« 2008年9月14日 - 2008年9月20日 | トップページ | 2008年9月28日 - 2008年10月4日 »

2008/09/27

「待つこと」

後期の授業が始まって、一週間が終わった。これで一通りの授業をしたことになる。実際はオムニバス形式でやったり、集中でやったり、休日で休みと言うこともありすべてではないが、とにかく終わった。

前期と時間割が違うので、
(ん、今日は一時間目本当にあったよな?)
と朝起きて確認することたびたび。なんてこった。

             ◆

昨日は、日本語コミュニケーション技術1と国語科教育法2である。私が担当している授業の中では、言葉に依拠する割合が多い科目である。そして、どちらの授業にも共通するのが、watcherではなく、playerとして授業に参加することを求めることである。

日本語コミュニケーション技術1は、ディベートであり、国語科教育法2は模擬授業がその柱となる。私は目的とやり方の柱の部分を教えて、あとは彼らの活動を見守ることになる。

勢いの付いた学生たちの活躍は目を見張るものがある。楽しみである。

             ◆

授業の始まる前、昼休みに前期に指導した一回生の学生たちが研究室にやってきた。夏休みの旅行のお土産何ぞを持ってきてくれた。顔を見せにくるだけでも偉いのに、なかなか律儀な学生である。そして、進路のことを相談してきた。

私の知る限りのことを話し、次はこの先生のところに行くと良いとアドヴァイスをする。意欲のある学生には丁寧に対応したい。

             ◆

授業の始まる前、準備をしていた3限に卒業生が研究室に訪問してきた。科目等履修生で国語の授業を受けていて、先日教育実習が終わった学生である。教育実習の前にもかなり相談を受けていたので、

『実習はどうだった?』
と聞くと
「とても楽しかったです」
と応える。

それは良かったと思いながらも
『後輩にはきちんと伝えるんだぞ。大学の授業でしっかりと学んでおいたから、実習を楽しく終えることができたとね。前半を言わないと、楽しいものだと思い込んで、悲惨な目に遭う学生が出るからな』
「先生、一緒に実習をやった他の大学の実習生は、途中で実習を投げ出してしまっていました」
『へ?』

あれこれきくと、指導案が書けない、実習記録への記入が出来ない、それでいてこんなのはおかしい、もうやってられないと投げ出したそうだ。かなり有名な大学の学生なのだが。

「授業が終わったら、その感想を書くと言うのは先生の授業で当たり前のようにやっていたので、私は何問題なく実習記録を書いて、すぐにクラブの指導に言っていました。で、クラブから帰ってくるとまだ書いていたんです」

学んだことをもとに文章を書く。これを当たり前のようにやっていれば、実習に行っても何の苦労も無いことだ。実習記録なんて簡単である。それを考えて私は大学で授業をしている。

これはその立場に立ったときに分かることであって、授業中にはなかなか分からないだろう。分からないからやらないというのでは、いつまでたっても分からないし、できない。授業と言うのは今分からない、今必要でないことであっても将来に必要と判断すれば、これを学生に求めなければならないという構造を持っている。

もちろん、本当にそれは必要なのかと問われれば、それは私にも言い切れるものではない。しかし、将来必要になるであろうものをいまの段階できちんと教えるというスタンスをとって行う授業は、そんなにブレるものではない。人間は、変わる部分と変わらない部分がある。変わらない部分にヒットするからである。

             ◆

もう一つ彼女の話で興味深かったのは、「待つこと」ができたというものである。
生徒がうるさい時、
「静かにして!」
と叫ぶと、生徒はその声の大きさだけうるさくなるときがある。静かにさせたいときは、先生が静かになるのである。黙るのである。ものの30秒や1分間黙るだけで良い。

子どもはたち太鼓と同じである。先生が大きく打てば、大きく響く。先生が大声を出せば子どももそれに呼応して大声を出す。黙れば黙る。だから「静かにして!」だとダメなのである。

彼女は朝の読書の指導のときに、うるさかったクラスを前にして私が授業のときに話したことのことを思い出し、黙って怖い顔をして立っていたそうだ。すると、生徒たちは、お互いに声を掛け合って静かになったそうだ。そこに、彼女は
「はい、本を開いて読書」
と言ったとのこと。これはなかなかできるものではない。

なぜ出来たのか、そのときに考えた。彼女はバレーボールをずっとやっていた。本学のバレーボール部が関西一部リーグに上がった原動力でもある。バレーボールでは、試合の流れを変えるためにタイムをとることがある。彼女は、タイムをとって空気を帰ると言うことを体験的に学んでいるのではないかと思った。その事を伝えると、嬉しそうにしていた。

人はいろいろなところで、いろいろなことを学んでいるものだなと改めて思う。

             ◆

10/4の明日の教室の打ち合わせを糸井先生がしてくれているのだが、私は授業後、研究室に残ってあれこれと大学の仕事を続ける。終わらないのである。

熊本への出張が入りそうだ。

Biwako

2008/09/25

夏と秋が重なり合っております

本日は、教育総合演習と児童基礎演習の授業である。

教育総合演習は、ディベートを通して現代社会にある諸問題を考えてみるという授業になる。ここでも小論文を書く。さらに、私がこの20年間以上追いかけている「大人論」についても考察することになる。

児童基礎演習は、書籍に著された子どもの文学作品を通して、解釈を試み、議論を重ねると言う授業となる。はじめは子どもの詩を取り上げる。この詩の読み込みから、この作品を書いた子どもの姿を理解することに挑む。さらには、教師の身体性についても考えることができればと思っている。

               ◆

久しぶりに会う学生たちも多く、夏休みが充実していたかどうか、一人一人の顔を見る。良い顔をしている。よしである。

授業はどちらもたっぷりとガイダンスを行った。なぜ、この授業が存在するのか、これが将来どのような意味を持つことになるのかについても語った。来週から本格的に授業がスタートする。

              ◆

午後は、本日も高校で模擬授業。滋賀県内の高校だ。
一年生40人以上の授業であった。

模擬授業前に控え室に案内される。そうすると時間があるので、授業の確認をしたり、本を読んだりして待つのだが、机の上にあるPCにマックが多い。MacBook、MacBookエアー、MacBook Proと見かけた。マックが6台でWinが2台だったなあ。なんか面白かったねえ。

              ◆

『メモをとりながら聞くように』
と指示するときちんとメモが取れる。日頃の先生方のご指導が分かる。

60分間の時間一杯を使って授業をした。
よく学ぶ生徒たちであった。

              ◆

帰るために駐車場で車に乗り込んだら、目の前の校舎の二階から手を振る姿がある。
(ん?)
なんだか分からないがこちらも手を振る。
すると、また振り返してくる。車が出るときにこちらからもう一度手を振ったら、大きく手を振ってくれた。なんだか気持ちがいい。

              ◆

夜、スーパーに買い出しに行ったら、娘と同じ年ぐらいの男の子に手を振られた。なんだか、嬉しくなって振り返したら
「あ〜〜〜〜〜〜〜!」
と喜ばれてしまった。これも同じ。

           ◆

スーパーには、いつの間にかトウモロコシの姿が無くなってしまった。歯の調子が戻って今年はよく食べた。しかし、食べ納めをすること無く消えてしまった感じがある。

そんな思いで歩いていたら、1/6のカットすいかを発見。食べ納めになるかもしれないと購入。さらに、北海道から生秋シャケが届いていたので、これも購入。

スーパーでは、夏と秋が重なり合っております。

2008/09/24

「体力測定」である

私の後期の授業も始まった。
今日はキャリア開発演習。就職試験、採用試験を想定しての小論文の書き方の指導である。少人数の受講生であるからして、細かく指導できる。

この授業はオムニバス形式で三人の教員が交代で行うので、私の授業は六回のみ。そこで文章を書くとはどういうことなのか。採用試験で文章を書かせる意味は何か。論文と小論文の違いは何かなどを講義しつつ、書かせて行く。今日はこの授業のガイダンスである。

            ◆

ではあるが、実際に書かせることもした。「体力測定」である。体育の授業では、毎年四月になると50m走などをして、自分がどのぐらいのタイムで走れるかを記録する。国語ではしない。

だが、私はする。
今日の課題は、あるニュースの記事を渡して、
『この記事を、濃く太く大きく、原稿用紙に書き写して見なさい。400字をあなたは何分で書き写せるかのタイムを計ります』
とした。

例えば、採用試験の小論文が50分で1000字だとする。原稿用紙二枚半である。400字を10分で書き写せる学生は、25分間は文字を書くだけに費やせるのである。つまり、残りの時間をアイディアだし、構成、推敲、見直しなどに使えるのである。

だから、自分がどのぐらいの時間で書き写せるかという「体力測定」をしておくことは、重要だと考えている。通常の書き写しであれば、「濃く太く大きく」書ければ良い。しかし、試験の場合はこれに「早く正確に」の要素が加わる。

『あなたの人生を決める、読んでいただく文章である。十分に気を遣って書いて当然である』

が、多くの学生はこれが出来ない。だから、レッスンを行うのである。頭で分かっていても、実際にできるかというと出来ないのである。だから、指導するのである。

            ◆

午後は、高校の模擬授業に向かう。保育士幼稚園の教諭を目指す高校生なので、私の専門とは多少ずれるが、90分ほど話す。

今日の高校は、校舎のあちこちに、先生方が生徒を育てようとする工夫、大事にしていると思う工夫がされていて、そんなところで成長している生徒たちとの気持ちのよい90分の授業であった。

縁があったら京都橘大学の児童教育学科へどうぞ。


虎の咆哮

午後から動物園に向かう。京都市立動物園だ。娘を連れて動物園に行くのが夢の一つだった。一歳になる前だと人ごみに連れて行くこと、動物に近づけることが心配で、ちょっとぐらい歩けないとつまらないだろうと思っていたのでやめていたが、晴れて一歳を迎えて、歩けるようにもなり解禁である。

休日ではあるが、3時ごろであれば空いているかと思ったのだが、これが割と混んでいる。市営駐車場は満車でさらに空車待ちの長蛇の列。参ったなあと思いながら、ある駐車場を思い出す。カーナビで確認したら出てこない。ということは、空いている可能性が高い。

向かってみると空いている。しかも、安い。今度からは迷わずにここにしよう。ブログに書いてしまうと満車になる可能性があるので書きませんが、必要な方はメールくださいねf(^^;。

             ◆

動物園は満車が示すように混んでいた。

キリン
ニホンザル
ペンギン
ワニ

カバ
バク

ライオン

たくさん見せた。
娘の目にはどのように映ったのであろうか。
分からない。
分からないが、手を伸ばして動物をつかもうとしていたので、嬉しかったのであろうと、親ばか。

又来ようね。

             ◆

私がびっくりしたのは、虎の咆哮である。
ベンガル虎の番いがいた。それぞれ二つの動物園から貸し出されてきていたのだが、その番いのうちの雄の虎が吠えていたのである。

雌の虎は端正な顔つきで物怖じもせずいたのだが、雄は発情期を迎えているのか吠える。なぜかその雄叫びに隣のゲージにいた雄ライオンが雄叫びで応えていたが。

虎の鳴き声をライブで聞いたのは初めてではないかと思う。
虎の鳴き声と言えば、『山月記』中島敦であろう。「尊大な羞恥心と臆病な自尊心」がよく問われるあれである。高校の時に読んだあれである。

中島敦は白川静先生と同期で、日本人の漢文の素養はこの二人が亡くなったところで終焉を迎えたと言った人がいたが、確かにそうだろうなあと思う。

で、虎の咆哮であるが、求愛の咆哮であるからかもしれないが、『山月記』の文章のイメージとは違ったなあ。もちろん、地響きのような大きな声なのであるが、ゾウアザラシのような鳴き声であった。聞いてみないと分からないものだ。

             ◆

こうしてこれからも、子どもの成長と一緒にいろいろと体験できるのだろうなあ。ありがたいことだ。

2008/09/23

後期の授業が再開

今日から大学は後期の授業が再開。もちろん、大学そのものは夏休みはお盆にしかなく、授業も集中講義が入っているため完全に実質はもう動き出しているのであるが、毎週の授業が始まるのは、今日から。で、私は研究日。

             ◆

午後から大型本屋に籠り、本を物色する。最近は仲間が読んでいてブログに紹介している本などをそのままネットで生協の本屋に頼んで大学の生協で受け取ることが多くなっている。

しかし、実物を見ながらあれこれ手にして探す。これはこれで良い。または、目当ての本の横にある本の横に面白そうな本を見つけて、お、ラッキーと思うのも嬉しい本屋での買い物である。

             ◆

藤原和博さんの新著『つなげる力』(文芸春秋)があったので、手にする。すると私が生徒たちに指導していた作文の書き方が紹介されていた。

「この方法は和田中学校に一年だけいた国語の先生に教わりました」

と書いてあったf(^^;。平田オリザさんと北川達夫さんとによる対談の名著『ニッポンには対話がない』にも平田さんの発言で、

「ディベートの専門家に聞いたのですが〜」

と私が話したことが書かれていたことがあった。なんというか、一人で驚いたりニマニマしたりしている私であるf(^^;。

             ◆

で、帰宅してからずっと本を読む。
娘の相手をしている時間が多くなり、集中して本を読む時間が減ってしまい、風呂やトイレで読むのがメインになっている気もしている。

娘の相手をして遊ぶのは面白いし、いろいろな発見もある。別に娘を研究対象にしようとは思っていないが、観察対象として見ているのは実に面白い。これがそのまま学生たちに話すには良い話題になるのであるから、読書量が減るのも、まあ良いかと勝手に理由を付けている。

             ◆

部屋の中を涼しい風が吹き抜ける夕方、夜。
ただ、読み続ける。
ただ、読み続けた。

2008/09/22

もう25年も前になるか

台風が過ぎたと言うのに、近畿は大雨。大阪などではずいぶん長い間警報が出ていた。琵琶湖近辺も雨風があり、中でも雷がすごかった。

リビングで寛いでいたら、対岸に落雷。横にいた娘がびっくりして泣きながら私に飛びついてきた。

雷が恐い。
怖いときにはお父さんに頼る。

という回路が出来ていて、瞬間にこれが機能することに感動。もちろん、抱っこして大丈夫だよと頭を撫でる。しばらくすると安心してまた、遊ぶから下ろしてくれとなる。人間はすごい生き物だ。

その後、一瞬の晴れ間に虹が出る。
こんなに近いところの虹は滅多に見られないなあ。

Niji2

            ◆

夕方、昔の教え子が遊びにくる。もう25年も前になるか、塾のときの教え子である。いま、北海道は知床でナチュラルガイドの会社を経営している彼である。琵琶湖を泳ぐ大会があってそれに参加したので、顔を出してくれた。

25年前、北海道から、会社を経営してと簡単に書いたが、これは文字で読んでみるとすごいことだなあと思う。そんな彼から娘のお祝いを頂き、あれこれあれこれ琵琶湖を見ながら、我が家で話し込む。

本当は、彼と同期の教え子も名古屋から駆けつける予定だったのだが、子どもが発熱と言うことでこちらはまたの機会に。それにしてもこうして東京の聖蹟桜ヶ丘で教えていた塾の時代の教え子たちと、琵琶湖で再会とは。嬉しいことだ。

            ◆

東京を離れて地方で暮らすということの面白さや豊かさ。教育のこと、学校のこと、若者を育てると言うこと、自分の老後のこと、会社を経営すると言うことなどなど話は多岐にわたり、そのままお気に入りのタイ料理屋に向かう。

このお店は家まで送迎してくれるので、安心してビールを飲む。飲みながらワタリガニのカレー炒めや、タイヌードル、オイスターソース入り八宝菜ライスなどを食す。

「一度先生をおごりたかったのです」
となぜか教え子に払ってもらってしまった。よく分からないがゴチになりました。

            ◆

さらに、自宅に戻り夜景を見ながらあれこれ。
気がついたら12時近く。
『よし、シメのラーメンだ』
と体には良くないが、心には良い飲んだあとのラーメンに突入。マンションを出て近くにあるラーメン屋に向かう。

そこでもあれこれと話す。
「滋賀県にこんなにヨットがあるとは思わなかった。琵琶湖がこんなに奇麗だとは思わなかった。ヨットを買いましょうよ。まずは、シーカヤックからがいいかなあ。滋賀県は豊かだなあ」
などと言われる。私もそう思う。
『滋賀の人間は、滋賀から出たがらないんだよね。でも、これだけ豊かならそれも分かるねえ。この広い空。吹き抜ける風。それでいて京都駅まで家のドアから30分だからねえ』
二年ぶりに会った彼であるが、よくこれだけ話題が続くなあと自分でも思いながら話す。

二人とも立派におじさんなのだが、25年前よりもピュアに生きることを楽しんでいることを実感していた。

来年もまた泳ぎにくるとのこと。これも楽しみ。
いい週末だった。

2008/09/21

学校で携帯「禁止」「通話のみ」 文科省、ルール例示

http://www.asahi.com/national/update/0920/TKY200809200176.htmlから引用開始 ーーーーーーーーーー

学校で携帯「禁止」「通話のみ」 文科省、ルール例示

2008年9月20日21時12分

 裏サイトでの中傷や出会い系サイトなどの問題が相次ぐなか、文部科学省は学校での携帯電話利用の指針づくりを求める動きを強めている。今年6月には同省の有識者会議が「真に必要な場合を除き、学校には持ち込ませないよう指導すること検討する」と提案、7月には都道府県や指定市の教育委員会などに「校内では原則禁止する」「機能を限定する」といった具体例を示した通知を出し、取り組みの徹底を改めて求めた。

 7月25日に同省が出した通知では、児童生徒の携帯利用の実態把握▽学校内での取り扱いに関する方針の明確化▽ネット上のいじめへの取り組みの徹底▽情報モラル教育の取り組み——などを求めた。

 このうち学校内の携帯電話の扱いについて「一部で学校の方針が明確になっていない場合も見受けられる」とし、発達段階や地域・学校の実態に応じてルールをはっきりさせるよう求めた。

 通知は一律に「携帯禁止」を求めてはいないが、指針の参考例として「小中学生は学校への持ち込みを原則禁止にする」「居場所確認や通話機能に限定したものの持ち込みは可能とする」「校内の使用を禁止したうえで学校で一時的に預かる」などを挙げた。

 子どもの携帯利用をめぐっては、政府の教育再生懇談会が、5月末に首相に提出した中間報告で「携帯電話を持つことがないよう関係者が協力する」と盛り込んだ。自民党有志議員の勉強会も「法規制が必要」と提言している。

引用終了 ーーーーーーーーーー

ということだが、これはいろいろと考えさせられるニュースである。
これは、大学の授業でも考えさせたいと思っているものなので、ここに論点は書かないが、さっと思いつくだけで5、6個出てくる。

さて、小学校の教員を目指す学生たちは、このニュースをどのように考えているのであろうか。


明日の教室 10/4

10月の「明日の教室」の紹介です。

10月は、関西屈指のダンスカンパニー、「セレノグラフィカ」のお二人をお招きして、ダンスワークショップを実施します。
現在、イギリス、フィンランドといった国々では、教育の中に、ダンス、演劇といったものが効果的に授業の中に取り入れられています。
そして、学習の定着のみならず、子ども達のコミュニケーションの育成という点で効果を上げているのです。
みなさんの頭の中には、「ダンス=音楽に合わせて格好良く身体を動かす」というイメージで埋め尽くされているのではないでしょうか?
今回のワークショップを通して、体験していただきたいのは、決してそういうものではありません。体験していただきたいのは、身体というモノを使って、他者とコミュニケーションしていくといったことなのです。
つまり、「身体を使ったコミュニケーション」とも言うべきものです。
ちょっとダンスは苦手・・・といった方、大歓迎。そんな方こそ、是非とも体験してみて下さい。きっと、目から鱗・・・のはずです。

日時   10月4日(土) 13:30〜17:00
場所   京都橘大学 児優館
参加費  一般2000円 学生1500円
その他  動きやすい服装でお越し下さい(更衣室アリ)
     終了後、山科で懇親会アリ(参加費別料金で4000円程度)

*講師 セレノグラフィカ (隅地茉歩+阿比留修一) のプロフィール

セレノグラフィーselenography(月面地理学)+icaで「月究学派」と訳す。時と場所によって形や色の変わる月のような、「ダンスというとらえどころのないものを追求している者たち」を意味している。成人後、突如ダンスに開眼し、母校同志社の付属高校で国語を教える傍ら(05年度まで)ダンス活動を続けてきた隅地さんと、近畿大学芸術学科演劇・芸能専攻在学中から舞踊創作や即興の研鑽を積んできた阿比留さんによって1997年結成。

日々の暮らしの中の何気ない動作を、身体操作の観点でとらえ直し、見る人によって実に様々な解釈を誘発する作風に定評がある。関西を拠点にしながら、国内外で作品を上演、2006年には初の欧州ツアーを、2007年には韓国にも遠征。近年は、お互いのソロ活動も意欲的に行っている。代表の隅地さんは、コンテンポラリーダンスの登竜門とされる「TOYOTA CHREOGRAPHY AWARD 2005」で「次代を担う振付家賞」(最優秀賞)を受賞。bHP  http://www.selenographica.net/

申し込みは、こちらへ
お待ちしております。

久しぶりに京都市内に出かけて行った

久しぶりに京都市内に出かけて行った。お気に入りの「東龍」で中華麺を食し、「一保堂」でお茶を購入し、本日のメインイベントに向かう。娘の胎内毛で筆を作るのである。

娘は生まれたときから毛がフサフサあり、一歳前には相当髪の毛が長くなっていた。もっと早くに切ってあげても良かったのであるが、筆を作るために頑張って伸ばしていた。で、切った髪を持って専門店に持参したのである。

何の毛の筆でもそうであるが、一度ハサミを入れてしまった毛は筆にはならない。人間でも同じ。だから、一生に一回しか作れないのである。

出来るだけたくさん作ってあげたいと思い、伸ばした髪の毛。うまくいくと大筆一本に、小筆を二本作ることができそうである。桐の箱に入れて仕舞い、嫁入り道具に持たせるわけである。

この注文をやっと終えることができて、一安心である。ふう。

            ◆

せっかく久しぶりに市内に出てきたので、あれこれ見て回ることにする。まあ、家から京都市内まで15キロぐらいしかないので、行こうと思えばそんなに大変でもないのだが、娘の食事やら何やらのタイミングとかを考えると、なかなか出にくい。

なもんで、出てきたときにエイヤッ!と買い物をしたり見て歩くのである。外で美味しいものを食べるのが難しいので、うちで食べられるように面白い食材を購入。久しぶりに、子羊の肉も買った。

            ◆

今まではすべて抱っこかベビーカーだったが、今日は靴を履かせて少し歩かせることもできて、なかなか新しい展開があった。

もちろん、どちらからがマンツーマンディフェンスをすることになる。娘を見ながら周りの動きを確認し、歩行者に迷惑を掛けないかどうかなど気にしながら。

お父さんとしては、娘の手を引いて歩きたいのであるが、我が娘は一切これをしない。なんでも自分でやろうとする。

果たして、手をつないでお散歩する日は来るのであろうか。

« 2008年9月14日 - 2008年9月20日 | トップページ | 2008年9月28日 - 2008年10月4日 »