に答えが出てしまう方がおかしいのである。自分の人生を丁寧に考えれば、あれこれ期待もするし不安にも思うものである。誰かの何かの価値観で動く事を強制されることのない現代社会において、何の疑いもなく将来に対して「たのしみだなあ」とだけ思うのは、相当な能天気である。

価値観を揺さぶられながら、考えを揺さぶられながら、自分でもう一度考え直す。そして、調べ教えてもらい、考えて自分の答えを出すのである。それが許されているのが大学生と言う時間である。きわめて贅沢な時間である。有効に使うが良い。

教師はいいぞ。

          ◆

引用開始 ーーーーーーーーーー

ゲストの先生との対談を聞いてるときも、教育者としての硬い話のようで分かりやすく、今までこんな先生に出会わなかった自分がすこし悲しくなりました。

引用終了 ーーーーーーーーーー

『ふ・ざ・け・る・な (笑)』

何をつまらない事を言っている。そんな過去の事なんぞ悲しがっている時間があれば、君が将来子どもたちに
「先生に出会えて良かったです」
と言われるような教師になる勉強を重ねれば良い。勉強せい。

          ◆

「難しいから、楽しい」と村林先生が仰ったのをメモした者はいるか。この意味を理解するか。「難しいけど、楽しい」ではない。「難しいから、楽しい」である。

子どもたちは、難しいものはやりたがらない傾向にある。私に言わせれば、ドラゴンクエスト等難しいの最たるものであるが、あれについては「難しいからやらない」とは言わない。

つまり、

1)難しいから、やらない。大変。
2)難しいから、やる。面白い。

の二種類があるのである。
私たちは、2)をめざし、2)をめざす子どもたちを育てるのである。

          ◆

デンマークの話を、余裕があればすると初日に話したが、ほとんど出来なかった。

授業の前日までシラバスをあれこれ調整してみたのであるが、四日間で20分程度しかゆとりを見いだすことができなかった。それもまとまった20分ではなく、バラバラの20分であった。実際、四日間の授業をしてみて、そのぐらいしかゆとりの時間を生み出す事は出来なかった。

余談として挿入すると言うことも考えたが、そうすると授業全体の統一感がなくなるので、今回はほとんど触れることをしなかった。残念であるが仕方がない。機会があればどこかで話を聞くことができるであろう。

          ◆

授業は、教師が作るものではなく、教師と学習者とが中心になって作り上げて行くものである。そういう点で、諸君は、ある一定の学習者としての責任を果たしたと私は考えている。大儀であった。

最終課題まで気を抜く事なく、しっかりと行いたまえ。

          ◆

さて、これでオシマイである。

ほとんどの諸君とは、「来年も会おう」ということにはならないことを期待する。
私はこれから諸君の課題の評価に入る。
学生は、課題を出せばオシマイであるが、教師はそこからが始まりである。

やらせれば仕事は増える。だから、やらせないのが楽である。しかし、やらせれなければ力はつかない。当たり前である。やがて諸君が教師になると、今の私の気持ちも実感できるであろう。その気持ちを実感する事を期待して、2008集中講義の特別活動論の私の話を終える。

授業は終えるが、本学の教員である事には変わりない。もし、私を必要とすることがあれば、連絡してから、研究室に来るが良い。
「まあ、頑張れ」
と言うか
「ぶったるんどる。しっかりやれ」
と言うか
「よく頑張っている。楽にせよ」
と言うか、何を言うか分からんが。

将来諸君が出会うであろう子どもたちのために、しっかり勉強を重ねるように。

2008年9月 池田修

引用終了 ーーーーーーーーーー

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